イキリTS転生者は純真な幼女にコマされる。 作:さかまき
「――ここはおめぇみてぇな嬢ちゃんが来る場所じゃねぇんだよ!」
いかにもゴロツキがいつくような酒場を兼ねた冒険者協会の中で、いかにもといった様子のゴロツキが、一人の少女に難癖をつけていた。
少女はとにかく見た目がいい。身長はかなり低いが、胸部は非常に豊満で、両手で抱えてもこぼれてしまいそうだ。黒髪のほとんど手入れがされていない癖の強い髪の毛は、だというのにつややかでそれが自然体に思えてしまう。
どこかダウナーなツリ目は、どこか人を寄せ付けないような雰囲気を纏っていた。
服装はショートパンツにゆったりとした魔術師風のケープ。外で動き回ることを重視した魔術師の女性は、自然とこういう服装になることが多かった。
「それで?」
「今すぐ帰って、ママのおっぱいでも吸ってろって言ってんだよ」
「うわ、本当にそういうこと言うやついるんだ……」
「あぁ!?」
おもわず、といった様子で飛び出た彼女の言葉に、男はいきり立って叫ぶ。無理もないだろう、明らかにバカにしたような態度だったのだから、売り言葉に買い言葉だ。
少女としても、その態度にやばいと言った様子で目を見開いたもの直ぐに挑発的な笑みを浮かべた。
「幾らなんでも、下品すぎるよ。そういう言葉しか習ってこなかったのかな?」
ゴロツキが下品なのはそうだが、少女もかなりの煽り屋だ。とはいえ、この場合少女はどうも向こうから手を出すのを待っているように思える。
周囲の目を気にしているのだと、注意深く観察すれば分かることだろう。
そして、肝心の周囲はと言えば、二人のやり取りを特に気にした様子もなくそれぞれ依頼書を眺めたり、酒を呑んだり、カウンターで事務員とやり取りしていたりする。
事務員も、視線を向けるものはいるが、今のところは静観のようだ。
冒険者は実力主義、たとえ喧嘩になったとしても、それは当人の問題であり、また弱いほうが悪いというのが普通の考えであった。
「一度、痛い目を見なきゃ解らねぇようだな――!」
「来るの? いいよ、来なよ。そっちが先に仕掛けたんだからね?」
「知ったことかよ!」
あくまで少女は自分が被害者であるということを強調した。しかし、それはこの世界の常識として考えると少しズレたものだ。
男は気にした様子もなく、少女に向けて杖を迎える。
この男、魔術師であった。そもそも、少女に声をかけたのも、どうやら新人らしい少女が、分不相応にも危険度の高い依頼を受けようとしていたからだ。
口は悪いが、男としては別にそこに隔意はなかったのである。
しかし、気がつけば杖をこの新人少女に向けていいた。
流石にそこまでくると、周囲の人間もざわついてくる。絵面は最悪だ。喧嘩の末に、上級者が新人に杖を向けた。少女は正当防衛を気にしていたが、この場合はどこをどう切り取っても弱い者いじめである。
とはいえ、周りの反応は同情以外のものは混じらない。
少女はその様子にいかにもだなー、といったふうに眺めながらも、目の前の男へ向き直る。ローブ姿の禿頭、魔術師のくせにやたら筋骨隆々なのは趣味だろうか。
ハゲに諦めを感じる丸坊主に祈りを捧げつつ、少女は男の詠唱に耳を傾けた。
「大海よ、大海よ、大海よ、纏まれ、纏まれ、纏まれ。透明のうねりの中で、流れる龍の顕現となれ」
「水の中級魔術」
ほお、と少しだけ感心する。
感心する理由は色々あるが、少女の認識では魔術師は中級魔術を使えれば、戦闘で困ることはないだろう、という認識だ。
その上で、男は水属性を選んだ、水属性の魔術は殺傷性が低く、万が一にでも相手を殺すことはない。つまり男はある程度こちらに配慮があるということだ。
周りの視線から、更に同情的なものが飛んでくる。新人の魔術師に、中級魔術は荷が重いだろう。水属性だから、せいぜいずぶ濡れになりながら吹き飛ばされる程度だろうが、それにしたってひどい話だ。
相手は見目麗しい女子だというのに。
ずぶ濡れに成ってスケスケになった服を期待している視線もいくつかあった。少女は気付いていなかったが。
ともあれ、それを聞いた上で、少女は男を小馬鹿にするように笑みを浮かべて、
「その程度かぁ」
実際に、失笑した。
完全に見下した笑みだった。
「はっ、言ってろやぁ!」
男はそして魔術を完成させて放とうとした。
――それは叶わなかったが。
「ん? なんか言ったかな?」
