プレイボールVSドカベン   作:コングK

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 この物語を書くにあたり、難しかったことの一つが好投手里中をどう打ち崩すかです。ドカベン本編では案外簡単に打たれるのですが、プレイボールでは打たれるまでの過程が大事になってきます。前回作中で語っているアンダースロー対策は、元ロッテの里崎智也さんが動画内で語られていたものです。





第六十三話  「三年生の意地」

『五番キャッチャー倉橋くん。五番キャッチャー倉橋くん』

 場内アナウンスが流れると、墨谷側応援団から期待の声援がかかる。

 

「倉橋~、頼むぞ! ここは一発かましてやれ!」

「明訓に目にもの見せてやれ!」

 田所を先頭に声を張り上げる墨谷野球部の先輩達の姿に、倉橋は参ったなと頬をかく。入部当初はあまりのやる気の無さに一度は退部した墨高野球部。再び戻ることにしたのは谷口の存在があったからだ。

 中学時代、谷口率いる墨谷二中に負けた身からすれば、「この男と野球をやってみたらどうなるか」そう思わせるだけの魅力が谷口にはあった。

 

(まだ、ちょいと痛むな)

 先ほどの打席。死球すれすれのタマを避けたときについた右手がまだ痛むが、気になどしていられない。ここは何としても谷口を進塁させなければならない。 

 

(平然としてやがる。さすがはドカベン山田太郎)

 およそ高校野球で捕手たる者はその名を知らぬ者など存在しない。打率七割五分、常勝明訓の守備の要。今度のドラフトでも複数球団からの一位指名は確実と言われている。

(それに比べちゃおれっちなんぞ取るに足らない身だがよ)

 一塁にいる谷口をちらりと見るや、倉橋は口をぎゅっと引き結ぶ。

(相棒が諦めずにやってるんだ。少しは手伝ってやりたいと思う訳よ)

 

 サインの交換が終わり、里中が振りかぶる。

(山田は一発のある相手には初球変化球で入ることが多い。ましてや、里中のストレートが狙われている今なら猶更だ。そして、四球を出した投手に対して捕手がするリードは……)

 ピシュッ!

(初球、インコースからのカーブ!)

 

ククッ!

インコースからど真ん中に曲がって来るカーブ。

「どんぴしゃ!」

 

カキーン!

 

『打った――! 倉橋くん、センターを越す大飛球! クッションボールを渚くんが処理する隙に谷口くんは三塁、打った倉橋くんは二塁へ到達~! この回墨谷一挙勝ち越しのチャンス到来!』

 

「いいぞ、倉橋! こりゃひょっとするとひょっとするぞ!」

 自慢げに胸を張る田所の声が耳に入ったのかその後ろに数段上の席に座っていた高校野球ファンらしい中年男性二人組が無理無理とそれを否定する。

「相手は明訓だぞ。都大会で負けた墨谷如きに間違いは起きないだろ」

「ああ。里中は甲子園でこの程度の修羅場は散々くぐり抜けてきているからな」

 かっとなった田所よりも先に、谷口達の一年先輩である中山達が席を立ちあがった。

「墨谷如きになんだって⁉」

「ここをどこの応援席だと思ってやがんだ!」

 中山達から睨まれ、周囲の観客からも冷ややかな目で見られ、男性二人はごほんと咳ばらいをすると小さくなってそっぽを向く。

 

『一死から谷口くんが四球。倉橋くんのツーベースでランナー二、三塁。続くバッターはパワーのある井口くんです。外野フライでも一打同点の場面ですが、スクイズはあるのか! するとすれば何球目にしてくるのか!』

 

 ベンチの丸井からのサインをじっと見る井口と山田。

(ここは十中八九スクイズだ)

 山田の外すという指示に、里中は強打ではないのかと反論するが、山田は首を振る。

(一回のと金作戦もどきで分かったが、徳川さんは相当墨谷にバント練習を積ませている。こうした場面も何度も想定している筈だ)

 

 一球目、里中、外に大きく外すも井口はスクイズの素振りも見せない。

(強打か?)

(いや、まだ決めつけるのは早い)

 

 二球目、インコースへのストレート。井口、これを空振り。

『積極的に振っていきました井口くん。墨谷、ここは強攻策か! 井口くんスクイズする気はないようです!』

 

 二球見送った井口だが、まるでスクイズの構えを見せていない。力があるだけに外野フライ狙いということもあるだろう。

(だが、まるで動きを見せないと言うのが逆に怪しい)

『さあ、三球目。里中くん、振りかぶって……、ああっとここで、谷口くん走った! スクイズだ~!』

「よし!」

 インコースへ向かってくるボールにスクイズバントの構えを取る井口だが。

 

ククッ!

