プレイボールVSドカベン   作:コングK

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球道くん、お勧めです。
文庫本もあります。
水島新司先生の作品を読むと、よく出て来るのが親子愛。
水島新司先生ご自身が、幼い頃御兄妹を亡くされているので、家族に対しての愛情が深い方なんだと思います。


第四十七話   「超一流」

ユニフォーム姿でやってきた球道に、墨谷ナインは一様に驚きを隠せなかった。

 一体何のために来たのか。互いに口を開こうとするも、上手く言葉が出てこない。

 ただ一人、徳川だけが楽し気に、

「よう来てくれたな。まさか来るとは思わなかったぜ」

 球道の肩を叩こうとし、

「へっ。あてもないのに電話してきたのかい?」

 するりとそれを躱されていた。

 

「電話? な、なんの?」

 意味が分からないと問いかける丸井に、徳川はお前達と勝負するためじゃと返す。

「しょ、勝負って? 中西と?」

 ぽかんと口を開けたまま、横井は隣にいた戸室と顔を合わせると、戸室も同じ表情で固まっている。

「何をしたんです……」

 イガラシは言葉にならず、徳川を睨んだ。

青田の中西球道といえば、そのプライドも人一倍だ。山田以外の明訓打線を雑魚と切って捨て、事実甲子園では明訓相手に十一連続三振の大記録を打ち立てた。そんな男が自分達との勝負など気軽に引き受ける訳がない。

「何、簡単なことじゃ。お前たちの明訓との試合の権利。そいつを賭けた」

「何を「何を勝手なことを!」」

 事も無げに言い放つ徳川に対し、井口が掴みかかろうとするや、それよりも早く丸井が詰め寄った。

「どうして何の相談もなく!」

 ぐいと襟首をねじり上げられながらも、徳川は平然としたものだ。

「それぐらいしなきゃあ、こいつは動かんわい」

「だからってこの試合をするためにどれだけ!!」

 わざわざ明訓にまで足を運び交渉してきたのは何のためか。全て、野球自体から足を洗おうとする谷口を引き留めるためではないか。もし、明訓との試合が無くなってしまえば、そのやる気は萎み、一気に野球から離れてしまうだろう。

「よせ、丸井!」

 慌てて谷口が間に入り、丸井を徳川から引き剝がす。

「徳川さんは徳川さんなりに考えてのことなんだろう」

「で、でも! だからって!」

 尊敬する谷口に言われるも、丸井は気持ちのおさまりがつかない。一度は開催が危ぶまれながらも、ようやく試合ができる運びとなったのだ。それなのにどうしてこの酔っぱらいは余計なことをするのか。

