ダヴィード異伝   作:二味つゆり

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第二章 血の功罪
 第二節 迷いを断つ刃は


2–2 迷いを断つ刃は

 やがて国王が会議を終えて戻って来ると、何か分かったことはあるか、自分にできることはないかと尋ねてきた。多忙な日々の中で、ここまで心を砕いてくれる国王の器の大きさに、ミロスラヴはただただ感謝した。

 一行は、結界について判明した重要な事実をかい摘んで説明した。結界の術者とその目的を。無用な交戦を避けるために、どうかマリアンヌ卿とその家族にご容赦とお慈悲をと嘆願した。

 彼らの願いと、結界による不利益、彼らが明らかにした情報とその褒賞、マリアンヌたちを保護する利益など、総合して国王は結論を下した。国王は「エドマンド家のマリアンヌとその家族を保護ならびに家族の存在を秘匿するためにできる限りのことをする」ことを承諾した。

 彼女はエドマンド辺境伯のもとで教育を受けているという噂もあるため、辺境伯と連絡は取っているだろうとし、急ぎ辺境伯へ早馬を送った。

 国王の寛大さに心打たれ、仕事の俊敏性に驚きつつも、一行は結界について他にも判明したこと、モーリス戦での情報、この段階で取れる戦法などを話した。どの世界でも指揮官として並ぶものなしと称される「せんせい」に、戦略の幅を広げていただきたいからだ。

 

 まず、結界について。アリスタフとニカノールの分析による仔細が伝えられた。

 結界の仕組みは紋章石の力を借りた魔力循環型あること。結界は、魔法の大元にあたる拝石もしくは魔法陣、それぞれの紋章石の二つから成されていること。魔法が紋章石に介入し、その魔力で結界を展開、介入、維持を繰り返していること。

 国王が見たとされる強力な魔力を帯びた魔獣はかつての十傑の仲間モーリスがブルトガングに取り込まれた姿であること。結界のうち一つは、魔獣モーリスの中の紋章石に作用し、その魔力を借用もとい奪っているために強力かつ半永久的に結界が形成されていること。

 ここで重要なのは、モーリスの紋章石の力が結界に奪われていること、つまり、モーリスの力は本来よりも弱まっているということだ。結界に使われる魔力の概算、紋章石の力の概算から、生命力は通常の魔獣とさほど変わらないと試算されたことから、少数精鋭でもモーリスと戦える可能性が非常に高いことである。

 もちろん、結界の解呪をしてから一軍を率いて攻め込むことも可能だが、結界の介入を受けないモーリスとその影響下に置かれた魔獣たちと戦うのと、モーリスを討った後で統率の取れない野生の魔獣たちを各個撃破するのとでは被害が段違いだとアリスタフは主張した。

 また、結界はブレーダッドの紋章石を用いた結界と合わせて二重にかけられてはいるが、それぞれの中心は離れており、重なっている部分はそこまで広くないこと。件の家族はその部分で暮らしている可能性が高いこと。

 ブレーダッドの紋章によって形成された結界は、モーリスのそれよりも範囲が狭い。恐らく、この世界のディミトリが持っていたアラドヴァルが使われているだろうと予想されている。国王の証言から、ブレーダッド側には魔獣は居ない。恐らく、件の家族の住まいにモーリスの結界側から魔獣を寄せ付けないために形成されたもので、今回の作戦では解呪の有無も含めて優先度は低いことが示された。

 

 次に、モーリスもとい彷徨えし獣について。モーリスを討伐した本人から話を聞いているミロスラヴが説明する。

 彷徨えし獣の特徴については、四つに分けて説明できる。

 一つ、頭部にブルトガングの鍔部分のような細く湾曲した角があり、体表面はブルトガングの刀身が鎧のように覆われていること。

 二つ、彷徨えし獣は魔獣の攻撃によくあるブレスの類は使わず、後ろ脚で立ち上がり、前脚もとい豪腕を振るって攻撃をすること。腕で直接攻撃したり、地面を揺らして混乱を招いたり、近くの岩や木々を投げつけたり、人間の腕のように器用に使うそうだ。

