「どうか私に力をお貸しください」
「我が同胞を苛む痛みを、苦しみを、悲しみを、弱みを、それら全てを取り除く力を」
「我が同胞を勇敢なる戦士にお戻しください」
「痛むは心、痛むは力。痛みは毒、痛みは軍靴」
「取り払いて、我等を苦しみからお救いください」
「主よ、我等をお導きください」
「その奇跡の力をもちまして」…
……オレの目の前の魔法陣の中には、神聖語で書かれた主への祈りが羅列されている。
主たる女神──神祖ソティスが魔の力を人々にもたらされた、と聖典には記されている。
魔法には黒魔法と白魔法があるため、そのどちらも主の加護に依るところがあるはずだ。
かつて、聖マクイルは剣と魔法を使って戦ったとされ、史書の記述から推測するにそれらは黒魔法と呼ばれるもので、白魔法を使った回復は聖セスリーンが担っていたようだ。
純粋な魔力を出そうとすると、白魔法と同じ魔法陣が現れる。一方の黒魔法は、自然界に干渉してその力を具現化させるために魔法陣の色は赤く染まる。また、白魔法は対象の内部に作用することで奇跡のような効果を生むが、黒魔法は理学知識を元に自然界から力を借りて、対象にその力をぶつけるものだ。
史書や実際を照らし合わせると、つまり、魔の力とはもともと白魔法を示し、派生として黒魔法ができたのではないか、という学説が存在する。
具体例を出す。回復魔法は対象の生命力を増幅させて治癒を促す。白魔法の攻撃魔法「エンジェル」は、対象の内部に干渉してその魔力を浄化する仕組みで、浄化された魔力は羽根のように舞い散る。黒魔法の一般的な初級魔法「ファイアー」は、炎の起こる流れを理学知識や術式で魔法陣に説明し、己の魔力を魔法陣を通して変換して出現させる。「ファイアー」の炎は自然界の火と同じ作用をもたらす。要するに、仕組みが違うのだ。
実際、信仰としての白魔法は、聖典や聖句、神聖語を学べば学ぶほど深まり、扱える奇跡の数が増えていく。
この仕組みと黒魔法の理学を組み合わせて、結果として白魔法になった回復魔法や、白魔法に属する攻撃魔法・空間転移などを行う者もいる。白魔法の特徴を神聖語の少しと理学の術式を用いて再現しているようだ。
信仰、主への祈りに理学を混ぜることについて酷く批判する信徒もいる。オレとしても、主から授かりし奇跡はその祈りによって顕現させたい。だが、同じ魔の力であり、それを正しく行使するなら同じ人として共に力を発揮したい、とも思う。
アリスタフさんが良い例だ。彼はセイロス教には熱心に触れずに生きてきて、「セイロスの書」やセイロス様による主の啓示の伝承も驚くことに暗記していない。だが、魔法陣の中に僅かに知っている祈りの言葉を置き、その周りに理学術式を並べて、起こしたい奇跡を顕現させているようだ。
アリスタフさんはセイロス教の信徒ではないが、セイロス教を否定することもなく、正しく力を使っていると思う。この人と一緒なら、オレも更に魔道に磨きをかけたっていいな、とすら思う。
ところで、なぜオレが魔法についてここまで語っているかは、現在の兄上の異常事態を解決させるための方略を見つけるために最大限に思考を巡らせているからだ。
そして、そのための手がかりをアリスタフさんが教えてくれたのだ。
アリスタフさんは兄上と同様に、結界から魔力の一塊を打たれてしまった。「俺の紋章石が俺の心臓として機能している以上、魔獣にはならないから大丈夫──」とは言いつつ気を失った。
その前にこう言っていた。──祈りの言葉の中に、お前の血と、心、つまり言葉を入れろ、と。
詳しく訊きたかったがその時には既に意識を飛ばしていて聞けなかった。というか、アリスタフさんも危険な状態である。
しかし、それ以上に、紋章石に呑まれようとしている兄上の方がよほど危険であることも事実。
そして、それを救えるのはもうオレかリーザだけで、リーザの方が成功するかも分からない以上、オレがやるしかない。
先の祈りの言葉は、一般に「レスト」と呼ばれる回復魔法である。体内の毒の排除や動揺状態にある精神などを万全な状態に戻す作用がある。これも、聖典などから最も主に届くとされる言葉を組み合わせて作り上げたものだ。
……そこに、オレの言葉や血──? を入れるとはどういうことだろうか。オレの言葉はこうあってほしいという願いだから、祈りの言葉と重なる。言葉は重ねれば良いという訳ではない。偏りが生じたり、祈りが届きにくくなったりするからだ。
オレの血は、父上と母上の子である情報を持つらしいこと、ブレーダッドの小紋章の力を持つこと、身体が大きいから全体量が多い、のかな……それくらいしか分からない。
ブレーダッドの小紋章に適合するアラドヴァルの力が必要なら、アリスタフさんはリーザに行けとは言わなかっただろうから、英雄の遺産は関係ないのだろう──……本当か?
