私がハジメに直接会ったのは私の親が経営する道場でだった。
それまでにハジメの噂は聞いていた。
曰く、”神童” 曰く、”万能の天才”。
聞こえてくる噂は信じ難いものが多かった。
モナリザを完璧に書き上げた。初見の曲を完璧に弾いた。
そのどれもが信じられないものだった。
そして、実際にハジメに会ってみると、ごく普通の小学生に見えた。
これが神童? 聞いてみると、一人で木刀を振るっていたが、
限界を感じ、対人戦をしたいというのが入門理由だった。
それを聞いて私はあきれていた。
それでは素人と同じではないかと。
そこで私が対戦相手に名乗りを上げた。
一度叩きのめせば帰るだろうと思ったからだ。
そして、試合が始まったのだが、
その途端に異常さを感じた。まるで隙がない。
対人戦は初めてのはずなのに、隙がないのである。
とにかく私はハジメに打ち込んでみた。
面、胴、籠手。そのどれもを時に避け、時に捌く。
本当に対人戦は初めてなのかと思うほど、防御がうまかった。
こんなはずがない。私は小学生相手なら負けたことがなかった。
それが素人同然の相手に当たらないのである。
次第に私は焦り始めた。それがいけなかった。
私が攻撃に移った瞬間をハジメは逃さず、
ハジメの攻撃が私の胴を捉えた。一本だ。
私は納得いかず再戦を申し込んだ。
ハジメはそれを受け、二試合目が始まった。
今度は勝つ。そう考えていた私が甘かった。
ハジメは一転攻勢に出てきたのだ。
そのどれもが素早く、鋭く、的確な攻撃だった。
これが本当に素人なの!? 私は防戦一方になった。
そして、ハジメが一言ハッキリと呟いた。
『無形』
そう言うと、ハジメは逆袈裟で攻撃してきた。
私にはハジメの意図がわからなかった。
明らかに間合いが遠い。これでは攻撃が届かない。だが・・・
パンッ!
当たらないはずの攻撃が、私の胴に命中した。一本だった。
私は呆然とした。なんで? どうして当たったの? という思いと、
負けた・・・。素人同然の小学生に初めて負けたという思いがないまぜになっていた。
それから私の道場にハジメは通うようになった。
そこで私はハジメの異常さに気が付いた。
ハジメは一を知ったら十を知るどころではなく、百を知るような子だった。
恐ろしい勢いで私の道場の剣を吸収していく姿に、私は恐ろしさを感じた。
これが神童と呼ばれる所以なのかと。
ハジメは試合に出るたびに勝ち続けた。
そして、いつしか剣術無双と呼ばれるまでになっていた。
それだけじゃなく、槍では神槍、弓では神弓と呼ばれるようになっていた。
私も女子の大会では負けなかった。でも、ハジメにはどうしても勝てなかった。
そして、お父さんに呼び出されこう言われた。
「ハジメの剣術を真似てはいけない。あれは剣を越えた別の何かだ」
そう言われても納得は出来なかった。そこでハジメに頼んだ。
本気で出せる最高の技を見せてほしいと。
ハジメは最初は渋っていたが、根負けして私に技を見せてくれた。
それは私が見なければ良かったと思える技だった。
『無明三段突き』・・・縮地から三つの突きを同時に出す技。
天才剣士沖田総司が使ったという技。
これを見て私は知ってしまった。
私が一生をかけてもこの域には辿り着けないことを。
その後、私はハジメに尋ねた。どこを目指しているのかと。
その問いにハジメは『空』と答えた。
その答えがよくわからず困惑する私に、ハジメは説明した。
余計なものをそぎ落としてそれでもなお残る何か。
無二と言われる究極の一。
その更に先にある0(ゼロ)・・・・・・「」の概念。・・・と。
これはもう禅問答のようなものだからとハジメは笑った。
この答えに父親がハジメの剣を真似るなという理由を理解した。
これは私の様な凡人には辿り着けない思考だと。
そして、トータスに転移したあの日、
私が戦争への参加に賛成したのに対し、
ハジメは最後まで反対した。
なぜ最後まで反対したのかハジメに聞くと、
『あいつ等は戦争をわかっちゃいない。
戦争を遊び程度に認識している』と。
そう言ったハジメの眼は、戦争を経験した者の様な眼をしていた。
その後ハジメのステータスプレートを見た時に納得と疑問を感じた。
天職がランサーなのはまだ納得がいった。
でも、完全に自分のプレートの表示と違うのだ。
レベルの表記もなく、ステータスも数字ではない。
そこに疑問を感じた。
メルド団長もそこを不審に思ったらしく、
模擬試合をハジメに挑んだが、結果は圧倒的なハジメの勝ちだった。
私もそれで安心してしまった。まさかプレートを書き換えていたなんて。
その後私達は迷宮に挑戦し、
トラップにかかりベヒモスと対戦しなくてはならなくなった。
そんな状況でもハジメは冷静だった。撤退で混乱するクラスメート達を落ち着かせ、
ベヒモスに単身で挑んだのだ。無茶だと思った。
でも、ハジメの攻撃は視認出来ないほど早く、動きも影が見える程度だった。
それを見て安心すると同時に、歯がみもした。
私達が戦闘に参加しても足手まといにしかならないことに。
そして、撤退の時にハジメは奈落の底に落ちていった。
その後のことを私はよく覚えていない。
気付いたら迷宮を脱していた。あれだけの戦闘能力をもってしても死ぬ。
絶望感だけが心を支配していた。
その後私達は鍛錬を繰り返した。二度と仲間が死なないようにと。
そして、私達はベヒモスに再度挑戦し討伐した。
その時、拍手と共にいるはずのない人物が現れた。
ハジメだった。そんなはずはない。ハジメは奈落の底に落ちていったはず。
それに対しハジメは驚愕の事実を口にした。
ここにいる自分は幻術であること。天職はランサーではなく、
地球最後の魔術師だとも。
とても信じられなかった。天職がランサーでなくあの戦闘能力。
そして地球最後の魔術師だということが。
ハジメは檜山が自身を殺そうとしたことを告げると、消えていった。
私と香織は安堵した。別行動とはいえ、ハジメは生きているということに。
そして、次にハジメが現れたのは、帝国の護衛との模擬試合の時だった。
この護衛が皇帝だということに驚いたが、それ以上にハジメは私たちにこう告げた。
お前等にはアレがない。皇帝に勝てないと。
皇帝も同じことを言ったので、皆黙ってしまった。
その後、一人で考えてみた。アレとは何かを。
ハジメが私達を見る眼は憐れみに近かった。
皇帝の眼はこいつらは使えないという眼だった。
ハジメは何を伝えたかったのか時系列で考えてみた。
そして、恐ろしい仮説に直面した。
ハジメの言うアレとは、人を殺した経験ではないかと。
最初は否定した。でも、それなら納得がいく。
だとしたら、私はその時どう振る舞えばいいのか。
考えたが、ただ、時間だけが経過していくだけだった。