プレイボールVSドカベン   作:コングK

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一年間頑張った甲斐があり、ようやく試合開始ができます。ここからの展開は勢いで書いています。どうしても水島新司先生の一周忌の前に終わらせたかったのです。水島新司先生の好きだった野球の小説で水島新司先生を送りたかったのです。


第五十六話  「さあ試合開始」

 

 NHKで長年高校野球を担当してきた戸門和夫は、あの東京オリンピックで東洋の魔女達の活躍を始め、数々の名場面を実況してきたベテランである。そんな彼でも、その日の国分寺球場の異様な雰囲気には思わず身震いせずにはいられなかった。

『見渡す限り人人人。まるで東京メッツの優勝決定戦の時のような人の波が押し寄せています。立錐の余地なし、国分寺球場。これも全て明訓の引退試合を観るためにやって来ているのです。全国の頂点に立つこと春夏通算四度。高校野球にその名を燦然と刻んだ神奈川県は明訓高校。過去幾度のライバル達がその牙城を崩さんと挑み、敗れてきたことでしょう。あのドカベン山田の、明訓五人衆の高校最後の試合です。しかと目に焼き付けましょう』

 

「すごい人だね、おじいちゃん」

 サチ子の言葉に山田の祖父はラジオを片手に生返事をしながら、自分の孫の成長ぶりに顔が綻ぶ。

(にしても、今日で最後か。太郎、悔いなくな)

 ざわめくスタンドに朗々と静子のアナウンスが響く。

『大変長らくお待たせいたしました。明訓高校対墨谷高校のラインナップ。並びにアンパイアをお知らせいたします。先攻、明訓高校。一番ピッチャー岩鬼くん、ピッチャー岩鬼くん』

 

ドワアアアアア!

ウワアアアア!

ザワアアア!

 

どよめきがさざ波のように国分寺球場全体へと広がっていった。

 

 徳川監督時代はよく使われた岩鬼だが、ここ最近は甲子園の青田戦での登板くらいだ。

「まさか、岩鬼が先発とはな」

 やって来ていた土門は谷津と顔を見合わせる。

「里中さんが故障ということでしょうか」

「いや、それは無いだろう。次があるトーナメントならともかく、一発勝負だ。故障ならまず練習でも投げてはいない」

「それは確かに」

「吾朗、お前が渡した物が役立つといいな」

「えっ⁉」

 自分が墨谷に対明訓のメモを手渡したことをどうして土門は知っているのか。

「そりゃ、バッテリーだからな」

 愉快そうに笑う土門の横で谷津は顔を赤くする。

「ぼくはただメモを渡しただけです。それをどう使うかは墨谷の皆さん次第ですよ」

「成程。世話になった明訓への義理もあるということか」

 明訓と横浜学院は同じ神奈川県内のライバルだ。そんなライバルのしかも捕手である自分が、春の選抜の間中纏わりついても、明訓ナインはいぶかりながらも避けるということはしなかった。

(ぼくがここまで活躍できたのも山田さんたちのお蔭でもある)

 神奈川県の生んだ偉大な捕手山田をとことん真似し、谷津は成長。里中からホームランを打ち、三年生になってからは四番を任されるまでになった。

「どちらにせよいい試合になって欲しいもんだ」

「ええ」

 両者を知る土門と谷津にとっては、お互いのベストを尽くした戦いを願うばかりである。

 

 次々にオーダーが発表されていく中颯爽とマウンドに立った岩鬼はハッパを揺らし、スタンドに向けて手を挙げる。

「よう来てくれたな。超満員の観衆よ。男岩鬼の高校生活最後の舞台や。じっくりと目に焼き付けていくといいで!」

「こらあ! ハッパが投げたら後で里中ちゃんが大変になるじゃんか!」 

 サチ子を筆頭に球場のあちこちから投げかけられるブーイングを物ともせず、岩鬼はうんうんと頷く。

「わかっとる。わいの剛球が見納めで悲しいのはわかっとる。そやけど、留年する訳にはあかんねん。プロが待ってくれへんからな!」

 ちらりと鉄五郎や五利の姿を見つけ、岩鬼はうしししと上機嫌になる。高校二年生次父の会社が倒産しかけた時に大阪ガメッツの社長から指名確約を条件に、融資を申し込まれたことがあった。結局は父が断ったが、それは熱烈なメッツファンの岩鬼を縛りたくないという親心からだった。

 

両ベンチにナインが一列に並ぶ。

その重々しい雰囲気に、満員のスタンドが一瞬しんと静まり返った。

「よし、行くぞ!」

「おう!」

 墨谷が勢いよく走れば、

「野郎ども、遅れるな!」

「おう!」

 明訓もまた一目散に駆けていく。

『ハッパが揺れます、男・岩鬼! 小さな巨人里中くんに秘打男殿馬くんに強打の微笑くん。そして何と言っても、この男ドカベン山田太郎! 威風堂々、王者明訓です!』

 主審の合図で墨谷ベンチ、明訓ベンチからそれぞれ集まったナイン達は一列に並ぶや、互いに目線を交わす。

『対するは今夏の東東京大会で涙を呑んだ墨谷高校。あの名門墨谷二中の基礎を築いた谷口くんを筆頭に、丸井くん、イガラシくんと歴代のキャプテンが並びます。明訓相手にどこまで食い下がることができるか、小兵墨谷!』

