プレイボールVSドカベン   作:コングK

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今話から後書きに本に入りきらなかったこぼれ話をちょこっと書いていこうと思います。入れようと思ったんだですが、540ページもあってさすがにちょっとなあとなりました。
誤字報告等ありがとうございます。校正も一応お願いしたんですが、いやはや。人の目ってあてにならないですね。


第六十二話  「活路を見出せ!」

 イガラシの好投に沸く墨谷ベンチ。

 五回裏攻撃の番となるや、どうやって里中を打ち崩すかと額を寄せる。

「さすがに甲子園で二十勝しただけあるぜ。あの変化球はちょっとやそっとじゃ打てねえよ」

 泣き言を言う横井。

「あの多彩な変化球に山田のリードが加わる訳ですからね。確かに早々簡単に打ち込める相手じゃないでしょう」

 イガラシも難しい顔をする。

「せっかく使えるクセだったのにな。まさか、対策されているなんてよ」

 戸室が思わず愚痴るが、皆も気持ちは同じだ。

 里中のクセが明るみに出たのは、甲子園決勝の紫義塾戦でのことだ。ストレートならプレートの前、変化球ならプレートの上と投げる球種によって軸足の位置が決まっているというそれは、紫義塾の打線を勢いづけ、あわや明訓に二度目の敗戦を許す原因となるところだった。

(あれから二か月は経っているってのに)

 体に染みこんだクセを意識しようと、長い間の習慣を早々簡単に直すことはできまい。そうふんでいた墨谷だったが、その期待は淡くも裏切られた。

 速球対策が十分な墨谷は、里中のストレートに照準を合わせてヒットを狙うが、これを察知した山田に変化球中心のリードをとられ、未だに同点に追いつくことができていない。

 

「とにかく、久保。ボールを見ていけ!」

「は、はあ……」

 とりあえずといった丸井の指示に、墨二の後輩である久保も釈然としないながらも頷くしかない。

「しかし、あの変化球をどう打つよ」

 倉橋の問いに、皆が無言になる。

 ホップするストレートだけでなく、里中には多彩な変化球がある。

 変化球対策をしてきたつもりだったが、想像以上の変化にバットは空を切るばかりだ。

 何かないのかと思い悩むナインの中で、半田が小さく手を挙げる。

「何か気づいたのか、半田」

 今夏の東京都予選。その冷静な観察力でチームを支えてきた半田に、皆の注目が集まる中、彼が出したのは黒いノート。

「これは……」

「横浜学院の谷津さんから受け取った対明訓用のメモなんですが……」

「ああ。あれか」

 河川敷のグラウンドの練習後谷津のより手渡された谷津メモは、甲子園まで明訓を追いかけ、その秘密を探ろうとした彼の大切なメモだ。

 そこに書かれてある各明訓の選手の性格や得意なコースを参考に、墨谷バッテリーは投球を組み立てている。

「それがどうかしたのか」

「里中さんのページが妙なんです。走り書きの図が描いてあるんですが」

 半田が見せた谷津メモにはバッターボックスとキャッチャーミットが描かれており、インコース、真ん中、外側と三つのコースに区切られている。その外側のコースにはバツ印が描かれ、インコースと真ん中のマスの境目が濃く描かれている。

「里中相手に外は要注意ってことだろ。その矢印の意味がよく分からなかったが」

 倉橋の言葉に半田は黙る。

「なんだ、違うってのか?」

 久保が六球粘るも三振。続いて島田が打席に立ち、ネクストに急ぐ丸井が焦れる。

「他の打者にはインコースだのアウトコースだのと言葉で書いているのに、どうして里中のところだけこんな図を描いたのか気になりまして」

「その時の気分じゃねえの」

 横井からすれば別段不思議でも何でもない。

「い、いやでもその隣に好きなコースとしてインコースとど真ん中と書かれているんです。わざわざ二つ書く必要ありますか」

 半田の指摘に谷口ははっとメモを見、気づく。

「ひょっとして、里中の投球で外のボールは捨てろということか?」

「だとすると、この外側の×は説明がつくな」

「確かに外のボールを追いかけてバットが泳いでいるが……」

{試してみる価値はある」

カウントツーワンと苦戦している島田。タイムを使って呼び出すと、外は捨てろと谷口は指示する。

「捨てろって、打つなってことですか」

「そうだ」

「そりゃまたどうして」

「おれにもよく分からん」

(まるで専修館戦の時みたいだな)

