「な、まさかあれって…!?」
『サーヴァントです!逃げて!これまでのエネミーとは格が違う!』
目の前に降り立った長身の女性。
しかしその姿は全身が影の様に黒く染まり、身体から黒い靄のようなものが立ち上がっている。
辛うじて輪郭から女性であることは判別できるが、顔も黒く染まりきっており、表情すら分からない。
それでも明確に感じ取れる強い殺気。
背を向けるどころか、目を逸らした次の瞬間には飛びかかられそうなほどの緊張感。
「逃げられる相手じゃないわ…!戦いなさいマシュ!同じサーヴァントなら負ける道理はないわ!」
「……はい、全力で臨みます…!」
まるで猫の威嚇のような極端な前屈姿勢をとる敵サーヴァント。
杭のような形状の短剣を一本ずつ両手に携え、逆手に構えている。
順手側、柄の先端には鎖が取り付けられており、短剣というより錨のように見える。
「行きます!」
力強く地を蹴り、一気に間合いを詰めるマシュ。
「やあぁーっ!」
射程距離まで詰めると同時に大盾を横薙ぎに振るう。
サーヴァントの膂力を以って放たれる、ごう、と風を鳴らす一撃。
大質量の大盾で放たれるそれはサーヴァントであれ無傷ではいられない。
だが敵サーヴァントはさして慌てる様子もなく、とん、と軽いバックステップで初撃を躱される。
着地と同時に跳ね返ってくる様にこちらに飛びかかって来る。
慌てて盾を構え直して突進を防ぐものの、エネミーの攻撃とは比べ物にならない重い衝撃に耐え切れずに蹈鞴を踏んでしまう。
「くっ…!」
後退りながらも踏ん張り、突進を受け切る。
盾の表面を滑るようにマシュの背後に回る敵サーヴァント。
着地と同時に短剣を構え、再び突進を繰り出す。
(速い…!)
地面に突き立てた盾を軸に、回るように体制を翻して突進を防ぐ。
防御だけを考えた体制のおかげでしっかりと地面を踏みしめ、受け止める。
(何とか、反撃の隙を見つけないと…!)
再びマシュの背後に回りこみ、突進を繰り出す敵サーヴァント。
四肢に力を込め、攻撃を受けつつ隙を窺うマシュ。
縦横無尽に飛び交うサーヴァントを捉えられないが、敵サーヴァントもマシュの防御を崩せず攻めあぐねている。
互いに千日手に陥ったように思えたが、敵サーヴァントが短剣を投げる。
マシュの足元に投げられた短剣は地面に突き刺さった。
狙いを外したかの様に見えたが、その手には短剣に連なる鎖が握られている。
そのままマシュの周りを旋回するように動いた敵サーヴァント。
「えっ…!?」
防ぐことに専念していたマシュは反応が遅れ、鎖で足を絡めとられる。
「うっ…!」
凄まじい力で足を引かれ、体制を保てず倒れこんでしまう。
そのまま引きずり回すようにマシュごと鎖を振り回される。
「きゃああああ!!」
振り回す勢いで絡まった鎖は解けたものの、
投げ飛ばされたマシュは廃墟の壁を突き破り、がらがらと崩れてきた瓦礫に飲まれる。
「マシュ!」
所長の悲痛な叫びが響く。
無情にも追撃の構えを取る敵サーヴァント。
地を蹴るために足に力を込めたその時、こつんと彼女の頭に小さな石ころが当たる。
「………?」
「_______!」
「ちょ、ちょっと立香君!?」
小さな腕を振りかぶり、拾い上げた石ころを敵サーヴァントに投げる立香。
ダメージなど見込めるはずがないことは自分でも百も承知だろう。
それでも声を張り上げる。かかってこい、と、お前の敵はここにも居るのだと。
「ななな何やってるの立香君!?死ぬ気!?生身の人間がサーヴァントに敵うわけな、ひっ…!?」
所長の制止も空しく、ぐるりと身体ごとこちらに向き直った敵サーヴァントは短剣を構え、こちらへ飛び掛ってくる。
瞬きの間に距離を詰めたサーヴァントは立香の目の前に立ち、短剣を振りかぶる。
来る衝撃に身を縮こまらせるも、予想に反し何も起こらない。
「_______?」
恐る恐る閉じてしまっていた眼を開くと、立香の頭を貫く寸前で短剣は止まっていた。