 

「明訓高校と墨谷高校の練習試合を開催する。回は九回までで、延長はなし。先攻は明訓高校」

 淀みない主審の言葉を耳にしながらも、いざ明訓ナインを前にし、墨谷ナインの興奮は収まらなかった。

(これが明訓か……)

 彼らに勝つことを目標に鍛え上げてきた一月。

 何度映像の中でその姿を目にしたことだろう。

 夢にまで見た相手が、今、息をかければ届く近さにいる。

 

(すげえ)

 夏までの自分達では、恐らく何もすることができず、彼らの前に敗れ去っていたことだろう。徳川の特訓に耐え、数々の強敵との戦いの経験を経たからこそ、分かる。彼らの凄みが。

 

 岩鬼を先頭に一列に並ぶ彼らの姿の何と勇ましく堂々としていることか。

 全国の強豪を向こうに回し、頂点に立つこと春夏通算四度。

 絶対的な王者と謳われながらも、彼らの目には微塵も墨谷に対する侮りの色は見られない。

 ゆえに最強。それだからこその明訓。

 

(山田……)

 ちょうど目の前に立つことになった山田に対し、谷口は気おくれせず胸を張る。

 高校野球史上最強の打者。打率七割五分。甲子園で築かれた数々の記録はもはや伝説と言っても過言ではない。

 そのゆったりとした佇まい。穏やかそうな表情からも自信が溢れ、風格すら感じさせる。

 

(この男が一球さんの言っていた男か)

 自分への視線に築き、山田もまた谷口を見つめ返した。

その優しげな風貌からは想像もつかない、苛烈な特訓を思わせるすり切れたユニフォームと精悍な顔つき。じっと自分を見るその瞳の奥には、紛れもなく野球への情熱の炎が静かに揺らめいている。

 

(さすがに雰囲気がありやがるな)

(練習の時とは違うって訳か)

 一度明訓に訪れている丸井とイガラシだが、以前とは段違いの迫力を見せる明訓ナインにぐっと気を引き締める。

 ごくりと唾を呑み込んだのは誰だったか。

 主審はふっと息を吐き、告げた。

 

「始めます、礼」

「「お願いします!」」

 主審の合図と共に互いに礼をし、墨谷ナインは守備位置へ、明訓ナインはベンチへと向かう。

 

『さあ、今両チームのあいさつも終わり、墨谷高校ナインが守りにつきました。今夏の東東京大会ではあの谷原と延長十三回にも渡る熱戦を繰り広げるも、怪我もあり準決勝に進むことは叶いませんでした。今日明訓を相手に戦い抜き、意地を見せるか、墨谷高校。先発は一年生左腕の井口くんです。明訓相手にこの決断は吉と出るか注目しましょう』

 前日悩み抜いた丸井が出した結論は普段通りの墨谷でいく、だった。

 先発の井口からイガラシと繋ぎ、最後は谷口に託す。巨人学園戦から続くローテーションに、岩鬼を知っているイガラシの方が適任ではないかとの異論も出たが、丸井は競った局面でこそ、冷静なイガラシの出番であると周囲を納得させた。

「何、普段通りやればいいんだ。明訓と言ったって同じ高校生なんだからな」

「は、はい」

 いつもふてぶてしい井口も、さすがに明訓相手の先発の大役を任されたとあって緊張気味だ。

 一番岩鬼から始まる上位打線の破壊力に多くの好投手がことごとく敗れ去った。

 

(まずはこいつからか)

 倉橋が守備位置に着くや。

 出番とばかり豪快に振っていた四本のバットを放り投げ、ハッパを揺らしやってきたのは誰あろう、明訓が、神奈川が誇る名物男。

 岩鬼火山。

 悪球打ち、男岩鬼。

 まるでプロレスラーのようなその体躯から繰り出される規格外の豪打は甲子園の空に何度虹をかけたことか。

 

『一番、ピッチャー岩鬼くん。一番、ピッチャー岩鬼くん』

「ウ~~~~~~~~」

 途端に鳴り響くサイレンの音に岩鬼のハッパがぴんと反応する。

「こ、甲子園のサイレンやないけ!」

「え⁉ ま、まさか」

「似ているだけだろ」

 山田と里中も驚くが、ここは国分寺球場だ。甲子園とはサイレンの音が微妙に違う筈だ。

 だが、

「いやハッパの言う通り、甲子園のやつづら」

 ピアニストとして天才的な腕を持つ殿馬が断言すると、一体なぜと放送席の方に目をやる。

 

