IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
柳川大附属川越高校との練習試合から一日。
私たちは部室にてミーティングを始めた。
「さて、みんな練習試合はどうだったー?」
私が訊くと、菫ちゃんがすっと手を上げた。
「全体的に、実力不足を感じたわ。攻撃も守備も、どちらもまだまだ強豪レベルには足りないわね」
「悔しいけど、より一層の練習が必要だなー」
「でも、攻撃も守備も練習してる時間なんてないわよ。夏大まであと2か月くらいなんだから」
「そうだね。だったら、攻撃か守備のどちらかを重点的に鍛えた方がいいのかな……」
珠姫ちゃんの呟きに、私は同意する。
「そうだね。私たちが平均的に鍛えたとしても、夏の大会までに強豪校と同じレベルに至るのはまず不可能。だったら、他は劣っていたとしても、何か一点でも勝る長所を作るほうが夏大を勝ち抜ける可能性はあると思うよ」
「でしたら、やはり守備でしょうか……。私、昨日の試合3つもエラーしてしまいましたし」
「そうだな。希と息吹で何点か取って、ヨミのピッチングと私たちの守備でそれを守り切る。それが
「うんうん。ピッチングはエースの私に任せておいて!」
部の空気が固まりつつある。
だけど私は、そこに一石を投じる。
「ちょっといいかな? みんなの意見は尤もだけど、それでも私は攻撃を鍛えるべきだと思うんだ」
「え、なんでだ……? 新越谷の長所はどう考えても、エースの詠深と、希と息吹という二人の強打者だろ? だったらそれを最大限に活かせるように守りを鍛えるのがいいんじゃね?」
「それも一理あるね。でも、昨日の詠深ちゃんの成績を見てほしいんだ。失点7のうち、自責点は4。もちろん、エラーにならないエラーとかもあるから、一概にこの自責点全てが詠深ちゃんの責任だと言うつもりはないけど、ロースコアの守り勝つ野球をするには少し厳しいと思うんだ」
「うう……不甲斐ない……」
「それに、初戦や二回戦くらいまでは希ちゃん・息吹ちゃんの二人で何点か点が取れたとしても、勝ち進めば進むほど、二人は警戒されてマトモに勝負されなくなると思う。そしたら本当に一点を争う投手戦になるかもしれないよ。例えば、0対0で迎えた7回裏の守備、ツーアウト3塁。一打サヨナラ負けのピンチ。たった二ヶ月守備を猛特訓したからって、そんな状況で平常心のままエラーせずに守備できると思う?」
「それは……考えたくもないし」
有希ちゃんが顔を真っ青にしながら呟く。
たぶん、そんな状況でマトモにプレイできるのは、逆境に強そうなヨミちゃんと、経験豊富な珠姫ちゃん、あとは実力者の希ちゃんくらいだろう。
息吹ちゃんは実力はあるんだけど、あれで意外と小心者のビビリだからなぁ。怖いのが苦手で、ジェットコースターではずっと目を瞑っているタイプ。でも目を瞑ったまま綱渡りできちゃうような器用さもあるから面白いんだけど。
「1ミスが命取りになる試合は一年生しかいなくて経験が足りない
「それも一理あるけど……今から練習したところで、強豪校に敵うような打撃が身につくかしら? 私が2か月猛特訓したところで、梁幽館の中田さんレベルのピッチャーを打てるようになるとは思えないけど」
菫ちゃんが首を傾げる。
「もちろん、これはかなりのギャンブルになるよ。練習すれば誰でもある程度までは上達する守備と違って、打撃は水物だし、個人の資質によるものも大きい。でも、個人個人の才能を見極めて、適切な練習をしていけば、必ず上達できると思うんだ! 息吹ちゃんを育てた私の観察眼を信じてよ!」
「うーん……それを言われちゃうと頷かざるを得ないわね」
「だな。実際に息吹っていう化け物を生み出した訳だし」
「誰が化け物よ、誰が」
菫ちゃん・稜ちゃんの言葉に息吹ちゃんがジト目でツッコミを入れる。
「よーし! 私もとことん打撃を鍛えて自援護しちゃうぞー!」
「あ。ヨミちゃんは打撃練習はあんまりしなくていいよ」
「なぜゆえー?」
「打撃に特化するって言っても、流石にエースまで打撃極振りにするわけじゃないよ。他のメンバーが打撃に専念するからこそ、守りの際にエースにかかる負担は大きくなる。ヨミちゃんにはその負担を一人で背負えるくらいの真のエースに成長して貰うつもりだよ」
「真のエース! 私、芳乃ちゃんの期待に応えてみせるよ!」
ヨミちゃんは鼻息を荒くして決意を示す。
ヨミちゃんは扱いやすくていいなぁ。
「あと、珠姫ちゃんはヨミちゃんの練習相手と並行して、打撃強化にも取り組んで貰うから負担が大きくなっちゃうと思うけど……」
