プレイボールVSドカベン   作:コングK

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冬コミ、何とか印刷所のOKをもらいました。
540ページでコミケ史上最強の無料本を目指してます。
色々足は出てますが、水島新司先生の追悼本なので無料にしました。

彼らの登場を書くとなった時、震えが止まりませんでした。
相手側ベンチに座ると想像しただけで興奮しました。



第五十五話  「明訓ナイン登場」

 

彼らの到着を認めるや、国分寺球場がまるであの大甲子園に生まれ変わったように思われた。

常日頃は静かな公園内からは盛んに歓声が上がり、国分寺球場を十重二十重と取り囲む群衆からは口々にその引退を惜しむ声が聞かれた。

「堪忍や。わいもここまで己の人気がすごいとは思わなんだ。ミスターの引退やあるまいし、ちと騒ぎすぎやな。まあ、ミスター高校野球の引退ともなれば騒ぎたくなる気持ちは分からんでもないが」

沿道を埋め尽くさんばかりの人だかりを見て、すまなそうに頭を下げる岩鬼に、殿馬は指で拍子をとりながら歌う。

「し~らけ~ど~り~飛~んでゆけ~」

「何やと、とんま!」

 激昂する岩鬼をよそに、山田と里中はすごいもんだなと球場周辺の騒ぎを見つめた。

 墨谷との練習試合を引き受けた時にはまさかここまで人が集まるとは思わなかった。

「甲子園じゃあるまいし。まさかただの練習試合がここまでになるとは」

「知らぬは本人ばかりなりぞな」

 監督である大平は呆れた顔をする。

「甲子園に何万と人を呼んだ明訓が引退となれば、人を呼ぶこと間違いなしだや。あちらさんはその辺あんまり分かっておらんかったが」

 電話口で話した限り、墨谷の顧問である小室は明訓のことを知らなかったらしい。かつての己と同じような反応を示した小室に、大平は一方的に親近感を感じていた。

 

 人ごみの中を縫うようにしてやっとこさ到着した明訓のバスだったが、群がるファンに警備員が怒声を上げて体を張る。

「ちょっと明訓さん、急いでください」

「どうもお疲れさまです」

 先頭でやってきた大平以下山田、里中、殿馬と姿を現すたびに聴衆からは期待の歓声が沸く。

 混乱を避けようとそそくさと小走りに球場入りする他のナインと異なり、

「すんまへん。すんまへん。全てわいの人気が悪いんや」

 居合わせたファンへのサービスと一人のんびりと歩く岩鬼だが、

「な~んだ、里中くんじゃないのか」

「山田を出せ、山田を!」

 ヤジが飛ぶと、途端に怒号を響かせた。

「じゃかあしゃい! この期に及んで、サトやや~まだの応援をする見る目がない奴らは球場に入らんでええ。わいがどでかいのを一発かますさかい。そのボールでも拾ってろ!」

「へえ~。ハッパに打たれるんやったら、墨谷の投手も余程コントロールが悪いんやな」

 返ってきた合いの手に苦虫を噛みつぶすように岩鬼はハッパを振るえさせ、球場入りした。

 

 明訓ナインが姿を見せるや、超満員に膨れ上がったスタンドからは割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。

 あの明訓がやってきたのだ。

 甲子園四度制覇。甲子園史上最強と謳われる王者が。

 ドカベン山田。

 悪球打ち岩鬼。

 小さな巨人里中。

 秘打男殿馬。

 快打強肩微笑。

 あの大甲子園を満員の観客で埋め尽くし、数々の伝説を築いた男たちの登場に、国分寺球場は揺れ、その歓声は国分寺の森の隅々へと響いていく。

 