 三つ、生命力は魔獣の倍はあると見積もられたこと。さらにはブルトガングが魔剣であった影響か、魔法装甲を備えており、障壁を崩さない限り魔法の類を受け付けなかったこと。

 ただし、三つ目については、結界の影響を受けていることから弱まっている、あるいは魔法装甲は無効になっている可能性も示唆された。

 四つ、モーリスは長い間殺戮の衝動に苦しんでいたこと。解放王ネメシスが使った天帝の剣を覚えており、それを見て安堵の念を唱えたこと、自身の子孫もといモーリスの紋章を持つ人間を判別した上で魔剣を託したことからそう結論付けられた。

 

 以上、結界の仕組みと彷徨えし獣の情報を得た上で、国王は更に知りたい情報を彼らに尋ねた。

 君たちは、戦えるのか、と。

 これは二重の意味だった。そも戦力になるのか、そして、異世界のために力を尽くせるのか、と。

 心を決めていた四人は頷いたが、ミロスラヴが客観的な力について補足する。

「個人の適性や能力には差がありますので、それについてはお話いたしましょう」

 国王は一目見ると相手の強さが何となく分かるそうだが、本人たちの武器や特性については把握しきれておらず、ぜひ頼むと続きを促した。

「はい。我等三兄妹につきましては、不遜ではありますが、最も強いのは私です。英雄の遺産である魔剣ブルトガングを持ちます。白黒問わず魔法が使えるのが次兄ニカノール。武器は剣や斧が使えます。末妹のエリザヴェータは実戦こそ先程の聖墓での戦いのみですが、天馬の扱いに心得があり、アラドヴァルの後継者でもあります」

 ミロスラヴが簡単な説明を終えると、国王は自然とアリスタフに目を配る。

「俺は……、巷で言うところの魔剣士というヤツです。けど、回復魔法はてんでダメで、基本的に剣や槍を使うことが多い……です」

 珍しく、アリスタフが言い淀んでいる。自分のことを語るのが苦手なのか、何かを隠しているのか、一見すると分からない。

 国王は暫く考え込み、先程武器の類を選んだかもしれないが、良ければ国と教会で管理している英雄の遺産を使ってはどうかと提案した。もちろん、紋章は一致しないし、同一紋章のモーリスが呑まれた話をした後で言うのも気が引けるが、力ある武器に変わりはない、と。

「オレは遠慮させていただきます」

 ニカノールははっきりと述べた。遺産の負の面を恐れたのではなく、魔法を使う役割を全うするためである。

 そもそも魔法を用いる兵種が護身のために武器を持つことはあっても、武器を用いる兵種が魔法を使えないのは、それだけ魔法を展開するのに時間や労力が掛かるからである。

 魔法陣を展開し、魔力を注入し、暴発を防ぎ、確実に敵陣に人知を超えた力を放つ。それは、武器を持ったまま、集中できないまま、時間に追われながら、その他多くの理由で、片手間の魔法は完璧ではないのだ。剣を握ったとて、雑念があっては真っ直ぐ切ることができないことに通じている。

