プレイボールVSドカベン   作:コングK

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コミケ関連のまとめを読んでいると、案外うちのサークル捌けたようですね。前編手に取っていただいた方が来てくれたのが多かったです。

前話で愚痴みたいに書いてしまいましたが、プレイボールもドカベンも名作なので思い入れのある方がいるのは仕方ないことだと思っています。いい勝負になるかならないかの判断は人によって違いますから。ただ、作者は両方のファンで吟味した結果特定の条件を取り入れればイケるんじゃないかと思っている口なのです。


第六十一話  「イガラシ好投す」

「あっ。出て来よったで、イガラシはんが!」

 隣にいる父親から小突かれた現墨谷二中キャプテンである近藤は声を弾ませた。

「あ、ほんまや。イガラシはん! 頑張ってえな!」

 周囲にいる墨谷二中の後輩達からの声援の中、ひと際目立つその存在にイガラシはくすりと笑みを浮かべる。

「やれやれ。相変わらずうるさい男だぜ」

 そのイガラシの横をそれとなくため息をつきながら通り過ぎた丸井だが、近藤は気づかず、

「井口はん、谷口はん。応援してまっせ! 後輩達の大応援団を連れてきたさかい!」

 などと応援し出す始末だ。

「バ、バーロィ! てめえの目は節穴なのかよ!」

「あ、丸井はんもいたんでっか」

「何がいたんでっか、だ。栄光ある墨二のキャプテンを継いだというのに先輩への礼を欠くなど相変わらずとんでもねえ野郎だ!」

「いや、そやかて。ただ、気づかへんかっただけやし」

「てめーのそういうところが腹立たしいって言ってんだ、バーロィ!」

「丸井、早く守備に着け」

「は、はいはい。ただ今」

 谷口に促され、慌てる丸井にぷっと吹き出す近藤。

 それをセカンドの守備位置からじっと眺める丸井は拳に息を吹きかけてみせた。

(あ、あかん。試合が終わったらさっさと姿を隠さんと)

 丸井に苦手意識がある近藤は顔を青くして、頭を抱えた。

 

『墨谷高校、投手の交代と守備位置の変更をお知らせします。ショートイガラシくんが投手へ。投手の井口くんがファーストへ。ファーストの横井くんがショートに入ります』

 

「よし」

 予想外の岩鬼の好投の前に、点が取れず、その差一点。これ以上点を与える訳にはいかない。

(この体が潰れてもいい。全力でいってやる) 

 かつて弟の信二をして、勝つためには平気で何もかもを犠牲にすると言わしめた男、イガラシ。谷口から続く墨谷二中の黄金時代の中で、一貫してレギュラーを取り続けた彼は、想像を絶する特訓を部員に課し、遂にはその手腕で全国大会優勝を成し遂げた。

 

四回の表、明訓の攻撃は七番の蛸田からである。

「蛸田、どんな投手か分からない。とりあえず、よくタマを見ていけ」

 里中の指示の下、打席に立った蛸田は同じ一年生とは思えぬ落ち着きを払ったイガラシに面食らう。

(随分と冷静だな)

 全国中学野球選手権大会を制したイガラシからすれば、こうした大舞台は慣れている。選手権大会決勝で当たった和合中学との激戦は、後輩達の間では語り草になっているほどだ。

 

ポンポンとロージンを使い、手をはたく。

(まさか、明訓相手に投げられるとは思わなかった)

 谷口をいかに野球に引き込むかに端を発し、遂に実現する運びとなった明訓との練習試合。

 野球だけの特訓に限らず、小室との約束による勉強特訓ではイガラシが持ち前の頭脳を生かし、ナインそれぞれの苦手科目を重点的に引き上げることを目指した。

(何もせずおれたちはここに立っちゃいないんだ)

 巨人学園との練習試合、徳川との特訓、仮想明訓、そして中西球道との勝負。

 その全てを糧とし、墨谷は今日までやってきた。

(いい勝負をするためにそうしてきた訳じゃない!)

