プレイボールVSドカベン   作:コングK

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コミケで部数がはけるかが心配。
お小遣い貯めての出版なので、どうかはけるとよいのだが。
相方がぎっくり腰とか体調悪いとか言い出し心配。コミケ出れんのか。



第五十二話  「勝者と敗者」

 

 完全に打たれたと思ったら味方のファインプレイに救われる。

 野球をしていればそんなことはよくあることだ。

 だから、今日も同じように喜べばいい。

 無理やりそう思おうとして、納得できていない自分に球道は気づく。

「……」

 腕組みをしながらちらりと才蔵の方を見る球道。その表情は、勝者と言うにはほど遠いものだった。

「きゅ、球道……」

 当の才蔵もまた然り。思わず捕ってしまったとばかりに、その顔は気まずそうに墨谷ベンチを見つめていた。

「才蔵、ナイスファインプレイじゃん!」

 空気を変えようと、えーじがわざと大声を張り上げるが、球道は下唇を噛み締めたまま、じっと谷口の方を見つめていた。

 

「惜しかったな」

 さぞや意気消沈していることだろう。戻って来る谷口に声を掛けた倉橋は、その予想外の様子に驚いた。

「ああ。あれは向こうが上手いのさ。仕方がない。それよりも、倉橋。さっきよりもタイミングを早くしないと振り遅れるぞ」

「お、おい。お前……」

「?」

「おい、倉橋よ。はよせんかい」

「は、はいはい。只今」

 急かす徳川に、倉橋は慌てて打席に入るが、戸惑いは消えない。

(唯一のチャンスが潰れたんだぜ? 三連打。あそこが抜けてりゃ勝ってたんだ。うちはこれから下位。中西から四つ続けてなんてとても無理だと決めつけて当然だ)

 

 一球目。球道のストレートに手が出ずストライク。

 バットを素振りしながら、ベンチの谷口の様子を倉橋が伺うと、次打者を集めてタイミングの取り方を教えているようだ。

(なのに、あいつときたら……)

 二球目。ハーフストレートに合わせて三塁線へのバント。切れると判断した球道だったが、これが線上で止まり、見事なバントヒットとなる。

(そこまでされちゃあ、期待に応えにゃなるめえ)

 倉橋は一塁上で手を挙げ、暗い雰囲気のベンチに向けてアピールする。

「ピッチャー疲れてきているよ! 狙い目よ!」

「けっ。おれも舐められたもんだ」

 どことなく冴えない表情の球道。そんな彼に対し、墨谷下位打線は必死になって食らいついていくのだった。

 

「ストラーイク、バッターアウト!」

 九番の久保はキャッチャーフライに倒れると、その場にしゃがみ込み涙を流した。

 何とか一本放ち、意地を見せたかったが、本気になった球道の前に屈するしかなかった。

「た、谷口さん……」

 大粒の涙を流しながら、丸井が土下座をする。

「すいません。お、おれがこんな勝負を引き受けるなんて言ったから……」

「丸井さんだけのせいじゃないですよ」

 固い表情でイガラシは首を振った。

「おれも、いやおれたちもイケると思っていたんです。思い上がりでした……」

「強くなったと思ってたのにな」

 いつも強気の井口でさえ、袖口で顔を覆っていた。

「みんな、終わったことは仕方がないじゃないか。この悔しさをバネに秋季大会を頑張ってくれ」

 何事もないように言ってのける谷口。

 その姿に、墨谷ナインの胸が詰まる。

(これで、谷口さんと野球するのが終わりになるなんて)

 どうしてもっと頑張れなかったのか。

 どうしてもっと粘れなかったのか。

 頭の中で己の非を慣らしても、厳しい現実の前には無意味だ。

 

「さてと、終わったな」

 淡々とした表情でやってきた徳川に対し、球道はああと頷いた。

 勝負は終わった。終わってしまった。

 納得するしないに関わらず、後はその結果が告げられるだけだ。

 約束通りであるならば、自分は試合に勝った。だが、勝負に勝ったとは言えない。この借りは必ず返さねばならない。

「あれだけの粘りがあるんだ。あの谷口。プロでもやっていけるだろうぜ」

 再戦を期待する球道に、徳川はきょとんとした顔で告げる。

「何を言っとるんじゃ? あやつはプロ志望ではないぞ」

「バ、バカな」

「本当じゃよ。実家が大工らしくてな。明訓との引退試合が終わったら野球をすっぱり諦めて、大工の道に進むと言っておった」

「そんな……」

 徳川の言葉に球道は絶句した。

 明訓との引退試合が終われば、野球そのものを止める?

 ここまでの野球狂が、野球を捨てると言うのか?

