プーリンメインにしようとすると現代でやるしかないってのがね。
2人の形
祖父母から甘やかされているノアは、祖父母の家に自分の部屋がある。旅行好きな2人に影響されたのか、ノア自身も転々と旅行することが好きだった。両親と暮らしている街から祖父母の家までは遠いもので、それを利用してノアはそこを寝泊まりする宿代わりに使うことがあった。
便利に扱われているとなると、人によってはいい顔をしない。けれど祖父母はそれを気にするような人たちではなかった。むしろ、孫の顔が見れる喜びが勝るのだ。しかも合鍵を渡している。
「さしずめここはキミにとって、第二の家というわけだね」
「ありがたいことにな」
ノアの部屋にあるベッドに腰掛け、マーリンがゆるりと部屋の中を見渡す。時代が大きく進んだ現代ともなると、家具の違いや素材の違いが見て取れる。今腰掛けているベッドも、昔と比べると柔らかさが全く違う。
「てかなんで俺の部屋にいるの? アルトリアは?」
「あの子なら散歩に出かけたよ。キミが過ごしたここを見て回りたいんだろうね」
「実家ではないんだが……。てかそれ迷子になるんじゃね?」
「使い魔は飛ばしてるよ。あの子が迷子になってもこちらから迎いに行けばいい」
「そっか。ありがとうマーリン」
安心したようにふにゃりと笑う彼にマーリンも頬を緩めた。夢魔の特性を完全に受け継いでいる彼女は、本来人らしいことなどできない。表情も感情も、人の感情を食べることで、"人ならこうするだろう"と真似ているに過ぎない。彼女が浮かべる笑顔だってそれが糧だ。
もっとも、彼女は自分を人の社会にとっての異物だと自覚し受け入れている。自分という存在と、人という存在は別と考えているのだ。
『それがマーリンの個性ってことじゃねーの?』
いつの日か、ノアに夢魔という己の話をしたらそう返された。目を丸くしたのを覚えているし、よく笑ったものだ。
「さて、せっかく2人きりになれたんだ」
部屋にある椅子に腰掛けているノアへと歩み寄る。何を企んでいるのだろうと僅かに警戒する彼に苦笑し、彼の髪をくしゃっと撫でた。
「どうした?」
「ノア、キミはボクを狂わせるんだ。甘い毒ってやつだね」
「そのつもりはないんだけど」
何度目かになるやり取り。マーリンは正直に吐露し、ノアも正直に返す。
「キミは
「そういうものか。むしろそれを持ってそうなのはマーリンの方だけどな」
「おや嬉しいことを言ってくれるね。まぁボクは見ての通り綺麗なお姉さんではあるからね」
「マーリンが思ってるより、俺はマーリンに魅力があると思ってるよ」
「……」
彼の頭を軽く引き寄せる。逆らうことなく寄せられた頭はマーリンの腹部に当たり、ノアは動揺からか体が強ばっていく。
「マ、マーリン!?」
「ん。そこで話されるとくすぐったいな」
「……!!」
離れようと藻掻こうとし、けれど非力なマーリン相手に強引な手を取れないノアはすぐに沈静化していく。今頃は必死に心を鎮めているのだろうか。
そんな彼にくすりと笑みを溢しながら、マーリンは少しだけ手の力を強めた。彼を見るだけで心に
モードレッドの言うように、これは人の真似事なんだろう。夢魔だからわからない。人の気持ちを理解できず、共感することもできない。これはきっと幻覚で、錯覚で、本当は何1つ感じてはいないんだろう。
それはなんだか──
(寂しい、かな?)