 

 イガラシ、初球は外角低めにストレート。

「ストラーイク!」

 思った以上のタマの切れに上下は驚き、バットを短めに持つ。

 

二球目。ストライクからボールになるシュート。

 蛸田、これに手を出し、キャッチャーフライ。

 

 続く八番高代は徹底したインコース攻め。最後には外角からのカーブで、簡単にツーアウトをとる。

 

「観たか! これがイガラシさんの実力だ!」

 墨谷二中の後輩が声高に叫ぶ。当のイガラシは涼しい顔だ。

「こら~。簡単にツーアウト取られてからに。王者岩鬼明訓がそんな体たらくでいいんか!」

「任せてください!」

 そう意気込んでバットを持って出たのは二年生の渚。今夏の神奈川県大会では準決勝の横浜学院戦までを里中なしで一人投げ抜いた。

「ナギ~。わりゃデカい口叩くのは打ってからにせんかい!」

「一本と0本じゃ、たいして違いはないづら」

「あほ。0と一じゃあ、大きな違いやんけ!」

 殿馬と岩鬼のやりとりを背に、渚は打席に入る。

「さあ、かかってきやがれ!」

 大言壮語の色見本、岩鬼の小型と言われる渚だが、打者としても投手としても確かな実力者だ。

(ツーアウトをとられてかっかしてやがんな)

 相手の様子を見て、そう判断したイガラシは初球インコース高めに投げ込む。

「何っ!」

 渚、これをファール。

 続けてイガラシ、テンポよく外角低めにシュート。

 渚、これを見送るも、

「ストラーイク!」

 との主審のコールに食って掛かる。

「入ってない入ってない」

「いや、入ってる」

「でも!」

 尚も食い下がろうとする渚に、岩鬼が雷を落とす。

「こら~ナギ~。何を四の五の抜かしとるんや。審判は神様やで! 岩鬼明訓の一員やったらがたがた抜かさんと行動で示せや!」

「は、はい」

 岩鬼に叱られて、気を取り直す渚だが微妙な所を攻めるイガラシにイラつく。

 

「渚の性格を承知のようだな」

 微笑が隣の山田の方を向く。

「渚だけじゃない。相当うちを研究している」

「ええ傾向やないか。わいらの最後を飾る相手となれて嬉しいんやろ」

「いや、そうじゃなくてだな」

 岩鬼のずれた発言を里中が訂正しようとした時、大きな歓声が上がる。

 

 ビシュッ!

 ブン!

 ズバン!

「く、くそ!」

『外角高めのストレート! 渚くんのバットが空を切った! この回代わった墨谷高校イガラシくん、気迫の投球で渚くんを三振に仕留め、この回明訓の攻撃を三人でぴしゃりと抑える力投! 勝負の行方は混沌として参りました』

 

(とんでもねえ気合の入れようだ。大丈夫なんかよ)

 元々手を抜くということを知らないイガラシは、試合の度に全力投球をし、くたくたになってもその根性でマウンドに上り続けてしまう。全国大会時も、キャプテンとして突っ走るイガラシに、丸井は先輩の立場から無茶をするなと助言をしたこともあった。

(とにかく、この回何とか岩鬼を捕まえねえと)

 丸井の思惑とは裏腹に、その裏明訓のマウンドに上がったのは岩鬼ではなかった。

 

『四回裏、明訓高校ピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー岩鬼くんに代わりまして、里中くん。ピッチャー岩鬼くんに代わりまして里中くん。代わった岩鬼くんはそのままサードに入ります』

 静子の場内アナウンスにわっと大歓声が上がる。

『さあ、ここで満を持しての里中くんの登場です。明訓のエースとして、甲子園で勝ち星を上げること二十回。多くの強豪をその七色の変化球と美しいサブマリン投法で打ち取ってきました。ここまで二対一。一点のリードを守り切ることができるか!』

 

「ようやく出てきたな」

「ああ。さすがに小さな巨人なんて呼ばれるだけある。雰囲気あるぜ」

 マウンドに立つ里中の姿は威風堂々。バシッとグラブを叩き、その気合は十分だ。

「よし。行くぞ、山田!」

 高々と左足を胸元まで掲げるフォームからの、流れるようなフォロースルー。

 次々と投げ込み、軽快な音を響かせる里中の姿に、墨谷ナインは警戒感を強める。

「とにかく井口、球数を投げさせるんだ」

「はい」

 打席に向かう井口と次打者の横井以外、残った者達に谷口は待球の意図を説明する。

「例の里中のクセさ。使えるかどうか試してみないとな」

「ああ、あれか」

 戸室は思い出す。

 今夏の甲子園大会決勝。紫義塾の近藤によって初めて暴かれた里中の投球のクセ。ストレートとカーブを投げる際に置く軸足の位置で、投げる球種が分かってしまうというものであり、これにより明訓はあわや敗北という所まで追い詰められた。

「一度染みついたクセは一朝一夕で治るもんじゃない。甲子園の決勝から大分間が空いている。無意識に出てしまうということもあり得る」

 

『さあ、甲子園を沸かせた小さな巨人がここ国分寺球場へとやってきました! 今日の登板でこの里中くんの姿は見収めです、十分に目に焼き付けるとしましょう! 注目の第一球。果たして何を投げるのか!』 

 

 一球目。里中の軸足はプレートの上。

「プレートの上。カーブか」

 ビシュッ。

 ナインの読みとは逆にインコースに決まるストレート。

 ズバン!!

