対巨人学園戦の際に行いましたが、ちょこちょこ作者は読みつつ手直ししてます。
参考までに書くと、土門はあの山田と5打席以上対戦しながら打たれたホームランはランニングホームランのみというとてつもない投手です。
徳川の発案により急遽始められた実戦形式の特訓。
千葉県代表クリーンハイスクールのエースである影丸と墨谷ナインの対戦は結局被安打1、三振5という結果に終わった。
「ドウダッタ?」
土門にボールを渡し、ベンチに退いた影丸にフォアマンが尋ねる。
「思ったよりもやる。とくにあの四番、谷口と言ったか・・・・・・」
視界の片隅でバットを振るう谷口を影丸はじっと見据えた。
背負い投法を当てられ、ムキになった影丸のタマに谷口が食らいつくこと二度。
ついに打ち取ったとはいえ、その粘りは影丸のプライドを大いに刺激し、その後の全力投球へとつながった。
「よもやこの俺が汗をかくことになるとはな」
その言葉とは裏腹に、どことなく嬉しそうにする影丸にフォアマンは首を捻る。
一方マウンドに上がった土門は、二度三度と投球練習を繰り返しながら先日の谷津との会話を思い出していた。
「えっ。山田さんたちと引退試合をですか?」
「ああ。東東京の墨谷がな」
「明訓に土をつける最後の機会。確かに徳川監督なら首を突っ込むでしょうね」
「それどころか俺たちにも手伝って欲しいそうだ。明訓を苦しめた実績を買ってということらしいが・・・・・・」
「何か問題が?」
「いや・・・・・・」
何も知らない谷津を前に土門は口ごもる。
「山田を追ってプロ入りするつもりならいい肩慣らしになるじゃろうよ」
そうこちらの心の内を見透かすように電話で告げてきた徳川。
打倒山田を掲げる土門にとって、山田がプロ入りする以上その後を追っていくのは必然だ。
横浜学院の監督としてトレーニングを積んできた土門だが、実戦の場から離れて久しい。
今回の徳川の申し出に興味をそそられるものはあった。
だが、土門無き後の横浜学院監督を誰に託せばいいのかがまだ決まっていない。学校側は早急に代わりを探すと言ってくれてはいるものの、人材探しに難航している。そんな中で自分だけ徳川の申し出を受け、プロ入りに向けて一人動き出すことなど責任感の強い土門にはできようもなかった。
「あのー、土門さん。もし監督をどうしようかで悩んでいるのなら、僕がやりますのでご安心ください」
谷津の提案に土門は言葉を失う。
「吾朗、お前・・・・・・」
「土門さんはプロ入りすべきです。そして、山田さんとの決着をつけてください」
「知っていたのか」
学校長含め何人かしか知らない情報をなぜ谷津が知っているのか。
「バッテリーですから」
「ウフフフ。そうだったな」
谷津の言葉に土門は笑みを見せる。
あの捕球すら満足にできなかった谷津がこうも言うようになるとは思わなかった。
「土門さんに育てていただいた僕です。それぐらい御恩返しをさせてください」
「何を言っているんだ、吾朗。お前を無理やり野球に戻したのは俺じゃないか」
「とんでもない! フライも捕れないライトとして首になった僕に好きな野球をさせてくれたのは土門さんです」
「吾朗・・・・・」
「もし、気が済まないということでしたら、最後にもう一度土門さんのタマを受けさせてください」
「お前はそれでいいのか」
「もちろん。それが僕の望みです」
ニッコリと笑う谷津に対し、土門は一瞬躊躇するも、こくりと頷いた。
「よし、やろう。やろうぜ、吾朗」
「ええ。打倒明訓を目指す墨谷に見せてやりましょう。神奈川に土門ありということを」
「よ~し。トップからや。丸井、準備せえ!」
「お、おう!」
(随分と鍛え上げられている。相手にとって不足はない。)
歩いてくる丸井の様子を見てとり、土門は気持ちを新たにする。
(都予選を怪我で敗退したチーム。どことなく感じるものがあったが、そんな思いは捨てた方がよさそうだ。)
打席に丸井が入ったのを確認するや、谷津がミットを掲げる。
「しまっていこ~!」
「おいおい」
「どういうこった」
それを見た墨谷ナインから戸惑いの声が上がるが、徳川は口の端に笑みを浮かべると、
「夏の甲子園大会決勝じゃ! 神奈川県代表横浜学院と、東東京代表墨谷ののう!」
マウンドにいる土門に呼びかけた。
(甲子園・・・・・・。)
全国屈指の激戦区と言われる神奈川県予選。
不知火のいる白新、雲竜のいる東海、小林のいる東郷学園。
多くの強豪校が打倒明訓を目指す中、もっとも明訓を苦しめたのは土門のいた時代の横浜学院だろう。
土門が投手として明訓と相対したのは二度。いずれも鉄人土門の前に明訓は苦しめられた。特に夏の大会に至っては、6試合連続ノーヒットノーランを達成した土門の剛腕の前に凡打と三振の山を築き、あと一人というところまで追い詰められた。谷津の落球によって九死に一生を得、辛くも甲子園に出場することができたが、あわや明訓の初黒星なるかとお茶の間が色めきだったのは記憶に新しい。
(土門の不幸は同じ神奈川に山田がいたことよ。そうでなければ甲子園の土を何度も踏んでいたことじゃろうて。)
自らも監督時代に苦しめられた徳川にとって、土門の存在は忘れられるものではなかった。
『さあ、あの明訓を破り、甲子園出場を果たした鉄人土門。ここまで一人でマウンドを支えてきました。残すは後一つ。対するは東東京代表墨谷。満身創痍ながら、土門を打ち崩すことができるのか!』
風に乗って聞こえてくる実況や、観客のざわめきを感じながら、土門は谷津に向けて大きく頷いた。
(なんだ、こいつのこの迫力は・・・・・。)
不敵な笑みを浮かべ、初めは様子見をしていた影丸と違い、最初から気合十分の土門の迫力に、丸井は圧倒される。
ガバアアア!!
