Lonely,Looney.   作:御餅勿々

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引き金は熱くなって

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 AIが世界を支配しかけた第二次大陸戦争を終結へ導いた英雄は、オーシア国防空軍のパイロットの育成を命じられエミュレーターや実機を用いて演習をしていた。

 

 そして長距離戦略打撃群―――所謂ロングレンジ部隊―――ストライダー・サイクロプス両小隊も例外ではない。彼らとの空戦演習もしてレベルを上げている。

 

 如何せんトリガーにギリギリついていけるかいけないかといった人間がストライダー小隊2番機であるカウントしかおらず、他のパイロットでは振り墜とされてしまう。

 

 …つまり、彼ら以外とやる演習は、トリガーにとって少し物足りないものになる。

 

 国家間同士の争いが止まって2年。それでも、局地的な任務は発生するわけで。

 

 <<こちら管制塔。ストライダー1、着陸せよ>>

 

 ストライダー小隊の機体は1番機以外全てハンガーに収納済みである。いつものことだ。『より長く飛んでいたいんだ』という英雄の頼みをロングキャスターが受け入れないわけがなかった。

 

 編隊飛行の演習や実戦形式の演習でもいつもなら『了解』と短い返答が即座に帰ってくる。

 

 無線から聞こえるのは荒々しい息にカチカチとなる歯の音。何があった、と管制室の面々がざわつきはじめると、航空管制官は彼らを黙らせて軍医を呼ばせ、ストライダー1の機体を注視する。

 

 いつもならAIでも載っているのかと思うくらい惚れ惚れする綺麗な線を描きながら着陸をする彼の愛機が、彼の得意な空で初乗りパイロットの如く不安定に揺れている。

 

 ゴキャゴキャ、とブレーキ音とタイヤの擦れる音が歪んだリズムで聞こえてくる。スピードも落とし切れておらず、滑走路を超えて過走帯に行く勢いだ。

 

 ついでにラダーの入力も滅茶苦茶だ。酔っ払いの運転する危ない車のようにフラフラしている。空を飛べる龍が翼を捥がれて、地を這う蛇と化していた。

 

 トリガーに何が起こっている。

 

 

 

2

 

 

 

 トリガーの着陸地点にいち早く着いたのはストライダー2とストライダー4だった。彼らのハンガーが割と近いのもあって、管制室の無線を聞いて異変に気づいた後はパイロットスーツを乱雑に投げ捨てて身軽になっていたからだ。

 

 カウントが翼から彼のコックピットに近づいて拳を叩きつける。空の住人とはいえ仮にも軍人である。それなりの威力であるはずだが、中から反応が何もない。

 

「おい、開けられるか大馬鹿野郎!!おい!!」

「管制塔、こちらフーシェン。トリガーの意識が無い。そっちでコックピットを開けられないか!?」

<<今やってるがロックしか開けられない!!そちらで開けてくれ!!>>

「…ウィルコ」

 

 無線を聞いていたカウントがコックピットと格闘していたがどうにもうんともすんとも動かない。フーシェンはカウントを退かすと、気軽そうに極厚ガラスのコックピットを持ち上げた。

 

 このゴリラ女、と言いかけたが今はトリガーの方が大事だ。寡黙すぎるのは軍人として良いかもしれないが、体の不調を訴えられないのは軍人としても、人間としてもよろしくは無いことだ。後で説教してやるぜ、とカウントは意気込んだ。

 

 フーシェンはカウントへ上がったコックピットを押し付けた隙に、慣れた手つきでトリガーの酸素マスクと身体を固定する器具一式を取り外す。

 

 ヘルメットをマスクの後に取り外すとどうやら顔が真っ赤になっており、彼の額を触ると末端冷え性の自らの掌とのギャップに驚く。トリガーの額から感じられる熱量は、それを差し引いてもおおよそ平常の人間が出すものではなかった。

 

 トリガーは冷たい物が額に当たって心地が良いのか、荒々しい息は軽くなり、短く呻きながら朦朧とした眼をフーシェンへ向けた。何か伝えたいのだと思われるが、震えた顎がどうにもそれを許してくれない。

 

