9月5日。8月も終わったというのに、暑さは衰えることを知らない。セミの鳴き声も相まってより一層暑さを増幅させている。
「どうするかな」
例によって自分の部屋には帰れず、未だレキによる狙撃拘禁状態。当の本人は何やら用事があるとのことで朝から出かける旨を昨日の夜の時点で聞いている。
ハイマキは連れていかなかったが、そこは俺への監視という意味も込められているのだろう。
正午を周り、部屋にできた日陰のところで丸まって寝ているが、時折目を開けてこちらをみているのがわかる。そんなに警戒しなくても逃げないっての。
休日ということもあり、いつもなら音楽を聴いたり映画を見たりするものだが、レキの部屋にはそれに類するものすら何もない。携帯で何かしら暇を潰そうにも、この1週間足らずで最近の話題はほぼ見尽くしてしまっている。
「出るか」
持っていくものは最低限。財布、携帯、拳銃。休日くらい銃なんて持ちたくないが、先日のココの件を考えるとそうもいかない。
弾倉を再度確認して帯銃する。ハイマキが動き出した俺に気づき、ノソノソと近づいてくるが無視。どうせ着いてくるんだろうし、気にしたら負けな気がするからな。
レキからもらったカードキーで施錠をし、周りを確認してから早足で女子寮を出る。見つかったらややこしいことになりかねん。もう手遅れな気もするけど。
足早に向かう先は武偵高、救護科。リマ症候群をいち早く達成して解放されるためにも、情報収集は欠かせない。レキの身近な人物を考えた時、アリア、理子、白雪を除くと次に上がってくるのは装備科の平賀さんと救護科の宗宮つぐみ。宗宮は一年だが、ハイマキの世話を時々してくれてる。俺の知らないレキの姿を知ってるかもしれないし、聞き込みをする価値はあるだろう。
ハイマキと共に救護棟のエスカレーターに乗り、応急室のある10階へと向かう。ここにくるのは白雪と来た時以来か。トラウマでしかないが。
ノックをして中に入ると、数人の生徒がいるものの、宗宮の姿は見えない。ハイマキは何度か来ているのか、迷うことなく奥に進んでいってしまう。ので、仕方なく後についていく。
部屋の奥、パーテーションで仕切られたところには休憩中の札があり、側の椅子には待機用と思われる椅子が並んでる。ハイマキはノックのつもりなのか、ウォン、と一鳴きすると、頭でパーテーションを動かして中に入っていった。
「ハイマキ……?レキさんですか?」
聞こえてきたのは宗宮つぐみの声。どうやらあたりだったようだ。
「いや、違う。俺だ。遠山キンジだ」
「遠山さん?」
どうやらパソコンで何やら調べ物をしていたようで、回転椅子をこちらに向ける。宗宮はまだ状況が飲み込めてないのか、すり寄ってきたハイマキを撫でながら俺の方を見た。
「何かあったんですか?」
宗宮的には何か思うところがあるのか、どこか心配そうだ。レキが俺のこと(狙撃拘禁)を話すとは思えないが、そばにあった椅子を持ってきて座り、事の顛末を話した。
「なるほど……そんなことがあったんですね」
「ああ。何かレキ関連で知ってることとかないか?最近の変化とか」
「変化……ですか。ハイマキをここに連れてくるのは週に一度ですし、特に変化とかはないと思うんですが、一つだけ気になりなることがありまして」
「何があったんだ?」
これは期待できるのだろうか?ハイマキを犬のように手懐けつつ、横におすわりをさせた宗宮は難しそうな顔をして呟いた。
「午前中にレキさんここにきてるんですよ」
「そうなのか?」
「ハイマキも連れず、ただレキさんだけが来たんですが、声をかけたら何かを思い出したかのようにそのまま出て行ってしまいまして。追いかけることができれば良かったんですが……」
そこまでいって宗宮は俯いた。
俺はペットや武偵犬を飼っているわけじゃないのであまり詳しくは分からないが、本来休みである土曜も対応しているのだ。レキ一人に時間を割くことを求めるのは違うだろう。
「その話を聞けただけでもありがたいさ。レキがどこに向かうか、見当だけでもつけれないか?」
