プレイボールVSドカベン   作:コングK

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6回表、巨人学園の攻撃。
秘策影武者明訓作戦の前に、墨谷はいかに戦うのか。


第二十一話 「影武者の落とし穴」

『さあ、巨人学園、願ってもないランナーが出ました。この真田くんを塁に出すと厄介です。一回表の再現なるか。一方の墨谷高校は何としても追加点は阻止したいところ。どうする、墨谷バッテリー!』

 

「けっ。気楽に言ってくれるぜ」

 

やたらと熱を帯びた実況に呆れながら、倉橋はじっとやってきた二番の法市を見つめた。

一回表。この法市の振り逃げが引き金となってものの見事に先取点を奪われた身としては、用心したくもなるだろう。

おまけに今目の前にいるのは法市ではない。

 

ゆったりとした歩き方、何ともいえぬ気だるそうな仕草。

曲者、業師。数々の油断ならないという形容詞で語られるその男の絶対的な呼び名。

 

「秘打男」。

 

高校野球史上最高の二番打者と言われ、明訓四天王の中でいち早くレギュラーをとった男。

 

(殿馬、ね。)

 

佐野から受け取った明訓の試合ビデオ。

そこに映っていた明訓の試合は、どれもこれも激闘と呼ぶに相応しいものだった。

王者を追い詰めようとする全国の強豪たち。

その夢を砕いてきた明訓の五人衆の中で、一際異彩を放っていたのが殿馬だ。

 

「づら」

 

法市殿馬がちくたくと足で小刻みにリズムを刻む。

(これが噂のリズム打法かよ。)

白鳥の湖、花のワルツ、皇帝円舞曲・・・・・・。多くがクラシックの名曲から名付けられたその華麗なる秘打の前に、数多の好投手が敗れ去ってきた。神奈川が全国に誇る好投手不知火。甲子園ではあの青田の怪童中西球道すらも。

殿馬を唯一完全に近い形で封じ込めたのは室戸学習塾の犬飼知三郎だけだ。

 

(どうします?)

(とりあえずこの辺で様子を見るしかねえな。)

 

倉橋の要求はインコース高めのストレート。

 

ビシュッ!

ズバン!! 

 

「ボール!!」

 

(む。)

(ぴくりとも動かねえな。リズムが合ってねえってことか?)

それならと、二球目。外角へ逃げるカーブ。

 

「ボール!!」

 

(こいつものってこねえ。どういうこった・・・・・・。)

『さあ、ノーツ―となりました。墨谷バッテリー。攻めあぐねています。一方の法市くん、バットの上で何やら奏でています。甲子園でも見せた華麗なる秘打をこの試合でも出すか、法市殿馬!』

 

「おいおい、嫌に慎重じゃねえか。相手は二番だぜ?」

滴り落ちる汗を拭いながら田所が呟く。

「ふえへっへっへ。初回に同じような場面でしてやられたってのもあるが、相手が殿馬じゃな。慎重にもなるさ」

「おっさんが言ってた影武者明訓って奴か。た、たしかにそれなら頷けるが・・・・・・」

「じゃが、まあわしならどうとでもするがな」

「はあ!? 相手は影武者と言ったって明訓だろ?」

「そう、それよ。明訓と言っていても、しょせんは影武者じゃ。本物じゃない。わしは本物を知っとるからのう」

「本物を知ってるって、おっさん、あんた・・・・・・」

あっと気付き、田所はぽかんと口を開ける。

どうして今の今まで気づかなかったのか。

 

野球帽をかぶり、徳利を提げた老人。

明訓を誰よりも知っているその男。

彼こそは。

 

「と、徳川監督・・・・・・」

 

明訓高校を初の甲子園優勝に導いた名伯楽、徳川家康。

 

「な、なんであんたがここに・・・・・・」

目の前にいる意外な人物に、思わず話しかける田所に、

「しっ! 黙っとらんかい! タイムをかけよったで!」

邪魔だとばかりにその口をふさぐ徳川。

 

一方のマウンド上。

法市殿馬にボールを二つ与えた段階でバッテリーの迷いを感じた谷口は、すかさずタイムをとると、マウンドに駆け寄った。

「どうした、イガラシ。慎重になり過ぎているぞ」

「す、すいません。相手が殿馬だと思うとつい」

手の汗を拭いながらイガラシは答える。

「初回のこともあるしな。ここはくさいところを突いていこうと思ってよ」

倉橋の言葉に黙る谷口に対し、口を開いたのは丸井だった。

「おい、イガラシ。あんな物まね野郎なんざ気にすることはねえぞ。オレたちが会った明訓の連中はあんなもんじゃなかっただろ!」

「え!?」

丸井の言葉にハッと何やら考えるイガラシ。

 

