プレイボールVSドカベン   作:コングK

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相変わらずドカベン要素が強くなっています。大甲子園後ドカベンプロ野球編までの空白の時間を作者なりに考えました。


第四十話  「頂を目指す者」

「さあて、連中はどうしてっかな」

 日が陰り、涼しさが増した頃。

 最近仕事が忙しく、顔を見せていなかった田所は練習場所である河川敷に急いでいた。あの明訓と試合をすると意気込んでいるのだ。さぞかし谷口が無茶をしているに違いない。買い込んできたアイスやジュースでせめて慰労してやろうと彼なりの思いやりをもってグラウンドに着くや。

 「こ、こいつは一体どういうこった……」

 その異様な光景に絶句した。

 

 墨谷のベンチにいるのは事もあろうに元明訓監督の徳川。相手側ベンチに並ぶのはいずれもあの明訓としのぎを削ったライバルたち。

 ボロボロになりながらもマウンドに上がる谷口を前に打席に立つのは、背負い投法で有名なクリーンハイスクールの影丸だ。

 

「徳川監督が臨時でコーチだと? 何の冗談だよ、おい」

 ベンチでスコアブックをつけていた半田に事情を尋ねるや、これまでの経緯をざっと説明される。

「仮想明訓打線だとかで、今六巡目です」

「あの連中相手に六回投げているだと?」

「ええ。間にこちらの攻撃も挟んで」

半田の答えにあんぐりと田所は口を開けた。

 

 通常強豪と呼ばれるどのような高校でも打線にある程度の穴はあるものだ。一番から九番まで気が抜けないという打線の方が珍しく、あの強力打線を誇った専修館ですらそうだった。だが、仮想明訓打線はそうではない。並ぶのはいずれ劣らぬ強打者好打者で、一つの失投も許されぬ。相手をするのにどれほど神経を擦り減らすことになるか。想像もつかない。

 

「だが、付き合う方も付き合う方だぜ」

 普通の試合で六度も打席に立つことなど、ごくまれにある大差がついた試合以外には延長戦ぐらいしかありえない。それに加えて土門や影丸は投手まで務めているのだ。規格外の体力と言っていいだろう。

 

 谷口の投げたストレートをファールにする影丸に、横井は呆れたようにため息をついた。

(ったくどいつもこいつも化け物かよ)

 真田一球という個が強かった巨人学園に対し、仮想明訓打線は五人それぞれが強打者だ。必然的に守備陣も常に気を張っていなければならず、そのプレッシャーは相当なものだった。

 

(にしてもよ)

 横井は呆れた眼差しを谷口に向ける。守備につくナインのほとんどが疲労困憊の表情を見せているというのに、マウンド上の谷口は息が荒いものの疲れをおくびにも見せない。

(とんでもねえのはあいつも一緒だな)

 自らとは異なり、一年次からレギュラーを張る同期に、横井は改めて畏敬の念を向ける。

(この忙しい時期によ。よくやるもんだぜ)

 そう呆れながらも、横井は鼻の頭をこすった。

(まあ、それはおれも同じことか。へへ、随分と谷口に毒されたもんだぜ)

 

(ちっ。また差し込まれてやがる)

 忌々し気に影丸は己のバットを見た。完璧にタイミングを合わせた筈なのに、なぜかファールにされる。回を重ねるごとに段々とその球威が増していくように感じるのはなぜだろう。

 始めのうちはポンポンと力の差を見せつけるように川面へ放り込んでいたが、四巡目辺りから打球が詰まるようになった。

(気圧されているというのか、このおれが!)

 タイムをとり軽く素振りをしながら、マウンド上に立つ谷口、そして息を荒げながらも守備につく墨谷ナインを見回して影丸はふと疑問を抱いた。

(なぜ、こいつらはここまでやる。いくらやってもあの山田が相手。叶う訳がないとは思わないのか)

 影丸の脳裏に浮かぶのはこれまで己が歩んできた道。

柔道で敗れ、野球でも敗れた。山田がいる限りは一番になれないと打倒紫義塾を掲げ、剣道へとのめり込んだが、小物と断じた先斗三十郎の前に苦も無くひねられてその面目は丸つぶれとなった。

(だが、その紫義塾の連中すら山田は倒した)

 

