明訓打線相手に作者も神経をすり減らしました。
こりゃ同じ水島漫画の中でしかコラボをやらん訳だ。相手が強すぎる……。
※コミケで余ってしまった本をもらっていただける方いましたら、お送りします。作者TwitterにDMいただけたらと思います。夏コミに再度出そうか悩んでいるものでして。ハチベエC101で検索ください。
一回の攻防を終えて、スタジアムは異様な熱気に包まれていた。
甲子園を四度制覇した明訓と甲子園大会常連の谷原を下したとはいえ、地区大会止まりの墨谷。
観客の多くは墨谷がいかに持ち前の粘りで明訓に食い下がるかという青写真を描いており、よもや明訓の方が一点を追いかける展開になるなどとは思いもしなかった。
二回の表、明訓の攻撃は高代がヒットで出塁するも、上下以降後続が続かず。一方の墨谷も横井、戸室が凡退した後、久保が四球で出塁したが、島田がセカンドゴロに倒れ、同じく無得点で終える。
そして、回は進み、三回。
明訓上位陣と井口の二度目の対決である。
一回表は上手く抑えることができたが、それが再び上手くいくとは限らない。
全高校球児の頂点に立つ猛打線を前に、井口、顔を張り気合を入れる。
『さあ、千両役者。男・岩鬼の登場です。自らの一発で初回の失点を帳消しにできるか。墨谷高校井口くん、明訓相手にここまで無失点の力投。この回もぴしゃりと抑えることができるのか』
「いくでえ、一年坊!」
吠えて登場する岩鬼にやれやれとため息が漏れる倉橋。
(どうにも減らず口の多い男だな、岩鬼ってのは)
『岩鬼くん、やる気十分。今左打席に入ります。って、これはどういうことだ。墨谷の作戦を真似しているんでしょうか。いや、甲子園をご覧の皆さんはこの光景に覚えがある筈です。今夏の甲子園大会、光高校荒木くん、青田高校の中西くんに対して見せた岩鬼くんの左打ちです』
「で、でたらめ過ぎる」
作戦も何もあったものではない岩鬼の真骨頂であるでたらめ打法を目の当たりにし、冷静なイガラシが思わず零す。
(意図が分からねえならとりあえずここだ)
(はい)
井口、第一球はど真ん中のストレート。
悪球打ちの岩鬼ならこれを振るか見逃す筈だ。
しかし。
「ぬがああああ!」
ギン!
雄叫びを上げながらかろうじてバットに当て、ファールとなる。
二球目。同じくど真ん中に投げるも、岩鬼再びのファールに墨谷バッテリーは頭を抱える。
(ど真ん中が打てるんじゃ)
(いや、それはない。もしそうならスタンド入りさせている)
倉橋、三度ど真ん中を要求。
井口、その通りにストレートを投げるも、これもファール。
(さしてストレートの切れが悪い訳じゃない。なのにどうして)
(気にするな。こいつのリズムに合わせる必要はない)
倉橋のリードは一貫してど真ん中。
井口もそれに応えて、コントロール良く投げ込むも三球続けてファールにされ、動揺する。
「井口、腕の振りが縮こまっているぞ!」
谷口から声が掛かる。
ぷらぷらと手を振る井口の前で、何と岩鬼は再び右打席へと入った。
「ど、どういうことだ?」
丸井はイガラシに尋ねるが、イガラシもこんなことは初めてだ。
「来やがれ、雑魚!」
『やはりこれは甲子園での再現を狙っているようです、岩鬼くん。確かにあの時も両手投げの荒木くんが左で投げている時に同じような手を使いました。今回も同じ作戦が功を奏すか!』
(なまじパワーがあるだけにストレートは危険だ。とすると選択肢は二つしかねえが)
倉橋のサインは初回に殿馬を打ち取ったスローカーブ。
一方それに首を振った井口は己の最も得意とするシュートを要求する。
(よし、分かった。だが、コースはこちらに任せろ)
『サインの交換は終わったか、墨谷バッテリー。ツーストライクと追い込んでいます、井口くん、第七球! あっとこれは外角へ落ちるシュートだ!』
ストライクからボールになるシュートに岩鬼はタイミングを合わせる。
「わいを誰やと思うてけつかる。天才児岩鬼やで!」
グワキゴオン‼
