プレイボールVSドカベン   作:コングK

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一年以上かけた作品に都度間違いが見つかり、想像以上に凹んでいますが、もう開き直って投稿していきます。間違いをご指摘いただくのはありがたいのです。もう少し丁寧に見られなかったかなあとの自己反省ですね。でも、校正担当。おめーは駄目だ。もう二度と使わん。




第六十五話  「危うし明訓!」

 七回裏、墨谷の攻撃。

『一点差でリードする墨谷、なおも王者明訓を攻め立てます。この回先頭の島田くんがヒット。二番丸井くんが送ってワンアウト二塁。三番イガラシくんにもヒットが出て、ランナー一三塁。ここで明訓バッテリーは谷口くんを敬遠し、五番に入った松川くんとの勝負を選択しました。松川くん、既にスクイズの構えを見せています。問題は何球目に仕掛けてくるのかです』

 

 見え見えのスクイズの構えを見せる松川に、里中は強打を疑うが山田は首を振る。

(代わった松川はまだ里中のタマには慣れていない上、三塁ランナーの島田は俊足だ。ここは十中八九スクイズに違いない)

 足場をならしながら、山田は考えをまとめる。

(代わったばかり。球筋を見るために、普通は仕掛けてこない。だが……)

 ちらりと松川を見た山田はサインを出す。

 

『里中くん、セットに入りました。明訓守備陣の準備は万端です。三塁ランナー、島田くん動きを見せません。里中くん、ゆっくりと投球モーションへ。あっ。走った、走った!』

 

(やはり!)

『投球はカーブだ! これは当てるのが難しいぞ! 当てたーー! 転がしました松川くん、バウンドするボールを里中くんが叩き落とした!』

(山田、頼んだぞ!)

「くっ!」

『山田くん、懸命に体をのばすのばす! 島田くんの手は届かない! 届かない! 墨谷初球からスクイズ敢行も不発!』

「くそっ!」

「ああっ!」

『呆然とする島田くん。それはそうでしょう。代わったばかりの初球スクイズをまさか読まれているとは! 松川くん、懸命に走り、一塁はセーフとなりましたが、さすがにここはこれまでの経験の違いを見せつけました、王者明訓!』

 

この回、絶好の追加点のチャンスを逃し、意気消沈したか、続く井口は簡単にライトフライに倒れ、攻守交替。

 

八回表。明訓は下位打線ながら上下が死球で出塁するも、蛸田が併殺打となり、続く高代が打ち取られる。

一方の墨谷もその裏。意地を見せる里中の力投の前に、横井、戸室と打ち取られ、久保が里中のシンカーの前に敢え無く三振。

 

 明訓と墨谷の激闘は二対三。一点差で最終九回の両者の攻撃を残すまでとなった。

 

『高校野球の歴史に燦然とその名を刻む春夏四度優勝、神奈川県代表明訓高校。その強さに全国の数多の猛者たちが戦いを挑み、敗れ去ってきました。この試合をもって、明訓五人衆は永遠に高校野球より去ります。その雄姿を今この目に刻みつけることのできる幸福をまずは喜びましょう。しかし、しかしです。盤石を誇った王者がまさかの大苦戦。九回を残し、一点差をつけられているのです。このような事態を一体誰が予想したことでしょう』

 秋口とは思えぬ暑さに、スタンドにいる観客は袖口をまくる。

 朝十時に始まった試合は既に二時間近くが経過。太陽は真上に来ており、グラウンドを照らしている。

 

「最終回だってのに、なんなんだこいつらの落ち着きは。リードされているんだろうがよ」

 平然と最終回を迎え、まるで緊張の色を見せない明訓ナインに田所は呆然とする。

 これまで墨谷が戦ってきた相手は皆弱小と侮っていた墨谷に逆転されるや途端に動揺し、回が進むにつれて平静さを失っていった。東実然り、専修館然り、谷原然り。それは墨谷に付け込む隙を作り、接戦をものにするきっかけともなった。それなのに。

「あやつらは勝つことに慣れておる」

 横に座った徳川がぽつりと呟いた。

「こんな危機は今まで幾度もあった。それを跳ね除けて王座につくこと四度。それが明訓の強さよ」

 これまで墨谷が戦ったたどの相手とも違う。最後の最後まで諦めない相手。

「望むところじゃねえか。敵さんに負けるな、野郎ども。行くぞ!」

「オウッ!」

 田所自ら陣頭指揮をとるや、中山達も後に続き、わっせわっせと応援を盛り上げた。

 

