ドカベン、大甲子園、キャプテン、プレイボールを読んでいる人でないと意味がわからないと思います。一話ずつは漫画を意識して短めです。
大甲子園の設定でどうしても明訓と墨谷を戦わせたかったため、墨谷は甲子園にいけなかったことにしましたが、そのままプレイボールが続けば谷口キャプテンなら三年の夏に甲子園に行けただろうと思っています。
完全に趣味で書いていますので、ご都合設定満載な上、更新頻度はばらばらです。
第一話 「引退試合の誘い」
キィコキィコとやたら軋む音を鳴らしながら、丸井は自転車をこいでいた。
「谷口さんは今何をしているんだろう・・・」
これから向かう家には、丸井にとって神様のような人物が待っている。
谷口タカオ。
全国大会を制覇し、今や名門の風格が出てきた墨谷二中。その墨二が飛躍するきっかけを作り、それまで万年一回戦負けだった墨谷高校を率い、夏の予選ではベスト4まで進ませた名キャプテン。
どんな窮地においても諦めず、ひたむきに努力しナインを引っ張るその姿は、丸井からすれば理想のキャプテンで、常にその後ろ姿を追いかけてきた。
その谷口が引退したのは一月前に墨谷の甲子園行きが断たれて後のこと。下馬評では墨谷の決勝進出は確実で、東東京の強豪を同じく打ち破った巨人学園との準決勝が期待されていた。だが、実際には準々決勝での谷原戦で勝利しながらも、ナイン全員が力尽きた墨谷は決勝を辞退せざるを得なかった。
これまで猛特訓によって相手との力の差を埋めてきた谷口にとってこの事実は大きなショックであり、丸井をキャプテン、イガラシを副キャプテンとすると、その後は卒業後の進路のためにほとんど部活には顔を出さなくなってしまった。
己も谷口と同じように、中学時代過酷な練習の末に選手層が薄くなり、青葉との死闘の末にケガ人が続出したため全国大会を棄権せざるを得なかった丸井は、谷口に対して酷く同情的だった。
(いや、オレだけじゃない)
イガラシや、あの問題児の井口さえ、谷口を心配している。誰よりも努力し、誰よりも頑張った谷口を嫌う人間が墨高野球部にはいようはずもなかった。
女房役だったキャッチャーの倉橋によれば、谷口は今父親の跡を継いで大工になろうと放課後はつきっきりで修業をしているとのことだ。
「あっ、キャプテン」
角を曲がると、すぐ見えた谷口の姿に、丸井は思わず呟いた。
彼にとっては谷口=キャプテンで、キャプテン=谷口だった。
「ああ、丸井か」
鉋を削る練習をしていた谷口は、いったん手を止めて、家の中へと丸井を誘った。
「今オレ以外誰もいないんだ。まあ、上がれよ」
「お、おじゃまします・・」
居間に通されるや、出された麦茶に丸井は恐縮して頭を下げた。
「えー。本日はお日柄もよく・・・」
「まあ、とりあえず足を崩してくれ」
「は、はい・・。あのう、これ。お茶うけにと持ってきたので・・」
丸井が出したたい焼きに谷口はくすりと微笑み、
「懐かしいな。以前、丸井が持ってきてくれた時にはオレが一人で食べちゃったんだっけ」
今度は気を付けようと、二つずつ分ける。
「ええ。確か墨高が専修館を破って、ベスト8になった時ですね」
「思えばあれから一年よくやったもんだ。みんなは元気かい?」
「ええ。みんな谷口さんに会いたがってますよ。偶に練習に顔を出していただけると・・」
谷口は飲みかけのコップをちゃぶ台に置いた。
「もうお前がキャプテンじゃないか。それにイガラシもいる。オレの出る幕じゃないさ」
「いえ。谷口さんがいてくださらないと、あの井口の野郎が暴走しますからね」
忌々しそうにたい焼きの入った袋をくしゃりとつぶした丸井に、谷口は苦笑する。
「どうも丸井は井口とは相性がよくないな。でも、イガラシとも最初はそうだったから、そのうち何とかなるさ」
「あいつに比べたら、まだイガラシの方がマシですよ!昔に比べれば可愛げがありますからね」
丸井の言葉がきっかけで、二人の間で墨二時代のこと、墨高での試合のことなど思い出話に花が咲いた。
互いにたい焼きを食べ終え、頃合いだと丸井は、今日来た目的について話を始めた。
「それで、谷口さん。引退試合のことなんですが」
「ああ、イガラシが言っていた奴か」
谷口達3年生が引退を宣言し、新体制を発表した時の事。
「ノックで終わりは味気ない。試合はどうでしょう」
副キャプテンに選ばれたイガラシがそう提案したのだ。
イガラシからすると、自分が墨谷二中のキャプテンだった時に、丸井と組んで谷口の墨高と戦ったのが忘れられなかったのだろう。
「ほう。いっちょ揉んでやるか」
嬉しそうにする倉橋や横井とは別に谷口はそうだなあと乗り気でない返事をしていたのだ。
「それで、いかがでしょう。谷口さんも引退試合に参加していただけませんか」
「ああ。都合があえば出させてもらうよ」
「そんな事を言わずに、是非ともお願いします」
「オレたちの引退試合をするよりも秋の大会に向けて練習をした方がいいさ」
「そんなことを言わずに・・・」
「俺も卒業後のことを考えて、今度はこっちの方を頑張らなきゃならないからな」
谷口は鉋を見せると、ぽりぽりと頭を掻いた。