(た、確かに、丸井さんの言う通りだ。)

 

「とにかく、ここはきっちり締めていこう。イガラシ、いけるな」

「はい」

手を挙げて答えたイガラシに、大丈夫そうだと定位置に戻る墨谷ナイン。

その中で、セカンドの丸井をイガラシは呼び止める。

「何だ、どうしたってんだ」

「いえ。丸井さんって案外色々見てるんスね」

「どういう意味だよ」

「いや、お礼のつもりなんですが」

「どこがだ!」

ぶつくさ言いながらセカンドの守備に戻る丸井に対し、中学時代から変わらないなとイガラシはくすりと笑みを浮かべる。

 

(そうだ。オレ達は明訓と、あの連中と会っているんだ。)

呼吸を落ち着かせ、イガラシはじっと法市を見据える。

(真田の岩鬼は上手くいっていた。けれど、あの岩鬼の何ともいえねえ迫力はなかった。)

 

(どうしたものかね。)

悩む倉橋に対して、イガラシがサインを出す。

(おいおい、大丈夫かよ。)

サインを出す倉橋に対し、

(試させてください。)

首を振り、再度同じサインを出すイガラシ。

(おいおい。随分と強情だな。谷口の後輩だからか。)

ちらりと三塁を見ながら、倉橋は根負けし、ついに頷く。

 

『さあ、作戦会議は十分に済んだか。墨谷高校イガラシくん、二塁ランナーの真田くんを気にしながらも、三球目!』

(こいつはどうだ?)

ビシュツ!!

インコース低めのストレート。

「ストラーイク!!」

切れ味鋭い直球が決まるも、法市はのんびりとイガラシを見たままだ。

そのいかにも殿馬らしい仕草は余裕を感じさせる。

 

だが。

何か手ごたえを感じたか、ニヤリとイガラシが笑う。

(騙されねえぞ、オレは。)

 

実際に会っていなければ。雰囲気で誤魔化されたかもしれない。

目の前の男は殿馬だと、実像以上に相手を大きく見て、ひとり相撲をとっていたことだろう。それこそが真田一球の思惑通りだとも知らずに。

 

けれど。

自分と丸井は会っている。

明訓五人衆に。あの秘打男に。

目の前の男から感じられる迫力はそれに比べれば微々たるものだ。

(お前は殿馬じゃない。)

 

ストレートなら白鳥の湖。変化球なら花のワルツ。

佐野が持ってきたビデオで何度も確認した、そのプレイ。

相手投手のリズムを見抜き、的確に隙をついてくる嫌らしさ。

「お前にはそれがねえ!」

 

ズバン!!

「ストラーイク!!」

『イガラシくん、ここは強気で攻める! 二球続けてのストレートだ!』

「ほお。分かっとるやないか。あのピッチャー。影武者の倒し方をのう」

「影武者の倒し方?」

「影武者は影武者や。そっくりであっても本人じゃあない」

徳川は楽しそうに呟いた。

 

(三球目はさすがに変化球づらか。)

ちくたくとリズムを刻む法市。

それを無視するかのように。

 

ビシュッ!!

うなりを上げる快速球に、思わずバットが出る。

ブン!!

「ストラーイク!! バッターアウト!!」

「うっ!」

『ああっと、三球目もストレート! 切れ味鋭いストレートに思わず法市くん、バットが回った!』

(ほれ見ろ! 真似はしょせん真似なんだよ!)

 

ククッ。

「くそ~」

ブン!!

「ストラーイク、バッターアウト!!」

「よしっ!!」

『マウンド上、吠えたイガラシくん! 呉くんのバットが空を切る!三球連続変化球で強打者呉くんを三振に切って取り、見事ピンチを切り抜けました!』

 

「オレたちが相手にしようとしているのは本物の明訓なんだ! 偽物はお呼びじゃないんだよ!」

ようやく一矢報いた形となり、小さく拳を握り、二塁から戻る一球をイガラシが睨む。

 

「その意気やよし。だが、まだ勝っているのは僕たちだ」

平然とそう言いながら戻る一球だが、ぐっと唇を噛みしめる。

(一点は取れると思っていたが・・・・・・。)

 

「くひひひひ。一点は欲しかったところじゃろうな。だが、取れなかった。こいつはでかいぜ。この裏、面白くなりそうじゃて」

徳川の言葉に、側にいた田所はごくりと唾を飲み込んだ。

 

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