不審に思っているとサーヴァントは短剣を手放し、がっしりと立香の両肩をつかむ。
そのまま屈み込み、ゆっくりと口を開き、艶かしく吐息を吐きながら異常に発達した犬歯を立香の首筋へ突き立てようと―――――
「ガンドォ!」
やけくそ気味に放たれた所長の攻撃はサーヴァントに直撃。
ダメージこそ望めなかっただろうが、一時的に身体を硬直させ、その隙に立香を抱えて距離を取る。
「死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った!!」
しかし既にサーヴァントの硬直は解けており、再度こちらへ飛び掛かる構えを取っている。
短剣を握り締め、遠ざかる所長の背中目掛けて脚に力を込めた時。
頭上から飛来した巨大な瓦礫に押し潰された。
「はあ、はぁっ、お返し、です…!」
「マシュ!」
「_______!」
サーヴァントの頭上から降り注いだ瓦礫はマシュが投げ飛ばしたものだったらしい。
瓦礫の下に埋もれたサーヴァントは動きを止めた。
マシュはと言えば凄まじい勢いで廃墟に投げ飛ばされていたが然してダメージはないようだ。
息があがってはいるものの、確りとした足取りで立ち、盾も片手で持っている。
『油断しないでマシュ!サーヴァントの反応はまだ消えていない!』
ロマンの声が響くと同時にびきびきと瓦礫に皹が入り始める。
「_______!」
「はい!」
立香の前に庇うように立つマシュ。
それと同時に瓦礫が砕かれ、サーヴァントが飛び出してくる。
「やあぁーっ!!」
しかしそれを読んでいたマシュが渾身の力で盾を上から振り下ろし、サーヴァントを地面に叩きつける。
「止め…です!」
地に叩きつけられて尚、立ち上がろうとするサーヴァントにもう一度盾を突き立てる様に叩き込み、敵サーヴァントはその身体を霧散させ、消滅した。
「_______!」
「やり、ました、先輩。負けるかと思ったけれど、何とか勝てました…」
「だ、大丈夫なのマシュ?」
「廃墟にぶつかる直前に盾を構えたおかげで、何とか…」
緊張の糸が解けたのか、盾を杖代わりに立つマシュ。
遠目では判別がつかなかったが顔色が悪く、疲労が見てとれる。
体力も魔力も相当消耗しているようだ。
『…マシュ、残念だけど休んでいる暇は無いみたい。さっきのサーヴァントと同じ位の魔力反応が二つ、そちらに向かっている』
「え…」
「嘘でしょ、まだサーヴァントが来るって言うの!?」
ロマンから告げられた残酷な現実に三人が絶望を覚える。
辛くも勝利を収めたが、サーヴァント一体を相手にマシュは大きく消耗している。
それが二体同時。単純な戦力差は勿論、立香とオルガマリーを守りながら戦わなければならない以上、
一対一の状況に持ち込むことも許されない。
マスターである立香が狙われれば一巻の終わりだ。
「逃げるしかないわ。いくらなんでも勝てる見込みが無い」
「…はい、先輩、掴まってください」
「_______……!」
身体の小さい立香を背負い、全速力で走り出す。
市街地であっただろう廃墟群を抜けた先、河川に掛かる大橋へ逃げる。
しかし徐々に距離を詰められていく。
あるいはデミ・サーヴァントであるマシュだけなら逃げおおせたかもしれないが、
人間とサーヴァントとのスペック差は大きく、思うように撤退する速度を上げられない。
『だめだ、速い…!マシュ、上!』
逃げる三人の前に立ち塞がるようにサーヴァントが降り立つ。
人の形をしているが右腕が異常に膨れ上がった黒い影。
相対的に他の身体の部位が細く見えてしまうほどだ。
「聖杯ヲ、我ガ手ニ…!」
『アサシンのサーヴァント!気をつけてマシュ!さっきの敵より厄介かもしれない…!』
「ひっ、な、なにこいつ…!?」
「_______……!」
「…はい、先輩。戦闘行動に移行します…!」
背負っていた立香を降ろし、盾を構えるマシュ。
アサシンはダークと呼ばれる短剣を指の間に構え、投擲する。
弾丸の如く放たれる短剣。
しかし、その狙いはマシュではなく立香と所長に向けられていた。
