両者を合わせていく過程でどうしてもそうした面は出てくるかなと。ただ、ドカベンは劇画調なだけで魔球などが存在しない点はプレイボールと親和性が高いと思っております。
※作中の東実の監督やキャッチャー等はアニメ版から名付けています。
半ば引退状態にあった3年生の現役復帰。だが、心配された現役部員の動揺はなく、むしろ歓迎する向きさえあった。
誰もが夏の大会の3年生の無念を理解しており、明訓という格好の相手が出来た以上、応援したい気持ちが強かったためである。
打倒明訓に向けて特訓することは、とりもなおさず秋季大会に向けてのレベルアップにつながるとのイガラシの意見の元組まれた特訓メニューは、さすがに墨谷二中を全国に導いた彼が考案しただけあって厳しいものだった。
「痛てててて。もっとゆっくり貼れって!」
手が回りきらぬ背中への絆創膏を半田に貼ってもらいながら、鈴木は悲鳴を上げる。
「やれやれ。谷口の後輩はさすが容赦がねえぜ」
自分も久方ぶりの特訓に泥まみれになった顔をタオルでふきながら、横井は室内を見渡す。
どの部員も一月前の夏の大会に向けた特訓を潜り抜けてきた者たちだが、その連中がひいひい言っているとは。副キャプテンのイガラシは、谷口以上にサディストのケがあるのかもしれない。
「こうでもしないと明訓にはとても叶いませんよ」
素っ気なく言うイガラシに対し、丸井は頷いた。
「ああ。さすがは明訓って感じだったもんなあ。どいつもこいつも」
「そういや、お前達、明訓に行ったんだっけな」
倉橋が着替えながら尋ねると、イガラシは対戦した岩鬼の印象を語った。
「悪球打ちって言われてますが、工夫次第でストライクも打てるみたいです。少しでもボールに外すとパワーがあるだけに厄介ですね、あれは」
「岩鬼にはコントロールが重要だな。他には?」
「いえ、対戦したのは岩鬼だけなので」
イガラシの返答に谷口は黙って腕組みをする。
「どうしたんだい、難しい顔しちゃって」
倉橋の言葉に、谷口は打倒明訓を目指すにはこれでは足りないと答えた。
「た、足りない?」
あんぐりと口を開ける部員を尻目に、倉橋は冷静に問いかける。
「と言うと?」
「まず情報さ。夏の大会中ならば明訓の試合を偵察して向こうの事を知ることもできた。だが、生憎と今は秋だ。新聞に出ているくらいの情報ではどうにもならない」
これまで対戦相手を徹底的に研究し、その差を埋めてきた墨高にとって痛すぎるアドバンテージだった。以前やった川北や谷原相手の時のように自分達の実力を推し量るためならそれもいいだろう。だが、今回はそうではない。明訓に勝つために試合をするのだ。
「ま、まだあるのか?」
戸室が不安そうに尋ねる。この猛練習でもまだ足りないというのか。
「ああ。次に試合経験だ。オレ達は確かに甲子園常連の谷原に勝った。だが、相手は明訓だ。彼らと戦うには圧倒的に経験が足りない」
甲子園常連の谷原を倒すため猛特訓を重ね、遂には勝つことができたがその谷原も霞むほどの相手が明訓だ。何と言っても彼らは全国屈指の激戦区と言われる神奈川を制し、全国の並みいる猛者たちを相手に四度頂点に立った存在である。
「谷口さんの言う通りですね。オレも一度経験がありますが、地区の予選と全国で戦うのはまた違う。各地区を上がってきた連中は一癖も二癖もある。甲子園に出られるようなところと練習試合ができればいいんですがね」
「オメ、そう言ってもよ」
イガラシの言葉に丸井は顔を曇らせた。すでに引退試合の件であちこち電話をし、散々断られたばかりだ。
「もう一回電話してみるしかないスね」
他人事のように言う井口に丸井はぎろりと目を光らせる。
「すまんな、丸井」
「い、いえ。いいんス。そ、それより谷口さん。明訓の情報の方なんですが、あちこち聞いてまわってはどうでしょう」
「聞いて回る?」
「ええ。東実とか、川北とか。知り合いがいるところがたくさんあるじゃないスか。うちと違ってああいう所は、明訓の試合なんかも撮ったりしてるんじゃないですかね」
「成程。だが、貸してくれるかな」
「む。向こうさんにすると、敵であるオレ達に手を貸す義理もねえしな」