直後、冒険者協会の施設を覆い尽くすほどの光が、少女の手からこぼれだした。
「なっ――」
光は男の生み出していた水を飲み込み消失させると、やがて収束していく。周囲の人間が、戻った視界を動かして瞠目する。
見たのは、光の十字架だった。
「――今、何をした!?」
「何って、
「な――――」
男が驚愕に絶句する。
無理もない、端的に言うとこの世界の魔術は詠唱が長ければ長いほど効果が増すのだ。無詠唱など、そもそも効果を発揮するはずがないのである。
しかしそれが、中級魔術を一方的に打ち消すことなどありえない。
その魔術が、中級魔術より強力でない限り。
そしてそれは、一般的にこう呼ばれる。
「まさか――上級魔術……!?」
そう、一般的に中級の上とは、つまり上級。
誰もがそう考える、この世界の一般とは、そういう認識なのだ。その上で、
「いいや、違うよ?」
少女は否定した。
何を、と周りが疑問に思う間もなく。
「最上級魔術、だよ」
この世界の常識ではありえないことを口にした。
少女は満足げに笑みを浮かべて、周囲の唖然とした様子を見渡した後、魔術師の男に背を向けた。
「ば、バカいうんじゃねぇよ! 最上級魔術なんざ伝説上の話じゃねぇか! あり得るわけねぇ!」
「だから? もしそうだとしても、私はアンタの中級魔術を一方的に消し飛ばせる上級魔術を無詠唱で使えるんだけど?」
「い、インチキだ! なにかしらの手品に違いねぇ!」
これで終わりだと背を向けた少女に、情けなく呼びかける男へ、少女は侮蔑とともに視線を向ける。もう終わったことにこれ以上突っ込むのは野暮というものだと。
しかし、それでも男は食い下がる。
「この俺の魔術があんな簡単に消えるなんざありえねぇ! なにかしたんだろ、言ってみやがれ詐欺女!!」
「……はぁ、プライドを傷つけられたのは分かるけど、流石に見苦しいよ、おっさん」
流石に、これ以上絡まれても少女としては益がない。少しばかり、絡んできたゴロツキにマウントが取れればそれでよかったのだ。
だというのに向こうは変なところでヒートアップしてしまった。
少女の我慢の沸点は低いのだ。
「鬱陶しいよおっさん、ほんとにさぁ」
少女の手から光の十字架が浮かび上がる。彼女は即座に決めたのだ、これで吹き飛ばしてしまおう。何、命をとりはしない。少し服が吹き飛んで身につけている装備も吹き飛んでしまうかもしれないが、命あっての物種だ。
軽く黙らせてやろうと、そう十字架を動かそうとして。
「たすけてください!!」
――幼い少女の声が、協会の中に響き渡った。
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「すごいすごい!! 空を飛んでる、早い! これなら間に合うよ!!」
「落ち着いて、落ち着いてって」
飛び込んできた少女の名前はマオ、自身の暮らす村が魔物――ワイバーンに襲われているという。それに応えたのが、先程まで協会中の視線を集めていた少女だったのである。
マオは齢十と少しかという幼い少女だ、プラチナブロンドのセミロングの髪、服装は安っぽいがきれいなもので、育ちは悪くなさそうだ。背丈は小さいミオより更に小さいが、決して女児、という感じはしない。年頃の少女。そんな少女が、なぜ協会までやってきたのか。
なんでも、ワイバーンが自分だけをねらわなかったのだという。他の住人は、外に出れば上空のワイバーンに即座に攻撃されるのだとか。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「私のことは、ミヤでいいよ」
――それに応えた少女の名は、ミヤ。橘美也というのが、本来の名前だ。
彼女は異世界からの転生者である。彼女――正確には“元”彼は、ある日交通事故に見舞われた。そして、気がついたら今の姿でこの世界にいたのである。
いわゆる異世界転生、ミヤは元の世界に未練がないわけではなかったが、事故で死んでしまった以上、細かいことは気にしないことにした。
そして、新しい人生を歩むことになったわけだが、彼女には困ったことが二つあった。
女性になってしまったこと。
自身の能力。
前者は言うまでもなく、TSモノをそこそこ嗜んでいた彼女は、ある程度現状を受け入れることができたが、それでも残念なものは残念である。何より大きいのは、非常に豊満な胸部に恵まれたにもかかわらず、それに一切の興奮を覚えないことだ。