「っ!先輩!」
慌てて数本のダークを纏めて弾き飛ばすマシュ。
その隙を見逃さず距離を詰めてきたアサシン。
「_______!」
「しまっ…!」
「貰ッタゾ」
初めからこれが狙いだったと悟った時には既に遅く、
首を狙って振るわれた短剣。
体制を崩していたが強引に上体を捻る。
躱しきれず肩に突き刺さった短剣は激痛と共に皮膚を食い破り、鮮血が舞う。
「う、あぁ…!」
「チッ…!」
仕留め損ねたことを理解したアサシンはそのままマシュを蹴り飛ばし、自身も距離を取る。
「痛…っ!」
「…存外、良ク動クモノダ。小娘トハイエ、腐ッテモサーヴァントカ」
『まずい…!やはりアサシンのサーヴァントともなれば対人戦に長けた者が多い…!』
先の女性サーヴァントの様な自身のスペックに物を言わせた力押しではなく、
己の技量と戦闘経験を最大の武器として戦闘に臨むアサシンのサーヴァント。
特に対人戦に長けたアサシンとの戦闘はマシュには早過ぎた。
まして背後には守らなければならないマスターと所長がいる。
ハンデを背負わされた戦いは経験の足りないマシュには荷が勝ちすぎる。
「フ…、ダガ何ノ問題モナイ。素人同然ノ小娘ノ命一ツ、摘ミ取ル事ナド造作モ無イ。ソシテ…ソラ、モタモタシテイテイイノカ?」
「あ…あぁ…」
「………!」
その上、背後にもう一騎、黒く染まったサーヴァントが降り立つ。
アサシンと共に行動していたもう一騎のサーヴァント。
先行していたアサシンに追いつき、退路までも絶たれてしまう。
『ランサーのサーヴァント…!』
「御首…頂戴スル…」
先の二騎と比べてかなり体格の大きなサーヴァント。
刀、槍、鎖鎌、斧、棍棒、全てが黒く染まっているせいで判別し辛いが、背中に無数の獲物を背負っている。
そしてその手には身の丈ほどもある薙刀を携えている。
その標的はアサシンと対峙しているマシュではなく、無防備な立香と所長を見据えている。
「先輩!」
「行カセルト思ウカ?」
立香と所長の下に駆けつけようとするマシュだが、投げつけられたダークを無視できず足踏みする。
「くっ…!」
「安心シロ。オ前モアノガキ共モドウセ皆殺シダ」
黒く染まった薙刀を上段に構え、立香達を両断せんと迫るランサー。
立香を狙ったライダーとは違い、自分にも向けられた殺気に飲まれ、恐慌状態に陥った所長はへたり込んでしまっている。
「逃げて…!逃げてください先輩!」
「いや…!いや…!」
「____……!」
マシュの悲痛な叫びが響くが手立てがあるはずも無く。
射程距離に獲物を収めたランサーが凶刃を振るい―――――――
「二人掛かりの上、戦う戦士を前にしておきながら真っ先に狙うのが子供とはねぇ。合理的ではあるが反吐が出るな」
「グゥッ!?」
足元から凄まじい業火が燃え上がり、ランサーを吹き飛ばす。
「___……!?」
「…へ?」
「ナニ!?」
「本来の相手を放っておいて別の連中とよろしくやってるたぁ随分寂しい話じゃねぇか」
軽薄な口調と共に姿を現した男性。
フードを目深に被っているため表情が窺えないが、僅かに覗き見える口元は薄らと笑みを浮かべている。
手に持っている樫の杖が所謂、魔法使いらしさを醸し出している。
「キサマ……キャスター!」
『あ、あれ!?本当だ、キャスターのサーヴァント!?反応なんて全く無かったのに…!?』
「なぁに、探知を抜けるくらい、ルーン魔術を修めてるものとしては朝飯前さね」
話しながらこちらへ歩み寄ってくるキャスター。
「な、何よ、誰なのよアンタ!?」
「___……!」
「聞いての通りだ、キャスターのサーヴァントだよ」
「もしや、私たちに助力して頂けるのですか?それはその、とても助かりますが…」
「細かい話はあとだ。あっちの盾の嬢ちゃんがサーヴァントで坊主がマスターだな?俺も手を貸すぜ」
杖を構え、ランサーと対峙するキャスター。
「嬢ちゃん、これで2対2だ。やれるな?」
「は、はい!」
「さぁて、反撃開始と行こうか!」