イキリTS転生者は純真な幼女にコマされる。 作:さかまき
――女騎士ファルヴューレは、実直で真面目な騎士である。
自身が仕える敬愛すべき主、ミリーシャ王女からは、ファルという愛称で呼ばれる彼女は、長身の見目麗しい騎士だった。
白銀の鎧を身にまとい、その凛々しさから、男性人気だけでなく女性人気も絶大だ。
特に、ミリーシャとの関係は、白馬の王子様を憧れる女性たちからはもっぱら妄想の対象となっていた。とはいえ、そんなことファルは一切知らないのだが。
そんな彼女はいま、急いでいた。原因は彼女がミリーシャ王女の臣下であるからだ。ミリーシャ王女は休養のため、王族御用達の宿泊地に向かっていた。
その途中、冒険者協会のある町で情報収集に協会へ寄ったところに、村がワイバーンに襲われたという事態だ。
これにはさすがのファルも、ミリーシャも仰天だ。ワイバーンと言えば単体を討伐するのに上級魔術が必要と言われる凶暴な魔物である。
しかも、それに対して新人の冒険者が一人で向かったというのだから、二人は更に動揺した。
――ここで、ファルとミリーシャに取れる選択肢はいくつかあった。急ぎ王都に向かって救援を頼む。
しかし、新人の冒険者ともなれば、魔物に対して
よって、ファルの行動は決断的だった。ミリーシャ姫を宿に残し――高級宿なのだから、警備は万全だ――一人で村へ向けて馬を飛ばした。
新人の冒険者は幼い少女だという。幼いとは、あの村の愛娘とも言えるマオとそう変わらないような年齢なのだろう。そんな少女が、おそらく初めて冒険に出る少女が、ワイバーンの相手など無謀もいいところだ。
彼女が協会を発ったのは昨日のことだという、とすれば馬を飛ばせば間に合うはずだ。人の足では、あの村に辿り着く前に、追いつくはずなのだから。
「――しかし、なぜ止めなかったのだ、冒険者の連中め!」
思わず悪態をつく。
冒険者とは粗暴なものだ。雑で、愚かで、背中を預けたいとは思わない。個人主義で、実力主義。ファルにとってはあまり近寄りがたい存在ではなかったが、それでも解っている無茶を止めない連中ではなかったはずだ。
だというのに、冒険者たちは気まずそうに目をそらすばかり、事態を本当に解っているのか、それとも何かしらの負い目があるのか。
ファルにはさっぱりわからなかったが、とにかく尋常ならざる事態である。そもそも、ワイバーンの群れというのが良くない。ワイバーンといえば、それこそまさしく――
「……くそ、急がねばっ! 一体何が狙いだ!?」
ファルは最悪の想像を振り払い、馬を走らせる。
何より最悪なのは、いくら警備が十全とはいえ、民間に姫を預けることになったという事実だ。姫はファルに行けと命じた。命じられたからにはファルにそれを断ることはできないし、断る理由は一切ない。
姫に死ねと言われれば死ぬ、それがファルヴューレという騎士だ。
しかし、それでも姫の
――無力である。姫が、というわけではない。自分が――姫を守れる立場を持たない自分が、どこまでも無力だった。
とはいえ、もうすぐ村にたどり着く、そろそろ見慣れた村の入口が見えてくる。村には姫ととともに年に一回はやってくる。だから、この辺りは下手な王都の町並みより見慣れている。
懐かしさを覚えるその場所を、しかし今は危機感と祈りでもって走る。
急げ、急げ、急げ、無事であってくれ――そんな祈りとともに、ファルはただ駆けるのだ。
そして――――
「おおおおおおおおおーーーーーーーーーーーッ!!」
声が聞こえた。
腹の底から響くような、凄まじい叫び声だ。聞き覚えのない声。マオでなければ、村人でもない。とすればこれは間違いなく――新人の冒険者少女だ。
「……待っていろ! すぐに行く!」
ファルの脳裏によぎった最悪の可能性。
――それを否定するために、彼女は駆けた。ただ、ただ馬を走らせて、危機へ向けて。
しかし、
待ち受けていたのは、彼女の想像を絶するような光景だった。
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――結論から言って、村は決して被害を受けたわけではなかったし、冒険者の少女は無事だった。むしろ、村を救ってくれた救世主だという。
しかし、今、その冒険者の少女――ミヤというらしい――は。
「んおっ! おっ!! おっ! あっ!! おおおおっ! おっ――――!!」
凄まじい声を上げていた。
――現在地は、ミリーシャが滞在する予定だった施設の一室。要するに客室の一つだった。そこに人だかりができている。村中の人間が集まっていると言ってよいだろう。
その中央、扉の前で――ファルは村長に説明を受けていた。
「……あ、あの。もう一回お願いします」
「いえ、ですから……」
村長の信じられない一言に、ファルは耳を疑った。正気を疑った。故に聞き返してしまった。村長は非常に言いにくそうにしているというのに。
聞いてしまってから、まずい、と思ったものの、しかしもう遅い。村長は恐る恐る、といった様子でもう一度その事実を口にした。
「その、マオがどうやらミオ様を……その、コマして……おられるようで」
色々と言葉を選びまくった結果、余計にヤバい単語になってしまったが、しかしファルも村長も正気ではないから、気にすることはしない。
コマす、コマす……ちょっと迂遠であるがつまり、その、
「……い、致してしまっているということか――!」
正気ではないファルは口に出してしまった。
周囲の人間も正気ではないので、うなずいてしまった。
「どういうことなんだ――――!!」
その叫びに、応えられるものはいなかった――
「おうっ――!」
「応! じゃない!!!」
それは気の所為だった。
