基本的にエピソードはn週目です。
この時代では道路も無ければ線路もない。旅となると徒歩が基本だ。馬なんてものはそれこそ諸侯たちのものであり、下々の人間が飼えるわけもなかった。
「ヴェンダーさんヴェンダーさん」
「はいはいヴェンダーです」
そうなると旅路は長いものとなり、そして多くの日数を必要とするものになる。明確な目的のある旅ならまだしも、「どこに行って何をする」という目的もなく歩く旅は冷静に考えてみてどこかおかしい。
それを始めた張本人はいたって楽しそうなので、同行者であるノアはそれに従うだけだ。何より彼女を1人にする気はなかった。
マーリンがいるから1人にはならないし、離脱したところでマーリンに連れ戻されるのだが。
「ご両親はどういう方でしたか?」
「今度は両親の話か」
徒歩の旅のお供となるのは会話である。お互いのことをあまり知らなければ距離感も決めづらい。話題はアルトリアから振られることが多く、ノアがそれに答えるというのが形として出来つつあった。
「えっと、迷惑でなければでいいんですけど……」
「大丈夫。んー、まずは父親からかな」
遠慮がちな様子にくすりと笑う。毎回そうなのだが、アルトリアは話題を振った後に不安げに眉をひそめるのだ。彼女なりに話題探しをし、見つけてはそれを提供してくれている。その気遣いは感謝こそすれ、拒むようなことはしない。
「父さんは国立の大学で教授してて」
「こくりつ……。だいがく……? えーっと、なんですかそれ」
「ごめん。そこから説明いるよね」
この時代にそんなものはない。アルトリアが普通の少女だから、今度はそちらの認識が甘くなってしまう。
「大学っていうのは学び舎のことで、そこにいる専門家とか通っている他の人と一緒に勉学に励むとこだよ。国立っていうのは、国が直接管理してるものって思って」
「ほぇぇー。そんなすごい場所があるんですね! いいなー、私もそういうとこ行ってみたいな~。魔術の研究とかしたいです!」
「俺の知る限り魔術の研究ってやってないはずなんだけど……」
「ええーー」
アルトリアはがっくりと肩を落とし──
「彼の時代では魔術は衰退しているだろうからね。魔術師はいるだろうし、その教育機関もあるかもしれないけれど、公にはないんじゃないかな」
「なるほど!」
──跳ね上がりながら目を輝かせた。マーリンの意見に一理あるからだ。魔術を知らないノアが知らないだけという可能性だって大いにあり得る。
そしてそれは正解だ。マーリンの言うように、魔術師が通う場は存在している。通称『時計塔』だ。
「きっとすごい方いますよね! 年の近い人たちと交流できるというだけでも魅力的です!」
「あはは、実際学校とかそうだしね」
「ガッコウ。それはダイガクというものとはまた別ですか」
「名称の違い、かな。大学はより専門的でハイレベルって考えといて」
「すごい……未来ってすごいです!」
ノアにとっては何でもない当たり前の日常の一幕。それの話をするだけでここまで喜ばれると、話していて楽しくなってくる。けれど、その手の話をし過ぎるのもどうなのだろうかとブレーキがかかった。SF作品でよくある話だ。過去が変わると未来も変わるという話は。
「ん? あぁ、気にするのならあまりしない方がいいね。私は構わないけど」
「何も良くないやつじゃん」
マーリンに聞いてみれば案の定である。
一応ここで一区切りがついているため、ノアは父親の話へと戻すことにした。自分の父親は、教鞭を執る側の人なのだと。
「ではヴェンダーさんのお父様は、いっぱいお弟子さんがいるのですね!」
「え? うーん、うん? まぁ、そういう解釈になる……のかな」
教授という立場を師匠、生徒という立場を弟子と捉えれば間違ってはいない。
「父さんは結構仕事熱心な人でね。というか研究者気質が強いって言えばいいのかな。母さんと比べると話す時間が短いんだけど、尊敬してるんだ」
仕事人間。大いに結構。やりたいことがそのまま仕事になったという人間の典型的な姿だ。その姿は親としては如何なものだと思う人もいるだろう。家族サービスというものが他の家庭に比べて少ないのだから。
それでも、ノアは父親を尊敬している。友人の家族旅行を羨んだことは一度や二度ではないにしても、それでも父親の仕事は人の力になるのだから。それは偉大なことだと信じている。
「人に知識をつけさせる。その人の力の源になるものを与える。一方的なものじゃなくて、高め合うという形で。それができる人ってきっと思ってるより少なくて、教え子のことを気にかけながら自分の研究もしてるから。その在り方はちょっと目標かな。……言ってて恥ずかしくなってきた」
「いいえ。恥じる必要はないことですよ。ヴェンダーさんがどれだけお父様のことを敬っているのかが伝わってきましたから。それに、それはとても素晴らしいことだと思います」
「あはは……、そうだといいな。ありがとう」
家族に言ったこともなければ、友人にすらここまで詳細に話したことはない。アルトリアという少女が相手だと、不思議と言葉が流れ出てしまっていた。それに気づいたのは言い終わったあとで、でもそれを受け止めて貰えたことが嬉しかった。
考えを受け止めてもらったというのは、自分を受け止めてもらったことに等しいから。
「お母様はどんな方ですか? あ、ご兄弟とかは」
「ぐいぐい来るね」
「ぁ、すみません。……なんだか、ヴェンダーさんの話をどんどん聞きたいなって。自分でもよくわからない不思議な感覚ですけど」
「興味ないって言われるより断然嬉しいよ」
