IFもうひとつの約束 〜もし1年生だけで全国を目指すことになったら〜 作:勘解由小路龍之介五郎左衛門十兵衛
「おっ、この麻婆豆腐美味いなっ! 芳乃が作ったのか?」
「メニューを考えたのは私だけど、作ってくれたのは藤井先生だよー」
「そういえば、藤井先生って家庭科教師だったわね。どうりで、とても美味しいというわけね。でも、芳乃も結構料理上手なのよ」
「へえ……食べてみたか」
合宿初日の夜。
私たちは学校の宿泊施設にある食堂で、晩ご飯を食べていた。
「しかし、今日の練習は楽しかったな。ピン球野球とか」
「私はバットでやるテニスが好きだったし!」
「でも私はやっぱり、普通のマシン打ちが一番好きです! 空振りばかりでしたけど……」
バッターA・B班の練習は、トスバッティングやマシン打ちなどの普通の練習の合間に、普段とは少し違った遊びみたいな練習を挟んでいる。
その理由は単純。あんまり真面目にやりすぎても、人の集中力はなかなか続かないからだ。
希ちゃんと白菊ちゃんの2人は集中力高そうだから真面目な練習だけでも問題ないだろうけど。
一方の、バッテリー組はというと……。
「うー、タマちゃーん。腕が疲れて上がらないよー。あーんするから食べさしてー」
「もう、ヨミちゃん。それくらい自分でやりなよ」
「やだやだー。自分で食べれないよー! あーん! あーん!」
「もお……しょうがないなぁ」
公衆の面前でいちゃいちゃしだす珠姫ちゃんとヨミちゃん。
ヨミちゃんは明日の朝起きたら全身の筋肉痛でさらなる地獄を見ることになるから覚悟しといたほうがいいよ……?
ん……?
「……や、やっぱり……二人は……」
ふと有希ちゃんの方を見ると明らかにショックを受けた表情をしていた。
……あ。そういえば、有希ちゃんはヨミちゃんに一目惚れして野球部に入部したんだったよね。
それなのに、こんないちゃいちゃシーンを見せつけられたら……脳みそが破壊されかねない。
「ちょっとトイレに行って来るし……」
有希ちゃんは席を立つと、ふらふらと出口に向かう。
バタン。
食堂のドアが閉まる。
その瞬間、私の脳裏に悪い予感が走った。
もしかしたら、有希ちゃんはもう二度と戻って来ないんじゃないか……? 野球部を辞めてしまうんじゃないか……?
「わ、私もちょっとトイレ!」
私は急いで有希ちゃんを追いかけた。
有希ちゃんは食堂を出てすぐの廊下に座りこんで……ひっそりと泣いていた。
「有希ちゃん……!」
「芳乃ちゃん、どうして……?」
有希ちゃんは目を丸くして、そして慌てたように涙を拭った。
「ごめんね。私、有希ちゃんがヨミちゃんのこと好きなのも、その想いが報われないだろうことも、気づいてたんだ。それなのに、どうしても部員が欲しかったから、有希ちゃんにそのことを隠したまま入部届を書かせちゃったの」
「そっか……気づいてたんだ」
有希ちゃんは俯いて、ぽつりと漏らす。
軽蔑……されたかな? 自分の目的のために、有希ちゃんの恋心を利用する。私がやったことは、最低の行為だ。
私のせいで、有希ちゃんを傷つけてしまった。
だから、この責任は私が取らなくちゃいけない。
「もし、有希ちゃんが野球部を辞めたいなら、私にそれを止める資格はない。みんなには、私がちゃんと説明して納得してもらうよ」
私がそう言うと、有希ちゃんは首を振った。
「別に、野球部を辞めるつもりは無いし。たとえ、私の想いが報われなかったとしても、私はヨミちゃんに幸せになってほしいし。甲子園で投げるヨミちゃんを見たいし。私はヨミちゃんのことが好きだという、それだけで幸せなんだし」
「有希ちゃん……」
彼女の本心の吐露に、私は自分を省みる。
私は彼女の純粋な想いを利用してしまったことに罪悪感を感じながらも、それでも、これからもそれを利用してしまうのだろう。
そんな自分が恥ずかしい。だけど、どんな手段を使ってでも、夢を叶えたい。
そんな二つの気持ちがせめぎ合い葛藤する私に、有希ちゃんは明るい声で言った。
「それに、別に女の子はヨミちゃんだけじゃないし。野球部で活躍すれば私だってモテモテになれる筈だし。あと、ちょっとだけだけど、白菊ちゃんの事も気になってるんだよねぇ……」
そう言うと、有希ちゃんはにへら……とだらしのない笑みを浮かべる。
「有希ちゃん……」
切り替え早っ。
いや……これはたぶん、強がりか。
私を悩ませないように、あえて明るく振る舞ってくれているのだろう。優しいなぁ。
たぶん、有希ちゃんは私が思う以上に、ヨミちゃんのことが好きだ。たとえ報われなくても、彼女のために野球を続けたいと思うほどには。
その想いが、そんなに簡単に切り替えられるわけがない。
そんな彼女が精一杯の強がりを見せたのだ。
私は有希ちゃんの優しさに敬意を込めて、努めて明るい声を出した。
「有希ちゃん、明日から厳しく行くよー! 甲子園で大活躍して、全国の高校生からキャーキャー言われるくらいの選手にならなきゃだからねっ!」
「う、うん! 任せろし! 出待ちのファンで溢れるくらいのヒロインになってやるし!」
そうして、私たちは二人並んで食堂に戻った。
***
「丹羽さん、見違えるくらい上手くなりましたね」
「はい……流石に私もここまでとは予想外でした」
藤井先生の言葉に、私は同意する。
合宿4日目。
合宿最終日は明日だけど、明日は3チーム合同の練習試合で殆ど潰れるので、実質的に今日がゴールデンウィーク合宿最後の練習日だ。