「まさか、あの明訓がリードされる展開になるとはな。吾郎のメモのお蔭か?」

「いや。墨谷の皆さんの努力があったからですよ」

 土門からの誉め言葉に谷津は恐縮する。

「だが、明訓相手に一点などリードしているうちに入らない。墨谷がそのことを分かっていればいいが」

「はい」

 明訓の脅威はその上位打線にある。山田との勝負を避けたとしても、一番の岩鬼から五番の微笑まで皆が一発を打つ可能性を秘めている。

「おれならまあ勝負にいくがな」

 ニヤリと笑う影丸に、土門も苦笑してみせる。

「おれもだ。そうしておれたちは敗れてきた」

「後はマウンドのあいつがどうするかだな」

 投球練習をする谷口を影丸は見た。

『あのいわき東を破った夏の大会から二年。岩手の弁慶高校に敗れるも、それ以外は無敗を貫いてきた王者明訓。その牙城はあの青田の怪童と呼ばれた中西くんをもってしても崩すことはできませんでした。高校生活最後の勝負、まさかの黒星を刻むことになるのか。この回九番の渚くんからですが、その後には全国一の破壊力を秘めた上位打線が控えています。墨谷高校谷口くん、ここは慎重に投げて、見事大金星を手繰り寄せることができるのか!』

 

『九回の表明訓高校の攻撃は九番、センター渚くん。九番、センター渚くん』

 

「ナギ―! ここは一発食らいついていかんかい! 同点ホームランを打つチャンスやで! お前が同点、わいで勝ち越しや!」

「おう!」

『今気合を入れて打席に入りました渚くん。くしくもこの打順は今夏の甲子園大会決勝を思い起こさせます。あの時も京都代表紫義塾を相手に明訓は二点差をつけられ、負けていたのです。この渚くんの出塁から試合の流れが変わりました。今日もまた奇跡を起こすことができるのか!』

 

 この回を抑えれば明訓に勝てる。そのためには一つのミスも許されない。

 これまで無我夢中で闘ってきた墨谷ナインだが、訪れた極度の緊張に足は震え、その表情は固い。

(だ、駄目だ、あれじゃ) 

 ベンチで見ている半田から見てもガチガチなナイン。

「何か声を掛けないと……」

 どうしたものかと半田が倉橋の方を見るが、倉橋は大丈夫だろと気にしない。

「で、でも!」

「こういう場面を何度も乗り越えてきた奴がいるからな」

 

「最終回だ、しまっていくぞ!」

 普段と変わらぬ様子の谷口の声が墨谷ナインの耳に届く。

「そ、そうだ。この回で終わりだ」

「もうひと踏ん張りといこうぜ」

 はっと冷静さを取り戻したナインはそれに応えるように、口々に気合を入れる。

(な、なんて人だ。自分が一番緊張する立場だってのに)

 改めて谷口の凄さを目の当たりにし、松川はゆっくりと構えた。

 

(渚はインコースが得意だったな)

 初球、渚得意のインコースへのストレート。

「甘いっ!」

 渚、初球から振っていくもファール。

 

「上手いな」

 谷口のピッチングに対する里中の一言に、山田は頷いた。

「ああ。初球渚は得意なインコースに来ると思っていない。そこへくればボール球でも振る」

「例のフォークといい厄介な相手だな」

 

 二球目三球目とボールとなり、カウントはワンツー。

『打者有利のカウントです。打ち気満々当然渚くんはヒットを狙っています。四球目、谷口くん、投げた! コースはど真ん中! 渚くん、これを振っていく! あっと、落ちた、フォークだ! フォークだ! 渚くんこれを当てにいくのに精一杯! セカンド丸井くん捕って一塁送球! 墨谷、大金星まで後アウトカウント二つ!』

 

「くそっ!」

 悔しさのあまり、ヘルメットを叩きつける渚。

 大いに盛り上がる墨谷側応援団。

 

『一番、サード岩鬼くん。一番サード岩鬼くん』

 

「あれは誰や。スーパースターや。千両役者や。男・岩鬼や! お待たせしました。岩鬼火山が高校野球最後の大噴火をお見せするでえ! 男の花道をじっくりとその眼に焼き付けておくんなはれ!」

 

 バット五本をまとめて素振りすると、パッと放り投げる。宙を飛んできたバットを殿馬はその両手両足を使い上手く受け止めた。

 

(岩鬼か。さすがにすごい迫力だ)

 初対決になる谷口はさすがにその圧力に息を呑む。

(眼鏡はつけていない。後はコンタクトの可能性だが)

 岩鬼と言えばストライクが打てないことで有名だが、その彼も様々な工夫をしてストライクを打っている。ぐりぐり眼鏡をかけたり、目から火花を出したり。

 ど真ん中を投げるも、突如そうしたことを思いつき実行することがあり、意外性の男として大いに注意が必要だ。

 

(どうします。様子を見ますか?)