「又聞きにはなってしまうんですが、学園島のCD屋に時々レキさんがいるのをみている友達がいるんです。今日は休日ですし、もしかしたらそこじゃないでしょうか?」
「分かった。行ってみるよ」
宗宮にデレデレのハイマキだが、俺が椅子を立つと即座に立ち上がり、二歩後ろについてきた。さすが武偵犬(狼)というのもあるが、こいつもこいつでレキが心配なんだろう。
✳︎
救護科を出てCD屋へと向かうが、武偵高とは少し離れた場所にあるため、バスに乗ることにした。ハイマキはバスに慣れてるのか、邪魔にならない位置で座ってる。程なくして目的地につき、CD屋に入る。
「……ん?」
入ってすぐ、視聴コーナーにいるレキを見つけた。背中を向けているため、顔は見えないがあの髪色とオレンジのヘッドホンをしている人物など武偵高ではレキ以外いないだろう。
声をかけようと近づいたその時。
「……!?」
どんっ。
後ろから入ってきたハイマキが俺にぶつかりながら走り出し、レキの元へ駆けていく。何故、とも思ったがその答えは目の前にあった。
レキがその場で崩れ落ちたのだ。すんでのところでハイマキがクッションになった。
「レキっ!」
理解が追いつかないものの、レキに駆け寄る。
不自然な倒れ方だったこともあり、外傷がないか身体を見るが、そういったものではないようだった。
ハイマキの背中にレキの頭を乗せ、額に手を当ててみる。手から伝わってきたのは尋常じゃないほどの熱。ただの風邪だとは思いたいが、この場所じゃ判断のしようもない。
「ハイマキ。一旦武偵病院に行くぞ」
レキを抱えてCD屋を出ると、ちょうどバスが来ているところだった。急いで乗ろうとしたところで、ハイマキがズボンを噛んで止めてきた。
「……なんだ、どうしたってんだ」
抱え上げたレキの意識はなく、どんな状態なのかもわからない。一分一秒でも早く病院に連れて行きたいというのに。
バスがいってからズボンを離したハイマキは、バスがいった方向とは逆を向いていきなり吠え始めた。
「一旦なんだってんだ…!」
逆側を向くと、そこは女子寮。確かにここからなら、レキの家に戻ったほうが早い。
執拗に吠え続けるハイマキを見て、そのまま家に戻ることにした。
✳︎
部屋に戻り、すぐにレキを布団へと下ろす。表情が変わらずわかりにくい部分もあるが、顔が赤く、額に手を当てればまだ熱が引く様子はない。
「タオルくらいはあるよな……?」
人の部屋を詮索するのはいただけないが、今は緊急事態だ。四の五の言っている場合ではない。
洗面所に入り、タオルがありそうな場所を探す。そう時間をかけることもなく上段の物入れにあったタオルを見つけ、そのまま水で濡らしてレキの額にあてることにした。
ハイマキがレキから少し離れたところで、じっとレキを見つめ、何を思ったかいきなり吠え出した。
「お、おいっ!今は静かにしないと……」
そこまで言いかけたところで、レキが目を開けた。
「キンジさん……?」
起きたはいいが状況を読み込めていないのか、周りを見て頭に?マークを浮かべている。
「レキ。安静にしてろ。ほら」
起きた反動で落ちたタオルを拾いつつ、レキの肩を掴んで再度寝るように促す。
「自分がどんな状況だったか覚えているか?」
「CDショップに寄ったことまでは覚えていますが、その先は……うまく思い出せません。」
それはそうだろう。そのまま倒れているのだから。
「とりあえず、ハイマキの要望で病院じゃなくて寮に来たんだが、風邪薬とかおいてるか?」
レキはすり寄ってきたハイマキを撫でつつしばし考えて、
「昨日の夜に飲んだ分が最後……だったかと」
レキはゴホゴホと少しせき込むと、掛布団をより一層深くかぶる。
「女子寮の下にもコンビニはあったよな。ちょっと行ってくるから待っててくれ」
ハイマキにレキの看病を任せ、部屋を出る。この分だといろいろ買うことになりそうだ。
何が必要かと考えながらも足早にエレベーターへ向かい、一階につく。
