プレイボールVSドカベン   作:コングK

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執筆の合間に投稿します。

冬コミ目前で熱出ながら書いてます。
水島新司先生の一周忌に間に合わせたいので。

誤字報告本当に助かります。ありがとうございます。





第四十九話 「タイミングを掴め!」

 甲子園を彩った数々の名投手たち。山田と同世代の者だけでも、高校野球ファンならば指折り数えながらその名をそらんじることができる。

 

 殺人野球土佐丸の犬飼兄弟、犬神。

 超高校左腕通天閣の坂田。

 砲丸投法甲府の賀間。

 左右両投げ赤城山の木下。

 背負い投法クリーンハイスクールの影丸。

 

 だが、球史の中に目を向け、甲子園で活躍した甲子園の申し子は誰かと問われれば、多くの者が藤村甲子園と答えることだろう。阪神で活躍し、百六十五キロを記録した速球と共にその短く雄々しい野球人生を終えた藤村甲子園の雄姿は多くの野球ファンの心に生き続けている。

 その藤村甲子園の再来として「まっすぐしか投げないドアホウが再び甲子園に帰ってきた」と謳われ、甲子園を沸かせた男こそ青田の怪童中西球道その人である。

 

 明訓との練習試合の権利を賭けての勝負は、一巡目はさすがに球道がその異名に恥じぬ圧巻の投球を見せた。

 その後も墨谷の九人の打者に対し、九回を投げ終え完全試合。そのうち唯一三球以上投げさせたのが、イガラシと谷口と倉橋という有様で、

「一人一球。二十七球のつもりがついムキになっちまったぜ」

 と話す球道の台詞も、墨谷ナインからすればあながち大言壮語と思われなかった。

 まず当てるのが先決とばかりに、二廻り目以降はバントも混ぜて打席に臨んだが、それでも掠ることすら満足にできず、返って球数を少なくし、球道を投げやすくするという悪循環だった。

 

(どうすればいいんだ)

 既に回数的には各打者は四度球道と対戦している。だが、突破口が見いだせない。

 しきりに皆でタイミングを掴もうとしているが、とにかく速く振り遅れる。

 ボールは見えているというのに、その想像以上のタマの伸びに頭の中のイメージと打つタイミングを合わせることができない。

(何かないか)

 ベンチで穴が開くほど球道の投球フォームを確認していた半田だが、隙が見当たらずスコアブックとにらめっこをする。

(球種はストレート。コースはど真ん中がほとんど。球種もコースも分かっているのに……)

 半田の思いは墨谷ナイン共通の認識だった。

「来ると分かっているのに掠りもしねえとはよ」

「もっとバットの始動を早くするしかないな」

 谷口の言葉にイガラシが手を挙げる。

「それに加えて、次打者が横からバットの高さを見てアドバイスをしてはどうでしょう」

「うむ。どうも速さに目を奪われて、ボールの下を振っているからな」

「そう上手い事いくかね」

「打つことを考えずに、見ることだけに意識を集中すればいい。そのために散々練習したじゃないか」

 

 ひそひそぼそぼそとベンチ前で行われる墨谷の作戦会議。

 腕組みをしながらその様子を伺っていた球道は、墨谷に対し警戒感を抱く。

(こいつらは思ったよりやる。要注意だ)

 自分の速球に躊躇せず踏み込んでくるのがその証拠。

 余程普段から猛練習を積んでいなければこうはならない。

(だが、おれにも負けられない理由があるんでな)

「プレイ!」

 徳川のコールに、これまでとは意識を切り替え、球道は都合五度目になるマウンドへと上がった。

 

「ストラーイク!!」

「島田! まだ下を振っているぞ!」

 次打者の丸井からのアドバイスに島田はこんなものかとバットを振ってみる。

「よし、来い」

「それで打てるのか」

 球道が呆れたように言えば、

「好き好きじゃん」

 えーじも合わせておちょくるように言ってのける。

(くそっ!)

 苛立つ島田だが、二球目三球目とバットに掠らず三振となる。

 

 続く丸井。イガラシからのアドバイスも実らずあえなく三振となり、戻り際大いに文句をつけた。

「おめーのアドバイスは分かりにくいんだよ」

「もっと上を叩けってのがそんなに分かりづらいですかねえ」

 二人の会話を聞き、半田はふと思いつき谷口に進言する。

「あのー谷口さん。もっと分かりやすいアドバイスにしたらどうでしょう」

「というと?」

「もっと上とか下とか言われてもその人の感覚じゃないですか。ボール一個分とか二個分とかいうのは?」

「確かに。その方が分かりやすいかもな」

 捕手としてサインで要求する際もボールを基準として考えると倉橋が納得するも、戸室が横から口を挟む。

「でもよ。それだって個人個人の感覚じゃねえか?」

「それでももっと上という指示よりはずっと具体的なんじゃないすか。おれはその方が分かりやすいですけど」

「井口が分かるんならそれに越したことはねえな」

「ちょ、ちょっと倉橋さん」

 抗議する井口を無視し、ネクストに入った谷口はイガラシの打席をじっと観察する。

 

(さてと。丸井さんにはもっと上を叩けと言った手前何とかしないとな)

 先ほどの打席よりも気持ち高めにバットを振るイガラシ。

 だが。

「ストラーイク!」

(こ、これでもまだボールの下なんか)

「イガラシ、ボール二個分だ」

 谷口からのアドバイスに、イガラシはこんこんと額を叩く。

(おいおい。そんなにホップしているってことか)

 自らのバット感覚と実際のずれにイガラシは驚く。

 どれほどのタマの伸びがあるというのか。

(こんなもんか)

 二度三度と繰り返し、打席に入る。

 

二球目。

ガバアアア!