 フーシェンがトリガーの意識があるのを認識すると―――と言っても明滅しているが―――トリガーを担ぎ上げる。『消防士搬送』と呼ばれる方法で。

 

 大の男を身体に乗せたままコックピットのある当たりからヒョイと飛び降りる。

 

「おいフーシェン。トリガーはどうなってる」

「熱が出てる。それもひどい高熱だ。震えてるしマズいぞ」

「なんで全部を抱え込もうとするんだこの大馬鹿野郎…」

 

 呆れて紺碧の空を仰ぎながら自らの上着をトリガーに投げ掛ける。ちったぁマシだろ、と思っていると、

 

「煙草くっせえ上に汗くっせえ」

「悪かったな、このゴリラ女」

 

 先ほどは飲み込んだ言葉を、残念なことについムッとして反射的に応えた。

 

 フーシェンはトリガーを背負っているというのにカウントの金的を蹴り上げる。鍛えられた体幹とバランス感覚から放たれた一撃は、カウントを地面に転がすには十分だ。身体が少しは揺れているはずのトリガーも何とも無い。

 

 かつて敵主力艦隊を殲滅した時に話したではないか。「口が悪いだけじゃねえ。手が出るのも早いぞ」「だと思ったぜ」と。

 

 「勘弁してくれ」と小さく情けない声が痛みによって遅れて木霊する。軍人なのにね。

 

 担いでいるために普段よりもトリガーの耳が近い。彼は病人でもあるし、気遣いをして囁くような小声で疑問に思っていたことを聞いた。…意識があったりなかったりしているようだし、聞こえてなくても良いのだが。

 

「トリガー…今日ずっと無理してたのか?」

 

 トリガーは沈黙する。あまり想いを口にしない彼はいつも表情で応えるものの、今はそれが見える位置にいない。

 

「答えられないのか、応えるのも辛いのか、それとも応えるのが辛いのかは知らねえがな」

 

 フーシェンは発言する。いつも想いを口にし、勢い余って先ほどのように身体で表現することも多い。彼女の出身はスラム街であるし、先に身体を動かし差なければ生死に直結していたのだろう。その名残だ。

 

 トリガーを担いでいるというのに、器用に腕を動かしてトリガーの頭を撫でる。素行を見ている者からすれば違和感を感じるほどに、彼女は聖母のように優しく、包み込むように。

 

「あたしたちは信用できないか?あたしたちを頼れ。陸にいるときくらい、頼ってくれよ」

 

 あまりにも悲しいが、気づいていたことをトリガーへ言う。

 

 いつだってトリガーはワンマンだ。国際軌道エレベーターで2機の無人飛行機と戦った時も、皆トリガー一人に押し付けた。否、押し付けざるを得なかった。彼ほどの技量を持つ兵士はいなかったし、彼しかいなかったから彼は英雄になった。

 

 それ以前からもだ。

 

 一人で飛び出して、敵戦力を壊滅させて戻ってくる。補給に行ったかと思えば空戦を初めて機銃で墜としているし。

 

 雷雲蔓延るインシー渓谷で救けられた時から、ずっとずっとトリガーが独りで戦っているのを理解していた。

 

 …否、独りではなかったのか。あの時トリガーを追った奴が1機だけいた。タブロイドと言ったか。難民を助けるために犠牲になった男の名を、カウントが語っていたのを思い出す。

 

 そうだ、カウントもだ。アイツだけが国際軌道エレベーターの地下までトリガーを追って…違う、並んでトリガーの孤独を埋めたんだ。

 

 今もあの時も大して隊の方針は変わっていない。トリガーか、トリガー以外か。変わったことといえば、カウントがたまに無茶をしつつトリガーに並んでいるくらいか。

 

 あいつらのいる場所に行くにはどうしたらいい?

 

 すると、意外にもトリガーが弱々しい声で喋る。

 

「カウン、トの…。くさい、ね?」

 

 先ほどのやり取りを聞かれていたのか、思わず困惑の声を上げてしまった。

 

「ごめ、大丈夫だ…から、降ろし」

「答えを聞くまで降ろさねえ」

「わかっ、あと、あとで言うから、降ろ」

「ダメだ」

「待っ、出」

 

 …出?