(いや、ここはど真ん中一択だ)

 

『谷口くん、第一球投げた。ど真ん中だ! 岩鬼くん、これを豪快に空振り!』

 

「こら~~! ハッパ~! おんどれどこを見ているんじゃい! 目ん玉ついとるんかい!」

 我慢ならじと詰襟を着て、ハッパを咥えたサチ子が岩鬼に向かって野次を飛ばす。

「こ、こらサチ子!」

「じゃかぁあしゃいドブスチビが! スーパースターには場を盛り上げる義務があるんや!」

 打席を外し、ロージンをつけると岩鬼は再びギヌロと谷口を睨みつける。

 

 谷口、二球目もど真ん中。

 

ブン‼

 セカンドの丸井にまで届かんばかりのバットの風圧だが、結果は空振り。

 

『岩鬼くん、ツーストライクと追い込まれました。東東京大会でもあの谷原相手に好投した谷口くん、さすがにコントロールミスはしません。さあ、最後の勝負となるか!』

 

球場全体が盛り上がりを見せる中。

「岩鬼くん!」

 突如聞こえる声に、岩鬼はタイムをとる。

(い、今の声は! た、確かに夏子はんや。わいの高校野球最後の雄姿を観に駆け付けてくれたんか!)

 夏子の姿をきょろきょろと探した岩鬼は、その隣にいる二人を見て、驚愕の余り体を振るわせた。

「な、なんやて!」

 夏子に付き添われてやって来ていたのは今この場に絶対にいる筈のない二人。

「そ、そんな……」

 言葉を詰まらせ、目を大きく見開く岩鬼。

瞳に映ったのは誰あろう己の父と母の姿だ。

(ま、まさか。お父さまとお母さまが! わ、わいの応援にやと!)

 

 正美というその名前からは似ても似つかぬ喧嘩っ早い子に育った幼少期。父は仕事で忙しく、母は兄たちにかかり切り。誰も自分を見てくれない中で、唯一味方だったのがお手伝いさんとしてきていたおつるだ。関西弁をしゃべるおつるの影響で、岩鬼は家族の中でただ一人関西弁をしゃべるようになった。

 

「へえとか、ほなとかいりません。普通の言葉をしゃべりなさい!」

 おつるが去り、母から何度叱責されたことだろう。兄達には出来損ないと蔑まれ、喧嘩に明け暮れる毎日だった。中学時代に野球と出会い高校に進んでからも、両親は何かと理由をつけて自分の試合を観に来ることは無かった。

 それなのに。

「わ、わいの試合をわざわざ観に来てくれたんか! わざわざ!」

 感涙にむせぶ岩鬼。どれほど、どれほどそれを願ったことだろう。授業参観も保護者会さえも。いつも来てくれたのはおつるばかりだった。陰でがり勉ママと蔑まなければやっていられなかった。

(お父さまだけならいざ知らず、お母さまもやなんて。慣れぬ貧乏暮らしで体が弱っているというのに)

 昨年度の夏の大会前に岩鬼の母親は一度倒れている。父親の倒産と、慣れぬ長屋暮らしに疲労が溜まったためだ。弁慶高校の武蔵坊一馬によって奇跡的に回復したが、未だに体調は本調子とは言い難い。

(そんな中やと言うのに……。このわいを応援するために)

 滂沱の如く出る涙のまま、岩鬼は打席に入る。

「いざ、尋常に勝負や、谷の字!」

 涙を流す岩鬼に何事かと思いながらも、谷口はコンタクトの心配はないと振りかぶる。

『谷口くん、三球目もここは慌てずど真ん中に投げた!』

 

その時、誰もが三振すると思っていた。

 悪球打ちの岩鬼に対し、ど真ん中は安全圏。

 だが、涙で視界がぼやけていた岩鬼の眼に映るは絶好球。

 パッと岩鬼の咥えたハッパに大輪の花が咲く。

「喝!」

 

 グワァラゴワガキーーーーーン‼

 

 瞬間。誰もが何が起こったのか理解が出来なかった。

「え⁉」

 打たれた谷口でさえも。

『打った~~~~~! 燃えて飛ぶ爆打球はセンター上段に突き刺さる! 名手島田くん、一歩も動けず、文句なしの大ホームランです! 男・岩鬼、試合を振り出しに戻す値千金の一打をここで放ちました! さすがは岩鬼、千両役者!』

 

