プレイボールVSドカベン   作:コングK

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これが、私なりの二人の勝負の決着です。何通りも考えましたが、ここに落ち着きました。


第六十七話 「ただ、その一球を」

 超満員札止め、六万人に膨れ上がった国分寺球場の観客達の視線は今や、グラウンド上にいる二人にのみ注がれていた。

「ファール!」

 主審の声が響くや、ふうと皆が計ったようにそろって息をつく。

 グラウンドで繰り広げられる異様な光景に、先ほどまで国分寺の森を揺るがせていた大声援もすっかりと鳴りを潜めていた。

 

『あっと、これまたファールです、山田くん。墨谷高校谷口くんを全く打ちあぐねています。先程から再三再四ファールにしていますが、前に飛ばすことができません。一方の墨谷高校谷口くん、四隅を巧みにつくピッチングで何とかこの山田くんを打ち取ろうと悪戦苦闘していますが、尽くファールにされています。さすがは王者明訓が誇る四番、球史にその名を刻む豪打ドカベン山田太郎です!』

 

「どうしてそんなに涼しい顔ができるんだ……」

 田所にとって、山田の表情はこれまで墨谷が対戦したどの相手とも異なるものだ。

 相手を見下している訳でもない、自らを過大評価している訳でもない。

 勝つために何でもしようという訳でもない。

 ただひたすらに打つことのみに神経を集中させたその姿。

「似ている……。まるで、谷口じゃねえか」

 日々己を高め、野球道を突き進む。

 雨の日も風の日も。自らこうと決めたことはてこでも変えようとしない。

 その優し気な風貌に似合わぬ頑固さに何度手を焼いたことか。

「ははっ。まさか、噂のドカベンがあの野郎と同じように頑固な奴だったとはな」

 

(ロージンを)

 谷口に間をとるように指示を出し、松川はここまでの配球を思い出す。

 高低、左右の揺さぶり。どちらもこれと言って効果はない。

 際どいタマでもストライクと判断されそうなものはファールに。ボールとなりそうなものは振らず、その選球眼の高さはさすがと言うしかない。

(一体どうやって打ち取れば……)

 ちらりと山田の様子を伺った松川は、その意外な表情に驚いた。

 九回ツーアウトフルカウントの場面にありながら、山田は楽しそうに微笑んでいた。

 

「すごい。あの山田さん相手に真っ向勝負を挑むなんて」

「この粘り。墨谷というチームそのものだな」

 谷津と土門は河川敷で挑んできた墨谷の姿を思い出した。各校のエース・主砲がずらりと並んだ打線に対して驚きこそすれ、文句の一つも言わず彼らは挑んできた。高みを目指すのだから、とんでもない苦労は当たり前だと言っているようだった。それは、あの谷口自身がそういう性格だからだろう。

「だが、信じられん」

「アノヤマダアイテニ」

 自分たちも敗れ去った影丸とフォアマンは己の目を疑う。

 まさか、あの谷口が山田相手にここまでやろうとは。

「どうやらおれの目は曇り切っていたようだぜ」

 ぎゅっと拳を握り、影丸は二人の対決を見守った。

 

『後一つ。後一つ、ストライクをとればいいのです。ですが、それが叶いません。墨谷高校谷口くん、苦投を続けています。今の投球で既に球数は十六球を超えました。山田くん相手にコントロールミスなく淡々と投げるその精神力は大したものです。ですが、こちらも精神力なら高校生ナンバーワンと言っても過言ではないでしょう、ドカベン山田太郎! 容易には打ち取らせてくれません。一体この勝負、どこまで続くのか。この二人に限界はあるのか!』

 

(すごいな、これがドカベンか)

 ふうはあと荒い息の中、口の端に笑みを浮かべる谷口。

 それに気づき、丸井とイガラシは目を丸くする。

 高校生ナンバーワン、あのドカベン山田太郎を打席に迎えているのに。

 どうしてそう、楽しそうなのかと。

 谷口自身、不思議な気がしてならなかった。

 これまで自分が培ってきた全てを駆使しても、山田はまるで微動だにしない。

 これならどうだ、あれならいけるか。悩み覚え、考え学んできた己の野球の全てをぶつけても、それを柔らかく受け止められる。

 