ポカリや冷えピタをかごに入れつつ、小さいながらも薬コーナーを見つけ、風邪薬を探すが、見つからない。店員に話を聞くと、季節の変わり目、しかも女子寮全体で風邪が流行っているらしく、在庫もない。何なら男子寮のコンビニも同じ状況とのことだった。
情報が得られたのはいいが、それならばと期待していた男子寮にもないとなると、いよいよどうしようもなくなってくる。
とりあえず会計を済ませ、買ったものをレキに届けるべく再度エレベーターに乗る。
「風邪薬……風邪薬……おっ」
風邪薬で思い出した。そう、何を隠そう愛用の特濃葛根湯である。走って戻ってくれば30分ほどで戻ってこれるだろう。問題はアリアがいないかどうかだが、最近の動向を見るに、大丈夫だと信じたい。
玄関で出待ちしていたハイマキに荷物を渡し、男子寮に向かうことにした。
★
「誰もいない、はず!」
何が悲しくて自分の寮に入ることを躊躇わなければいけないのか。物音や人がいるような気配はなく、足早に台所へと向かって目当てのものを探す。記憶が正しければ5月頃、風邪を引いた時に使ったものが残っているはずだ。
「あったっ…」
思ったより使っていたのか量は少ないが、後2.3回分はあるだろう。
瓶なので割れないようにバッグに入れ、急いで部屋を出る。ハイマキがついてるしそんなに急ぐ必要もないのかもしれないが、急いでおいて悪いことはない。下手にアリアたちに見つかるのも怖いしな。
1階へと降り、買い足すものはないとコンビニを横目に走り出そうとして、その奥の駐輪場が目に入る。同じ向かうなら自転車のほうが早いだろう。
一呼吸おいてから自分の自転車を探し、荷物をかごに入れ、サドルの下もしっかりと確認しておく。不審物らしきものもないな。3度にわたる入念なチェックを終え、自転車にまたがって女子寮に向かうことにした。
★
行きよりも早く20分ほどで女子寮につく事ができ、空いてるスペースに自転車を止め、レキの部屋へと向かう。ハイマキは中に入っているのだろう。
ICキーで開錠し、部屋へと入っていく。
「レキ……?」
眠っているのか、レキは目をつむっている。そばにいるハイマキもくるまって近くにいるだけってことは、とりあえずは大丈夫そうだな。
俺が出て行ってからすぐにレキは眠ってしまったのか、ハイマキに渡したコンビニの袋は床に置かれたままだ。
バッグを下ろし、レキの額に乗せていたタオルを冷えピタに変え、洗面所で使ったタオルを水洗いし、洗濯機に入れておく。
これでひと段落と思って寝室に向かうと、レキが起き上がっていた。
「大丈夫か?薬持ってきたから、ほら」
買ってきていたポカリと特濃葛根湯を渡し、レキは受け取ると覚束ない手付きで薬を飲んだ。更に数口仰ぎ、落ち着いたのかこちらに向き直す。
「…ありがとうございます。頭痛はしますが、今はそこまで熱が高くないので、大丈夫かと」
自分で額を触りつつ、レキは立ち上がろうとする。
「あ、おい。まだ熱があるし、寝てたほうがいいんじゃないか?」
「汗をかいたので着替えるだけですよ。それとも……」
と、そこでレキがこちらをちらっと見てきた。
「キンジさんが着替えさせてくれますか?」
「え?」
一瞬、思考が止まる。俺がレキの着替えを?いや、そもそもレキが普段そんなことを言うはずがないんだが。
あたふたする俺を見て、レキの口角が微かに上がったような気がする。
「冗談ですよ」
レキはそういうとそばのハンガーにかけてあった制服の一つを手に取り、洗面所へと向かっていった。熱があり、いつも通りではないと思ったが、まさか着替えを頼まれるとは思わなかった。
ハイマキがレキの後ろについていき、洗面所のドアが閉まる。
することもないので床に座って携帯を開き、メールのチェックをする。武藤から1件、白雪から34件。元々登録している人も少ないのでこんなものだ。白雪に関しては二桁が当たり前になってきているので無視。武藤のメールもラーメン早食いという題で送られてきており、内容を見る気にもなれない。
ふとレキの向かった洗面所に目をやるが、物音がする様子はない。してもらっても困るが、いささか静かすぎないか?
