余録・意味無き毒の猟犬
高町なのはからの指摘を検証するため戦場を離脱した私の足取りはさすがに重たかった。
白い堕天使、リライヴ…私がその偽者だと言う指摘。
速人が殺され、私が捕縛されたたあのCW社襲撃の一件、その記憶。
一応脱出する前の記憶は改ざんの可能性があったから全部疑って調査したり照合を図ったりはしたけれど…やっぱりどうにもおかしい。
まず、速人と『私』…リライヴを同時に戦闘不能に落とせる戦力ってそう簡単に用意できるものか?
答えはNO。
簡単に…所か、全回復から始めたならそれこそやり方によってはゆりかご一つ相手にしてもお釣りが来るくらいだ。そんなもの簡単に一般企業の護衛にうろついている訳が無い。
速人が殺され、イノセントが破壊された事になってるけれど、局では生死不明扱いだし…死亡痕跡を残さずに処分したとして、そんな事をする理由はあまりない。
であれば、私の記憶の方がおかしい事になる。
なんにしても、私の異常が『生まれた時から』なら、思考パターンのレベルで自分を警戒する必要がある。それにはしばらくだれにも見つからないような辺境にどうしても渡る必要があって…
それで選んだ隠れ家の一つなのに、私は謎の襲撃者の一団に包囲されていた。
「ふ、ははっ…あはははははははっ!!!」
笑う嗤う嘲笑う。
それしかなかった。
「気でも触れたか?」
一団を指揮していると思われる奴が口を開く。
どいつもこいつも体の輪郭を隠すようなローブと愛想も無い仮面を被っている奇怪な集団だけど、少しは会話に付き合ってくれる気はあるらしい。
「いや、検証の手間が省けたと思ってね。そっか、高町なのはの発言は真実だったか。」
自壊ユニット、外部洗脳術については脱出後散々調べてる。遠隔で殺せないからこうして罠を張ったんだろう。
今まで好き勝手暴れてくれてよかった奴が、余計な事を知ってしまったから。
高町速人が生きていたとしても、本物のリライヴのデッドコピーで偽者で、せめて残る綺麗な思い出はそのままでと思っても、それも私の物でなくて、薬物によって壊された禁断症状に付きまとわれ、普通に日常をって言ってもろくなものが望めない。
何より、想い出以外もういいやと、それ以外大切な物なんて無いって思ってて、『それが偽物だった』んだ。
本当、何の冗談だそれは。
過去の記憶が、治安維持組織なんかと憎悪を叫ぶ。
それにしたがって動くにしたって、別に私の物でもなんでもない植えられた偽物。
衝動任せに暴れようといっても別に私はその辺の犯罪者と同類になりたいわけでもなければ、市政の無関係の一般人に被害を出したい訳じゃない。
何だこれ、人生終わってる。
なんか、頑張ってアレコレするような状態じゃない。
「…処分に来たのなら、殺される訳だ。別にもう未来に希望なんて無いし、特に生きてる必要は無いな。」
「そうか、ならば動くな、楽に死なせてやる。」
私に向けて掌を翳す指揮者。
その手から砲撃魔法が放たれて…
私はそれを防御魔法で逸らした。
いやまぁ、別に直前で命が惜しくなった訳じゃない。
本気でこの先を生きてする事はない。
でも…さ…
「誰のお陰で私が終わってるのかはともかくとして、お前達犯人共がのうのうのさばる中で私だけ『死んであげる』って言うのは…さすがに納得いかない。」
大人しく死ね。
戦乱の中、勝ち目も意味も無いと判断すれば抵抗を止め、受け入れる将兵とかもいたんだろけど…敗北必死でも抗い、最期まで戦う者もいた筈だ。
それを自棄と言うのか、将兵の誇りなのか、それは分からない。