「何じゃ、最初から負けるつもりなんかい」

 納得できないと怒りに体を震わせる丸井に向けて、徳川は呆れた声を出した。

「だったら、明訓との試合は諦めるとええ。前にも言ったじゃろう。この夏を経てあやつらは強くなった。今の明訓に勝つには並大抵の努力じゃ足らんわい」

「そのための中西との対決なんですか?」

 低い声で尋ねるイガラシ。

「ああ。先日の仮想明訓での勝負でお前たちは一流の凄さを身を持って理解したじゃろ。じゃがな、世の中には一流を超える超一流が存在する。それが、あの山田と……」

「このおれって訳かい? 名監督様にそう言ってもらえて光栄だぜ」

 球道はそう言いながら、墨谷ナインを見渡した。

「それで、どうするんだい。おれとしては色々と事情があってね。是非引き受けてもらいたいんだがね」

「ちょっとだけ時間をください」

 イガラシが提案し、現役組で話し合うこととなり円陣を組んだ。

「で、どうします、丸井さん」

「どうって、そりゃお前。断るに決まってんだろ」

 大事な明訓との試合をまるでおもちゃか何かのように賭けの対象にしたことが相当癇に障ったらしい丸井は吐き捨てるように言った。

「でも、またとない機会ですよ」

「おめーはそう言うがよ。あいつのタマ、知っているだろ。百六十キロだぞ、百六十キロ」

「そんなのは山田相手の時だけでしょうよ」

「だからって、せっかく決めてきた試合だぞ。しかも三日後なんだぞ」

 揉める丸井達を横目に見ながら、三年生達は球道の様子を見るのに余念がない。

「全身これバネって感じだな」

 戸室が言えば、

「ああ。まさか間近で見られるとは思わなかったぜ」

 横井がそれに頷いた。

「さて、どうするんだ。新キャプテンは」

 お手並み拝見とばかりに丸井とイガラシのやりとりを見守る倉橋に対し、

「現役が決めたことに従うだけさ」

 谷口は一度引退した自分達があれこれ言うべきではないと口を噤んだ。

 

「で、どうするんだい」

 円陣を解き、戻って来た墨谷ナインに向かって球道の問いかけに、

「受けます」

憮然とした表情をしながらも、丸井はそう答えた。

思い通りの展開に歓喜しながらも、念のためにと球道は確認する。

「そいつは願ったり叶ったりだが、本当にいいのかい。後で泣きついてきてもおれは知らないぜ」

「構いません。勝つつもりですから」

 そう冷静に言い放ったイガラシに対し、

「へえ、こいつは。ちょっとは歯ごたえがありそうじゃねえか」

 球道は嬉しそうに大きく頷いた。

 

「それで、勝負の内容とは?」

 谷口の質問に対し、口を開いたのは徳川。

「球道から一点が取れたらお前らの勝ち。九回分、二十七個アウトを取られたら球道の勝ちじゃ。守備はいらん。わしがヒットの判断をする」

「一点って、守備もないのにそんなのどうやって」

「単打が四つ、二塁打が二つ。ホームランなら一つ。それでどうじゃ」

「成程」

「おいおい。それじゃあ、あんまりにもおれに有利過ぎるぜ。九回じゃなくて、延長も含めて十八回でいいぜ」

「十八回でいい、だと!?」

「舐めやがって!」

 怒りを露わにする井口に丸井。

 だが、イガラシは固く口を引き結ぶ。

「いや、自信からでしょ。そう言えるだけの実績がありますからね」

 今夏の甲子園大会準決勝は球史に刻まれる程の熱戦となったが、明訓の里中が岩鬼に先発を譲ったのに対し、球道は一人で引き分け再試合も含めた二十七回を投げ切った。

「よかろう。それじゃあ、十八回五十四個のアウトで構わんな」

「それで、捕手は? それに守備も必要では?」

「そんなもん必要ないだろ。全部三振に切ってとるつもりなんだから」

「このー!」

 球道の言葉にさらに腹を立てる丸井に井口。

 二人をなだめながら、谷口は倉橋へ視線を送る。

「そういう訳にもいかないだろう。倉橋、頼めるか」

「おれは構わんが……」

 百五十キロを超えるという球道の速球を捕れるかどうか。冷や汗を流す倉橋に、横合いから声が掛かった。

「止めておいた方がいいじゃん。球道のタマは捕り損なうと半端でなく痛いから」

 大きな団子鼻に糸目。青田高校の正捕手であるえーじこと大池英治である。

 

「あれ、えーじじゃないか。どうしてここに!」

「えーじだけじゃないぜ」

「才蔵! なんでお前まで……」

 えーじの横から巨漢の才蔵が手を挙げる。

 誰にも言わずにやってきたのにどうしてえーじと才蔵がここにいるのか。訳が分かないと言った表情の球道にえーじは事情を話す。

「球道ママとシゲ監督に頼まれたじゃん。球道はきっと暴走するだろうから止めてくれって」

「そうそう。あまりお痛が過ぎるようなら引っ張って連れてくるようにってな」

「おいおい。おれはトラックか何かかよ」

「ある意味で間違ってないじゃん」

「だが、助かったぜ、えーじ。これでおれは本気で投げられる」

「おいおい、おれはどうするんだよ」

「才蔵は一塁に入ってくれ。徳川さんよ、守備はそれで構わんぜ」

「後ろには飛ばしはしないってか。へっ。大した自信じゃな」

 水を得た魚のように嬉々としてマウンドに上がった球道は、すぐさま用意を終えたえーじと共に投球練習を始める。

 

 ビシュッ!