(その野球人生最後の試合を、おれは……)

 こみ上げてくるものに耐えられず、球道は目を瞑った。

『球けがれなく道けわし』。亡き父の教えでもあるその言葉が、今彼の心を苛んでいた。

 結花を元気づけるために明訓との試合の権利を貰う。だが、それは墨谷の者達の熱い思いを蔑ろにしてはいないか。

 己の全力で谷口を抑えられたのならまだ気持ちを誤魔化すこともできただろう。

 けれども、彼は打たれたのだ。迷いある一球は迷いなき一振りによって打ち砕かれた。

(それなのに、おれが勝者だと⁉)

 

「おい、球道」

 心配そうにするえーじに才蔵。

 両腕を組み俯きながら何かを考えていた球道は、くるりと墨谷ベンチの方を向くと言った。

「約束は約束だ」

「わ、分かってる……」

 痛いほど拳を握りしめながら、丸井は頷く。

「明訓との練習試合の権利は……」

 俯きながら、その言葉を告げようとする。

 だが。

「お前たちにあるってことだな」

 悔しそうにそう球道が呟くと、墨谷ナインだけでなく、えーじと才蔵も驚いて球道の方を見た。

「え⁉」

「い、一体、どういう……」

「まさか一試合に五本もヒットを打たれちまうなんてよ。これじゃあいくら何でも文句は言えねえ」

「だ、確かにヒット四本とは言っていたが、一点取ったらという話だ。四連続ヒットが無かった時点でこちらの負けだろう」

 生真面目にそう返す谷口に、球道はにやりと笑ってみせる。

「五本もヒットを打たれておいて勝者なんて言えるかい」

 さも面白くもないといった表情で、球道は徳川を見た。

「お前はいいのか、それで」

それ以上何も言わず徳川は微笑む。

「ああ」

 球道は一言そう口にすると、

「わざわざこんな東京くんだりまで来てバッティングピッチャーをさせられてよ。損ばかりだぜ。さっさと退散しちまわないと」

「ちょ、ちょっと!」

 谷口の制止を振り切り、球道はえーじと才蔵を連れて、風のように去っていった。

「ど、どうして……」

 後に残って戸惑いを隠せぬ墨谷ナインの中で、丸井とイガラシはぺこりと球道に向かって頭を下げていた。

 

 浦安に戻って来た三人は川べりを歩きながら、今日のことを思い出していた。

「全く、突然出て行ったと思ったら、今度はいきなり帰ると言い出して。とんだ迷惑じゃん」

 えーじが不満そうに零すのを才蔵がまあまあととりなす。

「それよりも良かったのかい? あんな勝ちを譲る真似をしちまって」

「らしいと言えばらしいが意外だったじゃん」

 事情を知っている才蔵とえーじにとって、球道の決断は予想外のものだった。

「……」

 先頭を歩いていた球道がぴたりと足を止める。

 墨谷高校からの帰り道では一切口をきかず外を眺めていた球道だが、おもむろに口を開くと、

「勝ちを譲るも何も、一球入魂のタマをああも打たれちまったらな」

 そう呟いた。

「おれ独りで大丈夫。キャッチャーなんぞいらないと粋がっておいてこのザマさ。恰好つかないことこの上ないぜ」

「そりゃ、あそこまで墨谷がやるなんて誰も思わないじゃん」

「ああ。おれもそうだ。だから負けた」

「球道……、すまねえ」

 才蔵が頭を下げる。ファインプレイを見せた彼だが、心の中では二人の真剣勝負に水を差したという気持ちで一杯だった。

「気にするな。元々三人で相手することになっていたんだからな。ようはおれの気持ちの問題なんだよ。あいつに、谷口に打たれたってのに、偉そうに勝利者面するのが嫌だったんだ」

「でも、ルール上は勝ちじゃんよ」

「ルール上はな。だが、男同士の勝負はおれの負けだ。打たせないつもりで投げたタマを打たれたんだ。どちらが勝ちか火を見るよりも明らかだろ」

「じゃん」

「そりゃ打つことしか考えてない奴が相手なんだ。余計なことを考えていたら打たれるに決まっている。投げる時には投げることだけ考えろという親父殿の喝に違いないのさ」

 ポイと足元の石を川面に球道は投げる。

「それにあの墨谷の連中を見ただろ。どいつもこいつも打倒明訓に向けての特訓の傷が生々しい。秋季大会前にだぜ?」

 続けて、球道は石を投げる。

「そして、あの谷口。駄目なんだよ、おれは。ああいうのが」

 残った一個を投げつけ、ぽんぽんと球道は手をはたく。

「そう。嫌いになれないんだよ、おれは。ああいう野球狂が。卒業後の進路が決まっているとはいえ、することは山ほどある。他にいくらでも楽しいことだってな。それなのに、ただ明訓と戦うためだけに自分の進路をも天秤にかける。他人からすればただの物好きとしか言えないってのに。野球に憑りつかれ、野球に狂っちまった奴しかあそこまですることはできねえさ。そんな男たちの野球に対する純粋な思いを踏みにじってまで我を通す? そんなこと、このおれができる訳ないだろう……」

「球道……」

「おれも山田もプロで対決できる。だが、あいつには、谷口には今しかない。この機会が無ければ明訓と山田と対決できない。そんなことを知っちまったら、どうするかなんて決まっているじゃないか」

「お前……」

 球道なりに悩みながらの投球だったのはタマを受けていたえーじが一番よく分かっている。

 球けがれなく道けわし。己の野球道に照らし合わせての苦渋の決断だったに違いない。

「結花にはお守りのボールを持たせてある。きっと良くなって、プロでのおれと山田の初対決を見に来るに違いないぜ」

「親父の形見か……」

「確かにあのボールの効果はバッチリじゃん」

 北海道以来の付き合いになるえーじは、球道のお守りが見せた多くの奇跡をよく知っている。

「きっと今回も上手くいくじゃんよ」

「そうだな。良い事をしたから、親父殿も褒めてくれるだろうよ」

「へっ。だったらいいがな」

 どことなく照れくさそうにし小走りに歩く球道の後を、えーじと才蔵は慌てて付いて行った。

 

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