第一節 紅と蒼の再会
1–1 紅蒼の再会
地下深くに作られたと思われる巨大な遺跡機構。恒久の時が流れたことを示すように、全体的に苔むして緑色を帯びていた。各所には青い光を放つ魔石があり、光源が確保されている。光が照らすは、石櫃。急傾斜で長く続く階段の先には、それらを見下ろすような玉座が置かれている。人ではない何かが作ったとすら思える広大で静謐な空間。──聖墓。ゆらゆらと揺れる兵士のようなもの、幻影兵。聖墓を守護するために魔力によって生み出されたものだろう。
聖墓の玉座の対極に位置する祭壇の前では、生身の3人の若者が幻影兵に囲まれていた。
「ふむ。聖廟に共通する様式を持っている。が、聖廟よりも荘厳で古代的、宗教的な要素はむしろ減っている。だが護衛がいることから重要拠点と思われる……遺跡だろうか、ここは」
揺らめく影の中に確かに存在する敵意のぎらつきをさらりと受け流し、金髪碧眼の青年はゆうるりと周囲を観察する。
「兄上? 今、オレたちは思いっきり敵意を向けてくる相手と対峙しているんだが?」
それを諫めるように声をかける青年は、兄と呼ぶ彼よりも頭半分背丈があり、背丈と比例した大きな身体つきを、士官学校の制服で包み込んでいる。その手には剣を構え、背には別の剣と槍が備えられている。透き通るような淡い水色の髪は後頭部でまとめ、それでも余る部分を背中に流している。戦闘態勢を見せる身体に対し、瞳はその小豆色を揺らして困惑を見せている。
「すごく広くて大きいわね。建物の中なのに、ペガサスでもドラゴンでも思いっきり飛べそうよ」
今までのやりとりを聞いているのかいないのか、巨大な空間に素直で純粋な感想を述べる少女が2人の間に入り込む。突き抜けるような空色を髪と瞳に宿し、長い髪は右側頭部でひとつ結びに高くまとめ上げてその空色を魅せる。
「我が妹よ? お兄ちゃんキミたちの楽観的なところ羨ましいよ?」
兄に次いで妹すらも戦闘態勢に入らないという状態、その冷静さ、もとい警戒心の無さを嘆きつつ、それでも剣を構えるのはやめられない。涙が出そうになる。兄は柔らかく笑って弟の肩に手を置く。
「ニカ。それもこれもここに着いた時にお前があの青い石に触れなければ彼らも起動しなかったのではないかと、魔道に疎い私でもわかるのだがね」
青い光を放つ魔石を指差し、笑顔で弟に事実確認を行う。
「ハイ。巻き込んでゴメンナサイ、兄上」
弟が頷くのを見て、兄は彼の背中に差してある槍を引き抜いて構えた。
「見て、ダーヴァ兄様! 向こうに玉座があるわ。その近くにいるであろう指揮官を倒して、玉座を制圧しましょ」
「なるほど。そうするよ」
妹の鋭い意見を聞き受け、弟に目で合図を送る。弟は崩れた瓦礫を飛び越えて幻影兵に向かって刃を立てた。戦闘の開始である。
「リーザ。すまないが、お前はここで私たちの宝物を守っていておくれ」
弟の後を追う直前、兄は妹にそう命ずる。
「そんな! あたしだって戦えるわ、兄様!」
兄たちが戦っているというのに何もできない自分がもどかしい。自分もレイピアを携えているから戦える。そんな気持ちを素直に伝えたが、厳しく首を横に振られてしまった。
「違う。守って欲しいんだ、それを」
兄は優しく指差し笑って、攻撃を仕掛けて来た兵に向かって駆け出した。
妹は指差されたそれ、自分が両手で握っている武具を見つめ、再び力を込めた。革袋が鞘代わりになっているほど巨大な刃と見た目以上の力を持つ、国の、大陸の、歴史の、家族の宝物である、その槍を。
こうして、ファーガス神聖王国の王子王女らのそれぞれの戦いが始まった。
兄は膂力を活かして魔導士や弓兵をほぼ一撃で屠り、弟は物理攻撃をしてくる敵を剣技と黒魔法を駆使して撃破していく。本来ならば、力がある分魔法防御に不安のある兄と、魔法防御が高く攻撃射程も長い弟とでは、相手にする敵は逆であるのが定石だ。敵を少しずつ引き寄せ各個撃破する定石な戦法を実施するには、一度攻撃を受ける必要があるからだ。しかし、2人はあえて敵陣に切り込み、短期決戦を挑んだ。それは、一体たりとも妹のもとへと向かわせたくなかったからだ。宝とは、彼女の持つ槍だけではない。兄弟からすれば妹も宝そのものだ。普段から稽古をしているとはいえ、彼女に実戦経験などない。士官学校へ行くにもあと2年欲しいくらいの少女なのだ。なればこそ、2人の兄は危険を冒してでも自らを囮とし、同時に敵をねじ伏せることにしたのだ。