「やい、ハッパ! 遅いぞ!」

 鉢巻を締めて、明訓側応援席の先頭に陣取っているのは山田の妹サチ子だ。隣では山田の祖父が笑っている。

「やかましいわい、ドブスチビ! 千両役者は登場が最後と決まっているんや!」

「お兄ちゃんや里中ちゃんの足を引っ張るなよ!」

「ドアホ。いつも足を引っ張られているのはわいの方やないけ!」

 グラウンドで練習を始めている墨谷に、岩鬼は近づいていく。

 ノックを行っているのは、誰あろう元明訓監督の徳川だ。

「やい、徳じい。室戸戦の後監督稼業はもう終りじゃと抜かしとったのは嘘だったんかい! 最後の最後までわいらに付きまといおって。いい加減にせんと仕舞には怒るで」

 いつもと変わらぬ岩鬼の態度に、徳川はかっかっかと大笑いで応じる。

「お前等と関わっておらんと手持ち無沙汰での!」

「何やて! わいらを体のいいボケ防止に使いよってからに。目にもの見せたるで、覚悟せえよ、ほんま」

「ふえへっへっへっへ。そいつは楽しみにしておこうかの」

言うや、ノックを再開した徳川。その様子に、微笑は目を細める。

「よく鍛えられているな」

 きびきびとした墨谷の動きは、とても地区予選で敗退したチームとは思えない。徳川が指導していることを差し引いても、普段から余程練習していると見るべきだろう。

「いや、こいつは舐めてかかれないな。何たって、向こうにはおれたちのことをよく知る徳川さんがいるんだから」

「里中の言う通りだ。徳川さんのことだ。どんな野球を仕掛けてくるか見当もつかない。気を引き締めていこう」

 山田の言葉に岩鬼はふんと鼻を鳴らす。

「何を徳じい如きを恐れることがあるかい。甲子園でわいにお株を奪われたのを忘れたんか。耄碌しとるに違いないわい」

「べらんめえ! 人を年寄り扱いするない。わしはまだまだ現役やぜ!」

「年寄りの冷や水って言葉を知らんのかい。試合で目にもの見せたるわい」

 

 墨谷に続いて明訓の練習時間となり、グラウンドに明訓ナインが姿を見せるや、ひと際大きな歓声が上がった。

「おい、本物だぞ!」

「今日はどんな秘打を打つんだ、殿馬!」

「山田~、一発頼むぞ!」

「里中くん、頑張ってえ!」

 あちこちから飛ぶ歓声を物ともせず、マウンドに上がった里中だが、目に飛び込んできた光景に唖然とする。何とベンチにいる墨谷ナイン全員がいきなり素振りを始めたのだ。

「どういうことだ?」

 戸惑いながらも投球練習を続ける里中。

「気にせずこちらはこちらでいこう」

 ノックの間もひたすらバットを振る墨谷に、違和感を覚えつつもいつも通り里中の調子を山田は確かめる。

(うん。タマの走りはいい。だが、一体あれはどういうことだ……)

