7月上旬。眠い目を擦りながらも体を起こし、部屋のカーテンを開けて洗面台に向かう。
アリアとのギクシャクした関係もなくなり、先の不安といえば不足している単位ぐらいのもの。それも人数集めを終え、後は当日を待つばかりである。
(今日はどうするかな…)
アリアのいちご味歯磨き粉と間違えないようにしつつ、歯磨きを始める。
アリアは何やら用事があるとか言って昨日からいない。白雪は白雪で任務に参加するとは言ったものの、直前までS研にかかりっきり。つまり今日はトラブルメーカーたる二人がおらず、超平和な日なのだ。といっても、やることは何もないのだが。
歯磨きを終えて自室に戻り、コーヒー用にティファールに水を入れてからパソコンを開く。メール…は案の定白雪からの心配メールが盛りだくさん。みなかったことにしつつ、ふとある記事に目が行った。
『これで部屋のお掃除いらず!ルンバ550!今なら2つ御購入で割引!』ルンバか…勝手に部屋をきれいにしてくれるってんで、理子がすごく推してた気がするな。見せてもらったルンバ、ものすごくデコレーションされてたけど。パチリと音が鳴り、沸いたお湯とコーヒー豆をマグカップに注ぐ。とそこで脇に置いてあったケータイから花のうちにのメロディーが流れた。
白雪だったらスルー…と考えてたが、アリア。即座に開いて応答する。
「もしもし?」
「キンジ?あんた台場の任務にレキも誘ったわね?」
「誘った…というより向こうからやるって言われたんだけどな」
「細かいことはともかく。アンタも一応武偵として貸し借りは早めに返しておきなさい。レキだからじゃなく、一武偵としての礼儀よ。分かったわね?」
ぶち。アリアが一方的に言うだけ言って切ってしまった。ちなみにアリアの電話にすぐ出るのは出なかった日にダブルバックドロップを決められたから。
(貸し借りか…)
武偵同士での貸し借りはあまりオススメされていない。こじれればどんどん孤立していくし、情報が異様に早く回る武偵高では、そう言った奴は周りからも信頼されなくなっていく。
(と言ってもレキだからなー…カロリーメイトじゃ割に合わないし、ハイマキの餌…お?)
思い当たるフシがあり、早速レキに電話をかける。
「…はい」
はいって。電話の一言目にはいって言うやつ初めてなんだが。知らない相手だったらどうするんだ。
「あー…レキ、今日暇か?ちょっと付き合ってほしい場所があるんだが」
「構いませんよ」
「良かった。そうだな…もうバスは走ってるし、10時にお台場駅でいいか?」
「分かりました。ではまた」
ぷち。最初の応答はともかく、まだレキの方がアリアより優しいぞ。時計を見ると9時。台場まではものの15分でつくが、あまりのんびりとはしていられない。半分残っていたコーヒーを飲み終えて、支度を始めた。
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(レキはもう来てるのか…?)
約束の10時……の10分前。駅周辺を見回すが、レキらしき人影はない。曲がり角に差し掛かり、連絡をしようとケータイを取り出す。と同時にゴチ、と肘に何かが当たった。なんだ?