「どいてもらおうか!」
敵がまとまって動き始めたところに、戦技・旋風槍で周辺空間を抉る弧を描いて猛攻を続けるは、兄であり、ファーガス神聖王国の第一王子・ダヴィード=ミロスラヴ=ブレーダッド。常に物腰柔らかく穏やかに微笑み続ける彼は、戦場においてもおよそその姿勢を崩すことはない。だが、柔和な雰囲気とは裏腹に、振るった武器の威力は凄惨たる結果を残すこともある。身に宿す紋章はブレーダッド家のそれとは異なるが、異なるからこそ武器による攻撃は威力を増していくのである。その紋章は単純な所作にこそ力を与える、攻撃的であり強力な紋章だからだ。
「もらった!」
敵の攻撃を剣の鎬で受け流しつつ、少し距離のある敵の虚を突いて黒魔法サンダーを放つは、ファーガス神聖王国の第二王子・ニカノール=レフ=ブレーダッド。親類縁者の中では珍しく奇策や魔道に造詣が深く、戦いにおいては縦横無尽・臨機応変に活躍する。身に宿すは兄と異なり家名の小紋章だが、彼はブレーダッド家の家宝でもある英雄の遺産「アラドヴァル」を継承するつもりはない。彼は、槍術よりも剣や斧、黒白問わない魔法への適性が強く、相対的に槍の扱いが苦手なのである。また、彼よりも「アラドヴァル」に適性のある者がいるのも理由の一つである。
更に適性のある者とは、兄たちの奮戦を見つめる少女、ファーガス神聖王国の第一王女・エリザヴェータ=オレーシャ=ブレーダッドである。彼女は実戦経験や心身の成熟はさておき槍術が得意であり、何よりもブレーダッドの大紋章を持っているため、アラドヴァルの力を誰よりも引き出すことができる。故に、戦線を退いた父からアラドヴァルを継承し、いざという時に備えて訓練を重ねていく予定であった。
そう、彼女はアラドヴァルを継承したばかり。それもたった先程のことである。
ことの流れはこう。父王がセイロス聖教会の大司教猊下と会合を開くために大修道院へとやって来た。そして、大修道院に併設されている士官学校在籍中の次男の顔を覗こうと、ならば、敬虔深い信徒である妻はもちろん、母校の様子を気にする長男や今後入学するであろう長女も連れて行こう、少しの間だけでも家族で過ごそうと王家の者を引き連れて来たのだ。
そして、士官学校の一学級の級長を、飄々としながらも立派に務める次男の様子を見て、アラドヴァルの継承を行なってしまおうと提案したのだ。次男は槍の扱いが相対的とは言え得意ではないが、魔道や未知な力への耐性が強い。長女はその逆だ。修道院に滞在しているうちに、次男と長女で英雄の遺産の使い方を学ぶと良いと言って槍を渡し、共に政を治める妻と一緒に大司教との会合へと去ってしまった。
母である王妃から英雄の遺産「ブルトガング」を継承し日頃から携えている長兄から、紋章の力の引き出し方、遺産への力の伝達の仕方、紋章石との共鳴の仕方などを教わり、いざやってみる前に食堂で食事にしようと修道院中庭を抜けようとしている時だった。
「みつけたぞ」
3人とも、心に問いかけてくるような少女の声を聞いた。その瞬間、見たこともない巨大空間へと移動していたのである。そして、先に至る。
それにしても、突然のことに驚きつつも、敵意を向けて暴力を使ってくる相手にひるむことなく立ち向かう兄たちは、本物の戦士だと、王女は感心と尊敬と、僅かな劣等感を抱く。不思議と、戦場に立っているという恐怖はなかった。
祭壇周りの敵をあらかた片付けたところで、長兄は深追いは止め、妹へと振り返る。
「リーザ、おいで。ここからは一緒に進もう」
兄の微笑みを受け、妹はとびっきりの笑顔を見せ、戦場となっていた棺中心の区画へと瓦礫の山を飛び越えて走った。
「兄上、さらっと遠回しにオレが先陣切る指示出さないでくれよ……」