「え⁉」

 

 キン。

 

「まずい!」

 

『明訓バッテリーここでシュートを投げてきた! 外側に逃げるボールに当たったのはバットの先っぽだ! 上がったボールを山田くん、キャッチ! 三塁に転送!』

「くっ!」

 谷口、頭から戻り岩鬼のタッチを何とかかいくぐり間一髪のセーフ。

 ああっと声の上がる墨谷ベンチ。

 スクイズを失敗し、バットを持ったまま井口は項垂れる。

「く、くそっ!」

「まだ分かりませんよ」

 悔しがる丸井に、イガラシはこれからだと告げる。

 

「横井! こうなったら一発かましてやれ!」

 緊迫する場面でまさかの出番が回って来た横井は、緊張感から吹き出る汗が止まらない。

 谷口と同学年の横井は、二年生次からレギュラーに抜擢された。九回ツーアウトまで追い込まれた聖陵戦や、優勝候補専修館との激闘をくぐり抜けてきた彼をしても、このような場面はお目にかかったことがない。

 

(右打者のインコースってことは、左打者ならアウトってことだろ)

 横井は半田の言っていたアンダースロー攻略法を思い出し、自分の脳内で線を引く。

 初球。アウトコース低めにストレート。

「ストラーイク!」

(ちぇっ。ぎりぎり入ってたか)

 高まる声援に、気持ちが落ち着かない。

 

 二球目。今度はインコース肩口へのストレート。

 横井、これを振っていくもファールとなる。

 

「お、おい。横井さん、こちこちじゃねえか」

「横井!」

 三塁上から谷口が打席を外すよう指示。

「た、タイム」

 横井、それに従いタイムをとって軽く体をほぐす。

(やれやれ。中山さんもこんな気持ちだったんかな)

 専修館戦で殊勲の勝ち越し打を放った先輩の姿を思い出し、オイッチニと続ける横井に、主審がそろそろいいかと声を掛ける。

「あ、どうも」

 ぺこりと頭を下げながら、横井は入部当時のことを思い出す。入って来たばかりの頃はいい加減な練習をしてばかりの気楽な部だった。それが谷口の入部で変わり、遂にはあの谷原を倒すまでとなった。

(全く、すげえ奴だぜ。谷口ってやつはよ)

 共に戦ったからこそ、分かる。その野球に対する真摯な姿勢。

(お前程努力した奴はいないだろうぜ。それこそ、山田と比べてもな)

 皆に努力を強制し、自分は蚊帳の外。

 そんな恥知らずな人間も世の中にはいることだろう。

 だが、谷口は違う。

 誰よりも努力し、その姿を見せ続けてきたからこそ。

 どんな相手にも諦めず挑み続けてきたからこそ。

 皆が彼の背中に憧れ、その後に続いたのだ。

 

 三球目。ストライクが先行した明訓バッテリーは一球様子見で外角高めに放る。

ここまで墨谷の各バッターが外角を打っていないからゆえの判断だ。

しかし。

 

 カキーン!

『外角高めを横井くん、強引に打っていった! ボールはライト前へ! ライトの蛸田くんの肩は強いぞ!』

 

 ライトからノーバウンドで送球が返るも、スタートが早かった谷口が一歩勝る。

『谷口くん、好走塁。いいボールが返ってきていたが、これは間に合わない!』

「セーフ!」

 ドワアアアと国分寺球場が揺れる。

『セーフ、セーフだ! 七番横井くんのライト前ヒットで墨谷高校、遂に同点に追いつきました! 明訓高校里中くん、この回まで無失点に抑えてきましたが遂に失点。尚もツーアウト一、三塁とピンチは続きます!』

 

「いいぞ、横井!」

「よくやった!」

 口々に歓声を送る先輩達に、横井は照れながら手を挙げると、次打者の戸室と視線を交わす。

(踏ん張れよ、戸室!)

 

連打を浴び、かっかする里中と反対に、打席に入る戸室は顔面蒼白だ。

(何で、おれがこんな場面で)

 ワーワーと投げかけられる声援は都大会の時の比ではない。王者明訓相手に勝ち越せるチャンス。皆が自分に期待をかけていることだろう。

(随分と緊張しているな、それなら)

 初球、ど真ん中のストレート。

「わっ!」

 戸室、これに手を出しワンストライク。

「戸室、何やってんだ。よく見ていけ!」

 三塁から倉橋の檄が飛ぶが、当の本人はそれどころではない。

(おれをお前達と一緒にすんなよ……)

 元々戸室は気軽に野球が楽しめる部活だとして、墨高野球部に入った。谷口が入部し、部の雰囲気が変わっても辞めずにいたのは三年が辞めてレギュラーになれるからで、どちらかと言えば流されて野球をやってきたと言える。

 そんな彼は受験組として当初この引退試合に不参加の予定だった。それが急遽変わったのは、同じ立場だった横井が参加すると聞いたからに他ならない。

「お前大丈夫なんかよ、受験組だろ」

 横井に言われた時は、正直に大丈夫な訳ないだろと返したかった。だが、そうしなかったのは見栄もあるが、自分だけ取り残されるのが寂しかったからに他ならない。

 東実、専修館、谷原。東東京の強豪達と戦った思い出は、戸室にとってかけがえのないものだ。そんな激戦を共にした仲間達と離れ、自分独りだけ受験の道を進むことはできない。

(母ちゃんにどやされるだろうな。まさかマスコミが来るなんてよ)

 戸室は母親には夜遅くなるのは受験勉強のためであり、合間に一時間程度運動をしていると語っていた。実際のかける時間配分を母親が聞けば、話が違うと怒り出すことだろう。

二球目、三球目とストライクを取りに来たタマに何とか食らいつきファールにする。

(畜生。タイミングを合わせているってのに)

 下手からホップする里中のタマは投げ方の特性上シュート回転している。

 ミートしたつもりでも微妙にポイントがずれているのだろう。

 

(ここで決めなきゃ何のための一か月だったってんだ!)