「キンジさん」
そこにいたのは武偵高のセーラー服を着たレキ。ドラグノフは持ってきてないらしく、レキがそこにいるだけだ。見れば、少し額を抑えている。ちょうど肘が当たったのか。
「すまん。ちょうど前をみてなかった」
「大丈夫ですよ」
と言ったきりレキは動かない。見上げて俺を見てるだけだ。
「えっーとだな。今日は、電器屋に行く」
「電器屋ですか」
「そうだ」
元々近くのビックカメラでセールをやっていることもあり、待ち合わせも台場駅にしたんだが…。
「このままいても暑いだけだから、歩くぞ」
「はい」
女子との距離感や会話なんて分からないし覚える気もないが、こういったやりとりをすること自体苦手である。その点、レキはありがたい。基本無口だから、無理に話をする必要もないからな。
「……っと。ここか」
時計を見ると、ちょうど10時を回ったところだった。ありがたい。早い時間なら人も少ないからな。
「レキ。行くぞ」
後ろにいたレキに声をかけ、店内へと入って行く。買うものは決まっているから迷うこともない……と思ったのだが。
「どこだ……?」
分からなくなってしまった。しかし焦る必要はない。こういう時のための店員だ。
近くにいた店員に声をかけ、目当ての掃除ロボットの場所を教えてもらう。
「……?レキがいないぞ……?」
買いに来たロボットは見つけたが、今度はこっちのロボットを見失ってしまった。まあいいさ。勝手に選んで渡すとするか。
「キンジさん」
うんうん唸りながら似たような丸型ロボットを見比べていたら、隣から声が掛かった。ぎょっとして横を見ると、しゃがんだレキがそこにいた。
「掃除ロボット…?」
「あ、ああ。カジノ警備を手伝ってくれるだろ?お返し……にしては釣り合わないかもだが、レキの部屋にと思ってな」
ちょうど今朝見た550型のルンバが目に入り、手に取る。さっきまで見てたやつよりも一回り小さく、軽い。消音効果なんてのもついてる。
広告通り二つ買うとお得!と書いてあったんで二つ買ったんだが、2個目はタダって採算どうなってんだ。
「これなら勝手に付けておけばいいし、楽だろ」
レキは無言でうなづく。そして心なしか、何だか嬉しそうな気さえする。
その後別段やることもなく、じゃあ帰ろうということになった。
電車を降りレキと別れてから帰路に着いたが、女子との買い物はこんな感じでよかったのだろうか?
良くても悪くても確認する方法なんてないのだが。家に着き、実際にルンバを起動してみる。シュイーンという音を上げ、床の掃除を始めた。自動ってものはいいもんだ。ぐうたらしてても機械が全部やってくれる。昼寝をして、起きてからもだらだらとネットサーフィンや携帯のミニゲームをやっていると…時刻は23時。風呂にでも入って寝ようかと思い立ち上がる。
pipipi…
俺の携帯から花のうちにのメロディーが流れる。発信者は……レキ?
「もしもし?」
「キンジさん。部屋に来てくれませんか」
「来いって…今もう23時だぞ?明日じゃダメなのか?」
「来てください」
「……分かったよ」
ぷち。レキにしてはなんだか強引だった。何かあったんだろうか?それにしても女子寮か。この前行ったばかりなのに。俺にとっちゃ死地も同然なんだぞ。
最低限の支度をして、部屋を出る。そんなに遠くもないから歩いて向かうんだが、誰かに見られたら面倒だ。少し小走りして時間短縮することにした。
玄関前に着いたが、レキの部屋にはインターホンがない。仕方なくドアをノックして、声をかける。
「レキ。来たぞ」
かちゃり、と玄関が開いてレキが現れた。なんだか落ち込んでいるような…?気のせいだろうか。
「どうしたんだよ?」
「とりあえず、中にどうぞ」
確かにずっと外にいるのは色んな意味で危ない。こんな時間なのもあるし、変な噂を立てられても困るしな。
「キンジさん、すみません」
中に入ると、レキがいきなり謝ってきた。言いながら出してきたのは、今日買ったロボット…?
「使おうとしたんですが、動かなくて」
「動かない…?」
今日買ったのは新品だし、壊れている可能性は無いとは言えないが、ほぼゼロだろう。となると、何かしらの原因があるはずなんだが…
「レキ。なんかいじったりしたか?」
「はい。動かなかったので、完全分解して戻しました」
オ、オーバーホール?構造はわからないが、よくやったな。しかもそれを完璧に戻すあたり、レキらしいが。
試しにボタンを押すが反応しない。確かにこれでは動かないと思っても仕方ない……のだが。
「レキ。これ充電したか?」
「……充電?」
ミリ単位で顔を動かし、わからないという顔をするレキに対し、箱の奥をガサゴソと探る。
やはりというか当たり前なんだが、触られていなさそうな充電器が出てきた。
「これは一回充電しないと使えないんだ。コンセントあるか?」
リビングの隅にあったコンセントに機械を差し込み、ルンバの本体をくっつける。ピポーという機械音が鳴り、数分もすると赤かった電源ランプが緑色に変わる。
「押してみな」
不思議そうにしながらもレキがボタンを押す。今度は短く機械音が鳴り、俺のルンバと同じくシュイーンという音を立てながら動き出した。近くにいたハイマキはルンバを見るなり警戒を始めたが、なんの害もないことに気づくと器用に上に乗っかった。大丈夫かな。ハイマキ、100キロくらいあった気がするんだけど。
「ありがとうございます。いただいたものを、壊してしまったのかと……」
レキの中では一大事だったのだろう。動いたルンバを見て、一安心しているようだった。
「これで一件落着だな。もう遅いし、俺は帰るぞ」
「はい」
玄関で靴を履き、レキの方に振り返る。
と同時にゴンっ、という鈍い音がした。
後でわかったが、ルンバがレキの踵にぶつかり、その上にいたハイマキがレキにぶつかった。その結果、レキがつんのめり、こちらに倒れてきた。
「ちょっ……!」
受け身を取ることもなく、座っている俺の顔にちょうど胸が当たってしまう。ふんにゅりと柔らかい感触がするも、どうすることもできず俺自身も後ろに倒れてしまう。咄嗟にレキが頭をぶつけないように手を出すが……
ごちんっ!
