「つまり、マスターはサーヴァントの魔力源であり、英霊を現世に繋ぎ止める楔としての役割を持っています」
「______」
移動しつつマシュから現状の説明を受ける。
時代の歪みである特異点、それを修正する為のレイシフト。
特異点での戦闘に備え、聖杯戦争という儀式から応用した英霊召喚術式フェイト。
それによって喚び出された英雄を擬似的に現界させたサーヴァント。
そのサーヴァントと融合し、人間でありながらサーヴァントとしての能力を得たマシュ。
本来であればサーヴァントは過去に存在していた為、時代の修正力により現代に留まる事が出来ない。
その為、現界を維持するためにその時代に生きる人間と契約を結ぶ。
それがマスターと呼ばれる魔術師。
そして、そのマスターが他ならぬ藤丸立香であるというのだ。
「______」
「一度に全てを理解するのは難しいかと。先輩はサーヴァントと契約を結び、そのサーヴァントの力を借りて戦うマスターであると覚えてください」
「______」
溢れ返りそうな量の情報を何とか噛み砕き、呑み込んでいく。
疑問に思う点はあるが、詳しく問い質すのは状況が許してくれそうにない。
不安は残るが、今は要点の理解のみで精一杯だろう。
そんな焦りを孕んだ考えを肯定するように叫び声が響いた。
「キャアーーー!!」
「______!」
「どう聞いても女性の悲鳴です!急ぎましょう!」
絹を裂くような悲鳴が聞こえたもとに急ぐ。
辿り着いた場所に居たのはロマニを叱りつけていた銀髪の女性。
所長と呼ばれていた彼女は数体の骸骨に囲まれ、壁際に追い込まれていた。
「何なのよ、なんだっていうのこいつら!?なんで私ばかりこんな目に…!レフ!レフは何処なの!?どうして助けてくれないのよ!?」
「______!」
「はい、先輩!」
マシュが大盾を振るい、吹き飛ばした骸骨は他の個体を巻き込んで倒れ、包囲網を崩す事に成功する。
すかさず所長の元へ駆けつけ、マシュが防衛しやすいように一箇所に固まる。
「オルガマリー所長!」
「あ、貴方達!?どうしてここに!?もう何がどうなってるのよ!?」
「______!」
「はい、先輩!所長、申し訳ありませんが説明は後で!」
骸骨との戦闘を一度経験したお陰か、薙ぎ払い、体制を崩した所で止めを刺す、という戦い方が確立されており、初戦より敵の数は多かったものの問題なく骸骨の群れを掃討する。
「戦闘終了。所長、ご無事で何よりです。御怪我はありませんか?」
「……その姿、デミ・サーヴァント?いえ、それより君…り、立香君?」
何故か合流する前より青褪めた表情で呟くように問いかける所長。
見たくないもの、受け入れたくないような物を目にしてしまったような絶望した表情を浮かべている。
「流石です所長。お察しの通り、私、マシュ・キリエライトはサーヴァントとの融合に成功、デミ・サーヴァントとして能力を得ました。そしてマスターとして先輩…藤丸立香と契約を結んでいます」
マシュの説明が進むほど所長の青褪めた表情は悪化していき、もはや病人のように顔面蒼白と化した。終いにはカタカタと全身が震え出している。
「あ、あはは、あはははは。終わった、終わったわ、タダでさえ手違いでカルデアに来てしまった事自体が大問題だっていうのに。コフィンすら使わずレイシフトした?サーヴァントと契約してマスターになった?戦闘を行って命を危険に晒した?…世界保護対象者を?こんなの…こんなのどうやって弁明すればいいの!?カルデアも私ももう終わりだわ!?」
「お、落ち着いてください所長!」
壊れた人形のようにけたけたと笑い声を上げたと思えばヒステリーを起こし、自身の艶やかな銀髪を掻きむしる。
慌ててマシュが宥めに掛かるものの効果は薄そうだ。
「______!」