 

ビシュッ!

 

「くっ!」

 

 チッ!

 

「ファール!」

「何っ!」

 

「あ、当たった!」

 微かに掠り、イガラシがファールとなったことが分かるや墨谷ベンチがどよめく。

「おい、当たったぜ」

「さすがはイガラシ」

 その言葉を聞きながら、イガラシはしかめっ面をする。

(掠っただけで、さすがと言われてもねえ)

 

「へえ、当てるとはな。やるじゃないか」

 言いながらも球道は余裕を崩さない。

だが、二球三球とイガラシが再度ファールで粘ると、内心舌打ちする。

(こいつ、なかなか器用だな)

(嫌らしい打者じゃん。変化球も使っては?)

(バカか。こいつら相手に使える訳ないだろ)

 怪我や特別な事情でもない限り、球道はその自慢の速球でこれまで多くの打者を切って捨ててきた。墨谷相手に変化球を使うなどそのプライドが許さない。

 

(そんじゃあ、これは)

 えーじの要求はストレートを半分のスピードで、というもの。

(ったくまたそれかよ)

 甲子園でのやりとりを思い出し、球道は頭を掻く。甲子園での対明訓戦でもストレート一本に拘る球道に対し、えーじは変化球や抜いたストレートを要求し二人はぶつかった。結果、要求通りに投げないなら捕手を止めると言い出したえーじに球道が折れた形になったのだが。

(今回は事情が違う。えーじがいないと困るしな)

 自分の方が折れてばかりなことに若干の不満を感じつつも、球道は言われた通りにストレートをハーフスピードで投げる。

(何っ!)

 剛速球にタイミングを合わせていたイガラシは、体を崩しながらもなんとかバットの先っぽに当てる。

捕手前に転がるゴロとなり、いつもの癖でイガラシは慌てて走ろうとするも、徳川は一塁フォースアウトを宣告した。

「くそっ!」

 ヘルメットを叩きつけそうになるも、それをぐっと堪え、イガラシはベンチに下がらず、島田や丸井の横に並んだ。

 

「おうおうずらずらとすごいじゃん」

 からかうように言うえーじ。墨谷ナインは一巡目からトップの島田から打ち取られるやベンチに戻らず、ベンチ横で素振りを始めている。

「球道、油断するなよ」

 一塁から才蔵が声をかける。

「そこまでしてもらえるとは投手冥利に尽きるって奴だな」

 球道も悪い気はしない。

だが、それと勝負は別問題だ。いかに相手が必死になろうとも、こちらにも負けられない理由がある。

(悪いが、明訓との試合の権利いただいていくぜ)

 

谷口、五打席目。

(とにかくタイミングを読むことだ)

 球道が振りかぶり、肘が下にくる。

 

ビシュッ!

 

ブン!

 

ドシィ!

 

「ストラーイク!」

 徳川のコールが響く。

「谷口、ボール一個分だ」

 倉橋からのアドバイスに、谷口は頷きながらバットの構えを確認する。

(まだタマの下だったか。それに、タイミングも遅い)

 そんな谷口の様子に、才蔵とえーじは感心する。

(まるで動じてないな)

(すげえじゃん。普通球道のタマを見たらその後は皆焦るばかりじゃん)

 その余りの剛球を目にした者の多くは冷や汗を流し、翻弄され、どうしたら打てるか、など考えることもなく圧倒的な球威にねじ伏せられるのが常だ。

(真面目そうな顔をしているが、こいつの迫力。これは相当な野球バカに違いないぜ)

 才蔵は一人納得した。球道が入学するまで古びた校舎とその余りの弱さにどぐされ青田と言われたのが青田高校野球部だ。そんな恵まれぬ環境の中でも球道を中心に皆が一丸となり甲子園に出場し、あの明訓と激戦を繰り広げるまでになれたのはなぜか。シゲ監督の願いを叶えたいと言う思いと共に、一人一人が途方もない野球バカだったからに他ならない。

(同じ臭いがするぜ、おれたちとよ)

(こういう奴が一番怖いじゃん)

 えーじの要求は先ほどイガラシに対して行ったものと同様のハーフスピード。

 今度は球道も首を振らず、その要求をあっさり呑む。

(えーじの感覚は間違いじゃない)

 

 

 二球目。直球にタイミングを合わせていた谷口はハーフスピードの前にバットを振ろうとするも、何とか押しとどめる。

「ボール!」

 スイングしているじゃないかと見て来るえーじに対し、徳川は自信をもってコールする。

(おれにもハーフでくるのか。そのうち変化球を使ってくるか?)