ただまぁ、明らかに私より生きてちゃ不味そうな連中が幅を利かせて笑ってる中で死んであげる必要は…ない。
「殺せるものなら殺してみろ…という事か。」
「殺されるまで殺す…って事だよ。」
私の命に価値は無い、無意味なら独り散ればいい。
けど…どうせなら『世界の毒』を始末するだけしてから消えたほうが、もったいなくはない。
背水の陣じゃないけれど、これだけ後が無いとやる事がさっぱりしてていい。
いっそすがすがしい気分だった。
デバイスを起動させ、戦おうと思った所で…
デバイスが起動しなかったのを認識すると同時、私は囲まれた一団に包囲射砲撃を受けた。
非殺傷の射砲撃に晒され、辺りが爆音に包まれる。
「デバイスが起動できないという事実に対処できない内に総攻撃…で、終わる予定だったのだがな。」
「あぁそう、それは残念だったね。」
バーストモードを使用、無手で周囲を囲んでいた雑兵を片っ端から片付けると、指揮者らしい奴は溜息を吐く。
「聖王や覇王の試用も兼ねていたんだが…」
意外な名前に倒した雑魚の一部を見ると、外れた仮面とローブの隙間から、見た顔が覗いていた。
たしか…アインハルトとか言うインターミドル参加者だ。本物が捕まったなんて騒ぎは聞いた覚えは無いし、私と同じ偽物なんだろうけど…何処で遺伝子回収したのやら。
「CAシリーズ相手だと試しにもならないか。」
型番のような呼ばれ方をして、一瞬歯噛みして…
シリーズ、と言う言葉の意味に思い至った瞬間、私は魔法を展開していた。
「「シューティングスター!」」
全く同時に同じ魔法を放ち、相殺する。
ローブを脱ぎ捨て、仮面を外した指揮者は、赤い髪に全身の輪郭が映るようなぴったりとした戦闘服、という以外、まるで私と同じ身長、体格、顔立ちの少女が姿を見せた。
顔色がいい辺り、薬物は使われてないらしい。厚遇だな。
「…妹って訳か。」
「一緒にするな。」
察したつもりだったけれど、赤い彼女は私の言葉を切り捨てるように吐き捨てた。
いつ取り出したのか、手にした何かを翳し…
融合した。
「融合…騎?」
跳ね上がる魔力値、燃え盛る炎。
あっさり済ませたけど、相性とかあるはずじゃ…
「紛い物を目的として生まれた貴様と、天使の超える事を目的に形成された私は、決定的に違う。OAシリーズ、コードネーム『スザク』…力の差に絶望しながら死んでいけ。」
誇りか自信か、喋らなくてもいい事をべらべら教えてくれるスザク。
それにしても…力の差に絶望…ねぇ。
「何が可笑しい?」
「何がって…」
どうやら笑ってしまっていたらしく、不機嫌になるスザク。
「今更絶望とか言われてもね、悪いけど慣れてる。」
分かりやすい理由を返して、私は構えを取った。
とは言え、彼女が語る通りなら、単純に同じものだとしても融合騎分出力負けしてる事になる。
まぁいい…やれるだけやってやる…さ。
夢。
過去の…始まりの夢。
薬漬けにされ、魔力も封じられ、金持ちの集団に嬲られる…そんな悪夢。
「人の部隊を壊滅させておいてのうのうと救われおって…」
「全く、いい復讐になる。」
「何が天使だこの悪魔めが!」
参加者には管理局の高官と思われる人間の姿もあった。
別に、いい大人なら外で『遊ぶ』事なんてある事だし、それが世間を騒がせた敵の姿をしているともなれば、大枚はたいてでも楽しみたいだろう。
ただ…非人道的な営業である事まで把握してこんな所に来ているのなら、管理局まで滅ぼしてやりたくなってくる。
怒りの炎を黒く塗りつぶし、ただ冷酷に機を窺い、抜け出した。