 十七球目。左打者からすれば外角低めに逃げるスクリューフォーク。変化も切れも申し分ないその一球。だが、山田はカットし、凄まじいスピンがかかったボールがファールとなる。

「くそっ!」

どう考えても捕れなさそうなそのタマを捕れず、松川が申し訳なさそうにする。

「谷口さんの最後の投球になる筈だったのに。おれとしたことが……」

 

 偶然耳にした言葉に、山田は強く反応した。

(世間と言うのは狭いようで広い。こんな男がいるとは)

 ここまで十七球。投げるタマの一つ一つに、谷口と言う男がこれまで歩んできた野球人生そのものが凝縮されていた。

 こうと決めたらてこでも動かぬ頑固さ。

 誰よりも努力し、それゆえ周囲を巻き込むその魅力。

 どんな相手でも決してあきらめない強い意志。

 一球一球にこめられた野球への真摯な、そして溢れんばかりの思い。

 その全てを受け止め、谷口の野球への燃える心とたゆまぬ努力を感じ取ったからこそ、山田は残念に思う。

(なぜ、これほどの男が野球を辞めようとするのか)、と。

「野球を辞めるつもりなのか? あの、谷口は」

 突然山田からかけられた言葉に、松川は驚きながらもこくりと頷く。

「この試合を最後に。大工になるからにはすっぱり野球を諦めると」

「……そうか……」

 そう返事した山田の背中が、松川にはこれまでよりも一段と大きく見えた。

 

(もうスクリューフォークもカーブフォークもダメか)

 土門から譲りうけたゴムまりを使っての握力強化で、フォークの落差も以前より上がっているにも関わらず、山田には通用しない。このまま投げ続けても球筋を見切られているだけにじり貧になるだけだ。

(だが、どうする)

 谷口は手の中で再度ロージンを手にしながら、次は何を投げるかと思案を巡らせ、決断する。

 ナインの疲労は深い。次の一球で決めなければ、この裏の攻撃に思わぬ影響があるかもしれない。

 じっとボールを見つめながら、谷口はこれまでの野球人生を思い出していた。

 中学時代、全国優勝常連校青葉学院の二軍の補欠にいた谷口。

 そんな彼の人生を変えたのは墨谷二中への転校である。

『この学校だったら何とかやっていけそう』

 青葉学院の過酷な練習についていけず、もっとのびのびと野球をしたいという考えからの墨二への転校。

 だが、うっかり青葉のユニフォームを着て野球部の練習に参加したことから、青葉のレギュラーとして勘違いされ、谷口の苦労の日々が始まった。

自分にかけられた期待に応えるために、青葉学院のレギュラーに負けないほどの実力を身につける。父熊吉との二人三脚の特訓は、深夜の神社で毎日続いた。

その陰の努力が認められ、前キャプテンより後を託されたのだ。

『今度はキャプテンとして、みんなの期待に応えてくれんか』と。

(あの時から随分と長い時間が経ったものだ)

 丸井に島田、イガラシに久保。墨谷二中の後輩だけでなく、倉橋に松川、井口と地区のライバルだった者達まで今は共に野球をする仲間になっている。

 

(この一球で終わり、か)

 これまでの野球人生が走馬灯のように思い出される。

 野球への思いを確かめ、そして、野球への未練を断ち切らせるかのように。

 

(ならば悔いなく、最後まで全力で!)

