プレイボールVSドカベン   作:コングK

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5対3。明訓二点リードで裏の墨谷の攻撃。
絶体絶命の墨谷ナインは奇跡を起こすことができるのか。



第六十八話  「墨谷魂を見せろ!」

 微笑にヒットを許すも、後続の上下を打ち取った墨谷だが、ベンチに戻るナインの表情は暗い。

 九回表が始まった時には一点差で勝っていたというのに、今や二点差をつけられ、負けている状況だ。勝つためには三点必要で、それは明訓相手に絶望的な差だと思われた。

ぐっと真一文字に唇を引き結んだ谷口に対し、声を掛ける者はいない。

後輩として彼を一番に慕う丸井も、高校時代を通しての恋女房であった倉橋も。

今の谷口に対し、何と言っていいかわからなかった。

 

 ベンチ全体がお通夜状態になる中、悔しさのあまり歯噛みする丸井の耳に届いたのは、何とも呑気な関西弁。

 

「いけ~~~墨谷! まだ二点差や! この回で逆転やで!」

 自分が最も嫌う男の空気を読まない歓声に、丸井は苛立ち声を荒げる。

「このバカが! ちったあ空気が読めないのか! おれたちは同点どころか勝ち越されちまったんだぞ。勝つためには三点必要なんだぞ!」

「そないなことはさすがのワイでも分かっとるがな」

何を今さらという近藤のしたり顔が丸井の怒りをさらに加速させる。

「いいか。相手はあの明訓なんだぞ! これまでの八回でようやく三点だ。厳しい闘いなのはてめえのその足りないおつむでも分かるだろ!」

 噛んで含めて言って聞かせる丸井へ、近藤から返ってきたのは意外な一言。

「でも、まだ負けた訳やあらへんがな」

 はっと、その言葉を聞き、ベンチの墨谷ナインは思わず顔を上げる。

 じっと前を向いていた谷口も、近藤の方を向いた。

「そ、そりゃ……」

「後アウト三つもある。いや、最後の打者がアウトになるまで勝負は終わらへん。そういう野球をしてきたと、ワイは全国中学選手権の時に丸井はんに教わった筈やが」

近藤の言葉を耳にし、ぐっとイガラシは拳を握り、谷口はどんと膝を叩いた。

「近藤、お、オメ……」

 全国中学選手権大会準決勝南海戦。試合中のアクシデントで爪をはがした近藤は、九回表その負傷をおしてマウンドへと上がった。爪ぐらいなんだ、骨を折ってまで投げ抜いた人がいるんだぞ。その丸井の言葉に奮起し、闘志を燃やして。

「そうだったな……」

 ぐっと恥ずかしそうに近藤を見た丸井は一転大きなため息をついてみせた。

「ったく、近藤如きに諭されるとはおれも落ちたもんだぜ!」

「あれだ……」

 ぶつくさ言いながら、円陣を組もうと指示を出す丸井を指差しながら近藤は愚痴る。

「いいじゃねえか。あれはあの人なりの照れ隠しだろうよ」

 隣に座る牧野はそう言い、

「ほれ、先輩達を応援しようじゃねえか!」

 曽根と共に近藤を両脇から抱えて立ち上がった。

 

「さ、谷口さん」

 息を荒げる谷口の周りで墨谷ナインが円陣を組む。

 谷口はふうと息を吐くと告げる。

「半田が見つけたアンダースロー対策を忘れるな。右打者はインコース、左打者はアウトコースの甘めに意識を集中して、そこから内側から曲がって来るカーブはボールになる誘いダマだ。落とすタマも、今言ったラインの内側に来たときに反応すればいい」

「山田もこちらの外を捨てる作戦に気づいているようです。恐らく打たせて取る戦法でくるでしょう。いかに誘いダマに乗らないかです」

 半田の助言に、皆が大きく頷く。

「最終回、二点差だ。きっちりいこうよ‼」

「オウ‼」

 谷口の気合一下、墨谷ナインが叫ぶ。

 

「最終回。勝ち越してからの明訓は鉄壁の守備を誇る。今夏この壁をどの高校も越えられなかった」

 淡々と語る土門。

「はい。室戸学習塾、光、青田に紫義塾。みんな最終回まで明訓を追い詰めています。ですが、勝ち越されたその裏は皆意気消沈し、凡打に倒れるのが常です」

「墨谷はどうだと思う?」

「先ほどまでは正直危ないと思っていましたが、今は違います」

「と言うと?」

「危ないのは明訓の方です」

 谷津はそう、確信をもって答えた。

 

『いつまでもどこまでも観ていたい、明訓対墨谷の引退試合。ですが、会場使用の都合上、延長はありません。この回が最後です。九回表明訓の猛打爆発! 岩鬼、山田にそれぞれホームランが飛び出し、一気に二点差をつけられました、墨谷。この回打順よくトップの島田くんからですが、好投手里中くんを相手に逆転することができるのか!』

