翌朝、陽が出て間もない頃、ハジメ達は迷宮の前の広場に集まっていた。
そんな中ハジメは槍をしごきながらも、
興を削がれた感じになっていた。
事前に想像していた自然の洞窟のようなものとは違い、
入場ゲートのような入り口であり、受付窓口まであったのだ。
職員が迷宮の出入りをチェックしている。
ここでステータスプレートをチェックし、
出入りを把握することで死亡者の数を把握しているのだとか。
戦争が近い現状大規模な死者が出るのは避けたいのだろう。
入口付近の広場には露店が所狭しと並び、
さながらお祭りのごとき様相だった。
ハジメはため息をつきつつ、他の生徒達と一緒に、
メルド団長について行った。
洞窟の中は外の喧騒とは無縁で、
縦横五メートル以上ある通路は、明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、
明かりがなくてもある程度の視認が可能だ。
明るい理由は緑光石という特殊な石が多数埋まっているらしく、
迷宮はその鉱脈を掘って出来ているらしい。
一行は隊列を組みながら進み、やがてドーム状の大きな広間に出た。
と、その時壁の隙間という隙間から、灰色の毛玉が湧き出てきた。
メルド団長が、「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ。
あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが大した敵じゃない。冷静に行け。」
異世界の、いや、今世初の実戦か。
そう考えハジメは槍を構え敵を見る。
ラットマンという名称にふさわしく、外見はネズミっぽいが・・・・・・
二足歩行で上半身がムキムキだった。
同じ前衛の雫の頬が引き攣っている。気持ち悪いのだろう。
間合いに入ったラットマンを、光輝、雫、龍太郎、ハジメが迎撃する。
それと同時に、香織と特に親しい女子二人、
メガネっ娘の中村恵里と、ロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。
魔法を発動する準備に入る。
訓練通り堅実な陣形が出来ているなとハジメは思った。
光輝が純白に輝くバスタードソードを、
視認も難しい速度で振るい、数体を纏めて倒している。
彼の持つその剣は王国のアーティファクトの一つで、
名前はお約束に漏れず、『聖剣』である。
光属性の性質が付与されており、光源に入る敵の弱体化、
自身の身体能力の強化が自動で発動するという、
実に嫌な性質を持っている。
龍太郎は空手部らしく、天職が『拳士』であることから、
籠手と脛当てを着けている。
これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、
不壊の性質も付与されている。
龍太郎はどっしり構え、見事な空手技を披露し、
決して敵を後ろに通さない。
その姿はさながら盾役の重戦士のようだ。
雫はサムライガールらしく、『剣士』の天職持ちで、
刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、
ラットマンを一撃で切り裂いていく。
その動きは洗練されていて、他の騎士達が感嘆する程である。
ハジメもその動きを見つつ、敵の急所を槍で突き、
一撃で葬っていく。ハジメの武器は何の変哲もない槍であり、
『不壊』の能力が付与されているだけである。
だが、ハジメはこれでいいと思っている。
戦場で必要なのは、爆煙に燻され、
砂まみれになってもなお稼働する、
武人の蛮用に耐えうる武器である。
どれだけ高性能でも実用に耐えなければ意味がない。
それがハジメが前世の戦場で体験した結論である。
そうして戦っているうちに後方から詠唱が響き渡った。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、
灰となりて大地へ帰れ。”螺炎”」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎が、
ラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。
断末魔の悲鳴を上げながら、パラパラと降り注ぐ灰となって絶命していく。
ハジメはこれがこちらの世界の攻撃魔法かと観察する。
前衛が敵を防いでいる間に、
後方で詠唱というゲームや小説でよくあるパターンである。
ハジメはこの世界では魔法使いは、単独行動は厳しいだろうなと感じた。
詠唱が長く隙が大きい為である。
ハジメはスキル『高速詠唱』もあり、即射できるが。
もっとも殴った方が早いとも感じている。
そうしているうちに広間のラットマンは全滅していた。
ハジメ達召喚組の戦力では一階層の敵は、弱すぎるらしい。
生徒たちの優秀さに苦笑いしながら注意する団長。
「それとな・・・・・・今回は訓練だからいいが、
魔石の回収も念頭に置いておけよ。
明らかにオーバーキルだからな」
メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、
やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。
そんなやり取りを見つつ、ハジメはスキル『直感』をオンにし、
気を緩めていた。これなら問題ない。
後は、どこで計画を実行に移すかを考えていた。
ハジメはこの時油断していた。長いこと戦場から遠ざかったことで、
勘が鈍っていた。悪意というものはどんな時でもあるものだということを。