 島田は昨年度の激戦を思い出し、呆れた笑みを浮かべた。

 あの時も東実から手渡されたメモを元に立つ位置を指示されただけで、理由は分からないと言われ、どうしたのだと大いに訝しがったものだ。

(まあ、谷口さんが言うんだから何かあるのだろう)

 墨谷二中時代、一時は谷口に反発した島田だが、青葉学院との激戦を経て芽生えた谷口への尊敬の念故、墨谷に進学した。丸井程ではないにしても、谷口に対する信頼感は厚い。

 

「さてと、どうなることやら」

 注目する墨谷ベンチをよそに、外外と攻めるもバットを振らない島田。 

 フルカウントとなった里中はインコースにストレートを投げ、島田これを強打。三塁線へライナー性の当たりとなるが、サードの岩鬼が見事な横っ飛びを見せてツーアウト。

「成程。効果はあるな。面倒な外を捨て、イン打ちに徹しよう」

「お、おうっ!」

 谷口の指示に皆が勢いよく頷く中、半田だけはまだじっと谷津のメモとにらめっこしていた。

(確かに外の×はそれで説明がつく。けど、それじゃあこの線と矢印は何なんだろう)

 

二番丸井。外のタマを捨て、ボールが先行するも変化球にタイミングが合わない。

「ちくしょう!」

(随分とかっかしているな)

(短気な男らしい。それならそれでやりやすい)

 真ん中高めにきた打ち頃のストレートに丸井、思わず手が出る。

 

 ブン!

 キン!

『カウントワンツーから積極的に打っていった丸井くんですが、ボール球を振らされ、キャッチャーフライ。さすがは明訓バッテリー、貫禄の違いを見せつけます』

「くそっ!」

 里中と山田のバッテリーの前に、上手く躱され、苛立ちながら丸井は打席を後にする。

 

「と、徳川さん」

 三者凡退を喫する自チームの様子に、松川が堪らず何か言いたげに徳川を見るが、当の本人は知らん顔だ。

「てめえ達の力でやりたいって言うたんやないか。わしゃ知らんぜ。務めは果たしとる」

「そ、そんな……」

「けっ。里中の小器用なピッチングにいいようにやられおって。何のためのバント練習だったと思ってるんじゃ、ええ」

 ぐびりと徳利に口をつけ、徳川は厳しい眼差しを苦闘する墨谷ナインに向けた。

 

 六回表。

 先頭の上下がヒットで出塁。これを蛸田がバントで送り、高代が四球でチャンスを広げたが、渚がライトフライに倒れ、岩鬼がど真ん中を例の如く三振。点差を広げられぬまま、その裏の墨谷の攻撃へと移る。

 

『さあ、回は終盤へと差し掛かりました。ここまであの明訓とがっぷり四つで組み合っているといってもいいでしょう、墨谷高校。正直甲子園未出場の彼らがここまで明訓と渡り合うとは思っていませんでした。この回は打順よく三番のイガラシくんからです。墨谷二中を全国制覇させた際のキャプテンでもあるイガラシくん。好調なピッチングの方の勢いをバッティングに繋げることができるか』

 

(外は捨てる、か……)

 イガラシは打席に入りながらも先ほどのベンチでの会話を思い出す。

 一球目。アウトコースのストレート。コースぎりぎりに決まり、ストライク。

 二球目。同じくアウトコースにきたシュートをイガラシ、

「おっと」

振りそうになるもぎりぎりで見逃し、ボール。

(こ、こいつ。よく見たな)