 

『一番センター島田くん。一番センター島田くん』

 

「よーし」

 すべり止めをパタパタとつけた島田は勇んで打席に立った。

 

 一球目、山田のリードは外角低めのストレート。

 島田、これを果敢に振っていき、ファール。

(く、くそ。最終回だってのにタマに力があんな)

 岩鬼に虚弱体質と言われる里中だが、その言葉に反し、途中でマウンドを譲ったことなど数えるほどしかない。バテバテになりながらもその闘志で投げ抜き、遂には勝利を手にしてしまう。小さな巨人と謳われるゆえんである。ましてや、この試合里中の登板は四回からだ。十分に余力を残している。

 

 二球目。外角に逃げるシュートを島田、見送る。

(やはり、外への変化球が見切られているな)

 ならば、と山田は方針を切り替えストレート中心の配球を組み立てる。

 三球目、インコース高めにストレート。これを島田ファールにし、カウントツーワン。

(そうだ、里中。いくらストレートにタイミングが合っていると言っても、お前のストレートが早々打たれる訳がないんだ)

 四球目、真ん中高めにストレート。島田、これを何とかこらえる。

「スイング!」

「セーフ!」

 ハーフスイングではないかとアピールする山田がだが、判定はセーフ。

(危なかった……)

 冷や汗を流した島田、ちらりと三塁の岩鬼の守備位置を確認。

(通常よりやや深め。しかもツーストライク。ここはノーマークだろう)

 

『里中くん、第五球投げた! インコース低めにストレート! あっ、これを島田くんバント! 三塁線に絶妙に転がした!』

「岩鬼!」

「わいの肩に挑むとはいい度胸や!」

 サード岩鬼、一塁へ送球。島田、ヘッドスライディングで滑り込む。

『これは際どいタイミングだったぞ。さあ、どちらだ。アウトか、セーフか!』

「ア、アウト!」

 塁審の右手が高々と上がり、墨谷側スタンドからは悲鳴が上がる。

 

「く、くそ。もうちょいだったのによ」

 悔しがる田所に対し、中山達四人は応援団に景気づけを頼む。

「お、おい、お前ら……」

「田所さんらしくもない。野球は九回ツーアウトからって言うじゃないスか」

 中山が言えば、山本もそれに続く。

「そうそう。実際、その通りだったしな」

「ホント、九回ピンチで廻ってきた時の緊張ときたら無かったぜ」

 太田がぼやき、山口もうんうんと頷く。

 応援団長も、これまでの激闘を思い出し、団員に喝を入れた。

 

『二番セカンド丸井くん。二番セカンド丸井くん』

 出塁ならず、すまんと頭を下げる島田の肩をポンと叩くと、丸井はぺっぺと唾を吐き、打席に向かう。

(近藤の野郎に気づかされるなんてよ。おれってやつは……)

 その脳裏にあるのは先ほどのやりとり。

 山田に尊敬する谷口が打たれ、ショックのあまり明訓には勝てないかもと思ってしまった。

(死ぬほど恰好悪いぜ、まったく。あの時みてえだ)

 青葉学院との試合の前。ノックをするだけの谷口にナインの気持ちは離れ、抗議をしようという話になった。夜遅くにも関わらず、皆で押しかけたのは深夜の神社。

 そこで、丸井は見た。

 父親と共に、皆に隠れて特訓する谷口の姿を。

そこで、丸井は聞いた。

「おれ達みたいに素質も才能もないものはこうやるしか方法はないんだ」との谷口の言葉を。

 イガラシにレギュラーを奪われ腐っていた丸井は、その場で持っていた退部届を破り捨てた。

目の前で見た人物の凄さを少しでも真似たくて隠れて特訓に励んだ。

(そうだぜ。山田に打たれてからも、一度たりとも谷口さんは諦めを口にしていないじゃねえか)

その姿勢こそ、自分が憧れたもの。そして、後輩達に受け継いで欲しかったもの。

(おれは何の能もないキャプテンだったが、唯一それを後輩達に伝えられたのが自慢なんだ)

 

『明訓の勝利まで後アウトカウント二つ。ここは意地を見せるか、二番丸井くん!』

 

 一球目、ど真ん中のストレート。予想外の配球に、丸井手が出ず、悔しがる。

(ま、まさかいきなりど真ん中とはな)

 中盤あれほど打たれたというのに、余程バッテリーの信頼が厚いのだろう。

 二球目。インコース、低めに曲がるカーブ。

 ぎりぎりストライクになるかならないかのタマに、丸井反応。ファールとなり、たちまちツーストライクと追い詰められる。

(なんてリードだ。さっぱり読めねえ)

 最終回山田のリードは冴え、躍動する里中の前に中々突破口が見えない丸井。

 だが、そんな中彼はふとあることに気づく。

「ちょ、ちょっとタイム」

すべり止めをつけながら、里中の足元を確認する。

(クセが戻っている⁉)

 何気なく観察した一球目のストレートはプレートの前。二球目のカーブはプレートの上。

この土壇場にいつも通りでいようとするからこそ、そのクセがまた出てきたのかも知れない。

 

三球目。里中の軸足はプレートの前。

(山田はおれ達がインコース狙いだと思っている。ツーストライク。一球外角に外して様子を見る筈だ!)

