なんか狭い部屋に閉じ込められたんだが――監禁Vtuber『登録者N人になるまで出られません』 作:カブアタマ
次の3つのシチュエーションのなかで、君がもっとも困るのはどれだろうか。
ひとつめは、『記憶喪失』。
言葉や常識は覚えているけれど、自分が何者なのか、どんな人生を歩んできたのか、そんなエピソードの記憶を全て失う。
夢も希望も意味も失って、自分がただ人間であるということしか、わからない。
もうひとつが、『拉致監禁』。
君は目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。狭く陰気な四畳半だ。扉にはカギがかかっていて開けることはできない――という安っぽいサスペンスホラーの導入のような状況。
最後に『目が覚めたらナイスバディの美女が横にいた』。
なんだ最高じゃないか、と思うのは素人である。
美味しい話には裏がある。よだれを垂らして美女に手を出したら、頬に傷がある強面の男が現れた……なんてことがあってもおかしくはない。とられるのがお金とは限らない。命を奪われる可能性だってある。
どうして僕がこんな関連性の薄そうな、選びようもないような三択をだしたのかというと訳がある。
今まさに僕が記憶を失って、見知らぬ部屋に拉致監禁されていて、隣で美女がニマニマと怪しげな笑みを浮かべているからだ。
「さて……」
傍らの美女が、常人離れした美しい深紅の髪を揺らしてにっこり笑った。
「そろそろ、話しを進めたいんだけどいいかな? 君のモノローグばかりじゃ視聴者が飽きてしまうよ」
「……視聴者?」
ああ、なるほど。完全に理解した。
この状況は、つまり――
「ドッキリというわけですね、お姉さん。隠しカメラはこっちですか?」
「残念ながらテレビ番組の収録ではないよ」
「ですよねー……」
僕だって、理解している。
テレビ局が同意もなく一般人を拉致して、コンクリートうちっぱなしの狭い部屋に監禁して、あまつさえ記憶を奪うことなんてできるはずがない。
「でもね、ドッキリというのはあながち間違いじゃないんだよ」
美女のお姉さんが、美術作品のように美しい腰のくびれに手を当てて、ドヤ顔をした。
「君を拉致して監禁して、そのうえで記憶を脳みそからちゅーちゅー吸ったのはこの私だよ! 君にはやってほしいことがあるんだ」
「ヤってほしいこと……」
男女、密室。何も起きないはずがなく……。
つまりこの状況は。
「まさかこの部屋は、噂に聞きし『〇ックスしないと出られない部屋』……!」
ツイッターで見た!
うれしはずかしてぇてぇな感じで『この後めちゃくちゃえっちした』ってバズるやつだ。
「まったく違うよ。この部屋は『登録者がN人にならないと』出られない部屋さ」
「意味がわかりません」
「しょうがないにゃぁ……それじゃあお姉さんが優しく、手取り足取り教えて上げようじゃないか」
彼女の艶めかしく赤い唇の上を、ぺろりと舌が這った。
冷たい指が僕の頬に添えられたかと思うと、赤い唇が、ゆっくりと近づいてきた。
「ふーっ❤ それじゃあいくね」
「あっ……ちょっと、耳は弱いんでやめて……」
「はい、記憶注入❤」
ずぶり。
鼓膜へ、鋭く熱いものが突き刺さった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「あはっ❤ 君の膜……破っちゃった❤」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「あーもう、うるさいなぁ」
突然、視界が暗くなった。
頭になにかをかぶせられたようだった。
「先に言っておくね。今、君の声は私に届かないよ。私だけが君に言葉を伝える。音の一方通行――そういうヘルメットだから」
記憶を奪われて、狭い部屋に閉じ込められて、その上意味不明なヘルメットをかぶせられる。
理不尽極まりない。
でも視界が狭く暗くなったせいか、少しずつ心が落ち着いてきた。注入された『記憶』が頭のなかで整理する余裕も出てきた。
ひとつ、この部屋の扉は特別製で僕の力では開けることができない。
ひとつ、扉を開けるにはYoutubeの登録者数を『N人』にする必要がある。
ひとつ、僕はVtuberとして活動し、Youtubeの登録者数を増やさなければならない。
ひとつ、必要な登録者数はダイスによって決定される。
「……なんだこれは、ゲームみたいじゃないか」
「そうだよ。君はゲームに巻き込まれたんだ。私が巻き込んだ」
「なんで、そんなことを……」
「意味なんてないさ」
ヘルメットで視界が狭くなっているおかげで、彼女の姿は見えない。
でも、声色だけで美しい笑みを浮かべているだろうということはなんとなくわかった。
「じゃあ聞くけど、人間たちが犬に芸を仕込むのに意味なんてあるのかい?