合宿は大詰めを迎え、遊び感覚の練習からより実践的な練習に移行している。
実際にヨミちゃんと三打席勝負をする形式での打撃練習。より実践的な感覚を養うため、交代で内野にも守備を入って貰っている。地味に数少ない守備練習の機会でもある。
合宿の成果はみんなそれなりにあったけど、一番目を見張る成長をしたのは有希ちゃんだった。
もともとミート力が高かった有希ちゃんの課題はパワーを付けること。
だけど、パワーなんて1日2日で簡単に付くものじゃない。いっぱい食べて、いっぱい筋トレして……そうやって毎日少しずつ育てていくものだ。
もちろん、フォームを改善することでより少ないパワーでも強い打球を飛ばせるようにはなるんだけど(息吹ちゃんが良い例)、それはそれでかなり難しい。
しかし、有希ちゃんは自分の非力さを、別の方法で補ってみせた。
それは、打球の回転だ。
きっかけは、有希ちゃんにカット打ちの技術を教えたことだった。夏の大会までに有希ちゃんのパワーを実戦レベルまで鍛えるのは難しいと考えた私は、有希ちゃんの抜群のミート力を活かし、カット打ちで粘って四球を狙うスタイルを目指して貰おうと思ったのだ。
だけど、その練習の最中。有希ちゃんはハッとなにかに気づいたかのように、私に言った。
「野手を避けるような回転を打球にかけたら、私でもヒットを打てるんじゃない?」と。
初めは無理だと思ったけど、とりあえずチャレンジしてもらったらあっという間に有希ちゃんはその技術を習得してしまった。
順回転、下回転、右回転、左回転、無回転……打球の回転を自由自在に操る。さらに、打球の方向も打ち分けられるようになったのも相まって、思いのままに野手を翻弄することができる。
もちろん、失敗して野手の正面に打ってしまうことも結構あるけど、今までピッチャーゴロばかりだったことを思うと、すごい進歩だ。
有希ちゃん曰く、卓球は反射神経のスポーツだと思われがちだけど、実は回転のスポーツでもあるらしい。相手の回転を読み、自分の回転で欺く。回転の読み合いと反応のスポーツで全国まで行った有希ちゃんにとって、この打撃スタイルはぴったりだったらしい。
有希ちゃんはヨミちゃんとの三打席勝負で1安打。数字上はまぁまぁだけど、アウトになった打席も、しっかり粘った上でゴロを打ってるから合格だ。守備がちょっとでも手間取ればセーフになるタイミングだったし。
それにしても、有希ちゃんの急成長は意外だったな……。てっきり、ヨミちゃんへの傷心でしばらく落ち込むかと思ってたけど。失恋をバネに頑張れるタイプなのかな?
明日の練習試合、有希ちゃんを上位打線で使うのもありかもしれない。有希ちゃんは足が速いから併殺にもなりにくいし、2番打者あたりがいいかな? 最低でも一塁ランナーが入れ替わってくれたら、足を生かした作戦も考えられるしね。
一方、ヨミちゃんの調子はイマイチかな。
合宿の疲労は残っているけど、それでも新フォームの習得によってストレートは前より格段に威力があるし、カーブの迫力も増している。ただ、制球が乱れがちなのがネック。ボールとストライクがはっきりしてるから余裕をもって見送られるし、真ん中付近の甘い球も多い。二球種しかない以上、甘い球を一球でも投げるとそれが致命傷になりかねない。
明日の練習試合はどうなるかな? あんまり無理させたくないし、打ち込まれるようなら私がリリーフ登板することも考えなくちゃいけないかもしれない。理想はヨミちゃんと息吹ちゃんで一試合ずつ完投してもらうことだけど。
……うーん、やっぱりピッチャーがもう一人くらいほしいなぁ。でも適任がいないんだよなぁ。強いて言うなら、珠姫ちゃんは肩が強いからピッチャーも出来そうだけど、そしたらキャッチャーがなぁ。息吹ちゃんはキャッチャーもできるけど、珠姫ちゃんと比べると守備力がガクンと落ちる。
今年はやっぱり、二人に頑張ってもらうしかないかな。私もできる限りリリーフはするつもりだけど、二人に比べると実力は劣るし、体力的にも数イニングが限界だから、戦力としてあんまり計算できないんだよね。
「よろしくお願いしますっ!」
続いて打席に入ったのは、白菊ちゃんだ。
白菊ちゃんたち B班には、長打力を身につけるため、前捌きの技術を練習してもらっている。
基本的に、バッターは体の前で打ったほうが打球に力が入りやすく、飛ぶ。だけどその分、ボールを見極める時間が短くなるので、ミート力は落ちやすくなる。
だから、パワーヒッターは前で打つ人が多く、逆にアベレージヒッターは後ろで打つ人が多い。もちろん、例外もいるんだけどね。
さて、そんな白菊ちゃんとヨミちゃんとの第一打席。
白菊ちゃんは三球三振だった。
うーん、フォームは悪くないんだけど、なかなか上手くミートできないんだよね。初心者だから仕方ないけど、どうしたものか……。
私が頭を悩ませていると、サードの守備についている息吹ちゃんが思い付いたように言った。
「ねえ、白菊って剣道だと、小手とかも上手に決めれたのよね? あんなに小さくて速く動く的に当てられるんだから、野球も剣道の小手を打つイメージで打ってみたら上手く行くんじゃないかしら?」
そんな単純な……と私は思ったけど、白菊ちゃんは何やら思うところがあったらしく、納得したように頷く。
「剣道の小手……ですか? やってみます」
白菊ちゃんは剣道で上段に構えるように、オープンスタンスに構える。
そして、ヨミちゃんとの第二打席。
第一球。鋭く変化するカーブ。
「小手ぇぇぇっ!!」
キィィン!