「ど、ど真ん中をなぜ!」

 ダイヤモンドを一周する岩鬼に、丸井が思わず声をかける。

「スーパースターには活躍の番が廻って来るってこっちゃ。わいに打たれたことを誇るがええ!」

「嘘だろ……」

 サードのイガラシもまた、信じられないと言った目つきで岩鬼を迎える。

(堪忍や。お前らの先輩の引退を勝利で飾りたいと言う気持ちは分からんでもない。だが、わいも手加減できへんのや。わいの一番のファンが怒るさかいな)

 岩鬼、三塁側スタンドで快哉を叫ぶ夏子と両親を見つけると、高々と手を挙げる。

(見ていてくんなはれ。プロに入ってわいが今みたいにホームランを打ってあの豪邸を買い戻すさかい)

  悠々と一周してきた岩鬼を、ナインが総出で出迎える。

「ドアホが! まだ同点や! 気を引き締めんかい!」

 岩鬼の一喝に、

「それもそうだ」

 とすぐさま散るナイン。その撤収の早さに岩鬼は歯噛みする。

「とんま~。せめて、三振だけはするなよ! 士気に響くさかいな!」

(一本打つとうるさくて仕方ないづら)

 

 最終回だと言うのに、まるで関係ないとばかりに打席に立つ殿馬に対し、警戒感を強める墨谷バッテリー。

 ここまで四打数二安打。そのリズム打法を狂わせる作戦は一定の効果を見せているものの、さすがに数々の好投手を沈めてきた殿馬を完全に抑えきることはできない。

 

(ある意味山田よりやりづらいな)

 ドカベン山田には鈍足という最大の欠点がある。

 その欠点を最大限に突き、かの弁慶高校は明訓相手に唯一の勝利をもぎとった。

 だが、殿馬にはそれがない。

 明訓を倒した男、武蔵坊一馬が油断ならないと言った男。それこそが殿馬だ。

 

「甲子園でよ、おれの野球は区切りがついたはずだったづらによ」

 誰に聞くとはなしに、殿馬は独り言を呟いた。

 

 世界的ピアニストアルベルト・ギュンターにその才を見込まれている殿馬には海外留学の話も出ている。当然学校側は乗り気だが、殿馬本人が答えを保留しているのだ。

(たくよォ。山田に岩鬼。随分と長い付き合いになったもんづらぜ)

 鷹丘中学時代。野球部員が足りないと山田と共に部員集めをしていたサチ子の誘いに乗る形で、野球との出会いが始まったが、まさかここまで続くことになるとは思わなかった。

 

「殿馬くん、どうしてウンと言ってくれないのだね。あのアルベルト・ギュンター氏の肝煎りの音楽院に留学できるチャンスなんだよ!」

 卒業後の進路に音楽と野球と両方を書いた殿馬に対し、音楽教師はしきりに勧めてきたものだ。こんな機会はない。逃したら次はないと。

(だがよ、こいつらと野球をやるのがこれで終わりかと思うとよ、それはそれで悔いがあるづらぜ)

 

(クイックを使って緩いタマ、スローモーションで投げて速いタマ。そのタイミングは当につかまれている。ここは小細工なしだ)

 前の打席では、シュートを秘打花のワルツで打たれている。半田のまとめたデータでも、意外にストレートで打ち取られることも多い殿馬に、谷口はストレート中心の勝負を選択する。

 

『これがおそらくは高校生活最後の秘打となるでしょう、秘打男殿馬。最後の選曲はやはり旅立ちに相応しい勇壮な曲か。それとも別れを惜しむ落ち着いた旋律か』

 

 効果は薄い事を自覚しながらも、墨谷内野陣は少しでも殿馬のリズムを狂わそうとそれぞれのリズムで歌う。

 墨谷守備陣、再びの秘打シフトを敷き、いつでもバントやゴロに対応できるよう身構える。

 

 一球目。クイックモーションから外角低めにストレート。

 ビシュッ!

『あっと、出た~! 秘打白鳥の湖だ!』

 くるくると回転した殿馬に、墨谷の外野陣はぐっと身構えるが、殿馬はバットを振らず途中で回転を止める。

「ストラーイク!」

『これはどういうことでしょう。白鳥の湖のリズムが合わなかったのでしょうか』

 

(秘打を止めた。リズムが合わなかったのか。それなら)

 松川のサインはストレート。

 谷口、これに頷き、二球目。

 

 ビシュッ!