 

 バシィ!!

 

 ビシュッ!

 

 バシィ!!

 

 唸りを上げてえーじのミットに収まる球道の豪速球のあまりの迫力に、墨谷ナインはあんぐりと口を開け、ただ呆然とするしかない。

「おいおい。テレビで見るのと段違いじゃねえか」

「あ、あんなタマどうやって打つんだ」

 

「とにかく、島田。何とか球数を投げさせてくれ」

「は、はあ……」

 一番を任された島田は気のない返事をする。

 対専修館戦でも逆転のきっかけを作る粘りを見せた彼にトップを任せ、とりあえず球道のタマを見ようとした谷口だが、当の島田は困惑するしかない。

(何とかって、あんなのどうすればいいんだ)

 

「プレイ!」

 徳川の掛け声と共に、

 

 ガバアアア!

 ビシュッ!

 球道の手から第一球が放たれるや。

「な……」

 墨谷ナインはその目を大きく見開くこととなった。

 

 ドシイ!!

 

「嘘だろ、おい」

 打席の島田も目を丸くする。

 投げたのはど真ん中のストレート。

 だが、速さがこれまでの投手達とは段違いだ。

 東実の佐野、専修館の百瀬、真田一球や影丸に土門。

 今まで対戦してきた並みいる速球投手達を過去の物にしてしまうほどの衝撃。

 そして、捕手のえーじの身体を浮き上がらせんばかりのその球威。

(これを打てってのか……)

島田は顔を青ざめさせる。

(冗談だろ……)

 タラリと流れる冷や汗を拭いながらも、何とか抵抗しなければと頭を巡らせた島田はとりあえずめいっぱいバットを短く持ってミートを心掛けるが、球道の速球には通用しない。

「ストラーイク、バッターアウト!」

 審判に入った徳川は高々と手を挙げる。

 三球で仕留められ、意気消沈しながらベンチにとぼとぼと戻る島田の姿に意気消沈する墨谷ベンチ。

「とんでもねえな、全く」

「あんなの反則だろ……」

「打てる訳ないだろ、ムリだ」

 諦めの声が上がる墨谷ベンチの中、一人立ち上がったのは谷口。バットを持ったかと思うと、何やらぶつぶつと言いながら素振りを始めた。

「お、おい。谷口、どうしたんだ」

 驚いた倉橋が声を制止しようとするが、谷口はきょとんとしながらもそれをふりきる。

 

「どうしたって、打たなきゃいけないだろ」

 墨谷ナインはまるで、がつんとハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

(目の前であれほどのものを見せられているのに?)

(う、嘘だろ。あれを打とうってのか)

 ごくりと唾を呑み込むナインの中、丸井は一人うんうんと頷きながら打席に入った。

(さすが谷口さんだ)

 言葉でなく行動で皆を導く谷口の姿に次打者の丸井は墨谷二中時代を思い出す。

 絶対に勝てないと思っていた青葉学院との勝負。諦めムードが漂う中行われたのは、谷口による常軌を逸した特訓。多くの怪我人が出る余りの凄惨さにナインの多くが反発。谷口に抗議しようと押しかけたときのこと。皆にスパルタ特訓を課す一方で、深夜の神社でそれ以上の特訓を一人続けていた谷口。影の努力を口にすることなく淡々とこなすその姿にナインは感動し、対青葉学院に向けてチームは一丸となった。

 

「よし、おれも一つやってやろうじゃないか」

 気合を入れて打席に入る丸井に対し、球道はにやりと笑みを浮かべた。

 

 


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