プレイボールVSドカベン   作:コングK

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野球狂の詩回です。
冬コミ受かりました。進行的にはぎりぎりですが、何とか間に合わせたいと思っています。



第四十二話 「記者二人」

 秋晴れの空の下、月明かりの差す夜。

ガード下にある屋台のおでん屋に一人の男の姿があった。

「随分と涼しくなったもんじゃ。熱燗をもう一本と、がんもに牛すじをくれ」

「へえ」

 出されたおでんに舌鼓をうつ男の顔からは、とても今日早々に打ち込まれたというショックは見てとれない。

 

『それにしても、頷けません。東京メッツ。エース火浦を如何に怪我で欠いているとは言え、よもや岩田鉄五郎を先発にもってこようとは』

『先発の岩田が大誤算でしたね。初回にいきなり三失点では国立を怪我で欠く今のメッツには苦しいですよ』

 

 ラジオから聞こえてくるニュースに男は顔を顰めると、杯を置いた。

「ふん。勝手なことを抜かしおる。評論家風情は気楽でええわい」

 その様子を横目でちらりと見た店主は、無言でラジオを消した。

 

 よれよれ十八番こと岩田鉄五郎。言わずと知れた日本球界の至宝であり長老。

御年五十六才でありながら、未だに現役を続けている生きる伝説。

 そんな彼が時折顔を出すようになってからもうどれくらいになるだろう。

 

「遅いやないか」

 鉄五郎の言葉に、店主がふと目を向けると若い男がやって来ていた。

「何を飲む? ビールもあるで」

「まだ仕事が残っているんでね。おでんだけで結構です。適当に見繕ってくれ」

「へえ」

 どかりと鉄五郎の隣に腰を下ろすと、男は眼鏡を拭き始めた。

「それで、山井よ。どうやったんや、例の件は」

 出された牛すじに鉄五郎は勢いよくかぶりついた。

「岩田さんの予想通りでしたよ」

 山井は店主の出したおしぼりで顔を拭いた。

 

東京メッツの誇る主砲国立玉一郎とは同級生にあたる山井は、東京日日スポーツの記者として活躍していた。国立がいるがために背番号のない「白虎隊」として、一軍に立つことなく高校で野球人生を終えた山井だが、その後は敏腕スポーツ記者として活躍し、メッツとは関りが深かった。日本初の女性投手である水原勇気を巡ってのスクープ合戦の際には執拗に五利と鉄五郎を追い回し、水原勇気の秘密を暴こうと執念を見せたこともある。

 そんな因縁浅からぬ山井に鉄五郎が接触を試みたのは、山田宅を訪問して後のことである。

今年のドラフトは史上まれにみる豊作と言われているが、その中でも打率七割五分を誇るドカベン山田太郎と球けがれなく道けわしの怪童中西球道は別格とも言える存在で、多くの球団が一位指名をすることが確実だった。山田にするか中西にするか、どの球団も究極の選択を迫られる中で球界を揺るがす大事件が勃発する。

『山田、ロッテ以外なら大学進学』の記事である。夏の甲子園大会中のことであり、高校生にあるまじきロッテ以外なら大学進学というアドバルーンを上げた山田に対し、プロ野球の各球団は騒然となり、最終的には高野連が軽々しい発言は慎めと口頭で注意することとなった。

神奈川県大会時に山田の祖父と直接出会っていた鉄五郎は、一月と経たぬ間の出来事に違和感を覚えその真意を問うために山田宅を訪問。長い年月で培った洞察力でどうにも今回の話には何か裏があると感じ取り、スクープを飛ばした日日スポーツの記者である山井に事情を聞こうと電話を掛けていた。

 

「どうや何か匂わんか」

 気軽に話を持ってきた鉄五郎に、当初山井はいい顔をしなかった。

「そうは言ってもね。こういうのはうちじゃなくて週刊誌なんかに持ち込んだ方がいい」

「山田ロッテ逆指名の話、最初に載せ取ったのはお前さんの所じゃろう? あれに裏があったらどうする」

「まるで裏があるような口ぶりですが、何か証拠でも?」

「ない。この道五十年のわしの勘じゃ」

「話にならない。御免被ります」

「まあそう言うな。わしの長い現役生活。多くの打者を見てきたが、あの山田は日本球界の宝になる存在じゃ」

「……」

「だからこそ、わしらは互いに駆け引きをしながらも正々堂々ドラフトでくじを引いて決めようとした訳じゃ」

「そんな不文律誰が守るんです。札束攻勢は昔からの伝統で、ドラフト前の青田買いだなんて今に始まったことじゃないでしょうに」

 プロ志望の大学生に出身大学の先輩が栄養をつけろと言って奢ったり小遣いを渡したり、果ては親の仕事の融通をしたり。金の卵を得ようとするための囲い込みには凄まじいものがある。