妹を待つ間、装備品の損傷を調べたり、己や兄の傷を癒しながらため息を吐く。弟からの苦言に、兄は穏やかな笑み湛えたまま答える。
「大丈夫。ニカが適任なのだから、やれるさ」
「まあ、遠距離魔法が飛んで来たら兄上はひとたまりもないもんな」
「事実なだけに耳が痛い。すまないが、頼むよ」
苦笑しつつもはっきりと指示を出す兄に対し、頼られて満更でもない様子でうなずいてみせた。
やがて妹も近づいて来た。アラドヴァルを抱え、兄たちとの合流に喜びの表情を浮かべながら走って来る。ここで、次兄は何らかの魔道を検知し、訝しむ。焦った様子で辺りを見回し始める。
「どうした、ニーー」
「リーザ! 退がれ!」
「え……?」
次兄からの突然の指示に驚き2、3歩後退する。言うが早いか、兄たちと末妹の間に巨大な壁が現れたーーように見えた。ズシン、と地響きと共に現れたのは、セイロス聖教会の持つ技術のひとつ、ゴーレム兵だった。
「えっと……あれ?」
その巨大さ、内包する魔力の大きさ、威圧感にうまく判断が出来ない。兄の機転が無ければ押し潰されていたかもしれない。そんな想像をさせるほどの強大な敵を前にして、妹は立ち尽くす。
ゴーレムは魔力で作られた光る槍を振りかざし、足元の少女に撃ち込もうとする。
「リーザ!」
回り込むにも時間も速さも無い。相手を止め切るだけの力も、注意を逸らす知恵も無い。身体は既に動いているが、間に合うかどうかーー兄妹たちは恐怖に縛られていた。
「いや……うそ……」
突然の恐怖に、少女はその場に立ち尽くし、槍の先を抱えてただ震える。
つと、ゴーレムと少女の間に、ひとつの影が現れた。
「そのデカい図体でーー」
影はゴーレムに装甲を蹴り込むことで足場を作り、空中で敵と対峙する。
「躱せるか?ーー『エンジェル』!」
白魔法の魔法陣から、中級攻撃魔法エンジェルが放たれる。魔力を動力としていたり魔力を多く内包していたりする魔物に特に効くエンジェルの光が、ゴーレムを内部から灼く。浄化され溢れ出た魔力は、まさに天使の羽根のように形を変えて辺りに散らばる。
「グオオ、オ、オ……」
虚を突かれ、身を守る装甲も剥がされたゴーレム兵は、槍を消滅させ混乱状態に陥った。これで、ほんのしばらくであれば動きが止まる。
そして、その「ほんのしばらく」があれば、妹を救わんとする兄たちの追撃には十分であった。
「兄上、リーザ、ごめんな。こんな時なのに高揚してやがる……この血が、戦えと!」
目の前の敵を打ち砕かんとする攻撃的な目は、陶酔し悦びに震えているようにも見えた。高く跳び、ゴーレムの腕の付け根を狙って繰り出された戦技・両断は、ブレーダッドの小紋章の力を帯びて通常以上の威力をもたらした。ゴーレムの腕が本体から切断され、轟音と共に石畳に転がり落ちた。
それに続くように、兄は弟の肩を借りて跳躍し、ゴーレムの胸を目がけて槍を構える。魔道には疎い。だが、胸にある大きな力の核を潰せば、此奴は倒せるーーそう直感した。
「ああ、やはり私はーー守らねばならない……この血に懸けて!」
戦技・魔物貫きによってゴーレムの作動機関は打ち砕かれ、ゴーレム兵はその動きを停止させたーーように見えた。
「まだ動くか、こいつ……!」
ゴーレムは僅かに残った魔力で暴れようとしていた。しかし、三者ともに攻撃後すぐに追撃に転じることができない。それでも、とそれぞれが対処に動こうとした時だった。
先程まで立ち尽くしていた少女が腰からレイピアを引き抜き、ゴーレムの切られた腕とへこんだ装甲を蹴って核へと跳躍した。
「あたしも……!」
兄たちの奮戦に発破をかけられ、硬直していた身体が解き放たれた。味方が紡いだ好機を逃すまいと身体が跳ねた。恐怖よりも、皆に追いつきたい、相手を倒したい、その気持ちだけで跳んだ。
「逃げたりしない!」
刺突剣レイピアが重装兵や騎馬兵に有効な一撃を与えることができるのは、剣がしなって鎧の合間や馬具の結合部に入り込んで弱点を的確に突くからだ。このゴーレムもそうだ。壊れかけの装甲からちらりと見える魔力の残滓を、レイピアをねじ込んで破壊するだけだ!