「ひぃっ!」
鋭い打撃音と共に、痛烈なライナーが言い出しっぺの息吹ちゃんの真横を襲う。息吹ちゃんは咄嗟にグラブを出すが間に合わない。
ヒット。
それも、ライナーを捕るのが上手い息吹ちゃんの横を抜ける三塁線のヒット。
手首をこねるような打ち方になってるから、本来はあんまり良くないんだけど……でも、ちゃんとミートできてるし、打球の勢いもいい。下手に直すより、あえてこのままの方がいいのかもしれない。
「小手はこんな感じですか……では」
白菊ちゃんは何度か頷いたあと、先程と同じように構える。
そして、ヨミちゃんとの第三打席。
その、第一球、ストレート。
「胴ォォォッ!!」
ブォンッ!
空振り。しかし、そのスイングは大振りで先程の小手とは違う。元々のスイングとも違うし……もしかして、胴?
白菊ちゃんは「どおーっ!」って叫んでいたし、今度は小手じゃなくて胴を打つ感覚でスイングしたってこと?
一球目は空振り。
でも、小手とは違い手首をこねてないし、ダウンスイングからレベルスイングになったことでより長打が出やすそうなフォームになっている。
問題は、このスイングでボールを打つことが出来るかどうか。
果たして……?
ヨミちゃんの第二球。
今度もストレート。内角の厳しい球、これは打てな――
「胴ォォォッ!!」
グワラキィィィィンッ!!
打った時の空気の振動が衝撃派となってこっちまで伝わってくるような、そんな一発だった。
白菊ちゃんの打球はバズーカのように勢いよく宙を飛び、外野の防球ネットに突き刺さる。まるで、メジャーでシルバースラッガー賞を4回受賞した某現役三塁手を彷彿とさせる、強烈な弾丸ライナーのホームラン。
「やっぱり……ミート重視の『小手』、パワー重視の『胴』……すごくしっくりきます!」
なんと、卓球の感覚を打撃に活かした有希ちゃん同様、白菊ちゃんも自分の得意分野である剣道の感覚を打撃に落とし込んで、自分のものにしてしまった!
……これは。明日の練習試合、楽しみかもしれない。
千葉ベスト16の大鷲高校と、東東京代表の藤和高校。藤和高校の方は Bチームとはいえ、格上であることには間違いない。
ぶっちゃけ、ゴールデンウィークの時点であのレベルの強豪校に勝つのは無理だと思ってたけど……有希ちゃんと白菊ちゃんの常軌を逸した急成長に加え、他の部員だってだんだんと上達している。
これなら、勝てる……とまではいかなくても、いい勝負にはなると思う。私も頑張らなきゃな。
私は明日の練習試合に向けて、静かに闘志を燃やしていた。
投稿、少し遅くなりました。
実は合宿の練習回を3話分くらい書いていたのですが、だらだらと長い上にイマイチ面白くなかったので泣く泣く全ボツにして書き直してたら時間がかかりました。
ボリュームは1/3になりましたが、そのぶんテンポ良く読めるかな?と思います。
原作でも合宿は割とさらっと流されていましたしね。
あと、2年生組の夜のイベントがなくなった代わりに、オリキャラの恋愛エピソードを入れました。入部させた経緯が経緯なので、この話はいつかやらなきゃなとも思っていたので。
最後に、アンケートを追加しています。
もう少し先の話なのですが、今後の参考にしたいのでできれば協力お願いします。
掲示板が無難かなと思いましたが、『咲-saki-』みたいな感じでプロとアナウンサーのかけ合いみたいなのも面白いかなーとか思ったりして。