「ああ。そうしたことがあるのを否定はせん。事実うちもそうしたことはある。だがな、山井よ。あの山田にそれが通用すると思うか?」

 山井は首を振る。あの山田ならば、どの球団に選ばれようと喜んで入団するだろう。

 逆にそうした駆け引きをもっとも嫌いそうだ。

「だからよ。そんな山田がどうしていきなりロッテを逆指名するんや。おかしいと思わんか?」

「それは……、確かに」

 自社の特大スクープ。だが、記事を読むや違和感があったのは確かである。

 何度か見かけた山田の祖父はしっかりした人物だった。その祖父がよりにもよって自分の孫の迷惑になることを簡単にしゃべるだろうか。

「元高校球児のお前さんなら分かると思ってな」

 山井にとっては痛い口説き文句だ。

 絶対的なレギュラーである国立がいるがために、白新高校で一度もレギュラーになれなかった高校時代。だが、その時に培った反骨精神が今の自分を形作っている。

 高校球児たちが大人の都合で振り回されているのなら、確かに由々しき事態ではある。

「分かりました。調べてみましょう。その代わりに、うち以外にはこのことは洩らさないでください」

 淡々とそれだけ告げて、山井は電話を切った。

 

「なあ、野村。ロッテの逆指名の件。どこからの情報なんだ?」

 通りがかった高校野球担当記者に尋ねると、彼はきょろきょろと辺りを伺い、山井の袖を引きトイレへと連れ込んだ。

「お前知らないのか? あれ、上から下りてきたんだよ」

「上から?」

「ああ。上の連中も半信半疑だったんでな。あちこちに確認をとったらしいんだが、ちんたらしていると他にとられるとスクープを飛ばしたらしい」

「見切り発車ってことか? 不味くないか」

「いや、それがさ。上は確かな筋からの情報だと言うんだよ。誰からかは教えてくれないんだけど」

(ロッテの関係者? それとも山田の祖父の知り合いか?)

「とにかく余計なことは聞かない方がいいぜ。おれもデスクに大目玉食らっちまってさ」

(余計なことに首を突っ込むなってか。そうはいくか)

 

一念発起した山井はさらに探りを入れたが、狭い社内での行動は目立つこととなり、上司から直接注意される羽目になった。

(既にスクープを出したから後は知らないってか? それは怠慢じゃないのか)

 納得ができない山井は、このままでは埒が明かないと知り合いの記者に声を掛け、協力を依頼することにした。

 

 「あ~、とりあえずサンドウィッチとスパゲティ。それにハンバーグ。ついでにライスもつけてくれ」

やって来た男は席に着くなり、挨拶もそこそこに運ばれたアイスコーヒーを一息で飲んだ。

 ボロボロのコートにもじゃもじゃ頭。TVに出て来る刑事のようなその面構え。

 記憶の中の男との変わり様に、山井は思わず絶句する。

 「悪いな、わざわざ」

 「いいさ。それより、追加しても?」

 (こいつ、人の奢りだと思いやがって)

 運ばれてきた食事にがっつく男を見て、山井は今回の人選は失敗だったかと不安になった。

山井が知る限り、平源造は腕利きの記者だった。かつてトップ屋源造と呼ばれ、数々のスクープをものにして、記者仲間でも評判の高い男だった。だが、数年前からその名を聞くことがとんとなくなった。持ち込む記事の多くが疑惑のネタに事欠かぬ与太記事で、どこの社も彼の情報を買わなくなったのだ。つい先日も光高校の荒木と明訓の里中が生き別れの兄弟であるなどという疑惑の記事を持ち込み、各社をたらい廻しにされた挙句に没となっていた。

「カレーもくれ。ライスもお代わりで。後このチョコレートパフェも」

 さらに無断で注文を連発する源造の姿から生活の困窮ぶりが伺え、山井は一瞬躊躇する。

(どうにも、落ちぶれたもんだな)

 がつがつとサンドイッチやパフェ平らげる姿はとても各新聞社週刊誌から重宝されていた敏腕記者だったとは思えない。

(だが、腕は確かだ)

荒木と里中の疑惑の記事を取材した際も、これまで誰も知りえなかった里中の家庭の事情について聞き出すことに源造は成功している。

「で、どうだ」

 ぐいと口を拭い、アイスコーヒーを一息で飲むと、源造は答えた。

「受けよう。明訓の子どもたちには縁がある」

「なら、早速明日から……」

「いや、今すぐだ」

注文したものを一気に平らげると、ぽかんとする山井を尻目に源造は出て行った。

 

果たして源造はその日のうちに山田の住む長屋に出かけ、住民と交わり始めた。結束の固い長屋の住民は外から来た記者連中には冷たい。相手が記者と分かると門前払いが常だった。