 今夏の甲子園大会決勝。剣術と野球の二刀流を極めた紫義塾は確かに明訓を追い詰めた。

だが、結局はドカベン山田太郎の前に敗れた。ただ一度の敗戦を残して明訓は甲子園から去っていった。

 

 これから何を目標としていけばよいのか。思い悩む影丸の下に徳川から連絡があったのはつい先日のことだ。

 

「何だと、明訓との引退試合?」

 その話を聞いた時、面白そうなことを考える奴がいるなと影丸は思ったものだ。

「おうとも。そのためにぜひお前さんの力を借りたい。棒振りなんぞにうつつを抜かしておってもその腕はさび付いた訳ではあるまい」

「ふん。このおれをバッティングピッチャーにしようなどと、いい度胸じゃねえか」

「投げるだけじゃねえ。けちょんけちょんに打ってもらいてえのよ。まあ今のお前さんが打てるかどうかは別やがな」

「上等じゃねえか。ほえ面をかいても知らねえぜ」

 徳川の挑発に敢えて乗り、わざわざここへやってきたのは何のためだったか。

(見てみたかったのかもしれねえな。この期に及んでまだ明訓に挑もうっていう馬鹿どもを)

 

キン!

「ファール!」

「どうしたい、影丸! その腕、すっかり錆びついちまったんじゃねえか?」

 かっかと笑い声を上げる徳川に、影丸はふんと鼻息を荒くする。

(ふざけるな。おれは真面目にやっている。やってはいるんだ……)

 

三球目四球目と尚も捉えられぬ己のバッティングに影丸は苛立ちを募らせる。

谷口のコントロールはいいが、球威からすれば大したことはない。普段の自分なら容易に捉えられる筈だ。

(確かにブランクはある。だが、たった数か月だ。それなのにこのザマはなんだ)

 これまでの蓄積で何とかなると踏んでいた影丸だが、予想外に谷口に背負い投法を打たれ、さらにバッティングでも追い込まれて不機嫌を露わにする。

 谷口達とて一度は引退した身。野球から離れていたということに関しては、自分とそう変わらない筈だ。それなのにどうしてここまで差が出るのか。

(なぜだ。何が違う。奴と、おれと!)

 

「カゲマル……」

 焦る影丸の姿をネクストバッターズサークルで見ながら、フォアマンは影丸が剣道を始めると言い出した頃のことを思い出していた。

 千葉県大会で中西球道率いる青田に敗れ、山田という高い山と闘えぬ無念さから、失意の中影丸は新たな強敵を求め、打倒紫義塾へと鞍替えした。

(ダガ、ホントウニヨカッタノカ、ソレデ)

 固い表情で野球部を離れることを伝えに来た影丸。

 それに対しナインが口々に引き留めるも、彼は考えを変えなかった。

 まるで何かを思い詰めたように部を去って行った。

 

「ボール!!」

 左右に散らす作戦に切り替えたバッテリーに対し、影丸はよくタマを見極め、フルカウントとなる。

 再びタイムをとった影丸は、何気なく倉橋に問いかけた。

「ここまでして明訓と闘って何の意味がある? 相手はあの明訓、ドカベン山田だぞ。勝てると思っているのか」

「まあ、正直そこはおれも同意なんだがね」

 倉橋な苦笑しながら、谷口へとタマを投げ返した。

「マウンドにいるあいつは全くそう思ってないみたいなんで」

 その言葉に影丸はじっと谷口を睨む。

 はあはあと息を荒げ、滝のように汗をかきながらも。

 その目つきは鋭く、闘志は衰えを感じさせない。

 

(これほどの打線を相手にしているってのに。こいつのこの根性はなんなんだ)

 たった一試合。しかも公式の記録には残らない、ただの練習試合ではないか。

(こんなことをしている場合じゃなかろうに)

 就職に進学。高校三年生として忙しい時期の筈だ。

 自分のように親が経営する会社があるのなら構わない。

 プロ野球志望ならそれも納得だ。

(だが、そうでもない奴らがどうしてここまでやる)

 明らかに理に合わない。狂っているとすら感じられる。

 

低めに来たカーブを一塁線へファール。

 

(秋季大会前の貴重な時期。それに付き合おうとする連中の気持ちも分からねえ)

 真っ黒になったユニフォームから、普段余程練習を積んでいることは分かる。

 今は新チームの体制を盤石にしていかなければいけない時期だ。こんな無茶をして部員が潰れたらどうしようというのか。

(山田に、明訓に勝てるつもりだと?)

