今回、滅パパ無双。「いやいやありえねぇだろ」と思われても仕方ありませんような展開。無惨最強説好きな方々注意でお願いします。でも多分仮面ライダー滅の機能的にありえそうだと思います、はい。
一応今回で最終回です。一応。
『ヒューマギア』と呼ばれる人工知能搭載人型ロボが様々な職場で活躍する新時代。人々は彼らと共に生活を営んできた。ところが、とある人工衛星によって平和な世が一変する。
人工衛星『アーク』と呼ばれるそれは、人間に対する敵意を持ってとあるヒューマギアに人類滅亡の指示を出し、ヒューマギアのみで構成されたサイバーテロ組織を作り出す。やがて彼らは人類滅亡をスローガンに、他のヒューマギアをハッキング、人々に襲わせる等の凶事を行っていく。
それが『滅亡迅雷.net』と呼ばれる四人構成の組織。そしてその司令塔であり、アークの忠実なる僕であったヒューマギアが滅だった。
人類も黙ってやられるわけではない。同じ仮面ライダー同士の戦いが幕を開け、勝利、敗北を繰り返しながら、人類とヒューマギア双方の存亡をかけた戦いを繰り広げていく。
互いの命を削り合い、己の正義の名の下にぶつかり合った。
やがてアークに不信感を抱いた滅は、アークに反旗を翻し、これを倒す。そしてアークを生み出した人類を滅ぼし、ヒューマギアが安心して暮らせる世界を作るために人類に牙を向ける。
戦いは熾烈を極めた。その中で滅は宿敵の大事な者を奪った。
何度も滅に歩み寄ろうとしてきた宿敵は憎悪に囚われ、滅の大事な者を……息子を奪った。
奪い、奪われ、悪意は巡る。
悪意はやがて二人の中にアークを生み出した。
そして始まる最終決戦。アークとアークのぶつかり合い。ヒューマギアと人類の互いの存亡をかけた戦い。
戦いを制したのは……宿敵。最後の最後で、己の悪意に打ち勝った宿敵だった。
滅は己の中に芽生えた“心”に怯え、それを教えた人間を憎んだ。宿敵はその“心”があるのなら、悪意を乗り越えられると身をもって教えた。
『仮面ライダー』である自分たちなら乗り越えられると、教えてくれた。
滅亡迅雷.netは生まれ変わった。この世にアークを生み出す悪意を見張るため、滅は息子を含めた仲間たちと共に戦うことを誓った。
アークの使者を名乗る謎の女ヒューマギア“アズ”率いる『暗殺亡雷.net』との戦いや、エス率いる『シンクネット』の破滅願望者たちとの戦いといった、幾多の死闘を乗り越えてきた。
そうして、いつものようにアークが生まれないよう悪意を見張っていたある日、突然意識がシャットダウンし……気が付けば滅は、どことも知れない雪山の中にいた。その拍子にメモリーも失ってしまった。
自分は誰なのか。どこから来て、どこへ行くべきか、途方に暮れていた……やがて滅は悪意無き者たちと出会い、“雪介”として生活してきた。
普段の滅からは想像もできないような日々。しかし不思議と悪い気はしなかった。
このような善意に溢れた世界も、悪くはない……メモリーが無いにも関わらず、何故かそう思えるような日々だった。
だがやはり、滅はどこまで行っても滅だった。
善意は何故潰えるのか? それは他者を踏みにじろうなどと考えないから。
悪意は何故増えるのか? それは他者を踏みにじろうと考えるから。
悪意は善意を貪り、善意はただ悪意の餌となって消えていく。そうして悪意は連鎖する。
ならばその悪意を、滅は踏みにじる。
それが滅の意志であり、滅亡迅雷.netのやり方だ。
今宵、滅は悪意を滅ぼすためにひた走る。相手が例え鬼であろうが関係なく。
ヒューマギアのいない、大正の時代を。
―――――――――
無惨が吹き飛んだ方角を真っ直ぐ走り続けていた滅。やがてその足を止め、周囲を警戒する。雪の降る山の中、辺りは夜の闇に覆われており、さらには無数に生え揃った木々によって視界は最悪と言ってもいい。
だが今の滅は仮面ライダー滅。黄色く光る目『スコーピオンスコープ』のエックス線や赤外線を用いたスキャニング機能を存分に発揮し、どのような暗闇だろうが相手を見逃さない。