「そ、そうです所長!先輩はこうして無事ですから、カルデアに戻ることが出来れば先輩を家に送り返すことも出来るはずです!」
「…そ、そう、そうよね。そもそもレイシフト実験自体が秘匿実験なのだから情報規制さえ徹底すれば隠蔽も可能のはず…。そのためにもまずは彼を無事に帰さなくては…」
解決の見込みが見えたおかげか、いくらか顔色の回復した所長が背筋を伸ばし、凛とした表情を取り戻す。
自ら掻き毟った髪は明後日の方向に跳ね回っている惨状だが。
「こほん、失礼、取り乱した様子を見せました。現状、レイシフトに成功したのは私、マシュ、立香君の三名。マシュはデミ・サーヴァントとしての能力を獲得、立香君がそのマスターとして契約を結んだのね?」
「はい、その後、拠点となる霊脈地を確保するためレイシフトしたポイントから移動を開始、所長と合流を果たし、現状に至ります」
「なるほど、その霊脈地のポイントは?」
「所長の足下です」
「へ!?…あ、あぁ、わかっていたわ。わかっていたわよそのくらい。マシュ、貴方の盾をこのポイントに置きなさい。宝具を触媒に召還サークルを設置します」
凛とした表情は数秒しか保たず、狼狽した様子を見せる所長。
ころころと変わる態度も取り繕うように発する言葉も頼りなく思える。
カルデアの様子にせよ、レイシフトした先の最初の様子にせよ、思い返すと不安が募ってくる。
「______?」
「大丈夫です先輩。所長は想定外の事態に慌ててしまうことは多いですが、頼りになる人ですよ」
「フォローになってないわよ!?」
「…我ながら的確な評価だと思うのですが…では、始めます」
地面に置かれた盾を中心に黄金色の粒子が舞い上がり、数秒遅れて起きた一際大きな光に思わず眼を閉じてしまう。
回復した視界に写った光景は、プラネタリウムのような空間だった。
中心に大きな光が輝き、電子回路のような光の帯が幾重にも重なって中心の光の周囲に浮かんでいる。
「これは…カルデアの召喚実験場と同じ…」
程なくして先程と同様、ロマニの映像が浮かび上がる。
『シーキューシーキュー、あっ!良かった、繋がった!二人とも無事に霊脈地に辿り着けたんだね!』
「ロマニ!?何故貴女が指揮を執っているの!?レフはどこ!?」
『うぇえ!?所長!?無事だったんですか!?管制室丸々全部燃えてたのにどんだけ!?』
「先ず無事を喜びなさいよ!そんな事よりレフは!?何故貴女が指揮を執っているのかと聞いているんです!」
『…何故、と問われれば、他に人材が居ないからとしか。いえ、居なくなってしまった、ということです』
無事の確認を喜ぶ表情から一転、沈痛な顔で告げられる事実。
「居なくなったって、まさか…」
『現在、カルデアの正規スタッフは私を含めて20人に満たないごく少数のみ。レフ教授も管制室で指揮を取っていたため、生存は絶望的かと…』
「そんな…嘘でしょ、嘘よ、レフが…それに…スタッフが20人に満たないですって?マスター適性者達は?コフィンはどうなってるの?」
『47人、全員が危篤状態、医療器具も不足しており、何名かの救出は可能かと思いますが…』
「直ぐに凍結保存に移行、蘇生方法の確立は後回し!死なせずにおいて現状からの立て直しを最優先に考えなさい!」
『そ、そうか!コフィンにはその機能がありました!直ぐに凍結処理を行います!』
ばたばたと慌ててロマニが動き出し、映像に写り込んだり消えたりを繰り返している。
「…良いのですか所長?本人の許諾なく凍結保存を行うのは犯罪行為です」
「今更だわ。彼がここにいる時点でどんな罪状ふっかけられるか分かったものじゃないのに、マスター候補47人まで死なせたなんてそれこそ弁明できない」
所長の顔色は回復したとはいえ未だ血色が悪い。
しかしその表情には決意が満ちており、この状況に於いても歯を食いしばり、絶望に呑まれまいとしている。