(外はよく見えているようだ)

 明訓バッテリーの内心をよそに、イガラシは別のことを考える。

 これまでなら今のシュートは間違いなく振っていただろう。

 ただでさえ先発の岩鬼の荒れタマの影響で、墨谷打線はタマを目で追うようになっている。そこへアンダースローの里中の多彩な変化球だ。アウトコースにきたタマを打とうとそちらに意識が向き、思わず手が出てしまっていた。

(外を捨てればいいってだけでこうも違うとはな)

 誘いダマを見逃すことができていることを自覚しながら、イガラシはどう里中を打とうかと考えを巡らせる。

 

一方の墨谷ベンチではメモを前にうんうんと唸る半田の姿があった。

 谷津から受け取ったメモは投手里中攻略の鍵に違いない。ただでさえ、谷津は里中から二本のホームランを打っている。明訓を研究し続けた彼なりの何か独自の攻略法があったに違いない。

(外のタマを避けろ。これは間違いない。でもそれだけじゃない。インコースに引かれたこの線。そして、そこへ向けての矢印。これはもしかして……)

「あの、谷口さん」

 ネクストバッターズサークルで待機する谷口を半田は呼ぶ。

「どうした、半田。何か見つかったのか」

「もしやと思うのは」

 半田の説明に耳を傾けた谷口は、

「成程。試してみる価値はあるな」

 そう納得すると、六球粘るも、セカンドフライに倒れたイガラシに続いて打席に入った。

 

「おい、谷口さんに何を言ってきたんだよ」

 むすりとした丸井が半田に尋ねた。

「この図は里中攻略法じゃないかって……」

「外を捨てろだろ。確かにそれでボールの見極めは前よりもつくようになった。だが所詮四球を稼ぐためのものだろ」

「いや、多分違う」

「多分? オメ―そんなあやふやなことを谷口さんに言ったのかよ」

 谷口のことになるとすぐかっとなる丸井をイガラシが抑える。

「まあまあ。実際藁にも縋る状況なんだし仕方ないでしょう。谷口さんなら気にしませんよ」

「まあ、そりゃそうだが……」

 

(この男か)

 やってきた谷口に対し、山田は警戒感を抱いた。初回から二安打している谷口は、岩鬼の剛球に対してもまるで怯みもせず踏み込んでくる上に、一球から借りた谷原戦の映像を見る限りやたら粘り強く厄介な相手だった。

(外は強かった。インコースはどうだ)

 初球、山田のリードはインコース内側へ曲がるシュート。だが、谷口は手を出さない。

「ボール!」

 ちらりと山田は谷口の方を見上げた。

 

(インコース甘めがポイントか……)

 谷口は半田の言葉を脳内で反芻する。

 谷津から受け取ったメモはキャッチャーミットの前が三つのコースに区切られ、外のコースには×印がしてあった。そして、インコースと真ん中の境目に濃く線が引かれており、その線に向けて弧を描くように矢印が描かれていた。

 

「おそらく、里中の変化球の球筋を描いたのではないかと」

「どういうことだ?」

 よく分からないと首を捻る横井。それに対し、投手であるイガラシは成程と手を叩いた。

「この矢印の軌道。カーブじゃないすかね。この線より手前で変化するのは打つなってことで×がついてるんじゃ」

「じゃ、じゃあ、この〇は……」

「この線より外、右打者のインコース寄りから変化するのは打っても大丈夫ということかと」

「まさか……」

「いや、おれも半田さんの読みに賛成っス」

 手を挙げたのは井口。

「アンダースローの生命線はコントロールといかに外の変化球を振らせるかだと思います。外に変化してくるタマは捨てて、ストライクゾーンに決めにくるタマを狙えってことじゃないかと」

