将来が楽しみだ。
物心ついた頃から何度も聞いてきたせいで最初に覚えた言葉。
パパとかママとか、両親の名前だとか、そんな可愛げのある言葉より先に覚えてしまった。
初めて自分の口から発した言葉を聞いた両親の顔は今でも覚えている。
悲しいような申し訳ないような、苦渋に満ちた表情をしていた。
次の瞬間にはそうだねって言葉と共に笑顔を浮かべてくれたけれど。
沢山の親戚が自分を訪ねてきた。
両親や自分に対しての褒め言葉と共に必ずと言っていいほど告げられた言葉。
意味は判らないまま聞こえてきた言葉をそのまま口にしてしまった。
失敗だったと今でも思う。
両親は無償の愛を自分に注いでくれた。一挙一動を自分の事のように喜んでくれて、迷惑を沢山かけても嫌な顔ひとつせず…とまではいかず。
怒られることもあったけれどそんな両親が大好きだった。
だからこそ自分のせいであんな表情をさせてしまったのだと思うと今でも胸が痛む。
その時の事ははっきり思い出せる。
その要因になったのが両親以外の人だったため、人と会うことが苦手だった。
両親以外の人は皆、自分を見ているようで見ていない。
両親は真っ直ぐ自分自身を見てくれる。
他の人は自分を通して別の何かを見ている。
でも、あの女の人はそのどちらでも無かった。
自分を見ているのに両親の様な熱はない。
自分を見ているのは分かるから他の人の様に違う何かを見ているわけではない。
まるで初めて人を見たかのようだった。
それに何故か自分の事を先輩と呼んでいた。
あの人のほうがどう見てもお姉さんなのに。
不思議な人だった。
あの人がどんな人なのか知りたいと思った。
誰かをそんな風に思ったのは初めてだった。
「……君、立香君!」
「_______?」
「大丈夫かい立香君、ぼうっとしていたけど。やっぱりまだシュミレーターの影響が抜けていないのかな…」
「_______」
「バイタルを見る限り問題は無さそうだけど…何処か身体におかしなところは無い?」
「_______」
「考え事?さっきの…あぁ、マシュの事?そうか、どうみても彼女の方が年上なのに君を先輩と呼んでいたっけ。それが不思議だったんだね」
「_______?」
「どうしてかというと…説明が難しいな。彼女はこのカルデアで生まれ育ったんだけど、ほら、ここってかなり特殊な場所というか、立香君から見ても変わった場所でしょ?」
確かに、と立香は頷く。
カルデアがどんな場所かと問われれば病院の様な場所、と答えるだろう。
全体的に白い色調の室内は清潔で掃除が行き届いている事が見て取れるし、実際、目の前にいるロマニは自分が医者であると言っていた。
しかし、患者が見当たらないのだ。
入院患者はもちろんのこと、診察を受けに来ている人すら一人も見かけていない。
「病院か。そうだね、それに近い場所と思ってくれればいい。マシュはその…特殊な体質をしていてね。医者の私たちが常に診ていてあげなきゃならないんだ」
「_______!?」
「いやいや!大丈夫、病気というわけでは無いよ。私たちが診ているから健康体そのものだ。…うん、病気の心配はないよ」
ほんの少し陰をさす表情に疑問を抱く。
病気ではない、『その』心配はない、安心を覚えるはずの保証の言葉に不安を覚え、問い掛けようとした時。
言葉を遮る様に視界が闇に染まった。
「_______!?」
「わっ、急に照明が…一体何が?」
『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。』
『中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。』
『繰り返します。中央発電所、及び中央―――――』
けたたましく鳴り響く警報、その後すぐに照明が戻る。
暗闇から急激に復帰した視界は何度か瞬きを繰り返してようやく正常な視界に戻る。
管制室とは、確かさっきのマシュという女性が向かっていた場所か。
「管制室で火災!?モニター、管制室を映して!」
モニターに映し出されたのは小さな惑星。
地球を模したオブジェのようなそれは複数の環のような物体に様々な角度から覆われている。
中央の惑星そのものは暗く、灰色に染められているようにも思える。
しかしそれよりも眼を惹くのはそれら全てを覆うように、煌々と照らすかのように燃え盛る炎。
白亜の壁や柱は黒く焦げつき、朽ち果てながらぼろぼろと崩れるように倒れていく。
「何てこと、すぐに向かわなきゃ…!立香君!君はこの部屋を出てすぐに避難しなさい!本当なら一緒に行ってあげなきゃならないんだけど……って待って!?何処に行くつもり!?」
映像を見た瞬間、半ば反射的に身体が動いていた。
あそこへ向かわないと。
さっきの女の人もそこにいるはず。
助けに向かわないと。
そう思った矢先、ひょいと自分の体を持ち上げられた。
「馬鹿な真似は止しなさい!君が行ってもどうにもならない!それより君は自分の身を守らないと!」
「_______!」
「わっ、こら、暴れないで!君に何かあったら洒落にならな、ぶっ!?」
「フォーウ!」
先程も見かけた白い栗鼠のような動物がロマニの顔に飛び掛る。
驚いた拍子に手を離してしまったロマニは抱えあげていた立香を自由にしてしまう。
「むぐぐ…、こら、離れろこいつ…!」
「フォーウ!」
「_______!」
「あっ、こら!だめだってば…!」