『打った―――! ライト前へと運ぶヒット~~! 明訓この回先頭の岩鬼がヒットで出塁! 反撃の狼煙を上げる~!』
「いきなりホームランじゃ面白くないやろ。徐々に見せ場を作るのが男・岩鬼やねん」
悠々と一塁に到達した岩鬼は呆れる横井を尻目に、スタンドへ向けて手を挙げる。
(くそ!……)
がつがつとピッチャープレートを井口は蹴る。ここまで完璧に近い形で抑えていただけに、苛立ちが収まらない。
「おい、井口。変わってもいいんだぞ」
そんな井口を小学校以来の付き合いであるイガラシは敢えて突き放す。
「おれも谷口さんも投げたくてうずうずしているんだ。一回ぐらい増えても構わないぜ」
その一言に、かっか来ていた井口はやや落ち着きを取り戻す。
「へっ。お前にばかりいい所取られてたまるかよ」
(まったく。どうしてこう、どいつもこいつも素直じゃないんかね)
二人のやりとりに丸井は呆れる。
今の井口に対し、気遣う言葉は逆効果だ。むしろ、イガラシが言ったように発奮させた方がいい結果を生む。
『二番セカンド、殿馬くん。二番セカンド、殿馬くん』
『さあやってきました、明訓の誇る秘打男殿馬くん。一回表は上手く打ち取られましたが、もちろんそのまま引き下がる男ではありません。数多の投手達を相手に見せた秘打をいつ繰り出すのか。墨谷、一回表と同じように秘打を警戒してか前進守備をとります』
「バントがあるぞ!」
殿馬のプレイを散々見てきた谷口はそう言って、ナインに注意を促す。
こと当てることに関しては、殿馬の右に出る者はいない。
相手が誰であろうとバントを決める必要がある場面では、ことごとくバントを決めてきた。
一球目。インコース高めへのストレート。
「づら」
「ボール!」
殿馬はただ耳を傾けるだけで何もしない。
まるで指揮者がオーケストラを見渡すように、墨谷ナインの動きをじっと観察する。
(こっちの隙を探そうってのか)
「こら、とんま。スピードアップが叫ばれる時代やで。恰好つけてんと、さっさとバントせんかい!」
一塁から味方の野次が飛ぶも、殿馬、二球目も動かず。カウントはワンエンドワン。
(この回はリズムを合わせようってのか)
まるで打つ気のない殿馬に、倉橋がそのまま押し切ろうと決めた時。
突然、殿馬が左打席へと移動した。
「何っ!?」
『あっと、これはどういうことだ。一番岩鬼くんと同様に殿馬くんも左打席に入りました。一回裏の墨谷の作戦に対する意趣返しでしょうか。墨谷バッテリー、さすがにこれは意図が掴めず動揺しています!』
(何を仕掛けてこようと関係ねえ。こっちは平常運転よ)
(はい)
倉橋がどんとミットを叩き鼓舞すると、井口もそれにこくりと頷く。
「チッチッチ」
右足でリズムをとる殿馬。その動きに合わせて、微妙に守備位置を変える墨谷内野陣。
三球目、インコース肩口から入るスローカーブ。
「ストラーイク!」
手を出すかと思いきや、まるで動かない殿馬に倉橋は頭を掻く。
(何を考えているんだ、こいつ)
リズム打法を得意とする殿馬はそのリズムを掴むために一打席まるまる費やすということも平気でしてのける。ただでさえ、逆打席。しかも左投げの井口のスローカーブは見えづらい。
(きっとここもそうなのかもしれねえ)
思い直した倉橋は再度同じタマを要求。
『さあ、ここまで打つ気なしの殿馬くん。何のための左打席か。井口くん、第四球投げた!』
すっと体を沈ませる殿馬。
(まさか)
すかさずダッシュする谷口。
コン。
『あっと、これは左でのバントだ。三塁線に転がる絶妙なバント!』
「捕るな、谷口。ファールだ!」
ファールゾーンに行くと、倉橋は声を張り上げるが。
(違う。ファールにはならない)
映像で何度観たことか。塁線上にぴたりと止まるその光景を。
まるで魔術か何かのように減速するボールを急ぎ掴むと、ファーストへと送球する谷口。
『サード谷口くん、迷わず送球! 殿馬くんの足が早いか早いか。実に際どいところです。さあ、判定はどうだ~!』