そもそも、紋章を身体に持たない人間が英雄の遺産を使えないのは、紋章という力を持たぬ者が遺産という過ぎた力を使おうとすることに対して、主が罰を下すから。結果、遺産に呑まれる。もし、遺産に呑まれることを承知で遺産を使ったら、力を発揮できるかというと、そうではないのも悲しいところだが……。
紋章に選ばれたから遺産には呑まれない──ならば何故に兄上は呑まれそうになっているのか。伝承のモーリスほどブルトガングを使ったとは思えない。邪に染まったような気配も感じない。
主は何故兄上を罰しようとしているのか──主より賜りし力に疑問を持つのは、普段なら絶対にしてはならないことだが──それについては、兄上を救ってから懺悔しよう。
結界の作用にしても違和感がある。結界は紋章石の力が欲しいのだったら魔獣化させる前に完全に制御権を奪うはず……だが、それは高等すぎて暴走結界には無理か。
では、“結界が兄上から紋章の力を奪っている”ならどうだ。それなら「レスト」が効かない理由も、呑まれかかっている現状にも納得できるかもしれない。
与えられた状態異常を払うのが「レスト」だ。遺産に呑まれている状態異常のみを「レスト」が打ち消しているだけで、“奪われていること”には効いていない。恐らく、奪う力は兄上の外側にあるから。それと、純粋に、遺産の力にオレの魔法が負けている──だとすれば……。
「血と、言葉、か……」
オレの言葉は、雨風に攫われてどこかへ行って、雷鳴にかき消されてしまった。
現状を打破するには、オレの紋章の力で遺産の力に対抗する力を兄上に与え、より強い祈りの言葉で英雄の遺産の力を取っ払うこと!
…「主よ、天上に御座す我等が主よ」
「私の力を我が兄に貸すことを赦し給え」
「この血に宿る、邪に打ち勝つ力を」
「我が兄を苛む痛みを、苦しみを、悲しみを、弱みを、それら全てを取り除く力を」
「兄上を苦しみからお救いください」
「主よ、私たちをお導きください」
「その奇跡の力を私にも」
「ブレーダッドの血の力を、兄上に!」…
子どもが司祭様の真似をしたかのような、てんでバラバラで見るに堪えない祈りの言葉の羅列。これで普段は敬虔な信徒と呼ばれているから呆れるもんだ。
でも、兄上を救いたい気持ちは、純粋な言葉によって届くと信じる。
女神ソティスよ、私に力を。
オレは短剣で指先を切り、その指で魔法陣に触れた。
魔法陣は黒魔法のように薄く赤く染まり、魔力は僅かに赤い光を帯びて兄上を包む。ブレーダッドの紋章の力が、オレにも兄上にも力を与える。──本来なら兄上に与えられているべき紋章。そうでないから、家督騒乱目当ての強欲なヤツにオレらが巻き込まれて、兄上に要らん心配をかけることも……、なかったのに。こんなところで兄上に力を与えてくれるとは……!
ぱんっ、と何かが弾ける音がして、兄上の左肩まで上っていたおぞましい物質が弾けて崩れた。
よし、祈りが届いた! ──と思った。
「あに、う……え?」
だが、赤黒い物質から解き放たれても兄上はまだ俯き、黙り込んだままである。目は空虚で、オレを見ない。
魔獣化は止まった。あとは……、兄上次第なのか……?
「……何でだよ……、兄上……ッ!」
揺さぶるのも危険な気がして、オレは歯噛みした。
けれど、心身共に屈強な兄上ならば必ず戻ってくると信じて、今はアリスタフさんの治療を優先させた。
困難の嵐は払っても、兄上がそれを拒みきらねば、晴れは来ない。
オレは祈った。主に。兄上に。オレが、兄上にとっての困難を断ち切る剣になれるように──。