谷口の言葉に横井が頷く。知り合いがいると言ってもライバル関係にある自分達に手を差し伸べてくれることなどあり得ない。
「まあ、いいじゃねえか。聞くだけなら損はないしよ。川北の連中に聞いてみるよ」
倉橋が片手を挙げて任せろと応じると、谷口もそれに続いた。
「それなら、東実はオレが電話しよう。丸井達には試合相手を探してもらうからな」
「いや、ついでなんでオレ達で一緒に聞いてみますよ。あまり職員室の電話を占拠するなとこの間部長に怒られちまって」
イガラシの言葉に横井が慌てる。
「おいおい。あんまし部長を刺激するなよ。ただでさえ勉強のことを言ってくるんじゃねえかとヒヤヒヤしてるのによ」
「あ、そっちの方も俺が特訓メニューに追加してますんで」
さらりと言ってのけたイガラシに、部員全員がずっこける。
「お、おい。井口。オメーあいつの昔馴染みなんじゃねえのかよ。ほどほどにしとけって言っておけよ」
井口を小突きながら丸井が言うと、井口はムリムリと首を振った。
「昔からああなると手が付けられねえんスよ、丸井さんの方がよく知ってるじゃないスか」
「まあな。あんにゃろうがああ言うときは何を言っても無駄だかんな」
中学時代から変わらぬ後輩の様子に、ぽりぽりと丸井は頭を掻いた。
丸井を中心に行われた対明訓戦のための情報収集への協力依頼に、かつて地区予選を戦ったライバル達は一様に驚きを隠さなかった。
「また、あの野郎、やりやがったな」
川北の小野田が知らせを聞いて苦笑すれば、
「あいつらは何を考えているか分からん」
谷原のエース村井も呆れる有様だった。
そんな中。ある意味もっとも驚かず、墨谷だったらあり得るだろうと電話を受けていたのが、東実の佐野である。
(墨谷が明訓と試合・・・・・・)
堂々たる東実のエースとして夏の地区大会で活躍した佐野だが、墨谷とは因縁浅からぬ仲であった。青葉学院の時には墨谷二中として。東実に上がってからは、墨高として。中学時代から常に自分の前に立ちふさがってきた好敵手達には、共に高め合うライバルとして並々ならぬ関心を抱いている。
そんな佐野が墨谷の中で特に気にかけていたのが谷口の存在だ。
青葉学院出身である谷口は、佐野の一年先輩にあたるものの、青葉の時には谷口は二軍の補欠であり、一軍の佐野とそこまで面識はなかった。だが、谷口がその持ち前の努力で墨谷二中を率いて青葉の前に立ちふさがり、飽くなき勝利への執念を見せて遂に青葉を破った時、敵味方を超えて尊敬の念を強く抱くに至った。今夏の大会では接戦の末競り負けたが、墨谷なら、谷口なら谷原を破り、甲子園に出場するだろうと思っていたのだ。
(まさか、谷口さんも出るとはな・・・・・・)
夏の大会が不本意な形に終わり、とうに引退したかと思っていた。冗談だろうと思う反面、あの人ならやりかねないと思うのはそれなりに付き合いが長くなったからだろう。
やるからには記念試合などにするつもりは毛頭なく、そのために明訓の映像が必要に違いない。
名門である東実は、関東近県で有名な高校の試合には偵察組を送っている。
当然、明訓の試合の映像もあるが、監督室に保管されており迂闊に見ることはできない。
(監督に相談してみるか)
監督室にやってきた佐野は、そこに前キャプテンの仁科の姿を見、わずかに顔を顰める。引退しても部活に顔を出す仁科は佐野にとってはやりづらい相手だった。
「なんだ、佐野。どうした」
監督の岡本が尋ねると、佐野は墨谷からの依頼について話した。
「何だって。図々しい奴らだな」
開口一番、仁科は墨谷の態度を非難した。
「どこの世界に秋季大会のライバルになる連中を助ける奴がいると思ってるんだ。うちが去年奴らに負けたことを忘れちゃいまい」
「は、はあ・・・・・・」
佐野は口ごもる。忘れていないどころか、その試合で自分も投げていたのだから忘れようがない。
岡本はじっと二人のやりとりを見ていたが、おもむろに口を開く。
「佐野、どうして墨谷に映像を渡したいんだ」
「そ、そのう。奴らが明訓と戦うにはそれくらいのハンデがないといけないと」
「このままじゃ墨谷は明訓には勝てない。まあ、誰が見てもそう思うだろうよ。ましてや今は秋に向けての準備で忙しい時だ。何を考えているんだろうな、あの連中は」