 だが、さすがはトップ屋として鳴らした源造である。長屋の主婦連の立ち話に耳をそばだて、二度三度と足を運ぶうちに話しかけ安そうな者を見つけると、酒やつまみを差し入れし、交流を深めた。やがて、気心が知れてその者の家で飲もうとなるや、ぽつりぽつりと今回のロッテ逆指名の件の真相が聞こえ始めたのである。

 

「なに、長屋の立ち退きやと?」

「大家である飯田社長がスーパーを作りたいらしくてね。あの貧乏長屋の住人たちに早く出ていけと一年も前からせっついていたらしいんです。引っ越し代も出すからと」

「そいつは随分と太っ腹じゃな。もっとも長屋の連中からすれば青天の霹靂じゃろうが」

「おかしいとは思いませんか?」

「何がよ。よくある立ち退き話じゃろうが」

「岩田さん達が行った時に、長屋の連中は引っ越してなかったんですよね」

「そらあ、期限を決めて出ていく算段なんじゃろう。もしくは話そのものが無くなったとかな。まあ、一年も前から言っておるもんを翻す筈がないか」

「ところがそうだとしたらどうします?」

「何やて? そないなことあるかい。理屈が通らんわい」

「長屋の連中が立ち退くよりももっと利益になることが大家にあったとしたら?」

「おい、山井よ」

 

 だんと鉄五郎が杯を置いた。

「ええ。山田のロッテ逆指名のアドバルーンが、その立ち退き撤回の条件だったらしいんです。大家に迫られて山田の祖父がそれを了承したと」

「よりにもよって家族と言う山田の弱点を突いたやと?」

 わなわなと拳を震わせ、鉄五郎は怒りを露わにした。

 幼い時の事故で両親を失った山田にとって、家族は何よりも大切だ。

 そしてそんな山田の一家を支えてきてくれた長屋の仲間達も。

 その彼らの危機ともなれば、山田は喜んでロッテに入団するだろう。

 

「随分とえげつないことを考えつくやないか」

「同感です」

 常に冷静に取材を心掛けてきた山井だったが、源造から話を聞いた時には怒りのあまり思わず叫びそうになった。高校球児相手のドラフトでも今や札束が乱れ飛ぶと言う世の中だ。札束の量を競うのはよく分かる。けれど、このやり方はどうだ。

「話を聞かせてくれた長屋の住人も余程気に病んでいたようです。どうにもいたたまれなくなったと」

 長屋の住人からすれば、ドカベン山田太郎も皆の一員。自分達の息子と言ってもいい。その彼を犠牲にして自分達が助かることについて良心の呵責があったのだろう。

「成程のう。とすると、情報の出所はその大家かな」

「恐らくは」

 山井は大根を二つに割り、口に放り込む。

 源造から得た情報を元に、上層部をせっついたが、長屋住民の証言だけで確証がなく、下手をするとロッテ球団や飯田社長に訴えられるかもしれぬと記事の掲載には及び腰だ。

「上手くいかんもんじゃな」

「ただ、その代わりに明日発売の週刊ラッキーに記事が出る筈です」

 つい一月前に世間を騒がせたドカベン山田太郎のロッテ逆指名。未だ球界関係者の気をやきもきさせている一件だ。間違いなく世間の耳目を集めるだろう。

「そいつはまた。すまんな」

「いえ、別に。貴方達のためにやったことではないんでね」

 山井は勘定を済ませると、席を立った。

「なんじゃ、詰まらん。少しは付き合わんかい」

「必要以上に馴れ合うつもりはないんで」

「さよか」

 そう言いつつ、鉄五郎は杯を掲げてみせた。

 

 次の日。

『山田ロッテ逆指名発言に裏あり!?』

 そう題された週刊ラッキーが売り出されるや、山田の実家のある長屋、明訓高校に記者が殺到することとなった。これまでの山田の態度からは遠くかけ離れていたロッテ逆指名の発言に多くの者が違和感を抱いていた。どういうことかと世間の注目は高く、全ての元凶である大家である飯田社長の下にも多くの報道陣が詰めかけたが、飯田は事実無根を繰り返し、返って疑惑を深めることとなった。

 

「おい、山井。やりやがったな!」

 同僚にそう声を掛けられた山井は、涼しい顔で何のことかと返した。

 出社後直ちに上司に呼ばれ、ラッキーの記事との因果関係について問われたが、知らぬ存ぜぬを突き通した。

 源造からは半年ぶりに温かい布団で寝られると電話があった。

 

(なんにしても、これで前途ある若者の将来が開けたわけだ)

 鉄五郎の言う通り、あのドカベンは日本球界の宝だ。

 満足そうに頷き、山井は取材へと出掛けた。

 

だが、この週刊ラッキーの記事が発端となり、よもや明訓と墨谷の引退試合に暗雲が立ち込めることになろうとは、この時一体誰が想像できただろう。

 

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