「ストラーイク!」

 二球目。軸足はプレートの上。

「またカーブか」

 今度は横井の予言通り、投げたのは外角低めのカーブ。

「おいおい。使えなくねえか」

 どちらもプレートの上に置かれた軸足だが、投げる球種は違う。

「これじゃあ、打てねえじゃねえか」

 

 結局、井口。五球投げさせるも、セカンドフライに倒れ、ワンアウト。

「思ったよりもタマが来ているな」

 打席に入った横井はゲーム前の練習時と比べ、勢いの増した里中のタマに驚く。

 せっかく、投げる球種に山が張れると思っていたのにできず、その上この球威は計算外だ。

 岩鬼に先発をとられ、持ち前の勝気な性格から里中が発奮した結果だが、墨谷側はそれを知る由もない。

 

(今日の里中のタマには勢いがある。ここは強気でいくべきだ)

 山田のサインはインコースへのストレート。

(さすがは山田だな)

 自分の性格を熟知した山田のリードに里中は気をよくする。試合前の練習で墨谷が自分の対策をしているということが分かり、先発を下ろされたことにも半ば理解を示したが、完全に納得した訳ではない。

 

 ビシュッ!

 インコースへ切れのあるストレート。しかし。

 キィン!

 横井、これをファールにし、さらに二球目のストレートにも食らいつく。

(アンダースロー対策を相当してきた感じだな)

 通常オーバースローは上から下への球筋だが、これに対しアンダースローは下から上となり、全く異なる。タマが浮き上がってくるため、慣れない打者からはボールが向かってくるように感じられ、戸惑う打者も多い。

(どうもストレートに合わせてきているようだ)

井口にしろ、この横井にしろ、確実にストレートをミートしている。

それがファールになっているのは、墨谷の打者が思うよりも里中のタマに勢いがあるからだ。

(まさか岩鬼の先発がこんな効果を生むとは。狙ってやっているのだとしたら大平さんはすごい)

 墨谷の狙いを読み取った山田は、ストレートを見せ球に変化球主体のリードを展開。

 シュートで横井をサードライナーに打ち取ると、八番の戸室もファーストライナーに切って取る。

 

「よし」

 この回三人でぴしゃりと抑え、意気上がる里中。

「どや、サト。わいが投げてやったお陰で虚弱体質のお前でも後は何とかいけるやろ」

 意気揚々と引き上げる岩鬼の横で苦笑する里中。

 だが、山田の顔は晴れない。

(どういうことだ)

 四回までは一度のヒットもなく当たっていなかった墨谷打線だが、里中に対してはライナー性の鋭い当たりを見せている。

(里中をマークし、余程特訓してきたに違いない)

 変化球主体で抑えたとはいえ、このままで終わるとは思えない。

(底の知れない相手だ)

山田は警戒感を強めた。

 

 一方の墨谷。

 里中に変わり、よい当たりが出るようになったものの、それはあくまでも決め打ちゆえのまぐれ当たり。頼みの綱であった里中のクセが見抜けなくなり、皆に焦燥感が募る。

「現実はそうは甘くはないって分かってはいたがよ」

「上手く抜けたと思ったんだがな」

 横井と戸室は互いの顔を見合わせる。

 二対一。明訓との差はたった一点。

 だが、墨谷ナインの肩にはその一点が重くのしかかっていた。

 

 五回の表。一番の岩鬼からの好打順に対し、イガラシの闘志は燃え上がる。

 

(この間の借りを返してやる)

 明訓訪問の際にあわやホームランという打球を打たれた岩鬼に対してはど真ん中一本で三球三振。

 二番殿馬に対してはリズムを掴まれぬようクイックモーションも交えてテンポを毎回変える投球を披露。

『出た~。秘打白鳥の湖だ!』

 ストレートに合わせて、墨谷の秘打シフトの頭上を越そうと秘打白鳥の湖を狙った殿馬だったが、イガラシが投げたのはストレートと同じスピードのシュート。手元で変化するタマに僅かに打点がぶれ、センターフライに倒れる。

 

トップから始まった好打順にも関わらず、あっという間にツーアウトをとられ、次打者の里中はイガラシをぐっと睨みつけた。

(墨谷の一年坊如きに負けてたまるか)

 甲子園優勝四度の明訓がもし墨谷敗れるようなことがあれば、甲子園優勝そのものの価値が大きく下がることになるだろう。

(そうなったら全国の球児達に申し訳が立たんぜ)

 里中、イガラシの一球目を外角と決めて的を絞る。

 果たして、好打者である里中への初球はインコースを嫌って外角の高め。

「外だ!」

 カキーン!