とりあえず、しばらく経っても姿はこのままのようなので、ミヤは一旦気を取り直すことにした。ある程度気合を入れて、一人称は“私”とし、口調は元から性別的なものを感じさせないものだったので、そのままに。
この世界を生きる冒険者ミヤとしての人生をスタートさせたわけなのだが。
もう一つの問題は、自身の能力。
異世界転生と言えば強力なスキルだ。ミヤもその例に漏れず、強力な魔術を使うことができた。しかし、それを使いこなすことは少し難しかったのだ。
自由自在に魔術を使えるようになるまで、結構かかった。そして、ようやく満足の行く実力になったのが今なのである。
――簡単に言うと、ミヤはこの世界にきてそこそこの時間が経過していたが、これが初めての仕事だった。
「ミヤお姉ちゃんすごいすごい! どうやってるの、これ!!」
驚き、喜び、ミヤに抱きつくマオを抱えながら、ミヤは先に進む。現在、二人は上空を駆けていた。ミヤがマオを連れて、高速で飛んでいるのだ。
正確に言えば――
「光を固定化させて足場を作ってるんだ」
「……???」
ミヤの最大の能力は光の最上級術、その無詠唱である。無詠唱で扱う光魔術は、簡単に言えば光を操る能力と言っても過言ではない。
光の形を操ったり、光をぶつけて魔術を打ち消したり。
この世界に来てからの習熟で、ミヤはこの魔術が、自分の思い描いたとおりに現象を操作する能力であると判断していた。
「まぁ、落ちる心配はないから安心してってこと!」
そういいながら駆けるミヤの速度はまさしく光のごとし、これもまた最上級魔術の力、ミヤは身体能力を光の速度に近づけることで増加させていた。
とはいえ、ここにはマオがいる。彼女を心配させないよう、少しずつ速度を上げて不安にさせないようにしているのだが。
「……!」
ふと、それを感じたのだろうか、マオがミヤに体を預けてくる。ぎゅう、と力を込めてミヤに抱きつくのだ。まずかったかと思い、若干速度を落としながら、ミヤはマオを抱きしめる手に力を込めた。
(……まぁ、不安だよな。自分の故郷がピンチなんだもんな)
そんなマオの心中を察したミヤは、急ぎ故郷へと向かう。視線を凝らして、彼女の村を守るために。――マオが走ってこれる距離だ、決して遠くはない場所にそれはあった。
山の麓に、ぽつりぽつりと家が見え、
上空には、無数のワイバーンが屯していた。
「ついた!」
「あれか!!」
叫び、ミヤはワイバーンに照準を合わせる。ワイバーンたちは、空から何かを監視しているかのように、村を見下ろしている。村を襲う様子はないようだが、マオは住人が襲われたという。
どちらにせよ、魔物と言うだけで、この世界では討伐対象だ。
「マオ、目を塞いでて」
「う、うんっ」
そう言って、片手でマオを抱きしめると、ミヤはもう片方の手を前にかざす。生み出すのは、光の塊、そしてそれを収束させた十字架だ。
様々な試行錯誤の末、ミヤがたどり着いた光魔術、最上級の最も単純な使い方。
まず、最初の光の塊で目を潰す。視界を奪った直後、生み出される光の十字架を、敵は見失うことだろう。
そしてこの光の十字架、込める魔力にもよるが――
「――吹き飛べ!
――まさしく、必殺。
急激な光で状況も解っていなかったワイバーンに向けて放たれたそれは、凄まじい勢いでワイバーンの中心部に突撃し、そして猛烈な光とともに彼らを焼き尽くす。
狙った相手にしか効果をもたらさないのも、この魔術の特徴だ。
「わ――」
気がつけば、ワイバーンは跡形もなく消えていた。
「すごい、すごい!」
「こんなもんだよ」
ミヤは当然といった様子で言う。とはいえ、それが当然なのはミヤだけなのだが、今の彼女はそこまで考慮していない。
光の最上級魔術を使う意味など、これっぽっちも。
「すごいすごい! すごいすごーい!」
そしてマオが村の危機という状況を脱することで、気を張る必要がなくなったことで、どのような感情を抱いたのかも。
すごい、すごいと言ってミヤに抱きついてくるマオが、自分の胸に顔をうずめていることを、ミヤはこれっぽっちも意識してはいなかった。
「ちょ、くすぐったい、くすぐったいよマオ!」
「すごい! ミヤお姉ちゃんすごいーーー!」
純真なマオという幼女の、開いてはいけない扉を、胸を密着させ続けたことで開こうとしていることを、ミヤはまだ、気がついていない――――