① ――今年は、何か良いことが起こりますように――。
祈願も終わり、頭を深く下げた後ごったがえしている人ごみの中をやっとの思いで抜け出す。
「なあ、遼一は何祈願したんだ?」
人ごみの先には今回、共に初詣に来ている友人――高須和輝(タカス・カズキ)が待ち構えていた。
そんな和輝に俺はわざと皮肉めいた事を口にする。
「お前みたいに『彼女欲しいー!』とか全力で祈願してねぇっつの。普通に今年も良いことありますようにって願っただけだ」
カラカラと笑って見せると、和輝は口をヘの字に曲げた。
「お前なぁ! 俺らは今青春真っ只中だぜ!? 彼女作りたいとか思うだろ! 青春を謳歌したいだろ!?」
「……そりゃ彼女出来ない奴の定型句だぞ」
和輝が『んだとォッ!?』と鬼の形相で突っかかってくるのを俺はしゃがんで回避。
何事もなかったぞと示すように、俺は前へと歩を進めた。
「と……ころでさ、お前おみくじとか引いたのか?」
態勢をムリヤリ立て直して俺の右隣へと戻った和輝は、急になにやら自慢げに問うてきた。
なるほど……さしずめコイツは何か良いものを当てたんだろうな。
空を見ると、実に快晴だ。だがやはり冬だけあって、寒さはかなりのもので先ほどから針で体中をチクチク刺されているような感覚にも見舞われていた。
そんな中、俺はポケットに詰め込んでいたおみくじを取り出した。
「あぁ、俺ね……。……凶だった。説明書きのトコには『あなたはこの一年上半期で人生が百八十度変わるでしょう』って書いてあった。……ちなみに恋愛運は今年のうちに恋人出来るだとさ」
俺はおみくじをもう一度良く眺める。
人生が百八十度変わる……ねぇ。
俺――白神遼一(シラカミ・リョウイチ)は自分で言うのもなんだが、極めて平々凡々なそこらの公立の高校二年だ。
特筆すべきことといったら、少しばかり剣道が得意なことと春に花粉症が現れることくらいだ。あ、あと毎年インフルエンザのワクチン打ってるのに毎年律儀に五月くらいにインフルエンザになることもあったな。
まあ、人生が百八十度変わるとはいえ、あくまでおみくじだからな。そっちよりも逆に『凶』だという事実のほうが俺は嫌だね。
新年早々若干ブルーな気分の俺であった。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、和輝は「ハアァッ!?」と周りの人たちもドン引きして逃げ去っていくのも構わず口を開いた。
「……お前凶のくせになんで恋愛運はそんなにいいんだよ! 俺なんて大吉なのに! 大吉なのに『待ち人来ず』なんだぞ!? あと仕事運やら金運は全部すげーいいのに!!」
血の涙を流す勢いの和輝は俺から『凶』のおみくじをぶんどって睨めっこを続けていた。
すると――。
「って、白神に高須かよ……。何だやっぱ地元の神社ってのはクラスメイトとの遭遇率高いんだねえ」
俺たちの前方から六人の男子の集団がこちらに向かってきていた。
その中の一人が俺を見て突然――。
「今年も、マーク試験などで良い点数が取れますようーにっ」
言いながら、俺に向かって五円玉を投げかけてきた。
と同時に、
「あ、そういやそうだよ。ハクジン様に詣でるの忘れてた!」「白紙の神様ハクジン様ぁぁぁ! 俺に何卒!!」
次々と俺に向かって拍手(かしわで)を鳴らしてくるクラスメイト達。
俺は一つため息をついた後、皆から受け取った五円玉をポケットの中に無造作に突っ込んでから、あくまでノリとして答えた。
「俺に願ったら皆、マーク試験の点数が弾むぞぉ。白紙の答案を俺の力で埋めてやることが出来るのだ。はーはははは!」
ぎこちない笑いを作りながら俺は言った。
まあこれは恒例行事のようなものなのでもう諦めてはいる。
白紙の神様、ハクジン様とは俺の苗字から来たものだ。俺の名は白い神と書いて白神(シラカミ)と読む。よって、どこを間違えたのかマーク試験の白い答案用紙を鉛筆転がして番号を決定する。皆が俺に願いと賽銭を捧げると、高確率で正解する。そんな神様に任命されてしまっているのだ。
どの道祈っても祈らなくても正答率は五十パーセント前後なんだから意味のないものといえば意味のないものだ。
全く持って根拠も何もあったもんじゃないが、もはやげん担ぎのようなものだ。俺としても五円や百円なんかが懐に入れられたりするのでそこまで嫌なモンでもないが。まあ、小銭が少々重くなるのが難点だろう。
男子の六人グループが全員当たり前のように俺を拝んだ後、大通りに多数存在する出店(でみせ)の方へ向かっていく中で俺と和輝はというと神社の人気(ひとけ)の少ない隅のほうで腰を下ろしていた。
