今やホルアドの町の入口は惨状に包まれていた。
攻撃魔法が飛び、拳が大地を抉る。
ユエと香織。女同士の一人の男を巡るバトルは激しさを増すばかりだ。
光輝達は香織怖さに近寄れず、ハジメは未だ気絶中だ。
ユエの後ろに龍が、香織の後ろに刀を持った般若が幻視され、
とてもではないが近づけない。
なぜこうなったのか? 話はハジメが香織にパイルドライバーを喰らった直後に遡る。
「・・・・・・ハジメに何してるの?」
怒りをにじませたユエが香織に詰め寄る。
それに対して香織は怒りをにじませ答える。
「私は南雲君が好きよ。好きな男が女増やしてたら怒るでしょ?」
そう言ってシアとティオを見やる。
そう言った香織を見て、はっ、と見下すユエ。
「・・・・・・要は自信がない。私は特別。だから増えても気にしない」
その言葉に香織がピキッとキレる。
「横からかっさらった泥棒猫がよく言うわね」
「・・・・・・好きと言えなかったチキンがよく言う」
そこからは戦いで語り合うことになった。
魔法を遠慮なくぶっ放すユエに、拳で殴りかかる香織。
魔法が大地を破壊し、蹴りが風圧を起こす。
「おい! ハジメは起きないのか!?」
原因であるハジメに止めさせようとする光輝。
「無理じゃ。当分目を覚まさん」
ハジメのダメージから無理というティオ。
「くっ!? 二人とも止め・・・」
「「邪魔!」」
止めに入った光輝が、香織の拳で宙に打ち上げられ、ユエの魔法で数十メートル飛んでいった。
これを見て誰も止めに入る者はいなくなった。
「おい、起きろ南雲! このままだと町まで破壊される!」
遠藤が必死にハジメに呼びかける。
「・・・・・・ご主人様、そろそろ狸寝入りも限界じゃぞ?」
「いや、無理。死ぬ」
「起きてんじゃねえか! いつから起きてんだよ!」
「遠藤。最初からだ」
「じゃあ二人を止めてくれよ! 止めなきゃ町がやべえんだよ!」
「さっきパイルドライバー喰らった俺に、また、喰らってこいと? 殺す気か?」
「神なんだから何とかなるだろ!?」
ハジメは眼をつむりつつ答える。
「神でも・・・・・・出来ないことはある」
「とにかく止めてくれ! もうハジメが行かなきゃ無理だ!」
「はあ・・・」
ハジメはため息をつきつつ、『カリスマ』、『神性』を全開にする。
「二人ともそこまでだ!」
ハジメは左手で香織の拳を止め、右手でユエの魔法を弾く。
「全く・・・二人とも少し頭を冷やせ」
二人に周囲を見てみろと促すハジメ。
もはやホルアドの入口周辺の地形は変わっており、ひどい惨状である。
「南雲君いつから起きてたの?」
「最初からだ」
「・・・ってことは私が南雲君を好きなことも・・・」
「聞いてる」
全く・・・自分のどこがいいのか? 考えてもわからないハジメである。
「・・・決めた。私も南雲君についていく!」
香織が決然と言い出した。
「いや、待て待て。俺達の旅は危険で・・・」
「何か問題でも?」
ギロリとにらむ香織に眼をそらすハジメ。
とてもではないが否定など出来ない。
「そういうわけでよろしくユエさん」
「・・・・・・よろしく香織」
二人仲良く握手・・・ではなかった。
ユエの背後に龍が、香織の背後に刀を持った般若を皆が幻視した。
どう見てもバチバチである。
皆がハジメに憐れみの視線を向ける。
「ミュウ、いい天気だなあ」
「うん。パパ。いい天気だね」
ついに現実逃避をハジメは始めた。
「ちょっと!? ハジメさん!? 現実から眼を逸らさないで下さい!」
「何を言っているシア? 俺は正気だ」
「いやいや! 今、現実から眼を逸らしてたでしょ!」
「それは違う。スルーしようとしただけだ」
「それ言い方変えただけでしょ! 潔く現実を認めて下さい!」
「私と旅するの嫌なわけないよね?」
香織の威圧感を伴った視線に、拒否など出来るはずもない。
一方のユエからは、コイツ連れてくのオーラが出ていた。
「雫、天之河のフォロー任せた」
ハジメは疲れた声で雫に頼む。
よく考えれば、いずれはこうなったのであるが、ハジメは恋愛に関しては前世は経験が少なかった。
いわゆる商売での女遊びは経験豊富だったが。今世では恋愛経験は異世界に来るまでなかった。
ハジメは各種の能力が高かった為、高嶺の花扱いだったのである。
ハジメは蔵からシャドウ・ボーダーを取り出し、皆を乗せた。
ハジメの背中は煤けていた。
目指すはグリューエン大砂漠にある、七大迷宮の一つ、グリューエン大火山。
ハジメ達は西に進路を取った。
三週間後、ホルアドの町に愛子達が帰ってきた。
雫は先生との再会を喜び、ハジメ達について話した。
まず、ハジメが正式に異端者認定を受けたことだった。
雫は思う。誰を差し向けても無理だと。
仮にクラスメート達を差し向けても、今のハジメはユエ達の方が大切であり、
躊躇なく殺害を実行するだろう。
それを愛子に述べると、愛子も同意見だった。
「・・・・・・思えば南雲君に背負わせすぎだったのかもしれません」
「先生それは・・・・・・」
「南雲君が清水君を殺した時、ショックを受けました。でも、彼の去り際の悲しい瞳でわかったんです。
私達じゃ殺すことが出来ないから、あえて悪役になったんだと」
「ハジメは昔から色んな物を背負わされてきました。私達はそれに気付かずに頼りきってしまった」
「ええ。よく考えれば南雲君はみんなと同じ学生なんですよね。でも、何でも出来てしまう。
だから私も南雲君なら大丈夫と思ってしまいました。・・・南雲君の心の内を気付かずに」
「今のハジメは何を思って行動しているんでしょう?」
「南雲君から直接聞きました。夕食の後にみんなに話すけど。みんなが帰還できるように、方法を探しています。
・・・結局、全てを南雲君に背負わせてしまってる。私は教師失格ですね」
「そんな! 先生は頑張ってます!」
「いいんです。・・・南雲君は確かに人を殺してます。でもそれは大切な者を守る為にやってる。それが苦しくても。それだけの覚悟を持っている事に、私は気付けませんでした」
「・・・・・・・」
確かにそうだ。ハジメは色んな物を背負って生きてきた。それは救済者と言ってもいい位。
でもそんな茨の道、悲しすぎる。誰かが支えてあげないといつかは・・・・・・
そこまで思ってはっとする。
壊れたハジメはあらゆる物を破壊するだろう。創世と滅亡を司る神なのだから。
そしてこの世界は最悪の結末を迎えることになる。
「八重樫さんどうしました?」
先生が心配そうに見つめる。
「だ、大丈夫です」
(香織・・・ハジメを支えて。そうでないとハジメは・・・)
雫の思いは虚空に消えていった。