 投手二人のお墨付きをもらった半田の背中を、

「半田、オメ! すごい発見じゃねえか!」

 丸井がバシバシと手荒に叩く。

「も、問題はその線をどう意識するかですよ」

「そこは谷口さんのやり方を見て考えようじゃねえか」

 どかりとベンチに腰を掛けると、墨谷ナインは谷口の方を向き、目を皿のようにしてその一挙手一投足を見守った。

「ボール!」

『おおっと、これはどうしたことでしょう。この谷口くんに対してもボール先行。この回、里中君に対して待球作戦に出たか、墨谷。各打者がボールをよく見ています』

(いや、この回からじゃない。五回からだ)

 山田はホームベース上をならしながら考えをまとめる。

 カウントはノースリー。内外外と攻めるも、谷口はぴくりともバットを動かさない。

(明らかに外へのボール球を振らなくなってきている。どういうことだ)

 

(インコース甘めを線として意識する……)

 半田からのアドバイス通りに谷口は脳内でイメージを組み立てている。

 その線からインコース寄りに曲がって来ればストライクゾーンに、一塁側から曲がればボールに。変化球の曲がり幅自体が変わらぬ以上、どこから曲がる変化球を見逃すのかが重要だ。

 

 四球目。インコース高めへのストレート。谷口、これを打つもファール。

(どういうことだ。おれのクセでも見切られているのか)

 カウント稼ぎの一球を谷口が振り、ふうと息をつく里中。

 

 五球目、真ん中高めのストレート。これも真後ろへと飛ぶファールとなり、ネットにぶつかる。

(想定よりも速い)

 アンダースロー投手でありながらその身体全体を活かした投げ方で、里中のストレートは百四十キロある。ストレートの質自体は以前闘った真田一球の方が上だろうが、アンダースロー対策として投げた墨高の投手達では比べるべくもない。

 

(外にも強く際どいタマは見逃す……。厄介だな)

『さあ、フルカウントで勝負に出ます。里中山田の明訓バッテリー。ここは何を投げるか!』

(里中。インコース低めだ)

 山田のサインに里中がゆっくりと頷く。

 勝負の六球目。

 

ガバアアア!

 ピシュッ! 

(シュート!? いや、違う!)

 

『落ちた落ちた。さとるボールだ! 谷口くん、懸命にバットを止める~! 判定はどうだ。セーフかアウトか!』

「セーフ!」

「な!」

渾身の一球をセーフと判定され、憤る里中だが、

「里中、今のは止まっている!」

 山田の言葉に不承不承といった感じで頷く。

 

『セーフの判定に思わず審判の方へ歩み寄ろうとした里中くんですが、ここは山田くんが制します。この辺りは実にそつなくこなします。さすがは日本一の高校生捕手です。しかし、ここはよくバットを止めました。墨谷高校谷口くん。この四球で流れが変わるか!』

 

(まさか、あれを見られるとは)

 これまで一度も投げていないさとるボールを意表をついて低めに落としたというのに。

(やはり侮れないな)

 小走りに一塁に向かう谷口の背を山田はじっと見つめた。

 

 

 

 




プレイボールVS.ドカベンこぼれ話①
〇改めて読むドカベンの恐ろしさ

水島新司先生はご自身で年間100試合近く野球をやってきたために、その時の選手の心理状態を描くのが巧みで、また、あのノムさんこと野村克也監督の知遇を得ていたために、捕手の心理状態も詳しく、やたらリードも細かく描いているのです。これは他の漫画と比べてみると顕著でしょう。なにせ、捕手が主人公の野球漫画が極端に少ないことからもよく分かります。メジャーの2、俺はキャプテン。後はバツ&テリーくらいしか筆者は思いつきません。これに配球のことまで入れて描かれているドカベンはやはり捕手の野球漫画としては唯一無二と言っても過言ではないと思います。ドカベンが劇画調で、ともすれば背負い投法、砲丸投法、秘打と言った現実離れしたものがありながら、現実に寄せているように感じるのは、全てこれらのリードや戦術と言ったものが実際に即しているからだと思います。
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