 

 フーシェンは察する。何が出るか。何が起こるか。このままでは、肩から被ってしまう。

 

 バッとトリガーを降ろし、背中をトンと叩く。それを皮切りにトリガーは胃の中で消化されたのかされてないのか中途半端なものを滑走路にぶちまけた。

 

 一通り吐き終わると、胃液と涎の混ざった鼻の突くような刺激臭を漂わせながら、トリガーの意識はぐたりと再び落ちる。

 

 一人ではどうにも運べなくなったトリガーをカウントが復帰するまで待つ。担架の到着が遅いので、今度はフーシェンの上着もトリガーに貸しながら。

 

 残念なことに、カウントの上着の豊かな臭いに今日1日だけ『トリガーの胃酸』が追加された。

 

 

 

3

 

 

 

「トリガーの野郎、ストレスから来る熱と嘔吐なんだと。しばらくは空に出られないな。退屈な空になるぜ」

 

 カウントが甘ったるいコーヒーを片手に医務室から休憩室へ帰ってくる。「何やってんだか」みたいな表情なのか、「相談してくれないのか」といった複雑な表情がカウントから読み取れた。

 

「それとフーシェン。トリガーが譫言でずっとお前のこと呼んでたぞ。相当お前にお熱のようだぜ?」

 

 フーシェンを揶揄って遊びたいのか、上手いこと言ってやったぜと思っているのか、髭面にドヤ顔を浮かべる。だが、世界は思うように行かない。

 

 フーシェンが勢い良く飛び出した。悲しいかな、カウントは再び服を変えるハメになる。すれ違い様にコーヒーを持つ方の肩を殴られ、まだ熱かったその液体を身体に浴びてしまった。

 

「~~~ッ、勘弁してくれ!!」

 

 

 

4

 

 

 

 医務室に入るとベッドへ横たわっているトリガーの姿が目に映る。コックピットから降ろした時よりかは随分と顔色が良くなったように見える。が、目に涙が浮かんでいることと部屋の臭いから察するに、先ほどまで戻していたのだろう。

 

「何があったんだ、トリガー」

 

 ぽつりぽつりと溜め込んだ想いを彼は話し始めた。

 

 曰く、アンカーヘッド急襲作戦での出来事が空でフラッシュバックしたらしい。姉弟部隊のレイジを墜とした後、劈くようなスクリームの叫びがふと頭に響いたのだと。

 

 本当にきっかけは些細なことで、敵機のSu-47を跡形もなく葬った時からだと。

 

 自分は命の息吹を愛機と共に消し飛ばしてきたのを強く認識した。無人機を多く相手取ってきたとはいえ、命を乗せた飛行機や地上戦力、果ては海上戦力でさえも数え切れないほど墜としてきた。

 

 今まで墜としてきた人もスクリームのような想いを抱いていたのだろうか。そもそも想う暇も無く逝ったのだろうか。生きることに必死だったかつての空では考えもしなかったことを今日の空で考えてしまい、いつの間にかこうなっていた、というのが事の顛末だ。

 

 …普段のトリガーからは考えられないほど饒舌で表情も豊かだった。ただし、温かい表情ではなかったが。

 

 フーシェンはスラム街の出身であり人の死など日常的なものだった。仲間は殺されるし、仲間と殺しをしたこともある。最初の内は悲しかったし罪悪感に苛まれたが、それでも慣れというものは恐ろしい。フーシェンにとってとうの昔に乗り越えた悲劇は、一つの戦争を新人パイロットに始まってエースとして生き残り三本線の称号を手にしたクリーンだった心に爪痕を残すのには十分すぎた。

 

 おまけに、トリガーはフーシェンより若いみたいだ。あの戦争で新人パイロットとして出撃したということは、……………フーシェンも一介の女性である。喧嘩っ早い性格であるのを自負してはいるが、女性性を捨てたわけではない。年齢は、少し、気にする。少し。

 

 空ではトリガーのが偉いが、地上ではそうもいくまい。年上のお姉さんとして、トリガーを労ってやろうではないか。

 

 フーシェンはトリガーの隣へスッと忍び込む。トリガーは何がなんでこうなっているか見当もつかないようで、ベッドから退く気が無いとわかるとフーシェンの分のスペースを開けるために、気分が悪くならない程度の早さでグリグリと横へ動く。