 ニカノールの言葉に、国王はむしろよろしく頼むと頷いた。そしてやはり、アリスタフに目線が行く。

「…………」

 アリスタフは暫く黙っていた。国王は、教会管轄の英雄の遺産には、剣はないが槍はルーンと呼ばれるものがあると付け加えた。

「ダフネルの紋章……。イングリット様の……」

 エリザヴェータが小さく呟く。勇ましく空駆け、魔槍を振るう聖天馬騎士の物語は、全ての天馬騎士の憧れである。

 ダフネルの名を聞いて、アリスタフは唇を噛んだ。

「…………ッ!」

 アリスタフは迷いを振り払うようにかぶりを振り、意を決してお茶会携行品からあるものを取り出した。

 長細い、牛革に包まれた何か。

 アリスタフはそれを紐解く。

 そこに在ったのは、ある部分を除いてミロスラヴが持つブルトガングと瓜二つの剣──アリスタフの世界のブルトガングであった。

 ミロスラヴのものと違う点──そのブルトガングは、紋章石があるはずの部分にぽっかりと空間があった。

「……母上が亡くなった──殺された時、紋章石だけ奪われたんだ」

 背を向け俯くアリスタフの表情は、誰にも見えない。

「王都が陥落し、王家所有の英雄の遺産は帝国預かりになった……」

 アリスタフはブルトガングを手に取り、その刀身に顔を近付ける。どこか愛おしそうに。

「母上の形見であり、父上が取り返したかったものの一つ……俺が人生を懸けて、手に入れたかったものだ。俺にはこれがあり、これしかない」

 

【挿絵表示】

 

「……差し出がましいようだが、紋章石が無い英雄の遺産は、ただのなまくらだと聞くが」

 怖ず怖ずとしたミロスラヴの指摘に、くるりと振り返ってアリスタフはいたずらに笑った。

「うん。正しくは、紋章石を返してもらうことが人生の目標だったんだけど……」

 アリスタフは少し寂しそうに笑い、空のブルトガングを掲げ、握りこんだ。

 紋章石があるべき部分は空洞なまま、ブルトガングは赤く柔らかな光を放った。

 驚く面々に、アリスタフは悲しみを湛えたしたり顔で言ってみせた。

「詳しくは省くが、『せんせい』とだいたい同じさ」

 国王はなるほど、と納得している。

 一方、国王の事情もよく知らない三兄妹は、目の前の摩訶不思議な現象に驚いたままである。

「俺も詳しくは知らないんだが、いつの間にか紋章石が俺の心臓付近にあって……それが反応してくれるみたいだ」

「いやいやいや……! 空間転移の類にしても、そんな技術が…………」

 ニカノールは身体を暴いて紋章石を入れた可能性を排除しても、白魔法の限界や教義に背かねん事象に、全力で理解を拒否している。

「理屈や過程はともあれ、事実、ブルトガングは力を発揮してくれる。ですので、国王陛下。俺もわざわざ紋章不一致の英雄の遺産を借りる必要はありませんよ」

 アリスタフの言葉、何よりも目の前で光を放つ英雄の遺産を見て、戦力として申し分ないと判断した国王は、よろしく、とだけ言った。

「紋章不一致? ……アリスタフさんが持っているのは、ブレーダッドの紋章じゃないの?」

 エリザヴェータは、アリスタフの発言に疑問を呈する。聖墓での戦いで見せたアラドヴァルの「無惨」。あれは、ブレーダッドの紋章を持たねば使えない力のはずである。

「……」

 どう答えたものか、アリスタフはしばし黙る。

「あっ、分かったぞ。魔道具、だろう?」

 沈黙に耐えかねたニカノールが訊ねるも、首を横に振られてしまう。

 再び、しばしの沈黙。次にそれを破ったのはミロスラヴだった。

「君の『血』はブレーダッドの紋章を持ち、心臓付近のモーリスの紋章石がモーリスの紋章を与えている……とりあえずこれで納得してもいいかな?」

 優しく、諭すようにミロスラヴが言う。そもそも紋章石が体内にあることすら納得できないニカノールは地団駄を踏んでいるが、兄に倣いここは事態を飲み込むことにした。

「……ありがとう」

 アリスタフは、頷くと共に小さく礼を言った。

 

 こうして、四人は戦力として認められた。国王は予定してあったデアドラ慰問の日程を前倒しにして、慰問と作戦実行を同時期に進めることにした。

 前倒すための仕事の調整、実際の日程などを鑑みて、出立は三日後の朝方と決まった。

 出立までの間、一行は修道院の仕事を手伝ったり、剣術槍術や魔法の訓練をしたり、各自のできることを積み重ねた。全ては、助けを求めるもののために。自分たちの世界に、自分たちの力で帰るために。

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