 これを里中強引にライトへ流し打ち。ライト久保が処理にもたつく間に二塁へ向かい、ツーベースヒットとなる。

 

『四番キャッチャー山田くん、四番キャッチャー山田くん』

ドワアアアアアアと再びの大歓声が巻き起こる。

『ここで再び打席が回ってきました、ドカベン山田太郎。初回は敬遠。三回は勝負に出ました墨谷ですが、ここはどのような選択をとるのか。一打追加回点の場面。これ以上点差を広げたくはありません』

 

(どうするよ)

 三回の表に井口が山田と勝負をしたために、倉橋は初めから立たず、イガラシに敬遠するかとサインを送る。勝負を選択するだろうなという倉橋の予想に反し、イガラシの答えは意外にも様子見。

(山田相手に様子を見るって言ってもよ)

 ついぶつくさと文句を言いたくなるのをこらえて、倉橋はミットを叩く。

 『あっと、これは勝負のようです、墨谷バッテリー。倉橋くん、今回も立ちません』

 

(調子がいいからと山田を舐め過ぎだぜ)

 二塁ベース上から、里中は険しい表情を作る。

 一方、山田は相も変わらず涼しい顔だ。

 

『ここまで見事に明訓打線を封じてきたイガラシくんですが、岩鬼・殿馬の両名を打ち取りホッとしたのか、里中くんにライト前へのヒットを許しました。この山田くんに対してはどう攻めるか、注目しましょう』

(山田の好きなコースはインコースとどまん中、高さはベルト。だが、得意な場所の近くにこそ苦手もまたある筈)

 イガラシ、山田に対する第一球。

 ビシュッ!

 ククッ!

 ど真ん中からインコースへのカーブ。

 山田、これを平然と見送りボール。

 二球目。外角高めのストレートでファールを誘うも、これまた山田のバットが振られることはない。

(左右の揺さぶりがまるで通用しねえ。さすがは高校ナンバーワン)

 悔しがるよりも先にイガラシの口をついて出たのは、賞賛の言葉。

 思い描いた高さよりも上にある頂に身震いする思いだ。

 

(ツーボール。少しでも打ち気の打者ならこいつに引っかかる筈だ)

 三球目。真ん中から外へ逃げるシュート。バットの先っぽに当て、ゴロを狙うも。

「ボール!」

 山田は依然としてぴくりとも動かない。

(普通は振って来るもんだろ)

 打者有利のツーボール。しかもランナーがいる状況だ。ストレートと同じスピードを持つイガラシのシュートを絶好球と狙って打ちにくる筈だ。

(そ、それをしないなんて。とんでもねえ野郎だ)

 吹き出る汗を拭ったイガラシは独り

(仕方ねえな)

そう頷くと、倉橋に敬遠のサインを出した。

 

(おいおい。別にこのまま四球にしちまっていいじゃねえか。野次がうるさいぜ)

 立ち上がらぬ倉橋に、イガラシは再度敬遠のサインを出す。

(野次なんぞ別に気にしませんよ。ハッキリさせた方がいい)

 イガラシは勝つために全てを犠牲にすることができると、実の弟に言われた男である。そんな彼からすれば明訓に勝つために野次られることなど大したことではない。むしろ無謀な勝負を挑み、勝てる勝負を落とす方が悔しい。

『あっと、これは立ちました、倉橋くん。ノースリ―とボールが続き、ここは堪らず敬遠です。それとも最初からその手筈だったのでしょうか。いずれにしても山田くん、ここまで一度しかバットを振らせてもらえません』

「おいおい、勝負するんじゃねえのかよ!」

「打たれた奴だって同じ一年生だろうが!」

 口々に好き勝手なことを言う外野の声をイガラシは平然と聞き流す。

(ま、おれと井口は違うってこった)

 その淡々とした様子に、倉橋も感心せざるをえない。

(さすがは墨二を全国大会優勝に導いた男だぜ)

 

 イガラシ、この後五番微笑のピッチャー返しを見事にキャッチ。明訓のトップからを見事に抑え、この裏の攻撃に向けてチームに弾みをつけた。

 

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