 震える膝を叩くと戸室はよしっと声を出し、続いてパンパンと己の頬を張った。

(確かにおれは、おれたちはお前らと違って下手さ)

 下唇を噛み締めながら、ぐっと里中を睨みつける。

(だが、下手は下手なりにやることはやってきたんだよ!)

 

 ビシュッ!

 四球目。里中が投げた瞬間戸室がとったのはバントの構え。

これに対し、来たのは真ん中やや高めのストレート。

 ざざっとスパイクの音が響き、一塁の上下、三塁の岩鬼が前進するや、戸室、これに合わせて跳ねるようにバントを強行。

『あ~~。ここでプッシュバントだ! 八番戸室くん、意表をついてプッシュバント! 前進守備の上下くんの頭上を越えていく! 三塁ランナー倉橋くんホームへ! セカンド殿馬くんは一塁を無視してバックホームだ! 倉橋くん、頭から滑る~!』

 殿馬からの返球と、ランナー倉橋の本塁突入は同時。

 倉橋と山田が同時に見つめる中、主審の両手が真一文字を描く。

「セーフ、セーフ!」

 

 ドワアアアアア‼

 

 球場全体を再びどよめきが包む。

『ほぼ同時に見えましたが、何と判定はセーフ! 墨谷高校、その粘りで遂に王者明訓の牙城を崩した! この回一挙三連打で逆転に成功です!』

 

「ナイス戸室!」

「倉橋もよく走ったぞ!」

 喜びに沸く墨谷ベンチだったが、肝心の倉橋が中々立ち上がって来ない。

 異変に気づいた山田が突っ伏したままの倉橋に近寄る。

「大丈夫か?」

 山田の呼び掛けに、倉橋は真っ青な顔をしながら、

「ああ何とか。ちょっと頭を打ってな」

 ムリに笑顔を作り、左手で体を起こした。

 

「どうした、倉橋」

 戻るや倉橋はさっとベンチの陰に体を隠した。

 何事かと谷口が見るや、倉橋の右手は赤く腫れあがっている。

「な、お、おい!」

「こ、氷、氷!」

 慌てる丸井に、急いで洗面器に氷を入れて持ってくる半田。

「今の突入の時か」

「それもあるが、三回の裏からだな、正確には」

 聞けば三回の裏。岩鬼の死球すれすれの投球に尻もちをついた際に右手をしたたかに打ったという。

「騙し騙しイケると思ったんだがな」

 

 九番久保が三振。戻って来た横井と戸室は、倉橋の怪我の話を聞き、さっと表情を変える。

「倉橋が怪我!?」

「ど、どうすんだよ。いきなり、そんな……」

「幸い向こうさんにはまだ気づかれてない。キャッチする左は大丈夫だからな。行ける所まで行くさ」

 平然と言ってのける倉橋に反し、周囲の雰囲気は暗い。

「行ける所までって……」

「とにかくそうと決まれば倉橋の負担を減らすしかない。頼んだぞ、内野」

「お、おう!」

墨谷、この回待望の勝ち越しをするも、それと引き換えに守りの要である倉橋が負傷。

 終盤戦に入る七回を迎え、勝負の行方に暗雲が立ち込めていた。

 

 




プレイボールVS.ドカベンこぼれ話②

〇思い付きは突然に

キャプテン・プレイボールの谷口くんとドカベン山田太郎。二人の対決を思いついたのはもう何十年も前のことです。たまたまプレイボールを読み終わった後に、ドカベンを読み返していたら、山田たちの一年生の甲子園大会決勝、いわき東戦であれ!? と思いました。いわき東のエース緒方はイガグリ頭にフォークの使い手。おまけに曲者足利は猿顔。さらに最後はホーム突入憤死による決着。なんだかキャプテンみたいじゃないか? ひょっとしてこれ、意識的に水島先生描いたんじゃと疑ったのです。というのも、あの試合。岩鬼の偶然でのホームランが出るまで屈指の好ゲームで山田も抑えられていました。ドカベン柔道編であきらかにイガグリくんのキャラを出してきた水島新司先生のこと、またこれはとやったのかなと思い、どんどんと妄想が膨らみました。いわき東が善戦したのなら墨谷はいけないか? 高校三年生時の明訓は隙が無い。どうにかして、その隙を見出そう。そのためにはどんな特訓が必要なのか。こうしてプレイボールVS.ドカベンの原点ができました。
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