早く行けといわんばかりの目線を寄こした動物に礼を述べ、先程マシュと別れた廊下で彼女が歩いていった方向へ走る。
明確な目的地は分からないけれど、焦げ付く臭いや炎の音、熱を強く感じられる方に向かえば辿り着けるはず。
少なくともモニターで見えた部屋は全体が燃え盛り、部屋の外にすら炎が漏れ出ていてもおかしくないほどの勢いだった。
読みどおり、扉の隙間から強い光が漏れ出ている部屋を見つけ、走っていた勢いそのままに部屋へ飛び込む。
中は惨憺たる有様だった。
轟々と燃え上がる炎は時を追う毎に勢いを増し続けている。
モニター越しではなく、その熱を肌で感じてしまい、気圧される。
それでも当初の目的を果たさなければと意気込み、火の弱い場所を進んでいく。
『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。』
『予備電源への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。』
『隔壁閉鎖まで残り10秒。中央区画に残っている職員は速やかに―――――』
「まずい、立香君!すぐに部屋を出て!そのままじゃ閉じ込められる!」
ようやくフォウを顔から引き剥がし、追いついてきたロマニ。
しかしその声を届けるのが数秒遅かった。
立香が部屋を出る前に隔壁は降ろされ、管制室は完全に外部から遮断されてしまった。
「しまった、間に合わなかった…!聞こえる!?立香君!姿勢を低くして煙を吸わないように口を袖で覆って!出来る限り炎を避けて動かないように!」
外から隔壁を叩く音と共にロマニの叫び声が聞こえる。
辛うじて聞き取れた声に従い、しゃがみ込んで袖で口を覆う。
心なしか息苦しさは緩和したように思える。
「くそう、隔壁を開けるにはまず不足した電力を供給させないと…!立香君!少しだけ我慢して!すぐに出られるようにするから!」
「_______!」
ロマニの声に出来る限り大きな返事をする。
届いたかは分からないけれど、それを確かめている場合ではない。
そのまま生存者を、マシュを捜しにさらに奥へ進んでいく。
「_______!?」
呼びかけながら人を捜す。
燃え広がり続ける炎は刻一刻と進める場所を失くし、行く手を阻んでくる。
『システム レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦 2004年 1月 30日 日本 冬木』
『ラプラスによる転移保護成立。特異点への因子追加枠確保。』
『アンサモンプログラムセット。マスターは最終調整に入ってください。』
「……せん、ぱい……?」
「_______……!」
探していた人物は見つかった。
ただし、とても無事とは言えない身体で。
今もなお燃え続ける柱の下敷きになった彼女の声は弱々しい。
崩れてきた瓦礫で頭を打ったのだろうか、血が顔に覆い被さるかの様に頭から流れ続けている。
高温の柱は容赦なく彼女の背中を焼き焦がし、異臭を放っている。
ただでさえ燃え盛った柱は素手で触る事が出来ないのに、
マシュを抑えつけるように横たわるそれは壁と見紛う程の重厚さだ。
立香が10人居たとしても持ち上げることは叶わないだろう。
「…ここは、危ない、ですよ…どうして、来ちゃったんですか…?」
「_______!」
こんな状態でこちらの心配をしている場合か、と思わず声を荒げる。
「心配、ですよ…私はもうこんな事になってしまったけど、先輩はまだ助かるでしょう…?」
「_______……」
否定出来なかった。
きっと泣き叫びたいくらい痛いだろうに、こちらを気遣ってくれる人に何も出来ない不甲斐無さに腹が立つ。
ロマンの言っていた通りだ。自分が行ったところで何も出来ない、何もならない。
「あぁ、でももう、隔壁が閉まっちゃってますね…」
『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。』
『シバによる近未来観測データを書き換えます。』
『近未来百年までの地球において人類の痕跡は発見できません。』
『人類の生存は確認できません』
『人類の未来は保障できません』
「あ…カルデアスが真っ赤に…」
「______……」
まだ望みはあると口にした自分の言葉のなんと頼りない事か。
彼女自身がもう助からないことを理解しているのだろう。
悲しくて、虚しくて、締め付けるような胸の痛みに耐えきれず、
彼女に寄り添うように膝を落としてしまう。
『コフィン内マスターのバイタル 基準値に達していません』
『レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中・・・・発見しました。』
『適応番号48 藤丸立香 をマスターとして再設定します』
『アンサモンプログラムスタート。霊子変換を開始します。』
『レイシフト開始まであと』
「先輩、手を、握っていてもらえませんか…?」
「_______」
縁起でもないと拒否したい気持ちを飲み干し、目の前の小さな願いを聞き届けるべく手を伸ばす。
自分より少し大きな手を握り、自分の小ささに無力感を覚える。
そんな握り合った手さえも見えなくなるほどの大量の黄金色の粒子が舞い上がり、
『3』
『2』
『1』
『全工程完了。ファーストオーダー 実証を開始します』
視界全てが光に覆われ、そのまま意識を手放した。