1
お盆休みが始まる一週間ぐらい前のある朝、私は一人家を出た。
……といっても別に家出とかじゃなく、お母さんの実家に帰省するためだ。
ということで、予定も何もない私が今日先に行くことになったというわけだ。
スーツ姿のサラリーマンやOLに紛れて、私は普段来ない駅に降り立った。
この駅はこの地方の基幹となる駅で、広さも乗り換え先も、迷子になりそうなぐらい多い。
あらかじめ場所と経路を覚えてないと、私は確実に迷うだろう。
駅のコンビニで、飲み物と軽食を買っていよいよ電車に乗り込んだ。
お盆休みシーズンにはまだ早いからか、車内は空いている。
「ふう……」
今日は特急を使わないから時間がかかる、といっても別に急いでるわけじゃないしか。
二時間半が四時間半になることよりも、浮く数千円の方が今の私にとって大事だということだ。
──夏休みが始まったその日に、私は髪を染めた。
落ち着いた感じのオレンジ色を前髪の内側に入れたんだけど、これがなかなか自分で見てもしっくりきていると思う。
前にも髪を染めたことはあったけど、今まで一番鏡を見るのが嬉しくなった。
茜にはなんか不良っぽいとかいじられたけど、もしかしたらお母さんとお父さんもそう思っているのかもしれない。
まあ髪を染めたぐらいで不良扱いされるのはたまったもんじゃないけど、私が両親にとっておそらくいい娘じゃないのは確かだし……それはいいか。
……自分でも何を考えてるのかよく分からなくなってきた。
一度軽く身体を伸ばそうとして立ち上がったところで、ちょうど乗り換えの駅に到着した。
2
電車が来るまでの時間で、さっき買ったおにぎりを食べながら待つことにした。
このあとにもう一回乗り換えを経て、ようやく目的地に着くわけだけど……。
「ふわぁ……」
そこまで早起きをした訳でもないんだけど、どうにも眠たくなってきた。
標高というか、山の方に向かって来たからか、随分と空気が涼しい気がする。昼寝にはちょうどいい感じの気温で余計に眠くなる。
ヘッドホンから流す曲を変えながら、眠気と格闘しているうちにようやく次の乗り換えの駅に到着した。
「もしもし……うん、今着いたところ……次の電車で行くから、3時前ぐらいにつくと思う……うん。よろしくー」
私はいいって言ったのに、わざわざ駅まで迎えに行かせるってお婆ちゃんが譲らないので、結局私が折れて駅まで迎えに来てくれることになった。
正直、申し訳無いというか、私にそこまでの労力をかける必要なんてないのに。
そろそろ目的地が近くなってきたけど、次の電車が来るまで一時間近くあるのが面倒くさい。どうせだったらここで駅弁かなんか買えばよかったのかな。
「……」
なんでだろう、いつも時間が欲しいときには時間がなくて、時間がいらないときには時間がある。
一方的に与えられて一方的に奪われるなんて不条理だ。
なんて、くだらないことを考えながら時間を潰して、ようやく電車がやってきた。
「ふわぁ……あ」
駅の外に出て、背伸びをしたところで目が合った。
小走りで目が合った人のところに向かう。
「
「ばーちゃんがうるさいから、ま暑いだろうし乗りなよ」
「遠かったでしょ」
「まあそれなりには」
「アンタって今年いくつになるの?」
「15」
「へぇ、もうそんなになるのかー、どうりでデカくなったと思った」
空ねえは私のお母さんの妹、つまり叔母さんだ。
私のお母さんはたしか三姉妹の一番上で、一番下が空ねえだったはず。
といっても、そんな堅苦しい関係じゃなくて何かと私に良くしてくれる優しいお姉さんって言う方がしっくりくる。
「……そういえば空ねえ車替えたんだね」
去年の帰省のときはもっと普通の車に乗ってた気がする。いや、別に今乗ってる車が普通じゃないってわけじゃないんだけど。
「そうそう! ずっと前からこれに乗りたくて」
「なんか赤くてゴツい車でちょっと驚いた」
車内のシートとかも赤と黒のツートンカラーで、なんかオシャレだなーって思う。
「カッコいいでしょ」
「まあ私は車のこと全く分かんないけど、カッコいいと思うよ」
空ねえは嬉しそうな顔で、ハンドルを指でトントンと叩いている。
「ご飯食べた?」
「うん」
「そう、じゃあとりあえず家行くよ」
それから空ねえの運転で、しばらく山道を走ってようやく目的地に着いた。
3
「あれそういえば、お婆ちゃんは?」
家に着いて少ししてから、気づいた。いつもだったら出迎えてくれるお婆ちゃんの姿が見えない。
「あーそういや言ってなかったわ。ばーちゃん腰やっちゃって入院中」
「……えー」
いや、もっと早く教えてくれてよかったのでは?