お手、お代わり、3回まわってワンと鳴くことに意味なんてなく、精々『犬かわいい』くらいの理由だろう?
それと同じこと。
私は人間がかわいいんだ。
だから、人間で遊ぶんだよ。人間に芸を仕込むんだ。人間が苦労して、挫折して、思いもよらない行動でそれを乗り越えて――可愛らしくキャンキャン鳴いているのをみるのが好きなだけさ。
だから今回は、人間を密室に閉じ込めてVtuberとして活動させたら面白そうだなー可愛いだろうなーと思ってやってみてるだけ。
君を選んだのは、偶然近くにいたから。
特に理由も、必然性もないよ。
何様なんだ? って罵倒が聞こえてきそうだね。
お答えしましょう、私は神様だよ。
千の顔と千の名を持ち、矛盾を内包する混沌の神さ。
理解しなくていい――ただ、人間よりも上位存在だってことだけ解ってくれればいいよ。
さて――」
からん、と音がする。
音の方へ視線を動かせば、宝石のような形をしたサイコロが2つ落ちていた。
0から9までの数。10面のサイコロだ。
「神はサイコロを振らない……アインシュタインだっけ? そんな格言があるけれど、私はサイコロでいろんなことを決めたい系神様だからさ」
確か、サイコロを振って出た目で目標となる登録者を決めるんだったか。
10面ダイスがふたつ、ということは最大数は100。
登録者数を100人にするだけなら何とかなりそうだ。
サイコロを持って僕は立ち上がる。
「ほら、笑って笑って! せっかくだからこの瞬間も撮影して動画にしちゃおう」
この神様、ノリ軽くない?
まあ、協力的なのはいいことなんだろうけど……とりあえず、ヘルメット外そうか。
あれ?
引っ張っても、外れない。
ぐぬぬぬぬぅ……えっ、なにこれ? どっか留め具とかあるんですか?
「……あの、ヘルメット外れないんですけど」
「……」
「外してくれたり、なんて……」
「ああ、突然下手なダンスでもし始めて何かと思ったら……ヘルメットを外してほしいのか。ついつい、内側からの音を遮断するヘルメットを創造しちゃったけど、コミュニケーションがとれないのは面倒だよねぇ」
えいっという可愛らしい掛け声とともに、指を鳴らす音がした。
同時に、ぱちん、とヘルメットの内部で何かが弾けるような感じがした。
「これで君の声も聞こえるようになったよ」
「……ヘルメットを外してくれたりはしないんですね」
「うん。面白そうだからそのままにしとこうかなって。それに、そのヘルメットはカブ――ほら、野菜のカブをモチーフにしてるんだけどね……ふふっ、カブを被ってるって、そんな今時おじさんだって言わないようなギャグ……ぷぷぷっ、間抜けで可愛いじゃないか」
神様のセンスはよくわからん。
「ともかくほらほらサイコロをふりなよ。君の第一歩、最初の扉を開けるまでのハードルを、君自身の手で決めるんだ」
プラスチック製の小さなサイコロを手でもてあそぶ。
自称神様が視線で促すのを感じながら、ふたつのサイコロを床に転がした。
出た目は――