「…こんなところで終われないのよ、何としても連中を黙らせる実績を出さないと…!」
暫くしてロマンが通信に戻り、カルデアの現状を報告する。
『現在、カルデアはその機能の8割を喪失。こちらの判断で人材はレイシフトの修理、カルデアス、シバの現状維持に割り当て、外部との通信が回復を待って応援を要請…といった所です』
「…現状ではそれが限界でしょうね、結構です。納得はいかないけれどロマニ・アーキマン、私が戻るまでカルデアを維持しなさい。こちらはこのまま特異点Fの調査を続行します」
「『えっ!?』」
マシュとロマニの驚愕の声が重なり、弾かれた様に所長に視線を向ける。
『正気ですか所長!?このまま彼のレイシフトを続行するんですか!?彼だけでもカルデアへ帰還させるべきです!』
「ドクターの陳情には私も同意します所長。危険過ぎます」
危険性を捲し立て、反対意見を述べる二人。
特に実際に戦闘を経験したマシュは口調こそ冷静だが、頑として言葉を曲げない圧の様なものを感じさせる。
「特異点Fの調査結果が必要なのは確かですが、むしろ危険性で言えばカルデアの方が高いと判断したためです。念のため聞くけどロマニ、カルデアの惨状を引き起こした犯人は判明しているの?」
『…それは』
「カルデアの内部に別組織の魔術師でも潜り込んでいたのか…何にせよ今回の事態は明確なカルデアへの攻撃と判断しました。その犯人が判明していない以上、カルデアへの帰還も危険性が高いわ」
「…しかし所長、この特異点にはエネミーが存在しており、身体を休める環境すら儘なりません。この状況の中に先輩を留めておくのは…」
「何を言っているのマシュ、現状、我々の最大のアドバンテージは貴女よ」
「えっ…?」
「貴女が彼を守りなさいマシュ。サーヴァントとしての力を得た貴女ならエネミーなど物の数ではないでしょう?特異点の修正は本隊を編成し直してから。まずは彼を無事に帰すこと、その間の彼の護衛は貴女の役割よ」
「私が…先輩を守る…」
「この特異点で経験を積みなさいマシュ。裏切り者が居るかもしれないカルデアにおいても彼を守れるように」
かけられた言葉を飲み込むように、自分に言い聞かせるように、ゆっくりと復唱する。
その言葉の意味を、重みを理解している。
自分に務まる役目だろうかと不安が過ぎる一方、この役目を果たしたいと願う自分がいる。
決意を固められない弱さに呑まれそうになっていると、不意に手を握られる。
「____________」
「先輩…」
真っ直ぐに自身の目を見詰める眼差しを受けると、不安に満ちていた気持ちが嘘の様に晴れていく。
自分でも理解できない心境の変化に戸惑い、解消できないその疑問を彼に問いかける。
「先輩、どうして先輩は私を信じてくれるのでしょうか」
きょとんとした顔を浮かべ、少し思案した後に照れたようにはにかみながら答えを告げる。
「____________」
「自分でも分からない…では、理由はないのですか?」
「____________」
「真っ直ぐ自分を見てくれたから…?」
自分の周りにいた人間はいつも自分を見てくれなかった。
そう告げた少年に抱いた感情。
悲哀、憐憫、同情、憤慨、当てはまる言葉は多く、それ故にどれも正解でどれも不正解。
自分の感情を定義できない困惑に晒されつつも、一つ確かに胸に決意した。
「先輩、先輩は私が守ります」
迷子のような孤独感を感じた目の前の少年をただ守りたいと。
浅慮かもしれない、傲慢かもしれない。
それでも胸に抱いた決意を己に言い聞かせるように告げる。
そんな決意を嘲笑うように
『三人ともマズイ!そこに向かっている魔力反応がある!通常のエネミーとは比べ物にならない!』
夢を抱いた子供に現実を叩きつけるように
『速い…!駄目だ、もう接敵する!』
絶望を携え、黒い影が三人の前に降り立った。