勇気と気力を振り絞って戦技・魔物斬りを振るう細腕に、ブレーダッドの大紋章が力を与える。落雷のように穿たれた攻撃によって、レイピアはひしゃげ、ゴーレムの核は砕け散った。
「と、止まった……?」
今度こそ終わった、と安堵しへたり込む少女。その前には、項垂れるようにして動きを止めるゴーレム兵と、仄青い空の色を帯びた白髪(はくはつ)の人物が立っていた。
「怖かったろうに、よく投げ出さず、重要な紋章石を守る判断をして、さらにゴーレムに立ち向かうとは。すごい子だな」
見上げると、目が合った。自分と同じ美しい蒼の色をしていた。青年とも少年とも判断付かぬその人は、やさしく手を差し伸べていた。
「あたしは……そんな……、ただ怖かっただけ……」
差し出された手を取り、少女はゆっくり立ち上がる。死すら感じた恐怖、そして恐怖を前に何もできなかった自分への嫌悪で胸がいっぱいである。自分が持つ力は、味方の窮地にようやく立てただけのちっぽけな力だ。今も、涙が溢れて来るのを抑えるので精一杯だ。
「何にしても、良くぞ国の至宝を守り、敵を倒してくれた。ありがとう」
長めの前髪を額周りで三つ編みにして後ろに流しているおかげか、表情がよく見える。やんちゃな雰囲気はあるものの、国を背負うことを知っているような口ぶりだった。僅かに首を傾げて薄っすらと浮かべられた笑みと差し伸べられた手から伝わる体温は、不思議なことに、父に褒められた時のような誇らしさと母に撫でられた時の安心感をもたらしてくれた。
後方からは2人の兄たちが駆けて来る。戦闘後の安心感に緊張が解けかけた、その時だった。
「グオオオオオ!」
破壊したと思い込んでいたゴーレム兵が再び動き出したのだ。新たな核が生み出され、その魔力を使ってギュルギュルと不穏な音を出し、外れた機構を戻したり腕の代わりに胸の装甲を尖らせたりと、再びの攻撃の準備を始める。
「魔獣と同じか、体力を分散して貯蔵する仕組みは!」
ゴーレムと魔獣の体力分散は同じーーだから魔物特効のエンジェルが効いたのだ、その時点で魔獣相手と同じ戦い方を徹底すべきだった。青年は自分の認識の甘さに舌打ちをする。
「リーザ、一旦こっちへ!」
次兄が末妹を呼び寄せる。青年は自分が持っていた鋼の槍を少女に渡し、暗にこれで身を守るようにと伝えた。それは同時に、アラドヴァルを青年に託せという意味だった。名も知らぬ人に託して良いのかーー少女は逡巡する。
「リーザ。『彼』なら大丈夫。こちらに来なさい」
このような状況でも穏やかな声色を崩すことなく、長兄は妹を呼んだ。理由は分からないが、信じる兄が信じる人ならば安心できる。少女は代わりの槍を抱えて兄たちのもとへと走り寄る。
「……これは悠長に構えていられないね」
長兄は槍を置き、腰に帯びていた一振りの剣を鞘から引き抜く。剣の柄こそ人間が作るそれだが、鍔や頭身は石竜子のような鱗を幾つにも重ねてやや湾曲している。鍔部分には、紋様が刻まれた赤黒い石が填め込まれていた。持ち主が力を込めると、その血が反応して剣全体が赤い光を放つ。英雄の遺産「ブルトガング」である。
「兄上、それ効くか?」
弟がやや困惑した様子で訊ねる。兄は珍しく苦い顔をして口をつむぐ。それは、ブルトガングは通常の剣と異なり、持ち主の魔力が刃をより鋭くする仕組みを持つ魔法剣だからだ。しかしながら、現在の持ち主は体内の魔力が少なく、反比例した膂力で刃を無理矢理ねじ込む使い方をするため、本来の威力が出せるか兄弟ともども焦っているのである。
「『彼』の魔法が、魔物特効とはいえ一番効いていたようだから、恐らく魔力での攻撃が通りやすいのだと思う」
「……なるほど。それは同感だな。戦技を出してやっと攻撃が通った感がするものな」