下はコンクリートなので、冬の寒さによって俺の尻にはひんやりとしたものが伝わっていた。
「ん、缶コーヒー」
先ほど自販機で、ジュースを買ってきていた和輝が戻り、温かい缶コーヒーが渡された。
ふたを開けて、一口含む。先ほどまでの寒さが嘘のように体中が温かいコーヒーで満たされていく。
「で、そろそろ十二時だけどお前の家族来るんじゃなかったか?」
缶コーヒーをくわえたまま、俺は和輝に視線を送った。
「おう。さっき姉貴から連絡あってな。もう祈願の列に並んでるらしい。ってなワケで」
元旦だっていうのに、世間の人たちは律儀だな。
今年の初詣だって、俺にとってはどうでもよかったが、和輝に朝八時に玄関の前で待たれてたんだぜ? 初詣行こうってな。断るわけにもいかず、そのままココへ来てしまったが。
和輝の家族も昼頃十二時くらいにはこの神社に来るらしいから、その時間までは暇潰そうぜということで今までこの神社にいた次第だ。
「んじゃ、これで解散な。あ、あと……和輝。 今回お前冬休み開けの宿題見せてやんねーからな」
缶コーヒーを一気に飲み干して、隅のほうに置かれていたゴミ箱に缶を投げ入れてから、俺は和輝に背を向けた。
「ああ、大丈夫だ。明日からやるからよ、お前には見せてもらわなくても何とかなるさぁ! 今度こそ一人でやってみせるさ!」
――宿題やって来ない奴の定型句だぞ?
後ろから聞こえてくる恋愛以外は良く良くフラグが立っている男に心の中で静かにツッコミを入れた俺であった。
元旦だというのに、国道や県道は見渡す限り車・車・車。そして人・人・人。これは皆初詣に出向く人たちだ。全く何故にこう神様にお願いする習慣が日本には存在するんだろうか。どうせ神様なんて居る訳でもないのに。単なる気休めでしかないだろう。
対人恐怖症というわけではないが、こういう時はあまり知り合いには会いたくないものだ。
俺は人気(ひとけ)の少ない路地裏を通っていた。
冬の冷たい風が頬に当たり、俺の身体を再び冷やしていく。
「……こりゃあ早く帰って布団に入ってたほうが無難だな」
あまりこの冷たい風に当たり続けるというのも健康衛生上よろしくない。風邪など引いてしまえば本末転倒だ。
ビュオオオオッ……。
後ろからの風も次第に強くなっていく。
道路の脇に落ちてあるチリや埃も舞い上がる。
ビュオオオオオオオッ!!
……ちょっと待てよ。これって風が強いとかいう問題じゃないだろ。台風並みだよ、台風並み。
チリや埃が舞い上がるどころか、近くに駐輪してある自転車がなぎ倒されている風圧だ。
それに、心なしか吐き気を催すような気味の悪い匂いもついてきているような気がするのは気のせいか……? まるで、買ってから一ヵ月半くらい経った生卵をムリヤリ卵焼きにしようとして調理しているような、そんな匂い。
ビュアアアアアアッ!!!
「ちょっとマジでこれおかしくね? 何で家の屋根とかガタガタ言ってんの? 立ってるのがやっとなんだけど?」
眼前の木造の家の屋根は、今にも剥がれそうな勢い。
俺としても電柱にしがみつきながら一歩一歩を進んでいる始末だ。
同時に腐卵臭(ふらんしゅう)のようなものが周りに立ち込めていく。
「さっきから何なんだよ、この風と臭いは――」
あまりの風と臭いのひどさに耐え切れず、俺は風のやってくる方向である後ろを振り返った。
「――What?」
あまりの驚きに、英語を発してしまっている俺。
そこにいたのはひと言で現すならば、化け物。
カエルになる寸前のおたまじゃくし。それも体長は周りの家々とほぼ同じ大きさ。身体全体の色は泥のような半透明。濁った色でも化け物の後ろの景色がぼんやりと見える。眼はなく、巨大な口からは茶色い歯のようなもの、そして汚くダラダラと垂れ落ちる唾液のような物が確認できた。
……? ……?
何も理解できていない俺。数秒固まっていると――。
「ビョァァァァァ……」
化け物の口から巨大な風が吹き出されていた。
息……?
やはりその臭いはまともに嗅いでいられるようなものではない。
そして――。
ドドドドドドドドドドドドドドド!!
俺に向かって一直線に走り出してきた!
化け物は、短い手足を器用に交差させて歩を前に進めている。
「……え? ……ちょ、嘘だろ……!」
化け物が俺の十メートルほどまで近寄ってきて、俺はやっと自分の身に起きていることを理解した。
ドドドドドドドド……!
「冷静に分析してる場合かっ! 何してんだ俺ぇぇぇ!!」
向かってくる化け物に背を向けて、俺は全力疾走を始めた!
次回投稿は来週の午後十一時十五分を予定しております。