そう思うことすら……。マーリンはそこで思考を切った。ドツボにはまる気がしたから。何よりも、そういう事を考えるのも、振り回されるのも自分らしくない。
「ノア」
「?」
彼の名を呼ぶことすら、何か意味を持つ気がする。名前なんて、個人を識別するだけの記号だと思っていたのに。
手の力を緩めると、彼が離れていく。椅子から見上げてくるその目は未だ輝いていた。平和な時代で育った彼にとって、地獄のような世界を生きたというのに。出会った時と変わらない目をしている。
今度は彼の膝の上に乗った。向かい合うように。
「なんか今日距離感おかしくない?」
「いいじゃないか。誰も見ていないさ」
「そういうことじゃなくて」
「それよりもだね。話しておかないといけないことがあるんだ」
いつもと同じように淡々と告げる。どんな状況でも変わらず冷静に情もなく事実を言うのが
「結構大事なことなんだ?」
「……そうだね」
それでも、"つながり"を持つからかノアは、それがいつもとは違うのだと気づく。
「事実確認をするけど、ボクらは"つながり"を作ったね? キミにボクの魔術回路を通すために」
「へぁっ、ぇ、ま、まぁそうだな」
「ふふっ、そういうキミのかわいらしい反応は見ていて楽しいよ」
マーリンに慣れたのか、反応があっさりとしたものに変わっていっていた。それでもこの手のことは耐性がなく、初心な少年らしく顔を真っ赤にする。
「熱く求めてくれたくせに」
「ほりかえさないでくれ……!」
目がぐるぐると泳ぎまくる。呂律も回らなくなり始め、揶揄い過ぎたかなと思いながらもマーリンは薄っすらと笑う。ノアを揶揄ってはいるが、あの時のことはマーリンにとっても揺れ動くものがあるのだ。
──あの時が間違いなく一番お互いに
マーリンを介して夢魔の特性が流れ込んだノアと、ノアを介して人間性が流れ込んだマーリン。
後になってからお互いに気が狂っていたなと振り返ったものだ。
「あの時お互いに流れ込んだもの。それは今は薄れているけれど、"つながり"がある以上完全には消えない」
「こっちに来ても"つながり"の感覚は残ってるもんな。マーリンの魔術回路がまだ俺にあるってことだろ?」
「そういうこと」
それはつまり、"ノア・ヴェンダーもまたマーリンである"という状態すら残っているというもの。
それは魂レベルでの"つながり"であるに等しい。
「ボクらの魂はお互いを求める状態でもあるんだよ」
「求めてないが?」
「激しい方向ではなくてね。ははっ、キミも年頃の男の子というわけだ」
「っ! や、ちがっ! だって話の流れがそうだったじゃん!」
「そんなに必死にならなくても」
くすくす笑うとノアが仏頂面になる。完全にマーリンのペースに呑まれていることにようやく気づいたのだ。ノアのペースに持ち込めたことなどほぼないのに。マーリンと言葉を交せば、いつだって翻弄されてばかりだ。
「検証していないからわからないけれど、距離は関係してくるだろうね」
「今めっちゃ近いのは?」
「これはキミで遊ぶため」
「あのなぁ」
「遠く離れていると、ボクたちはお互いに引かれ合う。一定の距離にいないと落ち着かなくなるんだろうね。剣と鞘がワンセットのように、ボクとノアもワンセットってところかな」
「それは……うーん。どうなんだ?」
嫌だなとは思わない。正しく言えば、もう相手を拒否することはできない。嫌に思うことはなく、嫌いになることはなく、悪意を向けることもない。
そうなる前に、過去の自分にその事を教えたとしても、一考こそすれ結論は変わらなかっただろう。ノア・ヴェンダーはそういう人間だったから。
「ぁ、それってさ」
考えていてふと浮かんだ疑問。それは見落としていたことで、けれど決して放置してていいことではない。少なくともノアにとってそれの重要度は高かった。
「
マーリンの説明が思い違いではなくすべてその通りなのだとして。ノアがマーリンを求めるように、マーリンもノアを求めるのだとしたら。
やがて死を迎えるノアと死を知らないマーリン。この2人でその関係性は、やがて訪れる地獄の関係ではないのか。マーリンはどれだけ探しても決して見つからない相手を求めることになるのではないか。
そうなのだとしたら、自分はなんてことをしてしまったのか。
1人の少女に生きてほしかったから、共に生きたかったから。
ずっと支えてくれていた彼女を地獄に突き落としたのではないのか。
一気に体の熱が引いていく。魂すら冷える。生きた心地がしなかった。これほど愚かで残酷な結末を──
「ノア」
「っ!」
優しい声に思考を切られた。反射的に顔を上げると花の香りがした。柔らかな感触が唇に触れている。幻惑的な感覚に包み込まれていく。
「心配しなくていい。ボクは夢魔だよ? 人の感性で懸念しなくていいんだ」
「でも……だって俺は……!」
「ボクが選んだ道でもある。キミ1人が気負うことじゃない」
「違う! それは違うだろマーリン! だって、俺は