「お静め。やりおったな」

 スタンドにいる鉄五郎は会心の笑みを浮かべた。高校野球ファンである静子からの明訓と墨谷への粋な計らいだ。

『これは驚きました。紛れもなく甲子園球場のサイレンであります。去り行く夏からの惜別のサイレンか。甲子園がこの国分寺の地へとやってきました!』

 やんややんやと盛り上がるスタンドを前に、打席では岩鬼が早く投げないかと井口をせっつく。

「はよ、投げんかい。サイレンが終わらんうちにホームラン。男岩鬼、明日への一発という明日の見出しがのうなるやんけ!」

 マウンドをならし、投球モーションに入った井口は口をへの字に結びながら、サイレンが鳴るのを待つ。

 ガキガキと歯噛みする岩鬼に対し、井口は一つ呼吸すると大きく振りかぶった。

 

 

豪快なスイングにハッパが揺れる。

 明訓の誇る核弾頭である岩鬼のパワーは、あの怪童中西球道も認める所だ。不用意に投げていい打者ではない。

用心しながらの井口の第一球。

 

 ビシュッ!

 ブン!

 バシィ!

『ど真ん中だ。空振りだ! 注目の初球はど真ん中へのストレート!』

(ほ、本当にど真ん中が打てないのかよ)

 イガラシから話を聞いていた井口だが、実際に目にしてみると信じられない。

(ここまで徹底した悪球打ちとはな)

 ホームランボールをいとも簡単に空振りする岩鬼に、倉橋も驚く。

(だが、さすがは岩鬼だ。すごい迫力だぜ)

 くるくるとストライクを三振することから『扇風機』などと野次られたこともある岩鬼だが、いざ対戦してみるとそのスイングの力強さに圧倒される。河川敷で挑んだ仮想明訓との勝負が無ければ、今の空振りだけで委縮していたことだろう。まかり間違ってボールでも投げようものなら、スタンドへピンポン玉のように運ぶに違いない。

 

「クソボールを投げおって。スタンドのファンはわいのホームランを楽しみにしとるんや。いい所に投げんかい!」

 むっとした表情を見せる井口に、倉橋は落ち着くよう指示を出す。

(むしろ舐めてくれていた方がありがたいじゃねえか)

 岩鬼が悪球以外を打てるとなれば、山田以上の打者となる。

 本人をいい気にさせておいた方が傷も深くはならない。

 

 倉橋、続けて二球ど真ん中を要求。

 これに井口は応え、難なく岩鬼を三振に切ってとる。

「へぼ~、ハッパ、引っ込め~!」

 サチ子を筆頭にスタンドからのブーイングに、岩鬼はじゃかあしゃいと一喝する。

「わいが一人で目立ったら、他の連中が霞んでドラフトに引っかかることもできなくなるやんけ。そないなことも分からんのか、ドアホが!」

 

『二番、セカンド殿馬くん』

『さあ、一番岩鬼くん倒れましたが、墨谷高校井口くんこれまた厄介なバッターを迎えました。甲子園の大観衆をその華麗なる秘打で魅了した殿馬くんの登場です。世界的ピアニストであるあのアルベルト・ギュンター氏から卒業後熱心に誘われていると聞きます。数多の秘打も今日で見納めか』

 

「づら」

(殿馬か……)

 のんびりと打席に入った殿馬を見て、明訓訪問時のことを丸井は思い出す。

 岩鬼を打ち取る際に出した殿馬の指示は的確で、その抜群の野球センスの一端を感じさせた。

(来やがった)

 イガラシもまた然り。巨人学園の法市が行った影武者殿馬とは明らかに格の違う本家の登場に、グラブを叩き己を鼓舞する。

(こいつの真似をした犬飼には散々やられているからな、ムリもねえ)

 固い表情の味方に、倉橋は首を振りながらも、内外野へと指示を出した。

『おっと、これはどういうことだ。キャッチャー倉橋くんの指示で内外野共に前進守備をとります。一体何を考えているのでしょうか』

 

ちらりと自分に目線を向けて来る倉橋に半田は大きく丸を作り、答える。

 

「なんだ、墨谷の連中のあの守備は。あれじゃあ、外野の頭を越すぜ」

 微笑が言えば、

「舐めやがって。殿馬の力じゃ飛ばないってことか」

 ヘルメットをかぶりながら、里中が顔を顰める。

 だが、山田は頷かない。墨谷守備陣の表情からはとても相手を侮るような雰囲気は感じられない。むしろ細心の注意を払い、少しの隙も見せぬようにという思いが見てとれる。

(何か狙いがある筈だ)

 山田が己の予想が当たったと確信するのはすぐのことだった。

 




   
   明訓             墨谷 
              
一番 岩鬼 投         一番 島田   中
二番 殿馬 二         二番 丸井   二
三番 里中 三         三番 イガラシ 遊
四番 山田 捕         四番 谷口   三
五番 微笑 左         五番 倉橋   捕
六番 上下 一         六番 井口   投
七番 蛸田 右         七番 横井   一
八番 高代 遊         八番 戸室   左
九番 渚  中         九番 久保   右

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