バッサリ切られたら、旅の同行なんてできる精神状態ではなくなる。
「兄弟はいないよ。俺は1人っ子」
「あ、そこは私と同じですね。ふふっ、おそろいです」
「そうなんだ。共通点があるとなんか親近感湧くよね」
「ですね!」
「ふむ、そこを切り取ると私も仲間だね」
「マーリンって……」
姉だかなんだかがいるんじゃなかったっけ。ノアの脳裏にふと祖母から聞いた話が過ぎったが、うろ覚えであるためそれを飲み込んだ。伝説上の人物というものは、後世で設定が追加されたりするものだから。違いがあっても当たり前。本人が言うことを信じよう。
「おや、私と同じ部分があって嬉しいのかな?」
「違うから。親近感は湧くけどさ」
「湧くんですか……」
マーリン相手にそうは思えないというのがアルトリアで、人類の大半が彼女と同じように思うことだろう。ノアがズレているだけだ。
「母さんも仕事はしててね。街の花屋でパートタイムで働いてたんだ」
「花屋とは、花の魔術師である私と被ってないかい?」
「何も被ってないから」
「綺麗なお姉さんである私だけど、お母さんも視野に入れようか? 若妻って需要ありそうだよね」
「頼むから変な方向に話を進めるな! マーリンはどう頑張っても綺麗なお姉さん以外無理だよ!」
「大声で褒めてくれちゃって。照れ隠しかい?」
「もうやだこの人!」
「ですから、話半分でいいんですって」
うりうりと頬を突いてくるマーリンにされるがまま。ノアはアルトリアに視線で助けを求めた。彼女の手を払い除けないのは、荒っぽいことをしたくないからである。人のような感情もない夢魔が相手でも、心地よい関係でいたいのだ。
「お母様の手料理とか、やっぱり美味しいものですか?」
アルトリアがマーリンに軽く電流を浴びせ、「荒っぽいなぁ」と艷やかに言うマーリンを無視して話を進めた。
「俺は好きかな。うちの婆さんが言うには、母さんは料理ベタらしいんだけど。それでか会うたびに俺に料理を教えてくれてる」
「お祖母様……厳しいような優しいような……」
「ははっ。孫には甘くなるものらしいよ」
「そういうものですか」
「?」
どこか他人事のようだと思った。実際他人の家庭の話であるが、ノアが感じ取ったのはそうではない。
はたしてそれを指摘していいものなのか。切り込みづらい話だ。それを読み取ることなく、あっさりとそのことを言ったのはマーリンだ。
「アルトリアは親の顔を知らないからね」
「ぇ……」
「そうですね。私の両親ってどういう人なんだろうって想像しちゃいます」
「えっと……」
柔らかく微笑む少女は、言外に気を遣わなくていいと告げていた。ノアは謝罪を飲み込み、彼女の家庭のことを重く捉えながら違うことを言葉にする。
「……きっといい人達だよ。だって、アルトリアさんはすっごく優しいんだから」
「へ? え、ぁ、あー。はい。えへへ、ありがとうございます」
当たり障りのない言い方ではない。その目はとても真っ直ぐにアルトリアに向けられ、その声は真剣そのもの。その声色には優しさが篭っており、アルトリアはほんのりと頬を朱に染めながらお礼を言った。
杖を握る手に力が入る。胸の内もほんのりと暖かくなった。
「嬉しいものですね。そう言ってもらえるのは」
頬が緩む。育ての親はいても同じ目線ではなく、仲のいい友人というのもできなかった。どこか上に見られているような、距離を感じるような接し方ばかりだった。
それを疎ましく思ったことはない。みんな人が良かったから。
けれど、寂しさを微塵も感じなかったとは言えない。親子を見て何も思わなかったわけでもない。それを口にすることなく、マーリンと出会ったときに理解した。自分が"予言の子"とやらで、だからなのか肉親と離れているのだと。育ての親から感じる距離もそういうことなのかと。
「あの……ヴェンダーさん」
「ノアでいいよ」
「……え?」
「アルトリアさんみたいな子って初めてだったから迷ってたんだけど、これから長いこと一緒にいるんだし、たぶん年もそう変わんないでしょ? だから、ノアって呼んでほしい」
そっと手を差し伸べられる。アルトリアはその意味が分からず、彼の顔と手に交互に視線を向ける。
「友達になろう」
「ぁ……」
そう言ってもらえたのは初めてだ。一緒に遊ぶ人はいたけれど、明確に友達だと称すことはなかった。アルトリアからもついぞそれを言えなかった。言っていいものかと迷ってしまっていたから。唯一友達と呼べそうな人物もいるが、どうなのだろうと今でも疑問に思う。
けれどノアはそんな事知らない。彼女の背景を大して知らない。ただ彼は彼の世界、その時代の感覚で言っているだけだ。
──それが彼女にとってとても大きな意味になる
「い、いいんですか?」
友達というものを正しくは知らない。だから、それは彼女にとって大切な存在だ。
「アルトリアさんが良ければ」
戸惑いながらも、アルトリアはノアの手を握った。鍛えている手ではない。だが、それはたしかに男の手で逞しく感じられるものだった。
「嬉しいです。私、お友達ができるの初めてで……。同じ世代の男の子も……その……」
「初々しいねキミたち」
「マ、マーリンは黙っていてください! それで、その……ノ、ノア」
「う、うん? そんなに緊張されるとこっちも緊張するんだけど……」
「あの、私もアルトリアでいいです。そう呼んでほしいです」
「……うん。よろしく、アルトリア」
「はい! えへへ、ノアー!」
友達になれた。その事がたまらないほどに嬉しかった。
アルトリアはノアへと飛びつこうとし、
「いでっ!」
「ぁ」
手に持っていた杖を彼の顔に叩きつけたのだった。