 幾度となく敗れた自分だから言える。

 そう思うこと自体は勝手だ。だが、結果がそれについてくるとは限らない。

 山田とはそれ程の壁だ。勝てるための算段をし、日々努力をしても超えられなかった。

 ならば、最初から諦めればいい。

 無駄に惨めさを感じる必要はない。

 そこまで考えて、影丸ははたと気づく。

(無駄? 惨め? 山田に挑んだことがか?)

 タイムをかけ、グリップの汗を拭きとる。

 脳裏に浮かぶのは、かつて打倒山田、打倒明訓を誓い、日々汗を流してきた己の姿と関東大会での激闘の記憶。

山田の記憶喪失に雨での中断。

徳川の指示を無視しての山田との真剣勝負。

(あれが全て無駄だった? 本当にそう言い切れるのか?)

 パタパタと手に滑り止めをつける。

 

(いや、それは違う)

 かつての己もそうだったでないか。

 己の全てをぶつけ、尚も高みを目指そうとするその気持ち。

 明訓に、山田に、勝つためには全てを投げうっても構わぬというその姿勢。

 高き頂を目指そうとひたむきにがむしゃらに挑んだ日々。

 

(忘れていた。おれは忘れちまっていた)

 バットを強く握り締め、影丸はマウンド上の谷口をぐっと見据えた。

(山田がいる限りは野球では一番になれない。そうおれは考えていた)

 ストレートを三塁線へ。大きく切れてファールとなり、川の中へと飛び込む。

(だが、こいつはどうだ。甲子園でのあの中西との激戦を見ても全く気持ちが萎えることなく挑もうとしている)

 

「正直驚いたぜ」

 バットを構え相対する谷口から発せられる得も言われぬ迫力に圧倒されながら、影丸は呟いた。

「この時期に明訓に挑もうとはな。そこまで欲しいか。明訓に、山田に勝ったという証が」

 影丸からすれば賞賛のつもりだったが、何のことだか分からないと倉橋は肩を竦めてみせた。

「いや。ただ単に明訓と試合をしたいってだけなんで」

「何だと?」

 驚きの余り、影丸はバッターボックスを外す。正規の試合ならばタイムがかかっていないため無効だが、練習であるため松川も厳しく言う事はない。

「それだけでここまでやるだと? 明訓を倒して一番になりたいとかそういうのじゃないのか」

「ああ」

 打倒山田・打倒明訓に明け暮れた影丸にとって倉橋の言葉は理解できないものだった。

「そんなバカな話があるか! 相手はあの明訓だぞ?」

「無論やるからには勝つつもりでやるがね」

「甲子園に出てもいないお前らが? 無謀だとは思わねえのか」

「挑むのは勝手だろうさ。それに……」

 非難めいたい影丸の言葉に、倉橋は困ったように頭を掻いて見せた。

「うちの大将は一度ムキになると手がつけられないんで……」

「なんだと!?」

 予想外の答えに唖然とする影丸。

 そこへ十二球目。

 谷口渾身のストレートが投げ込まれた。

 

「ちっ!」

 キィン!!

 

 高々と上がった打球を捕ろうとする倉橋を見ながら、影丸は腹の底から湧き出る笑いを抑えられないでいた。

 

「くっくっく。そうか。成程な」

 気づいてみれば単純なことだ。

 相手が如何に高い山で越えられないかもしれないと思っていても。

 挑み続けようとする気持ちがなければ一生勝つことはできない。

 山田がいるから一番になれぬと野球から離れた自分と、山田の強さを知りながらもただ勝負がしたいとがむしゃらに突き進み、諦めない谷口。どちらが野球に真摯に取り組んでいるのかと言われれば一目瞭然だろう。

 

 中学時代柔道で敗れたにも関わらず、なぜ野球の世界へと入ったのか。

 山田に勝つためだ。あの男を倒すために諦め悪く、自分はその後を追ったのではないか。

 勝ちを目指しながらも、頂の高さに興奮し、挑みつづけたのではないか。

 

(そんな簡単なことを忘れちまうなんてな)

 楽しそうに笑う影丸の姿に呆気にとられる一同に対し、徳川はその様子を満足げに見つめていた。

 

 

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