 再度墨谷ベンチの方に目線を送る。

甲子園で徳川が指揮した信濃川と同じように、何らかの意図があるのかと勘繰る山田に対し、ベンチに退くや殿馬から予想外の言葉が投げかけられた。

「合っているづらよ、リズムが」

「え……」

「里中の投球によ。合わせて見ていたらすぐ分かるづら」

「ば、バカな」

 信じられないと墨谷ベンチを見る里中の頭を、

「ふん。徳じいならそれくらいやるやろ。恐れることはあらへん」

 にやりと笑みを浮かべた岩鬼がグラブをはめながら叩く。

「それよりもや。スターティングメンバ―が発表されたら、どよめきが起きること請け合いやで」

「どよめきというよりため息づら」

「何やて!」

 岩鬼の拳骨を玉乗りのようにボールに乗りながら、器用に躱す殿馬。

 やがて、審判団が現れると、丸井と高代の間でオーダー表が交換される。

「えっ……」

 それを見て驚く丸井。

 何かあったのかと覗いた谷口と倉橋までもが絶句する。

「ま、まさか……」

「どういうこった」

 信じられないと自身の方に目を向ける墨谷ナインに、内心高笑いが止まらない岩鬼。さぞや徳川も驚いていることだろうとその姿を探すとベンチには見当たらない。

「お~い、徳じい。わいにぶるったんかい。それとも年をとってしょんべんが近くなりおったか。はよ、出てこんかい!」

「べらんめえ! どこに目を付けてやがる。わしはここやぜ!」

 声がする方向を見た明訓ナインは自分達の目を疑う。試合開始までもう間がないというのに、何と徳川はスタンドにいるではないか。

「何をしとるんや、徳じい。知り合いと話しなんぞしとらんとはよ戻らんかい!」

「うるせえ、ハッパ。皆まで言わんと分からんのかい。わしゃ今回は監督をやらねえのよ!」

「何やて!」

 徳川の口から出た衝撃の一言に、岩鬼だけでなく山田や里中すらも絶句する。打倒明訓にこだわってきた徳川のことだ。今回もまた監督として自分たちの前に立ちはだかる筈。そう確信していたのに。まさか、墨谷にコーチだけして監督を引き受けないとは。

「ど、どうして……」

 思わず里中の口から零れた疑問の声に、徳川はしてやったりと笑みを浮かべた。

「甲子園でハッパ如きに裏をかかれたわしが監督じゃあ、ポカをやりかねんからな」

「だ、だからって徳川さんが監督をしないなんて……」

「それで平気ということづらよ。徳川を必要としてないということづら」

「ほォ。さすがじゃな、殿馬よ」

「ま、まさか……」

 百戦錬磨の徳川を監督から外す。そして、それを徳川自身が受け入れる。

(そんな事、あり得るのか……)

 明訓に対する徳川の執着を知っているがために、信じられないと言う目で墨谷を見る明訓ナイン。

 その様子を見ながら、徳川はスタンドで試合前日に話した谷口との会話を思い出した。

「何、自分たちだけで闘いたいじゃと?」

 突然の申し出にもさして徳川は驚かなかった。

 これまでも高校生たち自身が監督を務めた高校はいくつもあった。不知火の白新、真田一球の巨人学園などその多くが球児達自身で知恵を絞り、戦ってきた。

墨谷高校もまた然り。彼等自身で自らを鍛え上げ、あの巨人学園と引き分けるほどにまでなりその実力は折り紙付きだ。だが、徳川とてあの常勝明訓を作り上げ、名伯楽として名を馳せてきた男だ。明訓を最も知る自分を外すなど考えられない。

「訳を聞いても?」

「ぼくたち自身で明訓と戦いたくて」

「その結果敗れたとしてもか? 明訓に勝ちたきゃわしの力は必要じゃろうよ」

「それはそうかも知れません。ですが、後輩達のためには必要なことかと」

 これまで自分達で監督を行ってきたと言うのに、その座に徳川が着いては、後輩達はきっと頼ってしまうに違いない。明訓との試合限定で力を貸してもらっている手前もある。あくまでも、普段の墨谷として明訓と相対したい。

「成程のう。それで、わしはお役御免か」

「す、すいません。図々しいお願いを……」

「構わん。元々臨時コーチと言うてたからな。そう言う事なら、特等席でお前等の活躍を拝ませてもらうとするかね」

申し訳なさそうに頭を下げる谷口に対し、徳川は鷹揚に頷いてみせた。

 

(このわし自身、室戸の時に大ポカをやっとる。連中の足を引っ張るかもしれん。それに何よりよ)

 徳川の視界にスタンドから緊張気味のナインに声を掛ける谷口の姿が入る。

 自分達の力であの明訓と戦いたい。そう谷口ははっきりと言い切った。彼らにとって明訓との試合は特別ではあるが、普段通りの自分達がどこまで通用するのか確かめてみたいのだろう。

(それならばわしは連中の思いを尊重したい。わしゃ青少年の味方じゃからのう)

 勝負師として名を馳せた自分らしくない選択。

 だが、不思議と徳川の胸中にはわだかまりは無かった。

むしろ面白そうに、自分がいないことで動揺する明訓ナインに向けて大声で言い放った。

「やい、枯れハッパ。わしがいない如きでおたおたしてやがると、墨谷に痛い目見るぜ!」

「なんやて、耄碌じじいめ!」

 岩鬼からの反撃に愉快そうに徳川はからからと笑いながら、やおら徳利をぐびりとあおった。

 

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