 真ん中高めに誘いダマのストレート。

 それに合わせ、くるくるとゆっくりと回転を始める殿馬。

『これは再び白鳥の湖か! いや、違う! 回転し、そのまま飛び上がって打った! バレリーナだ! 秘打男殿馬、国分寺の空を舞う~‼』

「秘打眠れる森の美女~ワルツ~!」

 

 カキ―ン‼

 打球はシフトを敷いた内野陣の間を掠めてライトフェンスへ当たり、ぽとりと落ちるヒットになる。

「くそっ!」

 ライト久保、これを懸命に追い二塁へ送球するも、間に合わない。

『シフトを敷いた墨谷守備陣の上をあざ笑うかのように飛んでいきました! 殿馬くん、秘打眠れる森の美女~ワルツ~! 白鳥の湖、くるみ割り人形~花のワルツ~に続き、チャイコフスキーのバレエ音楽最後の一つをここで出してきました! さすがは曲者殿馬くん! 恐れ入った!』

 

 岩鬼のホームランに続き、殿馬が出塁。逆転の走者になるだけに大事にするかと思いきや、里中はバットを長く持ち、長打狙いの姿勢を見せる。

 

『三番里中くん、送るつもりはないようです。この里中くんも投手でありながら、チームきっての好打者。甲子園でもホームランを打っています。墨谷高校谷口くん、後アウト二つと迫りながら、岩鬼、殿馬と連打を浴び苦しい展開。何とかしのげるか!』

 

 墨谷バッテリー、初球の選択はインコースのシュート。

 里中、これを見送りボール。

(ストレートを打たれて苦しい場面。山田なら逆にストレートで押すが)

 二球目、同じところに今度はストレート。これには里中もつい手が出、ファール。

(内内と二球内角か。次も内角か?)

 三球目。

 スポッ!

 グググッ!

(これが三太郎の言っていたタマか!)

 

 キィン!

 谷口の投げたスクリューフォークを何とかバットに当て、ファールにする里中。

 

(今ので打ち取りたかったが)

 予想以上にバットに当てるのが上手い里中に、松川はどうしたものかと思案を巡らせる。

 カーブやシュートは合わせられている。ここはストレートか今のフォークに頼るしかない。松川がスクリューフォークのサインを出すと、谷口は首を振った。

(それじゃ、ストレート)

 これも首を振る。まさか、シュートやカーブではないだろうとお手上げのポーズをすると、返ってきたのは見知らぬサイン。

(カーブにフォーク⁉ どういうことだ?)

 二人のやり取りを見ながら、倉橋は苦虫を嚙み潰したように呟いた。

「あの野郎、また一人で突っ走りやがったな!」

 

(とにかく、どんな変化でも捕るだけだ。お任せで)

 松川からの返答に満足そうに谷口は頷き、振りかぶる。

(ここはあれを使ってみるしかない)

 明訓相手にスクリューフォークだけでは心許ないと実感することになった河川敷での仮想明訓との勝負。その日以来、密かに練習してきたタマをここ一番で試してみるしかない。

(フォークの握りのまま、親指を意識し投げたらスクリュー気味に落ちた)

握りはフォーク。だが、スクリューとは違い、今度は人差し指側の縫い目を意識する。

 

 スポッ!

「やはりフォークで来たか!」

 落としてくると読んでいた里中、これを振りに行くが。

 クククッ!

「何っ⁉」

 先ほどのフォークと違い、外側に逃げていくフォークに、バットの先っぽに当てるのが精一杯だ。

 

キィン!

『ボールは谷口くんの前に転がる! これを一塁送球! 里中くん、懸命に走るが審判の手が高々と上がる!』

「アウト!」

 審判のコールに国分寺球場全体に衝撃が走る。

『ああ~、アウトだ! アウトになってしまった! 墨谷高校後アウトカウント一つで負けは無くなります。明訓、高校生活最後に黒星を喫してしまうのか! 里中くん、一塁ベース上駆け抜けた先で立ち上がりません。それほど悔しかった、今の一打!』

 

 

 

 




プレイボールVS.ドカベンこぼれ話④

〇なぜ松川をキャッチャーにしたか。

プレイボールの最後の方で松川が目が離れていると言われ、大分バッティングの調子を落としていたエピソードがありました。そのことからひょっとすると、ちばあきお先生は松川で何かエピソードを考えようとしていたのではないかと思いました。ただでさえ、イガラシに井口と入ってきて影が薄くなる松川。聖陵相手にぼこすか打たれた印象しかありません。どこかで活躍させたいとキャッチャーコンバートを考えました。倉橋がつぶしがきくと言っていたので、器用だろうという予想と、後は単純に見た目です。プレイボールファンの方は松川がキャッチャーの様子を想像してみてください。結構似合おうと思うんですよね。ただでさえ、彼は肩慣らしの際に散々谷口のタマを受けているのでどうかなと思った次第です。
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