「あーでも、アンタの家族が来る頃ぐらいにはたぶん退院できるよ」
「そうならいいけど……」
お婆ちゃん、結構いい年だからさすがにちょっと心配だ。
「……ふぅ」
縁側にゴロンと横になりながら、ぼんやりと空を見ていた。
なんていうか、これがTHE日本の原風景というやつなのか、私は何度目かのありきたりな感想を抱いた。
こうしてぼんやり眺めていると、私が普段住んでいる町並みよりも、この景色の方がずっと、
この家は田舎の家らしくかなり広い。築何年かh平屋建てで横に広い感じで、当然木造建築というやつだろう。
あとは掛け軸だったり刀だったり、頭上に先祖代々の写真があったりすれば、もっと田舎の家っぽいって言えるかもしれない。
……まあ詳しい造りがどうだとかは、私には分からないけど、お婆ちゃんと空ねえが二人で住むにはやっぱり広いなあという感想だ。
「あーそういえばアンタ晩ごはんなんか食べたいものある?」
「え、空ねえが作ってくれるの?」
「なわけ。ほら、好きなの選びな」
そう言うと空ねえは何枚かのチラシを私に投げてきた。
「ピザ……寿司……うーん」
チェーン店のデリバリーも悪くはないけど、わざわざ帰省してきた日の晩餐のイメージには合わない。
「何? 気に入らないの?」
「いやー?」
まあ、私一人にお客様待遇されてもなんか気持ち悪いし、適当に決めるか。
「じゃあピザで、野菜あんまり入ってないやつなら何でも」
「分かった」
空ねえにちょっと散歩してくる、と言って私は家を出ていた。
当たり前のように広がる田んぼだったり、家の近所とはちょっと違うセミの鳴き声だったりが新鮮に感じられた。
母方の実家、つまりここに最後に帰省して来たときは、私はまだランドセルを背負っていた。
そのときはお爺ちゃんのお葬式で、楽しさとは無縁の儀式めいたというか、陰気臭い田舎ってイメージしか感じなかったけど、今こうして来てみると、なんだかすごく落ち着いたいい場所に感じる。
「すーはー……んー」
空気が美味しいというか、人が少ないのが私の体質に合っているのか、身体が軽い。
時間は短いけど、普段の何倍もリフレッシュ出来た気がする。
そのまま軽い足取りで私は家に戻った。
「……そういえば、アンタギター弾くの?」
ピザにかじりつきながら空ねえが急に聞いてきた。
「どうしたの急に」
「いやだってあれ、ギターでしょ?」
「あぁ、うん」
「へーいいじゃん」
「お母さんに貰ったから、それなりには大事にしてるつもり」
「気が向いたらでいいからさ、何か聞かせてよ」
「……気が向いたら、ね」
用意された布団に寝転ぶ、思ったより寝心地は良くて、これならすぐ眠れそうだ。
「……」
こうして虫の鳴く声を聞きながら、私の帰省初日は終わりを迎えたのだった。