1
二度寝というやつは、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。
「……あ」
しばらくしてから気がつく。
今日平日じゃないか、と。
「……やば」
どうしよう完全に寝坊だ。
しばらくベッドの上で考えてみたけど、今から急いで準備しても絶対間に合わない。
そうと決まったら私がとる行動は決まっている。
電車で行くとすぐ着くような距離でも、歩くと結構時間がかかった。
「ふぅ」
それにギターを背負ってるってのもあって、余計に疲れた気がする。
「よっ……と」
団地だったり、一軒家が肩を並べている区画の隅にある寂れた公園。錆びたブランコの近くのベンチに私は腰かけた。
周りの景色から取り残されたみたいなこの場所が、なんとなく好きでたまにここにくる。
「……」
ヘッドホンを首にかけて、大きく息を吸って吐く。
手にピックを持つと胸の鼓動がいつもより早くなるのを感じる。
私は決してギターが上手い方じゃない。
でも、ときおりこうやってギターを弾きたくなるのはなんでだろう。
「……っと」
誰に向けてでもない、何か目的があるわけでもない。
ただ、自分の好きなリフを弾いてみたり、弾きたかった曲を練習したり、ただ思うままにギターを弾いた。
「……ふぅー」
久々に弾いてみると、やっぱり下手になってるなって痛いほど感じた。
指も痛いし、もしかしたら筋肉痛になるかもしれない。だけど、それがかえって私の気分を高揚させてくれた。
弦からピックを離すと、まるで魔法から覚めてしまったかのように、疲れがどっと押し寄せてきた。
「……疲れた」
ギターをケースにしまっているときに、なぜだか将来の夢を学校で半ば強制的に書かされたことを思い出した。
そのときに私はロックスターって書いて、クラスメイトや担任の教師に嘲笑されたけど、別にふざけて書いたわけじゃない。
ただ漠然と思ったことをそのまま書いただけだ。
……今の私がもしまた同じことを強制されたなら、今度は星屑になりたいって書こう。
そう決めて私はギターケースを背負った。
公園を出たときに時間を見ると、1時を過ぎたぐらいだった。
別に家に帰ってもいいんだけど、その前にいい加減お腹が減ったから何か食べたい。
さっきは電車に乗り込んで私は街中に向かった。
駅に着いてから迷うのもやだし、先に何を食べるか決めておきたいけど、学生の身分の私に潤沢な予算があるわけでもない。
うーんどうしたものか。
色々考えて結果、駅の中にあるチェーンの喫茶店に入ることに決めた。
2
「……ふぅ」
注文したものが揃うまでは、どうしても周りが気になってしまう。
まあでもここにはいわゆる赤の他人しかいないから、学校と比べると大分ましだ。
私は他人が苦手なんだけど、その中でも特に距離が近い他人のことが苦手だ。
ようするに、私のことを認知してない人のことはそこまで苦手ではないということだ。
……そもそも私の価値なんてその辺の石ころと変わらない。
他人が築きあげた文明に依存して生きているのに、他人を拒絶している、どうしようもない寄生者だから。
注文したアイスカフェラテに、ガムシロップをひとつ入れてよくかき混ぜてから、私は首にかけていたヘッドホンを耳に戻した。
いつもは音楽だけだけど、なんだか映像も一緒に見たくなって私はスマホを取り出した。
「……」
ピザトーストを頬張り、アイスカフェラテで流し込む。
映画館でのポップコーンとコーラが最高に美味しく感じるみたいに、ライブ映像に没入しながらの食事はいつもよりずっと美味しく感じた。
喫茶店を出たときには、もう夕方にさしかかる時間になっていた。
このまま帰るには少し早い気がするけど、気分転換にはなったし、家でゲームでもしよう。
そう考えながら私は電車に乗り込んだ。
「……」
何だか急に甘いものが食べたい気分になってきた。
私の前で、つり革に掴まっているサラリーマンの持っている紙袋。そこからただようドーナツの芳香に脳が完全に支配されてしまった。
……どうせ嗅がされるなら、電車に乗る前に嗅がされたかった。
「ただいまー」
「あー! あーちゃんお帰り!」
私が家に帰るなり、妹が出迎えてくれた。と、言っても純粋に帰りを待ちわびていたわけじゃない。
この妹がそんな殊勝なわけないし。
「で、その袋には何が入ってるの?」
「……シュークリームだけど?」
「茜の分は?」
ニヤニヤしながらさも当然の権利のような顔をする。
「ないけど?」
「え〜そんな〜!? 嘘だと言ってよお姉さま〜!」
愚妹を無視して、私は部屋に引っ込んだ。
「……ふぅ」
シュークリームを食べながらしばらくネットサーフィンをしていると、突然携帯が鳴り始めた。
誰かと思って見てみると恵さんからだった。
「もしもし?」
「朝比奈ちゃんちょっと聞いてよ〜」
「どうしたんですか急に」
「実は元恋人と、めでたくよりを戻すことになりました〜!」
「……」
いや、彼女からの電話の用件は、たいていたいしたことのないものだけど……想像の1000倍どうでもよかった。
「え、ノーコメント?」
「オメデトウゴザイマス」
「ありがと〜! ──それでね」
その後も能天気に浮かれる彼女ののろけ話に、私はながながと付き合わされたのだった。