協力してもらい、裏技で強くなれる土台を用意してもらい、守られ、支えられ、奮い立たせられた。何を返せるわけでもないのに。一方的に与えてもらってばかりで、それなのに自分から渡せたものが
恩を仇で返すどころじゃない。無自覚な悪にしても
「そう思いつめることではないさ」
それなのにマーリンは笑う。彼女に悲しい顔をさせることのほうが難しいだろう。どうであれ笑うような、人から離れた存在なのだから。
「キミから貰っているものだってあるんだよ」
「そんなの──」
「あるんだ」
ない、という言葉を言わせない。マーリンは強引にそこを遮った。
今にも泣きそうな顔をする彼をそっと撫でた。頬に触れ、目元をそっと触れる。
「ノア。キミがいたからボクは人を擬似的に識ることができた。この感覚が本物かどうかはさておき、ね」
自分の考えだって持っている。ノアの言ったように、それが個性というやつなのだろう。そこに、真偽不明の感覚が加わっただけだ。彼に泣いてほしくないと思う自分がいる。彼の笑顔を見たい自分がいる。
つながったところで今もなお千里眼に映らない少年。自分の目で見ないと視えない彼。
そんな彼に与えられたこの感覚。彼にしか感じないモノ。たとえそれが偽物でもいいと思っている。偽物だろうと、心地よく騙されているだけマシだから。
「キミが長生きしても、たしかに悠久の時を生きるボクにとっては短な時間だろうね。でも、たとえ終わりが来たとしても、そしたら"つながり"は消えるだろうさ。だから、責任なんて感じなくていいんだ」
初めての試み。前例などない。どうなるかなんて、その時が来ないとわからない。いくらマーリンでも、言い切ることはできなかった。そうはならないから安心していい、なんて言えなかった。
彼のことを識ったからこそ。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
気休め程度にしかならない。ノアの中にある罪悪感を、いったいどの程度取り払えただろうか。
少なくとも、彼が言葉を飲み込んで、マーリンにお礼を言える程度には払えている。強張った声だとしても、それでもいい。彼の口からそれが出たのだから、ひとまずはそれでいい。
「……ふぅぅ。これについてはまた考えるとして、少し出掛けるか」
「気持ちの切り替えかな? 付き合うよ」
「アルトリアとも合流しよう。しばらく歩いてから、カフェかどこかでゆっくりしたい」
「うん、いいね」
ノアの膝上から降りる。人ではない彼女は非常に軽く、何も知らなければ逆に心配になるほどだ。
「あぁ、そうだ。もう1つ話すことがあったんだった」
「うん?」
「正直、ボクもまだ整理ができていないというか。これが整理のつくものかもわからないのだけどね?」
「マーリンが?」
そこまで曖昧なことを言う彼女は珍しい。揶揄うために、自分が楽しむためにわざと抽象的な言い方や言葉数を減らすことはあれど、本人の中で固まっていない話というものはこれまでなかった。
正確には、
ならばそれは、そういうことなのだろう。
「ボクはアーサー王を導いた魔術師だ。伝承でもそうなっているよね?」
「うん。性別の違いとかはあるけど、大筋はそうなってる……はず」
「言い切れないあたりキミらしいね」
そういうオカルト的な話に触れることが少なかったのが、ノアという少年だから。
「そう、
「……ん?」
「記憶が掠れているんだけどね。男のアーサー王だったはずなんだ」
「ぇ……」
そうなると、前提が崩れてくる。特異点での出来事への認識が変わってくる。
「予感で言うと、この話はアルトリアにはしない方がいい」
「…………マーリンがそう言うなら」
女性のマーリンという存在も、剣を好まないのに騎士王になったアルトリアという存在も、すべてがあの特異点に元からあったものだと思っていた。そこにノア・ヴェンダーという異物が加わっただけなのだと。
けれど、マーリンのその話が正しいとするならば。その前提が完全に覆る。
「どうやらボクもキミと同じ、あそこに入った側なんじゃないかな」
「……そう、なるね。でももう特異点はない。もしそうだったとして、謎は残るけど今が全てだ。3人一緒にいる。それが答えだよ」
あそこがなんであれ、それはもう消えた場所なのだ。あの特異点を支える聖杯が無くなったのだから。謎は暗闇に放り投げてもいい案件だ。
マーリンへと手を伸ばす。それに一瞬呆け、ふわりと花のように笑うと彼女は彼の手を取った。出会った時よりも厚くなった皮。ランスロット卿の指導を受け、鍛えられた体は逞しく引き締まっている。
変わらないなと思っていた少年が、ふと気づいた時には変わっている。それは気づくと楽しくて、彼に対してはどこか嬉しいことであり、寂しくも思えてくる。
「俺は、3人でいられたらそれでいいんだ」
「安心したまえ。キミたちが拒んでも、ボクはキミの側にいるから」
繋いだ手を、少しだけ強く握った。
次からはもっと平和に。
ここではあまりシリアスな話したくないですからね。