意を決して確認に行こうと立ち上がったところで、扉の奥からゴンッ、という鈍い音が聞こえる。レキが転んだのかと思って向かうが、俺が開ける前にドアが開き、壁にもたれかかっているレキがいるにはいたのだが、その姿がよくなかった。
うまく着替えることができなかったのか、ブラウスのボタンはかけ違いで一か所しか止まっておらず、スカートのジッパーは途中で引っかかったのか半分も閉められていない。そこまでつぶさに確認してしまってから慌てて目を逸らすが、もはや遅かったのか若干体の芯に血流が集まっている気がする。
「すみません。少し……手を貸してもらってもいいですか」
「あ、ああ」
また熱がぶり返したのか、レキの頬はさっきよりも赤みを帯びている。壁にもたれかかっている方とは逆側のレキの腕を持ち、寄りかからせるようにして寝室へと向かった。体に触れすぎないようにしてはいるが、肩を持っている時点でほぼ密着しているため、耐え忍ぶしかない。
何とかレキを下ろし、布団をかける。
「……ありがとうございます」
「いいって。あまり長居するのも悪いし、俺は自分の部屋に戻るぞ」
思えば昼から付きっ切りで、時計を見れば18時をまわるかどうかというところだ。
「……俺は戻るからな?」
返事がなかったのでもう一度伝えるが、レキは俯いたままだ。体の中心に集まってきた血流が収まってきたことを確認し、レキの部屋を後にしようと立ち上がりかけたのだが。
「……っ!?」
レキが俺の服のすそを引っ張り、しかもそれが絶妙なタイミングだったため、レキのいる布団に倒れ込みそうになってしまう。間一髪手をつくことができたが、ちょうどレキの頭の横という大変よくない場所に手をついてしまった。
どうしたものかと背中に冷や汗をかきながら頭をフル回転させる。血流が集まったり収まったりで混乱しているが、今は強まって甘ヒスくらいになっている。といっても何も思いつけないのが現状なのだが。
「キンジさん」
「なんだい」
いつのまにか口調までヒスってる時のものになっている。思ったよりも早く血流が集まっており、通常時からヒステリアモードまでにメーターがあるとしたらもう8割は超えてきている。その原因となるのは目の前にいるレキだ。
「もう少しだけここにいてくれませんか?少しだけでいいんです」
そういうレキの目はまっすぐだ。本来レキは冗談を言わないし、今もそうだろう。ただ、いつもと違うのは自分の気持ちに正直になっていることだ。
それが風邪のせいかどうかは言及しないとしよう。この状況でそこまで考えれるのは、やっぱりヒステリアモードになってしまっているからなんだろうな。
「少しと言わず、ずっとそばにいるよ」
レキの赤みを帯びた頬に手を当てると、やはりまだ熱があるのか熱い。レキにとっては手が冷たかったのか、反射で目をつむる。
その様子がどうにも可愛らしく、そのまま頭を撫でる。レキは恥ずかしいのか布団を掴むと、顔半分を隠すように布団を被った。
そばにいたハイマキが俺とレキの間に割り込み、レキを隠すように陣取って座った。そのままハイマキを撫で始めると気持ちよさそうにすり寄ってくることから、どうやら怒っているわけではないらしい。
「キンジさん、手を……」
そういってレキは右手を伸ばしてくる。あまり意図が組めず、半ば反射で俺も左手を出すと、レキが指を絡めてきた。一瞬絡指かと思ったが、違う。この握り方は……いわゆる恋人つなぎという奴だろう。俺も初めてやったが、手から伝わってくるレキの体温も相まってドキッとしてしまう。
右に左に握った手を振っていると、ハイマキが手の上に顎を乗せてきた。これには思わず苦笑してしまい、レキもハイマキの行動に顔を綻ばせた。手を振るのも止まり、レキも安心したのか次第にうとうとし始めた。手がしっかりと握られているため、動くこともできない。かろうじて手首を動かし、時計を見ると19時前。
外が暗くなり始め、夕日が雲と雲の間から見え隠れするのがわかる。寝るには早いがこんな状況だし、ヒステリアモードの俺には手を離すという選択肢はない。そのままのんびりレキの寝顔を見ていると、今日動きまわった反動なのか眠気がやってくる。変に逆らうこともなく目を閉じ、そのまま意識を手放した。
★
床の硬さに違和感を覚えて目が覚める。うまく意識がはっきりしておらず、カーテンのない窓から差し込む日が直接目に入り反射的に左手で遮ろうとしたのだが、なぜか左手が動かない。
「キンジさん」
目の前にいたのはレキ。どうやら昨日はそのまま寝てしまったらしい。
昨日のことを思い出し、レキと手をつないだままの左手を見下ろす。
……どうしろと?