 

 眼が合う。綺麗な色をしている。なんて名前の色だ。色事情に明るくないフーシェンはこの色の名前を探すことをひっそりと決意した。

 

 今までこんな距離で話したことはあっただろうか。そりゃあ、終戦祝いでしこたま呑んだ日は流石に近かったかもしれない。皆で酔って、騒いで、楽しかった。トリガーにも呑ませたが、すぐに寝落ちしてしまったっけ。

 

 そうじゃないな。多分、トリガーは人肌に飢えているのだろう。

 

 人の温かみを奪った。未来永劫、もう温まることはない。ミスターXも…もう空には上がれない。トリガーと同じで空を翔けるのが生きがいだったようだ。敵対していたとはいえ同士のような思想をしていたのに、ミスターXとしての最期を与えた事を若干後悔しているとも話していた気がする。

 

 空で冷め切ってしまったトリガーの心を暖めたい、安心させたい。いつの日か母親代わりの義姉の胸に抱かれていた時、心臓の鳴る音で安心して眠れたのをよく覚えている。銃声や叫び、嬌声の響くスラムの街にしては、温かい場所だった。

 

 スラム時代にしてもらって嬉しかったことを、他の誰かへすることで恩返しをしたい。思い出がフーシェンを今動かしていた。

 

 ベッドの上で正面で向かい合ってはトリガーを抱くことは出来ない。トリガーの肩をベッドの下へグイグイと追いやると、そのまま形の良い二つの柔らかな母性の象徴へトリガーの顔を埋めさせる。

 

 不安、焦燥、形のない悪意に捏ね繰り回された心を解してやりたい。

 

 そんな想いを以て腕枕をしてやって、その手で頭を撫でてやって。空いた手で、背中を摩ってやる。

 

「トリガー…おまえは、たくさんの人を救ったんだ。勿論、私のことも。おまえが世界中から恨まれて敵にされても、あたしは…あたしたちは、おまえの隣にいるよ」

 

 トリガーは顔を上げる。

 

 男らしさを強調されることの多いフーシェンだが、この時だけは子を守る母親のような表情をしていた。誰が見ようと、誰が何と言おうと、それを否定させない。させたくはない。フーシェン…。ありがとう。

 

「今は、エースじゃなくても、いいのか?」

 

 口を震わせながら、確認するように言葉を落とした。二人にしか聞こえない距離。声。

 

「ああ、いいんだ」

 

 頭を撫で続けてしばらくすると、フーシェンは胸のあたりで嗚咽を感じた。今この男は、私の胸の中で泣いている。多分、このトリガーを知っているのはあたしだけ。

 

 ちょっとばかしの優越感を覚えると共に子守歌を歌った。細く綺麗な芯のある声で。

 

 1番をゆったりと歌い終えると、先ほどまでの苦しみが嘘のように、トリガーの顔から憑き物が落ちた表情で眠りこけていた。…いや、寝たから表情が緩まったのか。

 

 その真実は知る由も無い。少なくとも、今だけは安心してくれてると思いたい。

 

 

 

5

 

 

 

 カウントは今、濡れた服を着替えて医務室までゆっくりと歩いていた。コーヒーが掛かった部分が火傷してしまったので、冷やそうという目的で。

 

 そして、見てしまった。

 

 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいちょっと待て、こいつとトリガーってそういう関係だったのか?だからあんなに『ふーしぇん、ふーしぇん…』っつってたのかよ!?

 

 理解が追い付かねえ、待ってくれ。いつから、いつからだよあいつら。あぁ、確かに今思えばトリガーを担いだ時に独占欲半端ない持ち方してたな!?俺を頼ろうとしてなかったしな。そういうことなのか?

 

 やめてくれよ部隊内で色恋沙汰なんて正気じゃねえ!どっちかが墜ちた時に部隊の士気がだだ下がりじゃねぇか!もううんざりなんだよそういうの!!トリガーが墜ちるなんざ思っちゃいなかったが、今の状況だとそれも有り得る!!っつーか、どう考えてもアレPTSD発症してるだろ、あぁ………、

 

「勘弁してくれ!!!」

 

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