「私が突破口を開くから、ニカはそこをこじ開けてくれ」
「わかった」
ゴーレムが再び攻勢に出たと同時に、2人も駆けた。
「ダーヴァ兄様……!」
虚を突かれてもいない、混乱もしていない巨大なゴーレムに再び立ち向かおうとする兄に、不安げに声を掛けてしまう。
「大丈夫だよ、リーザ。お前たちと、『彼』がいるから」
兄は剣により力を込める。身体の周囲を膜のように巡る力を、紋章石へさらにさらに送り込む。
「……モーリスの紋章よ、力を貸しておくれ……」
自分の中の魔力が少ない事実は、確かに不安感を僅かに生んでいる。しかし、それでも戦わなければ状況は開けない。
ゴーレム兵と対峙する。ゴーレムは魔力を集約させ、巨大な槍を2人目がけて投げ込んだ。
「兄上の道はオレが切り拓く!」
ゴーレムの光の槍は、弟のマジックシールドを応用した魔法障壁で弾かれる。魔力による攻撃の脅威は去った。そうとなると、兄が恐るものは、何もなかった。
ブルトガングの奥義『獣牙』が放たれる。
獣牙の軌道は、ゴーレムの足元を左下から斬り上げた。予想通り、ゴーレム兵自体は魔法攻撃に弱く、金属の板は容易に裂けて空間を生み出していた。また、魔法攻撃である影響か、刃の届いていない胸元まではっきりと裂けていた。魔力の中心核が見える。今度こそ、最後の核である。
「ニカ、頼んだ!」
「おうさ!」
槍を弾いた直後から展開していた魔法陣に、魔力を込める。魔力は薄く赤く染まった陣を通り別の形へ変化する。ある程度距離がある標的にも届き、貫く雷の閃光。黒魔法・トロン。
トロンによる攻撃は確かに核を貫いたが、ゴーレムを止めるには一歩及ばなかった。核に残った僅かな力で、ぎこちない動きながらも猛撃態勢に移るゴーレム。戦技や魔法を使ったばかりで逃げることも追撃態勢を取ることもできない2人。ゴーレムの咆哮が響き渡る。そんな中、舞う土埃にひとつの影が現れる。
「2人ともありがとう。時間稼ぎにゃ十分だ」
その声は咆哮に掻き消されほとんど聞こえなかった。だが、土埃が舞う中でもその人物が何をしようとしているかは明白だった。
「待て、それはアンタには使いこなせない! 危険だ!」
弟が叫ぶ。それはゴーレムに攻撃が効かなくて危険という意味も、ともすると英雄の遺産の力に呑まれる可能性があって危険という意味もどちらも含まれていた。
謎の青年は先程預かったアラドヴァルの鞘を取り、構えた。彼の持つ血の力が、アラドヴァルへと巡って行く。
アラドヴァルの槍先部分が赤い光を帯びている。それだけなら、それを持つ人物が何らかの紋章を持っていることが分かるだけだ。
「なぜ……?」
「…………」
戦闘中の、それも佳境。ゴーレムの猛撃が待つ時だというのに、見惚れてしまう。弟は疑問を呟いて絶句し、兄はただ黙っていた。
アラドヴァルは紋章石すら光らせーーそれ即ち、その槍を持つ者は紋章石に刻まれた紋様と同じ紋章の力を持っているという証拠を見せーーていた。
「……『無惨』って、こうだったっけ?」
アラドヴァルを正中にひと突き。風穴が空く。青年は軽く跳躍し、最も力を発揮するように弧を描き槍先をゴーレムにぶつけた。もはや投げつけるかのような振るい方であった。しかし、効果は絶大で、ゴーレムの核どころか胴体部分であったものすら跡形もなく潰してしまった。
もはや、ゴーレムが再び動くと思う者はいない。
「……幻影兵を出現させていた将兵は倒してある。これで戦いは終わりだ」
青年はアラドヴァルを鞘に納め、静かに言った。
「ああ……。ありがとう、『ダヴィード』」
長兄は一瞬呆気に取られたが、すぐにいつも通りの笑みを浮かべ、自分と同じ名を持つ青年の名を呼んだ。