「ううん。気にしないで。ガールズ時代は打撃を他人任せにしてたけど、そういう訳にもいかないしね。頑張るよ」
「うん。まあ、ヨミちゃんの練習相手は、私と息吹ちゃんも交代でやるつもりだから、あまり無理しないでキツいようなら遠慮なく言ってね」
「うん、分かった」
あとは……
「先生は、私と一緒に選手の指導をお願いできますか?」
「私は構いませんが……芳乃さんは練習しなくて大丈夫なんですか?」
「私は……はい。体調と相談しながら、自分のペースで練習はするつもりなので」
「ああ……そういえば、芳乃さんは体が。すみません、失念してました」
「気にしなくていいですよ。これでも昔よりは健康になったので」
「昔は朝、学校に行けない日もあったわよね。それと比べれば、今は塁間くらいなら全力疾走できるし、数イニングくらいならピッチングもできるし、成長したものよね」
息吹ちゃんがしみじみと言う。
ほんと、昔は息吹ちゃんにも迷惑をかけたなぁ。そのせいで中学の野球部も辞めることになっちゃったし……。
息吹ちゃんは「そんなこと気にしなくていいわよ」っていつも笑顔で言ってくれるけど、本当はいろいろと我慢しているはずだ。
だから私は息吹ちゃんに恩返しがしたい。
息吹ちゃんを全国で一番のバッターとして知らしめたい。こんなに凄い選手が居るんだとみんなに伝えたい。
憧れの新越谷のユニフォームを身につけた息吹ちゃんを、甲子園という夢の舞台に立たせてあげたい。
そのためには、チーム全体の底上げが必要不可欠。
そのために、私は出せる力を全て出し切ろう。
そして、あの日の約束を現実のものにしよう。
……よし!
私は覚悟を決めて、みんなを見据える。
「じゃあ、早速、今後の練習の内容について説明するよ!」
私はホワイトボードに表を書く。
「練習するにあたって、チームを三つの班に分けて練習してもらうよ」
まずは、ヨミちゃん・珠姫ちゃん・息吹ちゃんのバッテリー班。
次に、希ちゃん・菫ちゃん・有希ちゃんのバッターA班。
最後に、白菊ちゃん・稜ちゃんのバッターB班。
「あら、私はバッターじゃなくてバッテリーの方で練習するのね」
「息吹ちゃんはバッターとして殆ど完成してるからね。うちの戦力的に、息吹ちゃんにはピッチャーとして成長してほしいんだ」
「息吹ちゃん、エースの座は譲らないからね!」
「心配しなくても、ヨミからエースナンバーを奪うつもりはないわよ。私にはヨミみたいな凄い決め球はないし、私の本領はバッティングだって分かってるもの。でも、チームに必要とされている以上、控えピッチャーとしての責務は果たすつもりよ」
息吹ちゃんはそう苦笑する。
うーん。できればお互いにライバルとして競い合うような関係でいて欲しいんだけど、息吹ちゃんは他人との争いを避け、一歩引いちゃうクセがあるんだよね。
……まあ、たぶんそれは私のせいだけど。中学野球のときもそうだったけど、息吹ちゃんは昔から私のせいでいろいろと我慢することが多かったから、自然と自己主張するのを避けるようになってしまったんだと思う。
「ところで、バッターはA班とB班に分かれてるけど、なにか意味があるのかしら? 人数はA班の方が多いけど……」
菫ちゃんが首を傾げる。
「良い質問だね! バッターを二つに分けたのは、A班は単打タイプ、B班は長打タイプとして育成するためだよ」
「なるほど。私は単打タイプね。納得だわ」
菫ちゃんはもともと当てるのが上手いし、選球眼も悪くないからね。少しフォームをいじれば、強豪校相手にもヒットを打てるバッターになってくれるはず。
「じゃあ私は長打タイプかぁ」
「稜ちゃんは足もあるから単打タイプでも良かったんだけど、もともとフリーズインガーなところもあるし、チーム事情的に長距離打者が足りないのもあってB班にしたよ」
「なるほど。まあそっちの方が私に向いてるかも」
稜ちゃんも納得してくれたようだ。
「じゃあ、具体的に練習内容を説明してくよ。気になることとか質問とかがあれば、遠慮なく言ってね」
こうして……。
私たち新越谷野球部の夏に向けた猛特訓が始まる。
果たして、『打撃力を鍛える』という私の判断は正しかったのか? それはまだ分からない。だけど賽は投げられた。もはや後戻りはできない。
だったら、私は私にできることを全力でやる。
それが、これまで息吹ちゃんに散々迷惑をかけ、あの約束に付き合って貰うことになった私が果たすべき責任だから。
次回から、芳乃が部員たちを魔改造していきます。
果たして、新越谷高校野球部はどのような変貌を見せ、どのような成長を遂げるのか。