「セーフ!」
「秘打G線上のアリア!」
「そ、そんな……」
信じられないと言った表情を見せる井口に、殿馬は事も無げに言い放つ。
「テンポがころころ変わることについてはお犬様に教えてもらったづらぜ」
『なんと、殿馬くんの俊足が勝りました! サード谷口くん絶妙の判断でしたが、殿馬くんにその上をいかれました。さすがは明訓が誇る秘打男! 墨谷の秘打封じをものともしません!』
ドワアアアと湧き上がる明訓側の大歓声に押される墨谷側スタンド。
「ま、まさかこのために左打席に入ったんじゃ……」
松川の疑問を徳川は肯定する。
「さすがは殿馬と言ったところか。谷口が気づいたのも凄いが、さらに上をいきおった」
谷口の守備位置と判断力から、右打席でのG線上のアリアでは間に合わないと判断し、左打席に入ったのだろう。
そうとは知らず、タイミングをとるためだけではないかと判断した倉橋は自らのポカを反省するも、息つく暇も与えられない。
ノーアウト一・二塁で迎えるは明訓のクリーンナップ。
(やれやれ。誰かに代わってもらいたいもんだな)
『一回二回と好投を見せた井口くん。ですが、この回早くもつかまりました。一番岩鬼くん、二番殿馬くんが連続で出塁。三番の好打者里中くんを迎えます。井口くん、二塁牽制。岩鬼くんはこうした場面で単独盗塁をしてきます。注意が必要です』
「ただのバントでええのに。とんまの奴の目立ち屋ぶりときたら呆れるで、ほんま!」
一塁の殿馬を見ながら悪態をつく岩鬼。
そんな岩鬼にするすると近寄ったイガラシは無言でタッチする。
「アウト~!」
「ぬなっ⁉」
『あっと、これは隠しダマだ。ショートイガラシくん、二塁ランナー岩鬼くんの足が離れたところを狙ってタッチ!』
「汚ねえぞ、猿顔! それが高校生のすることかいな!」
顔を真っ赤にして怒る岩鬼に、スタンドから徳川が火に油を注ぐ。
「怒るより先にてめえの集中力のなさを嘆きやがれ。高校生離れしたお前らを相手にしているんじゃ。ちったあ大目に見んかい!」
あちゃあと頭を抱えるのは明訓ベンチ。
「全くあのお人は……」
高代が目を覆うと、微笑もそれに合わせて苦笑する。
「自分のポカで自分の活躍を帳消しにするからなあ」
ワンアウト一塁と変わって里中の打席。
「井口、代わるか?」
三塁からの谷口の言葉に、井口はぐっと拳を握ると首を振った。
(ここで代わることはできねえ)
中学時代、能力の高さゆえに浮ついた所があった井口はその隙を突かれ、墨谷二中に敗れた。墨谷高校に進学してからも時折その甘さは顔を見せていたが、夏の大会を前にしての特訓を経て大いに成長している。
里中相手に踏ん張り、ライトフライに打ち取る力投。
そして、再びの山田との対決を迎えた。
「どや、五利。この歓声。この歓声が来年うちに来る訳や」
上機嫌に話す鉄五郎に、五利は鼻白んだ。
「まだドラフトでくじも引けてへんのに……。そやけど、ここは敬遠やろな」
「ああ。可哀そうだが、墨谷の連中と山田じゃ格が違う。当然の選択や」
鉄五郎の言葉通り、立ち上がる倉橋。
一球二球とボールが続く度にボルテージが上がる明訓スタンド。
「おい、こら。腕試しでの引退試合じゃねえのかよ!」
「練習試合なんだから正々堂々と打たれたらどうなんだ!」
轟轟たる非難の中、五利は井口を思いやる。
「やれやれ相手せん連中は気楽やな。墨谷のピッチャーはしんどいで」
山田に対する敬遠で最も有名なものは甲子園でのもの。江川学院の中による五打席連続敬遠だろう。多くの投手が山田に直接対決を挑み敗れていることもあってそのやり方は当時大変な批判を浴びた。そのことをよく知っている高校野球ファンたちからすれば、墨谷のとる戦略には納得がいかないのだろう。
「明日があるプロでもやるこっちゃ。明日のない球児に正々堂々を強いるのはいかがなもんかと思わへんでもないが」
「好き好きよ。敬遠も立派な作戦やが、せめて高校生らしく正々堂々であって欲しいちゅうことやろ」
