朝比奈さんは今日も生きる。   作:芦野

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この世界は今日も生きづらい

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朝起きて、学校に行き、授業を受けて帰る。

平日はこれを繰り返すだけの毎日で。

じゃあ土日はどうかというと特に何があるというわけでもない。

望んだわけでも、頼んだわけでもなくてもやってくる今日を私はただ過ごしているだけ。

でも、私は今日も生きる。

 

金曜日の学校が終わる瞬間は、私にもほんのちょっと特別なものに感じられる。

学校という場所が居心地の良い場所ではない、私みたいな学生はたいていそういう気持ちになるんじゃないかな。

校門から出ると、真っ先に首にかけていたヘッドホンを耳につける。

周りの音がすっと聞こえづらくなるこの感覚が、私はたまらなく好きだ。

お気に入りの曲を流すと足取りも軽くなる。

かかっている曲を口ずさみながらスキップ……は流石にしないけど、身体が軽くなったような感覚は本物だ。

歩いてほんの数分、ちょうど一曲聞き終わる頃に目的の場所に着いた。

シャッターが下ろされたままの店が半分ぐらいを占めているような、このひなびた商店街に毎週金曜に来ることが、いつのまにか習慣みたいになっていた。

「……コロッケ2個とメンチカツ、それとトンカツをお願いします」

「はいありがとね。コロッケは一個すぐに食べるでしょ?」

「はい」

コロッケを片手に商店街を歩く。

学校から家に帰るまでの間の、ほんの少しの寄り道。

もしも誰かにそんなこと必要ないじゃないか。と言われても、私はこの習慣をやめることはないだろう。

2

朝が苦手というほどでもないけど、目覚まし時計の音は苦手だ。

まあでも、そうじゃなければ目覚まし時計としての役割を果たすことはできないんだろうけど。

顔を洗って歯を磨き、寝癖を直して制服に着替える。

辛いのはここまでで、一度家の外に出てしまえば意識しなくても足は勝手に学校に向かってゆく。

「……」

バスに揺られながら、ぼーっと最寄りのバス停に着くの待つ時間はきっと、私のつまらない人生の中でもかなりつまらない時間だろう。

なによりもすぐそこに、他人がいることの居心地の悪さがしんどい。

公衆の面前、というやつが私は生まれてこのかた苦手だ。

踊りたくなっても踊ることは許されず。

叫びたくなったとしても、大声をあげればたちまち不審者だ。

……他人という存在がこの世界から無くなれば、どれだけ私は楽になれるのだろうか。

独裁者になりたい訳じゃないし、無差別殺人者になりたいわけでもないけど、この国、いやこの世界には他人が溢れすぎている。

そんなことを私は思いながら時間を潰していた。

 

ヘッドホンをつけて、本を読む。

教室での授業中以外の私のほとんどはこういう状態でいる。

本を読むことは好きだし、ヘッドホンから流れる音楽は当たり前だけど、私の聞きたい曲しか流れてこない。

でも、それ以上にこうしておけば誰かから話しかけられることを防げる。

つまりは私の安寧を妨げる外敵(クラスメイト)を近寄らせづらくするためには、こうすることが最適だということだ。

中学校の終わりから色々な方法を試したけど、これが一番シンプルで効果がある。

昼休みはなるべく校内の人気がないところで時間を潰すのがいい、これを始めてから学校にくるのが随分と楽になった。

あとは授業をやり過ごせば、学校から解放される。

慣れてしまえば作業と同じだ。

 

そして今日も昼休みがやってきた。

「……」

もう1学期も中盤だから大丈夫だとは思うけど、出来るだけすみやかに教室を出ること、それがなによりも大事だ。

「ふぅ……」

ミッションは無事に成功した。

校庭の外れの巨木の近くが、私のこの時間の定位置だ。

「……よっと」

レジャーシートを敷いて、靴を脱いでから横たわる。

どうやら今日の天気は晴れらしい。天気予報通りで何よりだ。

雲がほとんどない空は青くて綺麗だけど、私個人としてはもう少し雲があった方が好きだ。

どれだけ綺麗な色があったとしても、それ一色でその綺麗さを感じることはきっと難しい。

ヘッドホンを外してみると、風の音が聞こえてくる。

正確に言うのなら、風が吹くことによって他のものがたてる音だ。

自然が奏でる音は、普通の音よりもどこか色づいて感じられる。

まぁ、多分勘違いというか私が勝手にそう感じているだけなんだろうけど。

「……あ」

そろそろ昼ごはんを食べようと思って気がついた。どうやら肝心なものを教室に置き忘れてきてしまっていたらしい。

何をしてるんだ私は。思わず頭を抱えたくなる。

どうしようどうしようどうしようどうしよう。

どうしよう、どうすればいい?

優雅に逃避行をしたつもりだったのに、これじゃあただのバカだ。

「……」

仕方ない、いったん戻るか。

しばらく考えてみたけれど、やっぱりいい方法を思いつくことが出来なかった。

「……」

外からそっと教室の中を覗いてみると、私の席には他の女子が座っていた。

……予想はしてたけど。

話が盛り上がってそうなグループの中に、割って入って行くことが私にとって平気なわけない。でも、このままここにいるわけにはいかない。

「ふぅ……」

ヘッドホンを外してから大きく息を吸って、吐く。

「……忘れ物したんでちょっといいですか」

私の言葉に場が一瞬凍りつく。

「あ、ごめんねー勝手に使っちゃって」

クラスメイトの顔を見ずに私は、机の脇にかけておいたレジ袋を取った。

よし、あとは一刻も早くこの場から立ち去ればいい。

ふっと気が抜けたそのときだった。

「ねえよかったら朝比奈(あさひな)さんも一緒に、食べない?」

グループの1人の女子に笑顔でそう声をかけられた。

「……おかまないなく」

予想外のことに、そう返すのがやっとだった。

 

「……はぁ」

さっきの出来事は本当に心臓に悪かった。

あの人に悪気は多分ないんだろうけど、それが余計に厄介だ。

もっと何か自然に返せればよかったけど、とっさに言葉が出てこなかった。

まあでも、次からは不用意に接触しないように気をつけるしかない。

終わってしまったことはもうどうしようもないし。

「……」

紙パックジュースを飲み干して、私は再びレジャーシートの上に寝転んだ。

 

やっぱり、私にとってこの世界というやつは生きづらすぎる。もうちょっとどうにかなったらいいのに。

なんて、別に誰に向けてって訳じゃないけど、私はこう呟きたくなってしまった。


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