レキは微動だにせず、瞬きすらしない。試しに左右に振ってみるが、レキはなされるがまま。
「……」
無言で見つめてくるレキだが、ネクラと無言では何の変化もない。なぜかハイマキがしっぽを振っているが、何があるわけでもなく。
「……放してもいいか?」
沈黙に耐え切れなくなって左右に振っていた手を止めると、ぱ、と案外すんなりとレキは手を放してくれた。
長い間握っていたこともあり、自分の手がレキの手を握ったときの形で変に固まっているな。
何回か手を開けたり閉めたりして、いつもの感覚を取り戻していく。それをまじまじと見ているレキは少し寂しそうにしていた。
体を起こし、硬くなった体を解す。レキも同様に起き上がるが、熱はないのだろうか?
「…体は大丈夫か?」
「はい。薬が効いたのだと思います。その…」
レキはそこで言葉を区切ると、俺の方に体を向き直した。
「ありがとう、ございました」
その言葉、そして微かに笑っているかのような表情を見てギク、というヘンな音が心臓から聞こえた。朝からいかんでしょうこれは。
「い、いいって。困った時はお互い様だ」
「では、キンジさんが風邪をひいたら私が看病しに行きますね」
冗談ではなく、レキなら本当に来てくれるんだろう。
「風邪なんてそうそう引かないさ。それよりも、来週は修学旅行だ。どこを回るか決めとかないとな。なんかいい案ないか?」
基本的に自由に行動できるとはいえ、何箇所かは回らなければならない。レキも一緒だとなると、より人が来ないところを選ぶする必要がある。
レキは顎に手を当ててしばらく考えると、ふと思い出したかのように話し始めた。
「資料室に過去の先輩方のレポートがあったので、学校に行きませんか?」
「ヘタな観光雑誌よりも実際の声の方が参考になるな…よし、いくか」
テキパキと布団をたたみ、支度を始める。一緒に靴を履き、先にドアに手をかけたところでレキに服の裾をつままれた。
「……なんだ?」
レキの意図が分からず、顔だけ振り返るがレキは顔を伏せている。何事かと考えていたところで右手を握られる。しかも、いわゆる恋人繋ぎと言われるやつだ。
「なっ…おい!どういう…」
つもりだ、と言う前にレキは顔を上げ、微笑を浮かべた。
「ずっとそばにいてくれるのでしょう?」
そこでハッとして、気付く。昨日のヒスった俺が言ったセリフと、同じ。
レキから見たら俺の顔は赤くなっているんだろう。レキなりのリベンジってことなんだろうな。してやられたぜ。
「行きましょう」
満足したのか、レキが握った手を離して玄関を開ける。ハイマキも俺を笑うかのようにウォン、と一鳴きして横を通り過ぎていく。
レキのリマ症候群を考えれば、形はどうであれいい方向に向かっていってるとは思うんだが。どうにも別の問題が発生してるような気がするな。
落とした鞄を拾い、俺は先に行くレキを追いかけた。