明訓高校の校門を出てすぐ。
「いや、それにしてもよくやった、イガラシ。よく岩鬼を抑えた!」
丸井が嬉しそうに肩を叩こうとするも、立ち止まったイガラシは息を荒くし、深呼吸を繰り返した。
「お、おい。どうした。そんなに疲れたのか?」
「まあ、見てくださいよ・・・」
「オメ、それは・・・」
手汗でびっしょりとなった両手の平を見せられ、丸井は絶句する。
「ど真ん中は打たれない。山田さんのリードだから大丈夫と言い聞かせていてこれですからね」
丸井が知る限り、イガラシはその野球センスにおいては他の追随を許さない選手だ。本来であれば都立の墨高にいるような存在ではない。事実、西東京代表を目指す一番星学園から、特待生でこないかと誘われたほどだ。
(そのイガラシが・・・。)
中学時代、自分を抑えて四番に抜擢したくらいイガラシの才能にほれ込んでいる丸井にとってそれはとてつもない衝撃だった。
「やっぱり、さすがに甲子園優勝校。明訓は明訓だった、ということか」
「ええ。まだ震えが止まりません。すげえや、あいつら」
全国屈指の激戦区と言われる神奈川県大会を制し、甲子園に足を運ぶこと5度。
うち四回優勝の王者と比べれば、甲子園常連とされる谷原ですら霞んで見えた。
とにかく、一刻も早く明訓と引退試合ができると谷口に伝えよう、墨谷高校の二名が喜びながら明訓高校から去って少し後。
大きなリュックを背負った二人の少年が残念そうに明訓高校から出てきていた。
「一足遅かっただーよ。一球さん。まさか、同じ日に練習試合を申し込む連中がいるなんて」
「ああ。こればかりは運が悪かったと思うしかないよ」
金太郎のような恰好をした呉九郎と真田一球。二人の組み合わせを見れば、高校野球ファンなら東東京代表の巨人学園のバッテリーだとすぐ気づくことだろう。
「これも一球さんが、打倒明訓にこだわって山籠もりを延長したのがいけないだーよ」
「それは言いっこなしだって、九郎」
一球としても、予想外だ。高校生活最後に自分達と同じように明訓に挑もうとしている者がいるなんて。
「よう、お二人さん」
愚痴を言い合う二人に、横合いから声をかけた者があった。
「あれ。球道だ~よ。何しにきたの?」
そこにいたのは、千葉の誇る怪童。今夏の甲子園で明訓と準決勝で引き分け再試合という史上まれに見る熱戦を演じ、惜しくも敗れた剛球一直線、青田の中西球道。
九郎の問いに球道はおいおいと呆れる。
「俺が明訓に来るなんて、用事は一つじゃないか。甲子園で山田に負けたのは認めるが、高校生活最後にもうひと勝負して、気兼ねなくプロに入りたいと思ってね」
「それは偶然だな。ぼくたちもその用事で来たんだが、すでに先約があると断られたばかりさ」
「そいつはまた・・・・・・。とんだ偶然があったもんだな」
「秋季大会には出ないが、部活には出ている。そう聞いてこれはいけると思って来たんだけどね」
「先を越されちゃっただ~よ」
「同じ考えをする奴がいると・・・・・・。これは仕方ないか」
「毎日練習はしているみたいだから、その時に勝負を挑めば?」
「試合の中じゃなきゃつまらない」
「練習じゃダメってこと?」
九郎の問いに球道は頷くと、大きく伸びをする。
「お前たちと同じで、高校野球は終わり。続きはプロでということらしいな」
「ぼくたちの高校野球は終わってないよ?」
「何だと?」
何を言っているんだという一球の表情に球道は思わず聞き返す。
「明訓と戦うのが幻の甲子園での試合なら、幻の東東京大会の準決勝が先だろう?」
「明訓と戦うのは東東京のチームってことか?」
一球は嬉しそうに頷いた。
「ぼくたちの準決勝の相手は本来の相手じゃなかった。戦いたかった相手とぼくたちは戦えていない」
「一球さんが、強いって言ってたとこだーね」
「九郎、早速墨谷に果たし状を書いて持っていくぞ」
「決勝のやり直しだーね、一球さん」
「おいおい、本気かよ。甲子園に出たこともない連中を相手にするだって?」
「そんなの人の好き好きだ~よ」
「天の時と地の利と人の和。墨谷は天の時に恵まれなかっただけだ。決して油断していい相手じゃない」
やる気を漲らせながら、帰っていく巨人学園の二人の姿を球道は静かに見送った。
「東東京の墨谷高校か・・・・・・」