そうして、速人の生死も分からないままの私は、薬の悪影響を出来るだけ排除しながら、人波に紛れて生き凌いできた。
そんな日常を送る最中見た、エクリプス被害者…群。
村落一つが壊滅していた。
そんな中に映る、子供の亡骸を抱きかかえるようにして死んでいる局の『お廻りさん』。
分かってた。
悪い人がいる事と全てが悪い事とは大違いだって事くらい、私だって分かってた。
「堕天使?」
焔の中から姿を見せる、感染者。
散々な目に遭って来た。湧き上がる怒りをこらえきる事は出来そうも無い、綺麗なままではいられない。
でも…
救われぬ者に救いの手を。
始まりのソレを忘れさえしなければ…希望が無くたって俯かずにいられると、そう思って…
「速人…ゴメン、次は…殺して…」
破壊者を滅ぼすと決め、感染者を殺した。
頭の中にあった知識を駆使して鎌型デバイスを造り、武装を揃え、最悪の感染者集団、凶烏フッケバインを追い…
その果てに、始まりの想いも何もかも、デッドコピーだと判明した。
結論から言えば、デバイスも使えないままで戦える相手じゃなかった。
左腕を炭に変えられて地面に埋まった私は、夢から覚めて混濁する意識の中でスザクの声を聞いていた。
「あぁ…問題ない、焼き払った。すぐに帰還する。」
通信を終えて転移する反応を確認したところで、地面の中から躍り出る。
「っぁ…は…ぁっ…」
必死で呼吸を整え、左腕を見る。
二の腕の半分くらいから先が無かった。
地面を見ると、炭と化した腕のようななにかが転がっていた。
なるほど…この状態で地面に完全に埋まってたともなれば消し飛んだと勘違いされても不思議は無いか。
幸か不幸か、焼け溶けた腕は爛れたおかげで出血はあまり無い。
片手で…ってのはあれだけど、何処の誰に頼るわけにも行かないし、自力で治療するしかない。
…治して…どうするんだろう?
死ぬまで戦うのかな…このまま、意味もなく。
薬物の後遺症だって、幻覚とか戦闘に支障が出そうなものは消したけど、痛みや中毒症状なんかは残っているし、今更偽物と判明しても罪状は十二分。
速人には本物のリライヴが傍にいて、それでなくても私は自分で人を殺すと決めて…
何も無い。私の手には何も無い。
あるのは、私が災厄と断定して裁いてきた感染者と同じ憎悪の炎。
こんな世界を、こんな私を、あんな町を作る世界の毒を憎む心。
敵全てを滅ぼしても、幸福なんてありはしないのに。
それでも私は…気付けば戦闘準備を終えていた。
焼けた左腕に義手を取り付け、脳内に残った知識だけで作ったせいで中枢を把握されていたため機能停止に追い込まれたデバイスを改造、調整し…
名称の登録まで来て馬鹿な事に気付いた。
ああそうだ、私には名前すらないんだ。
別に誰と何をするわけでも無いけれど、本物をこれ以上名乗る訳には行かないし、デバイス起動には一応認証が必要になる。
「マスター認証、ニル…機体名称、ベノムハウンド。」
少し考えて、自嘲気味の笑いと共にあっさりと決まった名前。
意味無き毒の猟犬。
今の…いや、私にふさわしい名前。
展開した大鎌を手に、空を見上げる。
八つ当たり…にはなるのかな。でも…
だったらなんなんだ。
誰の為に私は大人しく消えればいい?
何の為に私は生きればいい?
炎に飲まれた町に立つ感染者を見た時の怒り、私を囲んで嘲笑っていた奴等への怒り…
頑張っていたろうに自分も民も守れなかった名前も分からない局員を見た時の悲しみ。
意味も未来もなく、幸せにはなれなくたって…この『本物』に従う。最期の最期まで。
名前をつける理由が、『どうでもいいけど本人認証に必要』だから(しかも自分で)って…