「か、監督!」
「おい、佐野。失礼だぞ!」
ムッとしながら監督を睨む佐野に対し、仁科が突っかかる。
「よせ、仁科。ははは。わしとしたことが言葉が悪かった。お前と連中は長い付き合いというのを忘れていた。映像さえあれば明訓相手に連中が戦えるとお前は思っているんだろう?」
「あの連中を明訓が軽く見ていたら痛い目を見ると思います」
「佐野、止せ!」
岡本は大きな声で笑い声を上げると、窓の外を見つめながら言った。
「わしもそう思う」
「監督!?」
「あの坊や、谷口が一年の時からそう思っとったよ。やつがいる限り、墨谷は必ず強くなるとな。その予想は残念ながら当たった訳だが」
岡本にとっては苦い思い出だった。谷口の一年次。墨谷の練習を見て油断せず、レギュラーメンバーで固めたにもかかわらず、エースの中尾が打ち込まれあわやと言う所まで追い詰められた。一時点差が開き安堵したのもつかの間、執拗に追いすがる墨谷に酷く動揺したのを覚えている。
くるりと振り返り、岡本は佐野の肩を叩く。
続いて出てきたのは二人にとっては予想外の言葉だった。
「よく言った、佐野。それでこそ名門東実のキャプテンだ」
「え・・・・・・」
「か、監督!!」
「仁科よ。去年の夏の大会を忘れたのか。優勝候補の専修館と戦う墨谷に当時のキャプテンの大野はどうした。奴らを助ける攻略メモを渡し、その健闘を祈ったではないか」
「そ、それは・・・・・・」
仁科は思い出す。敗北し、涙ながらに去る中でとっさに大野が墨谷のキャプテンに専修館のエース百瀬を打ち砕くヒントを書いたメモを手渡していたことを。
「それこそがこの名門東都実業の格だ。墨谷が明訓と戦って強くなる? 大いに結構。我々がそれに負けぬよう練習すればいいだけだ、むしろ強くなった奴らにやり返す機会ができたと考えればいい」
「し、しかし監督・・・・・・」
「仁科、お前は見たくないか。散々我々を苦しめたあの墨谷が明訓相手にどこまでやるか」
岡本の一言に仁科の脳裏に昨年の秋季大会の思い出がよみがえる。
佐野の投入で火のつきかけた墨谷打線を消し止めたものの、エース谷口の前に東実はうまく抑えられ敗れ去った。最初から佐野が投げていれば結果はどうだったか分からない。だが、あの時の谷口の出来からして相当な激戦となったことだろう。
「は、はい」
「そうだろう。わしも見たい」
どんと映像のテープを取り出した岡本に佐野は笑顔を見せる。
「か、監督! ありがとうございます」
「構わん。佐野、当日は練習を休みにして見に行くぞ。秋季大会に向けて墨谷の良い偵察になるからな」
夕方。
墨谷高校のグラウンドに現れた佐野は、映像テープの入った紙袋を谷口に手渡した。
「わ、わざわざすまん」
「いえ」
礼を言う谷口に、佐野はぺこりと頭を下げると、くるりと元来た方へと向き直った。
東実から墨谷には大分距離がある。わざわざ届けに来たのはそれだけ大切なものだからだろう。
「佐野、ありがとうな!」
丸井の声にも、振り返らず、佐野はぷらぷらと手を振ってそれに応えた。
「けっ。なんだい、あいつ。水臭えな」
「まあまあ。これで情報の方はめどがたった。後は試合だな」
「そこはオレッちにお任せください」
丸井はどんと胸を叩き、じゃんじゃん電話をかけますよとはりきった。
佐野が墨谷に明訓の映像テープを渡した翌日。
墨谷高校のグラウンドに二人の少年が姿を見せた。
一人は巨人学園の帽子をかぶり、もう一人は金太郎の恰好をしている。
彼らの姿を見つけた墨高の生徒はぎょっとなった。
「なんで、あの二人がウチにいるんだ?」
東東京代表として大甲子園に出場し、明訓と激戦を繰り広げた二人の名前は多くの者が知っている。ましてや、出場辞退がなければ墨谷は彼らと戦っていたかもしれないのだ。
「一球さん、急がないの?」
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ、九郎」
真田一球と呉九郎。巨人学園のバッテリーは初めて見る墨谷に興味津々といった様子で、のんびりと歩いてくるのだった。