「自分は勝負しますがね」
後ろから掛かった声に誰かと振り返れば、そこにいたのは青田の怪童中西球道。
「中西やないか。どないしたんや。山田たちの最後の試合を観にきたんか」
「いや、五利。そうやない。こいつが観にきたのは墨谷やろ」
鉄五郎の指摘に中西は微笑む。
「さすがは岩田さん。その通りですよ」
「墨谷をやて? また何で」
「ちょいと縁がありましてね。っと、何だ?」
『あっと、タイムです。四番山田くんを敬遠かと思われた墨谷ですが、サード谷口くんがタイムを取りました。ここは一回同様に敬遠かと思われましたが、どういうことでしょう』
マウンド上に集まる墨谷内野陣。
「どうしたってんだ、谷口」
「いや、井口の様子がな」
「おい、井口。おめー、試合前の打ち合わせを忘れたのかよ」
ははあと勘づいた丸井が口火を切り、イガラシもそれに続く。
「山田相手に勝負がしたいなら走者がいないのが条件だぞ。分かっているのか?」
「わ、分かってる。分かってるんスが……」
そこで井口は口ごもってしまう。
「お前が野次を気にする必要はないんだぜ」
「そうだ。おれたちが選んだ作戦なんだからな」
横井と倉橋の三年生二人は気遣いを見せるが、井口は下を向いたままだ。
「どうしても勝負したいのか」
谷口がそう言うと、井口ははっと顔を上げた。
「山田相手に投げられるのはこれが最後のチャンスだからな」
早めの継投策で明訓を相手にする戦略を立てている墨谷。井口の責任回数は三回までで、この後はイガラシが引き継ぐことになっている。
「おめ、我がまま言ってるんじゃねえよ! ランナーありで山田と勝負なんてあり得ねえだろう!」
「で、でも……」
食い下がる井口に対し、谷口は小さくため息をつき、言った。
「勝負しろ、井口」
「「えっ!?」」
皆が一様に驚く。この勝負に一番こだわっていたのは谷口ではないか。
「投げたいと言うんだから投げさせてやればいいじゃないか。それに井口だって成長している。打たれると決めつけるのは早計だろう」
(谷口さん……)
「し、しかし」
谷口相手に珍しく食い下がる丸井だが、周囲の反応は別だ。
「いいじゃねえか。その分取り返せばいいんだろ」
陽気な横井が賛成し、いつも冷静な筈のイガラシも
「こっちの負担を増やすんじゃねえぞ」
と賛成する。
「ま、仕方がねえか」
井口の表情と皆の様子を見比べ見ながら、渋々丸井は頷いた。
『今日でこの山田くんを見納めかと思うと、その一打席一打席に注目してしまいます。一年生の夏の大会でその姿を見せてから今日まで幾多の強豪達と鎬を削って参りました。白新高校の不知火くん、土佐丸の犬飼くん、青田の中西くん。全国の球児にとっての大きな山。超えるべき壁です、ドカベン山田太郎!』
すうはあと山田の呼吸を見ながら、息を整える井口。
『あっと。ここは立ちません。何と、一塁に殿馬くんがいるこの状況で勝負を選択します、墨谷バッテリー。これはどういうことか』
「あかん。ピッチャー病や」
五利の台詞に、鉄五郎と球道は面白くもなさそうな顔をする。
「お山の大将のピッチャーはそうしたいやろ。けど、それはあかん。何のために一回敬遠したんや。どうせするならきちんと最後まで貫かんかい」
「五利さん、練習試合ですから」
「そやそや。それにこの場面で山田を相手にする選択をとるなんて墨谷もやるやんけ」
真剣勝負が大好きなピッチャー人二人を前に、五利は憮然と黙りこんだ。
拭おうと拭おうと吹き出る汗が止まらない。
回はまだ三回。球数も大して投げてはいない。
だが、その密度が段違いだ。
全力で投げ込みながらも、苦も無くそれを打ち返される。
井口自身、高校に入り、その鼻っ柱を折られることは何度もあった。
それはよき糧となり、今の彼を形作っている。
しかし、目の前に聳える山はそんな彼の努力すら嘲笑うかのようだ。
(勝負してもいいと言ってくれた谷口さんのためにも負けられねえ)
井口、覚悟を決めての初球。
ビシュッ!
