「ああ、それならうちのキャプテン、いや元キャプテンに聞いてくれがや」
清水の舞台から飛び降りるほどの勇気を出して連絡をしたというのに、電話に出た顧問の大平という教師はのんびりとした受け答えだった。
「うちはそういうのは岩鬼に全て一任しとるからな。ああ。どうしてもというなら直接来た方がいい」
「分かりました。明日、伺います」
「ほいほい。それでは気を付けていらっしゃい」
がちゃりと電話を切った大平を同僚の教師が声を掛ける。
「また練習試合の申し込みですか。山田達が引退するからとあちこちから申し込みがひっきりなしですな」
「甲子園が終わったのだから、次の世代にバトンタッチという訳にはいかんもんかと」
「なかなか難しいでしょう。プロになったら5人が揃うなんてことは、それこそオールスターぐらいしか考えられませんから」
まだ、プロにもなっていないのにオールスターの話をするとは随分と気が早いものだと大平は内心呆れた。
「どうしたんだ、あいつ。腕組みなんかして」
先ほどからベンチでじっと動かない岩鬼を尻目に里中はのんびりと体操を始める。
「昼の放送をそろそろやらせて欲しいと放送委員会に泣きつかれたからじゃないか」
とこれは微笑。
「一度受けたからと何度もやりすぎづら」
岩鬼が放送室をジャックし、甲子園の名場面を振り返るという暴挙はこれまで何度となく繰り返されてきた。ここ最近はそれを楽しみにしているという者が増えてきていたのだが、さすがにあのシーンをもう一度シーズン4となった時点で周囲がストップをかけた。
「いいじゃないか。あれで校長先生も楽しみにしていたみたいだし」
山田が言うと、殿馬は無言で肩をすくめた。
(全く雑魚どもが。わいのようなスターがそないなちんけなことで悩むかいな。)
周囲の予想とは違い、岩鬼の考えているのは別のことだった。
(高校野球で頂点に立った常勝軍団明訓のキャプテン・・。それだけでプロのスカウトどもは涎を垂らすこと間違いなしや。その上、わいは不世出の天才。取らない筈がない。スカウトに目をつけてもらうために、せこせこ練習せなあかん連中とは訳が違う。)
甲子園に優勝した後も、明訓5人衆と呼ばれる山田、岩鬼、殿馬、里中、微笑の5人は練習に欠かさず顔を出していた。後輩の面倒を見るだけでなく、甲子園優勝校出身の彼らには多くの球団が注目しており、この冬のドラフトの目玉となるのは確実であり、プロを見据えてのトレーニングの意味もあった。
だが、岩鬼は内心複雑だった。いつも通り練習に来てはいるが、秋季大会前に3年が引退すると決まった以上、部活に顔を出すのはいかがなものか。プロへ向けての練習は必要だが、現役の邪魔になったり、彼らが逆にスターである自分に頼りきりになったりするのはよろしくない。
新キャプテンとなった高代は岩鬼の信奉者であるため、彼を邪険にすることなど考えられないが、高校野球で頂点を極めてしまった男にとって、プロと高校の間なような今の期間にどこどなくもやもやするものがあった。
「空しい・・・」
ついつい口に出た一言に周りは互いに顔を見合わせた。
「ついに、己のバカさ加減に気付いたづらか?」
「山ほど来ていたファンやスカウトが姿を見せなくなったからだろ」
と、微笑。
「いや、手持ち無沙汰なんだろう。秋季大会に出ないと決めたから」
バットを磨きながら山田が言うと、里中がおいおいと岩鬼を見た。
「それは話し合いの末だから仕方ないだろう」
明訓5人衆が秋季大会に出ると言えば、他の高校のエースクラスも高校生活最後の勝負と目の色を変えてくるのが分かっている。今夏の大会でも里中に山田が怪我をしたとあって、プロ入りを考えて、早めに引継ぎをした経緯があった。
「うちが秋季大会に出ないと分かると、どこもみんな一斉に代替わりしたらしいからな」
微笑がキャッチャーミットを付けながら、渚に声を掛ける。
「プロではコンバートなんて当たり前だ。俺も久々に練習しとかにゃ」
(あかん。冬が近いのか、頂点に立ってしまった男の悲哀か。燃えるようなものがあらへん。)
岩鬼はピッチング練習をしていた渚に声を掛ける。
「わいが相手をしてやるさかい。いい球を放れよ」
「えっ!?狙ってボールを投げるのって難しいんですが・・」
「じゃかあしい!何をごちゃごちゃ言うとるんや。もうすぐプロ入りするわいが相手してやるんやでえ。こないにありがたいことがあるかい!!」
「人はそれをありがた迷惑というづら」
渚が投げた球が投げそこなってストライクに入り、岩鬼の全力スイングに驚いた目黒が思わず球を後逸する。
「サナギ~~~!!!」
激昂する岩鬼。悪球うちの岩鬼とってストライクはとんでもないボールだった。
「渚は悪くないづら。普通はそれを絶好球と呼ぶづらよ」
「ワイに気持ちよく打たせるピッチャーはおらんのか!!」