――まったく状況を把握できないが、とりあえずファルは自分が冷静であるために、状況を理解することとに務めることにした。
というか、そうしないとどうにか成ってしまいそうだった。
まず、事の起こりはどういうことだったのか。
「ええと、ミヤ様は凄まじい魔術師で、ワイバーンの群れを一撃で屠ってしまったのです……」
「まずそこからツッコミたいが……ここは本人に聞くべきだな、次!」
ワイバーンの、
群れを、
一撃。
絶対に聞き流してはいけない内容だったが、ファルは聞き流した。というか、流せないと情報量がパンクして、ファルが耐えられなくなる。
これに関しては間違いなく詳しいことはミヤという魔術師にしかわからないのだ。
だから、流した。
――正直なところ、今後のことを考えれば、こちらのほうが一大事だったのだが、ファルは目をそらしてしまったのだ。とはいえ、流石に責めるのは酷というものだが。
そして、なぜこうなったのか。
「ミヤ様は村の恩人です、丁重に歓待し、もてなし、今日に帰っていただければ、誰の角も立たないだろう、ということで歓迎の宴を開き、温泉にご案内したのです」
「まぁ、自然なことだな」
これまでにも、村の危機を救った冒険者が温泉を堪能したという話は聞いたことがある。ファルも昔、村に一人でやってきた際、魔物を退治して歓迎を受けたことがある。
「その時、ミヤ様がマオを気遣って、ともに温泉に入ろうと言ったのです」
「まぁ、微笑ましいことだな」
マオもそうだが、ミヤも幼い少女だそうだ。年の近い少女には親しみを覚えるだろうし、誰も不幸にはならないだろう。
「……思えば、その時からマオは……その、ミヤ様の胸部に……えっと、興味……を、抱いていたようです」
「…………興味」
いいづらそうにしている村長の様子から、思わずファルも興味を抱く。
そして、二人して顔を近づけてコソコソと。
「そ、そんなにすごいのか……?」
「え、ええそれはもう……」
と、なんだかスケベオヤジのような会話をした。
ともかく、事件が起きたのはその後だったという。
「最初のうちは、随分と長風呂だな、と思っていたのです。しかし、それにしては長い、ということに気がついたのです」
「見に行ったのか?」
「いえ――見に行こうとしたところで、マオがミヤ様を抱えて出てきました」
――抱えて出てきた。
その一言に、ファルは引っかかるものを感じる。というか、そこで察した。
「……今にして思えば、アレは止めるべきだったのかもしれません」
曰く、抱えられたミヤは、それはもう発情しきった雌の顔をしていたという。ちょっとだけ浮ついた表情で、村長の奥さんが言っていた。
ファルは思わず顔を背けてしまった。
泣き出しそうな村長から。――ご愁傷様です。
「それからは、その……はい」
「……この通り、か」
二人して、未だにすごい声を村中に響き渡らせる哀れな獲物が囚われた部屋に視線を向ける。直ぐに聞こえてきた声で気恥ずかしくなって視線をそらした。
「月が空に昇りきった頃には、一度途絶えたのです」
「疲れ切って二人で眠りについたのだろうな……」
「朝方からは、またこの調子で――」
「起きてまたおっ始めたのだろうな――――」
もはやファルは理解を放棄していた。
というか、明らかに理解できるような事態ではなかった。
そんなときである。
――ミオの声が、途絶えた。
「……!?」
全員の視線が扉に注がれる。
――如実に誰もが語っていた。
終わったのか? ――と。
そして、扉は開かれた。
思わずごくりとつばを飲み込んだのは誰だっただろう。
誰からともなく、道が開けられた。扉の前に集まっていた老人たちが、ファルがおののき飛び退いた。
そして、中から――
ゆらりと、悪鬼は現れた。
それは、悪魔だ。
いわゆる、淫魔と呼ばれるたぐいの、
ツヤテカの幼女――マオがミヤを抱えて現れた。
最低限の配慮か、バスローブを身にまとっている。明らかに着崩れているし、ミヤの首元には凄まじい数の腫れた痕があるが、ミヤはそれを気にする余裕はないだろう。
――ミヤは死んでいた。というか、死んでいるかのように正気ではなかった。
目はうつろで、焦点は定まらない、ああ、ただしかし――
――その顔は、どこまでも幸せに満ちていた。
思わず、ファルはその顔に憧れを覚えた。
どれほど可愛がって貰えれば、人はあんな顔ができるのだろう。思わず、自分もそんなふうに――などと良からぬ想像をするくらいには。
なお、相手はミリーシャ王女である。
「――あ、騎士様だ。こんにちわ」
「あ、ああマオ――こんにちわ」
マオとファルは顔見知りだ。それはそうだろう、毎年来ているのだから。――しかし、その時どうしてか、ファルにはマオが、どうしても恐ろしいものに見えてならなかった。
おそらくそれは、村長たちも同様だろう。マオが視線を自分に向けた時、明らかに村長は一方後ろに引いた。
「騎士様が一人ってことは、ミリーシャ様は来てないんですよね、村長」
「あ、ああそうだな……」
「……い、今から戻ってお連れするのでは、ふ、二日はかかるな」
ファルがそれに補足する。
だよねー、とマオは満足げに笑った。
「じゃあ、もう一度お風呂頂いていいですか、村長ー」
「あ、ああ……その、なんだ。風呂から上がったら、ファルヴューレ様から話があるそうだ……あるよね?」
「え、うん」
思わず素で問いかけられてしまって、ファルは思わず素で返してしまった。しかし、このことを二人がお互いに言及することは生涯なかった。
「そっかぁ、じゃあ、いただきまーす」
そういって、ツルテカの肌で笑みを浮かべて、ずるずると死に絶えたミヤを背負って温泉へ向かう少女――いや、淫魔の背を見て、
その場にいるものは、例外なく恐怖を覚えるのだった。