ククッ!
外角低めへのカーブ。
「ストラーイク!」
微動だにせず見送る山田に、肝を冷やす倉橋。
(しょ、初球のカーブは案外見逃すとは言うが、さすがに胃が痛くなるぜ)
打者の中にある偏見ゆえか。初球の変化球を見逃すことが多いのはよく知られた話だ。
だが、それを山田相手にやるのには相当な胆力が必要と言える。
二球目。
ビシュッ!
内角やや低めの位置からボールになるシュート。
キィン!
『ファール、ファールです。追い込んでいます、井口くん。この場面、山田くんを迎えてストライクが先行します!』
(フォアマンとの勝負を思い出せ)
河川敷で対決したハリー・フォアマン。クリーンハイスクールの主砲であり、関東大会で山田とホームラン数を競った強打者。そんな彼との対決で打ち込まれたからこそ、新たに練習していたスローカーブを急ピッチで仕上げ、試合で使えるようにしたのだ。
(ストレートは危ない。それなら……)
握りを確かめ、大きく振りかぶる井口。
『勝負か、それとも一球様子を見るか。第三球、井口くん投げた!』
ククッ!
外角へ流れて落ちるスローカーブ。
山田がストレート狙いと踏んでの一球。
左打者の肩口から曲がるスローカーブは打ちにくい。
これが普通の打者ならば空振り、もしくはフライに打ち取れたことだろう。
そう、普通の打者ならば。
カキィ―ン‼
「うっ!」
豪打一閃。高々と上がったボールはセンター方向へ向けて弧を描きスタンドへと吸い込まれていく。
『打った――――‼ 山田くん、タイミングバッチリ! スローカーブを読んでいた! センター島田くん、一歩も動けず、勝ち越しのツーランホームラン‼』
やんややんやと湧き上がる明訓側応援団。
対照的に墨谷側観客席は静まり返るばかりだ。
「そんなバカな……」
スタンドからの歓声が倉橋にはどこか遠くに聞こえる。
甲子園での室戸学習塾戦でも同じ左の犬飼知三郎のスローカーブにてこずっていたのに。
打たれることもあるだろうとは思っていたが、まさかホームランにされるなんて。
山田に同じ攻め方は通用しないのか。
(ば、化け物だ)
改めてその化け物を相手に、残りのイニングを戦っていかなければいけないことに眩暈がしながらも、倉橋はマウンドで沈み込む井口をじっと見つめる。
(おれのせいだ……)
心の内から湧き上がる後悔の念に井口は押しつぶされそうだった。
勝負したい。自分の実力を試したい。
山田という高みを見せられ、有頂天になってしまった。
仮想明訓相手に腕を磨き、一回を無難に抑えたことで通用できると勘違いをしてしまった。
「どうした、井口。変わりたくないっててめえで言ったんだろ」
両手を膝につき項垂れる井口に、丸井は容赦ない。
「おれは交代を告げねえぞ」
厳しげな物言いの裏に隠れる丸井の優しさに井口の目頭が熱くなった。
「どうすんだよ」
「いきます」
ごんと自らの頭を殴ると、井口は微笑を睨みつけた。
まだ、墨谷の先発としての仕事は残っているのだ。