 球道がハーフストレートや変化球を使ったのは対明訓戦。それも対山田に対しストレート勝負を挑みたいゆえであった。自分達にはそんな必要は感じないだろうと思ってストレートに狙いを定めていたが、どうもそうではないらしい。

(どうしても明訓と勝負をしたいということか)

 球道から感じる明訓戦への執念。

(だが、おれたちもそこは譲れない)

 

三球目。インコース高めのストレートにバットが掠る。

 自慢の速球を当てられた球道の口から舌打ちが漏れる。

「随分と当てるのは上手いじゃねえか」

(特訓の成果だな)

 仮想明訓と名付けられた各校のエースピッチャーとの対決。剛球土門、背負い投法影丸、超対角線投法の犬飼知三郎。強敵たちとの対決は確実に墨谷ナインの血となり肉となっている。

(だが、中西の方が上だ)

 甲子園での山田との互角の戦いばかりが注目されるが、球道が真に恐ろしいのはパワーなら山田以上とも称されるあの悪球打ちの天才岩鬼に対し真っ向勝負を挑んだことだ。明訓と対戦した多くの投手が山田を警戒するのと同様に、岩鬼に対しては絶対に悪球を投げぬよう用心してきた。その岩鬼に自ら悪球を投げるなどしたのは後にも先にも怪童中西球道ただ一人なのである。

 

(四球目。中西の性格的にはストレートか)

 三球目のストレートを掠られたのだ。恐らく直球勝負にくるだろう。

(もっと早く。グラブから手が離れた瞬間にタイミングをとったらどうだろう)

 

「いくぜ、えーじ」

 ガバアアア!

 

 ビシュッ!

 

「うっ!」

 キィン!

 

「何っ!」

 ボールは真後ろへと飛び、それをえーじが慌てて捕球する。

「アウト!」

「くそっ!」

 悔しがる谷口だが、球道の顔にも笑みはない。

 

「成程、グラブから手が離れた瞬間ねえ……」

 すれ違いざまの谷口からのアドバイスに頷きながら、倉橋は打席に立った。

(速い、速いとは思っていたがそんな早くタイミングをとらないといけないのかよ)

 倉橋の様子を見ながら、えーじは初球ハーフスピードのサインを出すも、球道は首を振る。

(ふざけるな。そんなみっともないことできるかよ)

(ならせめて、コースは外角に投げるじゃんよ)

 球道とえーじのやりとりをじっと伺っていた倉橋は二人のやりとりを分析する。

(ストレートを打たれた後で変化球やハーフは中西の性格上あり得ない。おれだったらコースを突いて落ち着かせる)

 えーじのミットはど真ん中。

(だったらわざわざ中西が首を振る必要はない。球種はストレート。そして、コースは……)

 球道の手がグラブから離れた瞬間、倉橋はタイミングをとり始める。

(よし、外角一本だ!)

 

ガバアアア!

 

ビシュッ!

 す~っとえーじのミットが外角に動く。

 

「よしっ!」

「何っ!」

 

キィン!

 

 狙い通り外角高めの配球を見事に読んだ倉橋の打球は一塁線を抜ける。

「よし、ヒット一本!」

 初ヒットにやんややんやと盛り上がる墨谷ベンチを尻目に、

「くそっ!」

悔しさに帽子を叩きつけそうになる球道。その手をえーじが素早く近づき抑える。

「よすじゃん。今のは向こうの読み勝ちじゃん。お前のタマのせいじゃない。打った相手が上手かったじゃんよ」

「この勝負おれは負けられないんだ!」

 ポカリと球道の頭をえーじは叩く。

「何すんだ、こいつ!」

「偉そうなことぬかすならもっと投球を工夫するじゃん。連中は本気でお前を打ちにきているじゃん」

 えーじの言葉に球道ははっと我に返り、墨谷ベンチを一瞥した。

 初ヒットに浮かれることなく打席に立つ井口と次打者の横井以外は皆がバットを振っている。

 

「いつまでも桜ヶ丘の舐めた一年連中と同じで真っすぐ一本が通じると思っていると痛い目を見るぜ」

 恋女房のえーじの言葉がぐさりと球道に突き刺さる。

(確かにこいつらは今までおれが出会った連中とは一味違う)

 ぐっと、ボールを握ると球道はえーじに戻るよう促した。

 

 精悍な顔つきに、傷だらけのユニフォーム。

 明訓との勝負に向けて、相当な練習を積んできたことが分かる。

(お前らの頑張りを奪うようで悪いが、おれにも事情があるんでな)

 原因不明の眼病に侵された結花を元気づけるためにも必要なこと。

 そう思っていても、どこか割り切れぬ思いを抱きながらも。

 球道は渾身の一球を投げ込んだ。

 

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