ビシュッ!!
ドシィ!!
谷津のミットに収まった土門の剛球に丸井は唖然とし、墨谷ナインは言葉も出ない。
二球目インコース高め、ストレート。
及び腰になりながら空振りを喫した己に苛立ち、丸井はぱんぱんと頬を張った。
(くそっ。びびってどうする。相手が強いのは分かり切っていたことじゃねえか!)
あの明訓を追い詰めた連中なのだ。只者である筈がない。
(影丸も速かったが、それ以上だ。)
影丸のストレートがカミソリとするなら、土門は鉈だ。
上手から振り下ろされるその一球は重く、力強い。
(これならどうだ!)
(む・・・・・・)
バントの構えを見せた丸井に対し、谷津の要求はど真ん中のストレート。
ガバアアア!!
ビシュッ!!
キィン!
「う・・・・・・」
当てに行った丸井だが、土門の球威に押され、バットを弾かれる。
「そんな・・・・・・」
「バントすることもできないなんて」
呆然とするナインの中、顔面蒼白の島田が打席へと向かう。
「おい、下手くそども! 青びょうたんみたいな面をしてねえで、打てねえなら工夫をせんか!」
「そ、そうだ」
「うむ」
徳川の檄に応えばらばらとベンチの前に並んだ墨谷ナインは土門の投球タイミングを計るため、バットを振るう。
島田三振。
「く、くそ!」
イガラシ、バットを短く持ちファールするも同じく三振。
(ミートの上手いイガラシが捉えられないなんて。)
打席に入った谷口に、マウンド上、土門はふうと息を吐く。
(この男は要注意だ。)
影丸の背負い投法を当てた谷口に対し、土門の第一球。
ストレートど真ん中。
ドシィ!!
ミットに向けて唸りを上げる土門の剛球に、谷口は冷や汗を流す。
(もっとバットを短く・・・・・・。)
「おい、谷口!」
次打者の倉橋がバットを寝かせてみせる。
「あ、あれは!」
その構えに谷口の古い記憶が呼び覚まされる。
昨夏の都予選。大会屈指の速球投手、専修館の百瀬を打ち砕くべく行った猛練習の最中に編み出した速球に合わせるバッティング。チョコン打法などと揶揄されもしたが、百瀬対策には効果を上げた。
「成程」
「確かにあれなら」
当時を知る島田や加藤が頷き合うが、横井や戸室は厳しい表情を崩さない。
「確かにあれなら当てられるがよ」
「専修館の投手より土門の方が速いぜ」
(速いだけじゃない。おまけに重い。)
アドバイスを送ったものの、通じるかどうか倉橋は半信半疑だ。
ガバアアア!!
ビシュッ!!
ゴオオオオ!!
チッ!!
掠ったボールがそのまま谷津のプロテクターに当たる。
「当たった! あの剛速球に!」
「だが、それだけだ。もっと腰を入れないと飛ばせない」
三球目、同じくインコースのストレート。
わずかに掠ったボールがころころと三塁線に切れ、ファールとなる。
(な、なんて重いタマだ。合わせるだけでも一苦労なのに。)
四球目、インコース高め。誘いにのらずボール。
(よく見たな。)
(ええ。あそこは振りたくなるはずなんですが。)
(俺に対しても粘って来るか?)
(それならこれでどうです。)
谷津の出したサインに、土門は口の端を持ち上げる。
(よし。)
ガバアアア!!
グク!!
鋭く落ちるシンカーに意表を突かれた谷口のバットが回る。
「くそっ!」
ブン!
「ああっ!!」
周囲からはため息が漏れた。
「谷口さんまで・・・・・・」
「こ、こんな奴にどうやって明訓は勝ったんだ・・・・・・」
「おいおい。その明訓に勝つつもりなんじゃないか、俺たちは」
倉橋の言葉にはっと我に返り、墨谷ナインは素振りを再開させる。
(さてと。皆にああ言った手前、せめて掠るぐらいはしねえとな。)
谷口と同じく打席に入るなりバットを寝かせる倉橋。
その様子に横浜学院バッテリーは頷き合う。
(さすがに明訓と戦おうとする連中ということか。)
(ええ。一筋縄ではいかないようです。)
(それならとことん付き合うまでだ。行くぞ、吾朗。)
(はい。)
土門は大きく振りかぶると、谷津のミット目掛けて力強く投げ込んだ。