一瞬の浮遊感の後、ハジメは地面に叩きつけられた。
それでもすぐさま立ち上がり、槍を構える。
同じくメルド団長や騎士団員達、
光輝達一部前衛組も立ち上がり、周囲を警戒する。
どうやら先の魔法陣は転移させるためのものだったらしい。
ハジメ達は長さ百メートル程の石橋の中央にいた。
橋の下は川などなく、闇が広がっており、
奈落の底といった様相だ。
両サイドにそれぞれ奥へ進む通路と、上へ昇る階段が見える。
それを確認したメルド団長が叫んだ。
「お前達、すぐに立ち上がって、あの階段の場所まで急げ!」
メルド団長の指示に慌てて従う生徒達。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけはなかった。
橋の両サイドに魔法陣が現れたのだ。
通路側は十メートルあり、階段側は一メートル前後だが、数が夥しい。
階段側からは無数のトラウムソルジャーと呼ばれる骸骨兵士が現れた。
しかし、ハジメの『直感』は通路側の方がヤバいと警告していた。
外見はトリケラトプスに似ているが、強さのレベルが違う。
メルド団長が呻くように呟く。
「まさか・・・・・・ベヒモス・・・・・・なのか・・・・・・」
「メルド団長! 来ます!」
ハジメがメルド団長に言うと同時に、ベヒモスが凄まじい咆哮をあげた。
「グルァァァァァァアアアアアアアアッ!」
その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!
カイル、イヴァン、ベイルは全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ!
ハジメ、お前達は階段へ向かえ!」
「了解! 天之河、撤退するぞ!」
メルド団長とハジメの言葉に一瞬怯むも、踏みとどまる光輝。
何をしている! とハジメが再度光輝を呼ぼうとすると、
ベヒモスが咆哮をあげながら突進してきた。
まずい! とハジメは思った。
このままでは撤退中の生徒達を全員圧殺してしまうだろう。
そうはさせるかと王国の最高戦力が多重障壁を張る。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、
ここは聖域なりて、神敵を通さず、”聖絶”!!」」」
衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、橋全体が大きく揺れた。
撤退中の生徒から悲鳴があがり、転倒するものが相次ぐ。
橋の両側からモンスターに挟まれており、生徒達は半ばパニック状態だ。
(まずい!! このままだと撤退が出来ない!!)
そう判断したハジメは、混乱する生徒達の中へ入っていく。
そして、前方のトラウムソルジャーを槍で薙ぎ払った上で、
スキル『カリスマ』を発動して叫んだ。
「落ち着け! 騎士団員の指示の下撤退しろ! 前衛は前へ! 後衛は魔法で援護!
訓練通りに戦いながら撤退しろ!」
ハジメの言葉に徐々に落ち着きを取り戻したのか、
基本の陣形通りに戦いながら撤退を始めた生徒達。
(こちらはこれでいい。問題はあっちだ!)
今度はベヒモスの方向へ向かうハジメ。
ハジメが向かった先では、雫達が押し問答を繰り広げていた。
「お前等何やってる! 急いで撤退しろ!
・・・まずい! 障壁が破られる!」
ハジメの言葉と同時についに障壁が砕け散った。
衝撃波がハジメ達を襲い、吹き飛ばされる。
その後には倒れ伏してうめき声をあげるメルド団長と、
騎士達が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。
「ちっ! 時間を稼ぐしかないな。白崎さんは団長達の治療を!
俺が時間を稼ぐ!」
そう言って槍を構え突進するハジメ。
無茶だ! と言う光輝の声を無視し、
ハジメはスキル『圏境』で姿を消す。
ベヒモスは目標が消えたため、一瞬動きが止まる。
が、すぐにハジメの槍が背中に突き刺さり、悲鳴を上げた。
そこからはハジメの一方的な攻撃だった。
槍が視認出来ないほどの速さで突き、薙ぎ、叩く。
ハジメ本人も『圏境』を使い、時に姿を消し、
視認が困難なほどの素早い動きで動く。
その度にベヒモスの体に傷ができ、血がしたたる。
その動きに雫や光輝達は呆然と眺めていた。
これが”神槍”と呼ばれるものの力なのかと。
そして、自分達では足手まといにしかならないことも。
ハジメは一旦雫達の所まで戻る。
メルド団長の治療は終わったようだ。
「ダメか・・・」
ハジメの言葉に雫が尋ねる。
「ダメってどういうこと?」
「攻撃の威力が足りない。表面に傷がついているだけだ」
その言葉にハジメを除く全員が絶句する。
あれだけの速さで攻撃してなおその程度のダメージなのかと。
「他の団員が動けるまでは時間を稼ぐ! 動け次第全員撤退だ!」
ハジメの言葉に今回は全員がうなずく。
ハジメが再度攻撃を仕掛けようとした時、ベヒモスが動いた。
突進を始め、そして、ハジメ達のかなり前で跳躍し、
赤熱化した頭部を下に向けて落下した。
光輝達は咄嗟に横っ飛びで、ハジメは後方へ飛んで回避するも、
着弾時の衝撃波を浴びてもろに吹き飛ぶ。
ハジメは上手く衝撃波を流して無傷だが、他は満身創痍だった。
ベヒモスはめり込んだ頭を抜こうと踏ん張っている。
「お前等、動けるか!」
メルド団長が叫ぶようにたずねるも、ハジメの他はうめき声だ。
ダメージは深刻のようだ。
メルド団長が香織を呼ぼうとして振り返った視界に、ハジメを捉える。
「ハジメ! 香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」
その言葉にハジメが言葉を返す。
「いえ。それはメルド団長がやってください。俺に策があります」
「策?」
怪訝な表情をするメルド団長にハジメが策を伝える。
「なるほどそういうことか・・・だがハジメが一番危険だぞ」
「全員で帰還となるとそれしかないでしょう。それにさっきの戦闘を見たでしょう。
攻撃を喰らいはしませんよ」
笑顔を見せるハジメに、メルド団長はうなずく。
「頼んだぞ」
「了解」
それと同時にハジメはベヒモスに相対した。
「さて、第二ラウンドといこうか」
ベヒモスを睨みつつハジメは呟いた。