 

 ビシュッ‼

 

 谷口はもてる全ての力をこめて最後の一球を投げ込んだ。

 

 向かってくるボールが、まるで谷口そのものに山田には思える。

 来る日も来る日も野球に向き合った日々。きっとチームメイトだったなら朝まで野球談議に花を咲かせたことだろう。

 ずっと続けたくなるような勝負だった。

 これまで山田が闘ってきた男と男の真剣勝負とはまた違う。

 二人の野球人生について、互いを知るための勝負だった。

 

 こんなにも野球に憑りつかれているのに。

 こんなにも野球が好きなのに。

 全てを投げうってでも野球をやりたいはずなのに。

 それを自ら投げ出そうとする谷口に、山田は無念の思いがしてならなかった。

 

 だからこそ、向かってくるタマに対して応えた。

 君はそれでいいのか、と。

 ドカベン山田の全力でもって。

 

 バキィーーーーン‼

 

『山田くんのバットが折れた‼ だが、高々と上がったボールはセンターへ飛ぶ! センター島田くんこれは楽々定位置です。苦しみましたが、谷口くん。あの山田くんをセンターフライに打ち取りました』

 

 墨谷側スタンドからは歓声が、明訓側スタンドからは絶叫が響く。

 

『これで、墨谷にもう負けはなくなり……、いや、どういうことだ。センター島田くん、どんどんと後ろに下がっているぞ。壁に張り付いた。だが、打球はその上を超えてゆく! まさか、まさか、まさか、これは~~~!?』

 

 気分次第でころころとその表情を変える国分寺球場上空の風に乗り、ドカベン山田の打球はセンターバックスクリーンの上に吸い込まれていく。

 

「そ、そんな……」

「嘘だろ……」

 それは、墨谷ナインの心を折るに十分な一撃。

 

『打った~~~~。山田太郎、高校生活最後の一打は、国分寺球場のスコアボードを越えていく超特大のホームラ~~~~~ン‼ 苦投谷口くん、遂に打たれました。やはりこの男は役者が違った‼ さすがの打率七割五分‼ さすがのドカベン山田太郎‼』

 

 徳利に口をつけたまま、徳川はぽかんと口を開けたきり身じろぎすることもできない。

 センターに上がった打球に、これで明訓に一矢報いたと祝杯を挙げていたというのに。

 まさか、バットを折られながらも場外に運ぶなどと。

 ダイヤモンドを一周する山田がちらりと谷口の方を見ていることに気づき、徳川は合点がいった。

「そうか、今のは谷口のための一打か」

 実に山田らしい。他人を思いやることによって力を発揮する彼からの。

 この試合で野球人生を終えようとする谷口への無言の檄だ。

 味方だけではなく、敵への思いまでも己の力とする。

「お前はそこまで大きくなったんか」

 自らの教え子の成長を喜ぶように徳川は満足そうに何度も頷いた。

 

「まさか、ここで出るとはな、鉄つぁん。この打撃が来年うちに来るとしたら、国立の四番も危ういかもしれんで」

「何を言っとるんじゃ、五利よ」

 ぷるぷると体を震わせる鉄五郎に、五利はしまったと言った顔をする。

「え⁉ あ、いや。そやったな。メッツ不動の四番は国立やった。なんせ鉄つぁん自らが口説き落としたんやさかい」

「べらんめえ! そう言う事やないわい!」

 鉄五郎は隣にいた球道の方を向く。

「中西よ。あの山田、抑えられるか?」

「もちろん。高校時代の借りは返しますよ」

「よっしゃ!」

 ガシッとその肩をつかむと、鉄五郎は宣言する。

「東京メッツ、一位指名は中西球道や!」

「え⁉」

「な、なんやて⁉」

 これまで頑なに山田の一位指名を言い続けてきた鉄五郎の突然の心変わりに五利は目を白黒させる。

「甲子園で決着がついた言うとったやないかい! どういう心境の変化や!」

「じゃかぁしゃい‼ あの山田こそ、わしの野球人生の最後を飾るにふさわしい打者よ。同じチームにおったら戦えんじゃろうが!」

「ピ、ピッチャー人の考えが出よった! 打てないと勝てない、そう言ったのはあんさんでっしゃろ!」

「四の五の抜かすない。もう決めた。山田よ、首を洗って待っとれよ。この道ウン十年のわしがプロとは何たるかを教えてやるさかいな!」

「岩田さん、その前に自分が山田を倒しますよ」

「言うてくれるやないけ。ほな競争や。どちらが先に山田を打ち取るかな!」

「はい!」

 嬉しそうに頷き合う鉄五郎と球道に、これはあかんと五利は頭を抱えた。

 

          

 

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