俺自身が、玄関の床に頭をぶつけてしまった。
「……うっ」
「っ!キンジさん」
レキはすぐに飛び起き、俺を起こそうとしてくれる。その表情はどこか心配するような…いや、ヒステリアモードだからしっかりと分かる。レキの困った表情が、今は愛らしい。
「レキ。心配してくれてありがとう」
ゆっくりと立ち上がり、レキの手を取る。
「俺はもう大丈夫だよ。心配なら俺の家にでも着いてくるかい?」
レキは数瞬止まったものの、ふるふる。顔を横に振った。レキらしい…とは思うが、少し寂しい気もするな。
「それなら、今日はもう帰るとするよ。こんな時間に男女が2人。レキにあらぬ噂が立てられたら困るだろうからね」
靴を履き直し、玄関に手をかける。
「キンジさん」
レキから声がかかり、顔半分だけ振り返る。
「あなたは、優しい。気づいてないかもしれませんが、あなたに助けられてる人はたくさんいる。…私も含めて」
あ、ちょっと照れた。
「俺が優しいのは俺がそうしようと思った人だけだよ。レキは特に放っておけないからね」
レキの方に完全に振り向き、頬に手を当てる。レキの肌は柔かく、今にも溶けてしまうような気がした。名残惜しくなり、近づいて額に軽くキスをする。
「今日はもうおやすみ。あまり長居するとハイマキに怒られそうだから帰るけど…今日は頼ってくれて、嬉しかったよ」
レキに向けてウィンクをし、玄関のドアを開ける。ガチャリとドアが閉まり、ゆっくりと家に帰ることにした。
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何やってんだ…俺!
帰ってからヒステリアモードが解け、俺は机に突っ伏した。やばい発言をいくつもした気がする。しかも額にキスとかしてなかったか?新たな黒歴史を作ってしまったと自己嫌悪に陥りつつもベッドに向かう。こういう時は寝るに限る。ヒステリアモード特有の倦怠感を味わいながらもなんとか寝室のドアを開け、ベットに入る。みぎゃ!とか、ピンク色の髪が見えたり聞こえたりしたが知らん。俺はもう寝る…はずだったのだが。……ピンク色の、髪?
「……こっ、このっ!ヘンタイ!ドヘンターイ!!!」
ばきゅばきゅ!
至近距離から聞き覚えのありすぎる銃声を響かせたのは…アリア!
帰って!きてたのか!
「風穴!あんたに夜這いの趣味があるとは思ってなかったけど…もうキレた!風穴だらけにしてやるわ!」
アリアは顔を真っ赤にしつつ、ガバメントをこっちに向けてきた!
対する俺はただの寝間着。防弾制服ですらない。こういう時はもうできることが限られている。すなわち、逃走!
鬼の形相で追いかけてくるアリアを尻目に、俺は廊下を走る。どうにか銃弾を避けながら窓を開ける。窓の縁に足をかけるものの、頭ギリギリを狙った銃弾に感覚を狂わされ、頭から東京湾へと落ちてしまう。ふと見上げた先の女子寮の一角では、スコープらしき光が輝いていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
主自身本の虫ではありますが、投稿をしてみようと思えたのはここで執筆をしてる方々に影響されたからです。文章力はあまりありませんが、
少しでも緋弾のアリアが好きな方々と知り合えたらなと思っております。
主のTwitter @kurozakurasu
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