 

 果たして、やってきたのは外角高め。

「これだ!」

 丸井、これに飛びつきヒット。ファースト上下の横を抜け、ライト蛸田の前に落ちるヒットとなる。

 

『出たぞ、丸井くん。九回裏ワンアウトで二番丸井くん、ライト前ヒット!! この勢いを繋げることができるか、イガラシくん!』

 一塁ベース上で打てのポーズをする丸井に、イガラシはやれやれと首を振る。

「相も変わらず厳しい先輩だぜ。何としても打たなきゃならないじゃねえか」

 中盤全力で投げた影響で疲労が色濃いイガラシだが、その心はカッカと燃えている。

 彼もまた、近藤の檄で古い記憶を呼び覚ましていた。

 中学時代、青葉学院との引き分け再試合に向けて。

 独り谷口は投手の練習を始めた。

 素人同然の投球はナインの嫌味の対象になり、口さがない生徒の嘲笑の的となった。

(けれど諦めなかったな、あの人は)

 黙々と雨の日も風の日も練習を続け、遂には青葉学院相手に投げるまでになった。

(近藤の言う通りだ。墨谷魂、見せてやろうじゃねえか)

 

相手が誰だろうと諦めない。逃げない。それこそが、谷口から学んだ最も大切なものなのだから。

 

(この男は要注意だ)

 三番のイガラシを迎え、山田は中間守備をとるよう指示を出す。

 打撃好調のイガラシだが、小技もある。バントには注意しなければならない。

 

(何だ⁉)

 イガラシが気になったのが、一塁丸井からの妙なジェスチャアだ。

 里中の方を見たかと思ったら一塁ベースの上に上がったり、下りたりと何かを伝えたいように思える。

 よく分からないと小首を傾げるが、丸井は顔を顰めるばかりだ・

(んなこと言ったってな。タイムはもう使えないし……)

 そう言いつつも、

「あ、ちょっと」

 そう言いながらすべり止めをつけるふりをしながら、考えをまとめるイガラシ。

(里中がベースの上とか下。あ、まさか。ひょっとして里中のクセのことを言ってんのか?)

 あり得ないと眉を顰めるイガラシだったが、丸井がヒットで出塁している以上、その可能性は高い。

 

じっと里中の足元を見るや、軸足はプレートの上。

(来るのはカーブ。しかも、初球なら低めだ)

 データ上、打者の多くは初球ストレート狙いで、低めのカーブを見逃すことが多い。

 山田なら、そうした打者の心理などお見通しだろう。

 

 ガバアアア!

 

 ピシュッ!

 

 ククッ!

 

「よし!」

『イガラシくん、初球から果敢に振っていった~~~‼』

「何ィ!」

 カキーン!

 

『引っ張った~~~‼ 痛烈な当たりにショート高代くん、グラブを差し出すも届かず! レフト微笑くん、前進! これを二塁へ投げるも間に合わない‼』

 

ドワアアアアアア‼

『何と、墨谷高校。この九回の土壇場、しかもワンアウトから二番丸井三番イガラシと立て続けにヒット! 小兵墨谷、大横綱明訓に後一歩まで追い詰められながらも、決して勝負を諦めてはいません! この試合、どんな結末が待っているんでしょうか!』

 




プレイボールVS.ドカベンこぼれ話⑥

〇一年間で出すことにこだわった訳

プレイボールVS.ドカベン、本来ならば今年の夏コミに後編でも大丈夫でした。もっとよいものも出来たかもしれませんし、まず誤字が減っていたと思います。半年で書いたのが10万字で3か月で書いたのが18万字。明らかにおかしいのになぜそうしたのかは、水島新司先生の一周忌が1月10日だから。それと、野球狂の詩の中に出て来る「おれは長島だ」の話が死ぬほど好きだからです。長嶋茂雄を目指してプロテストを受け、死に物狂いに特訓する長島太郎。真似から生まれた彼のプレイはやがてミスターを彷彿とさせるようになります。そして迎えた最終戦。一軍のマウンドでの初にして最後のホームラン。長嶋茂雄の天覧試合でのホームランを打ちたかった彼は、その一打で一年間のプロ生活を終えるのです。そんな彼が挑んだ死に物狂いの一年間を真似したい。水島新司先生の真似をし、野球の小説に取り組みたいと一年を区切りとしました。
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