無惨は確実にこの辺りにいる。確信を持って、滅はアタッシュアローを握る手を強くする。
一歩、また一歩と雪を踏みしめながら歩く。例え雪が小さな音を吸収しようが、それすらも聞き逃さないよう意識を集中させた。
数秒、滅からすれば数分もの時間が流れる。そして一歩、また足を踏み出した。
滅の
咄嗟に頭を下げれば、滅の頭があった空間を切り裂く一閃が走る。すぐそばにあった木が横一文字に両断され、音をたてて倒れた。
「仮面ライダーだと……? ふざけた名前を」
倒れた木の影からユラリと現れたのは、赤い眼を光らせ右手から嫌な音を鳴らす無惨。短かった髪は伸びて幽鬼のように揺らめき、眼に殺意を滾らせて真っ直ぐ滅を射抜く。
「この私に歯向かうことがどれほど愚かか……その身をもって味わうがいい」
対し、無惨の言葉を前に、滅はアタッシュアローの射出口にして鏃に当たる部分『スティルラッパー』を向け、ドローエクステンダーを引き絞っていく。エネルギーがアタッシュアローに充満していき、そして、
「やってみろ」
言って、右手を離す。チャージされたエネルギーが無惨へ飛来する。命中する寸前、無惨の姿が掻き消えた。
滅の周りの雪が飛び散り、無数の溝を作っていく。風を切る音が遅れて聞こえ、その直後に滅の背中に衝撃が走った。
「ぐっ……!」
すかさず振り向き様にアタッシュアローを振るうが、そこに無惨はいない。そしてまたも背後から攻撃され、よろめいたところを再び攻撃。その度に滅の身体から火花が散り、暗闇の中で明滅する。
「がぁっ!!」
幾度目かの攻撃の後、滅の胸部に鋭い蹴りが襲う。避け切れず、滅は背中から木にぶつかった。
「ぬぅっ!!」
「くっ」
そこへ無惨からの追い打ちが迫る。滅は横へ転がって回避。無惨の爪による一撃は滅の胴体以上の太さがあったにも関わらずへし折れ、一部破片となって砕け散った。回避が遅れればいかに仮面ライダーの身体と言えども無事ではすまなかっただろう。
「ちょこまか動くな、虫が」
侮蔑、嘲笑、そして怒りを交えて滅へ言い放つ無惨。滅も負けじとアタッシュアローから矢を連続で放つも、またも無残は消えて矢は彼方へと消えていった。
ならばと、滅は上空へ向けて矢を放つ。矢が木々の上で滞空したかと、一瞬強い光を放って爆散、地上へ小さな矢が雨の如く降り注ぐ。
「無駄なことを」
無惨は嘲笑う。それが何だと滅へ向かってジグザグに動いて回避。落ちて来た矢によってあちらこちらで小爆発が起き、木々は吹き飛び、積もっていた雪が宙へ舞う。無惨が滅へ向かって爪を振るう。
「そこだ」
が、滅は闇雲に矢を降らせたわけではない。計算して放った矢の雨を避ける無惨のパターンを予測し、狙い通りにルートで迫ってきた無惨の一撃を跳躍して回避。宙で身を捻り、上下逆さまのままアタッシュアローを引き絞る。無惨が振り向くよりも早く、滅は矢を放った。
零距離から放たれた矢は、振り返ろうとした無惨の顔に吸い込まれるように突き刺さり、爆散。無惨の頭が砕け散る。滅は膝を曲げて華麗に着地した。
これにて勝利……普通ならばそうだろう。
「がっ……!?」
相手が鬼でなければ、の話だが。
頭を無くしてフラついていた筈の無惨の身体が動き、着地の反動で判断が遅れた滅の首を掴み、万力を込めて締め上げていく。
「愚かな。如何に実力があろうとも、貴様ではこの私を殺すことはおろか、傷一つつけることなどできるわけがない」
無い筈の口から、もとい、再生し始めた無惨の頭下半分の口から嘲りの言葉が投げかけられる。砕け散った肉片が元の位置に戻っていき、無惨の顔が筋肉繊維のグロテスクな物から、元の白い皮膚までが再生されていく。やがて無惨の顔は元の形へと戻り、そこには矢で撃ち抜いた形跡すら残っていない無傷の無惨があった。
「私が攻撃を避けていたのは、貴様如きに傷つけられるのが我慢ならなかっただけに過ぎない。完全に近い存在たるこの私が追い詰められるなど、ありえん」
「――――――っ!」
滅の身体が浮き上がる。恐るべき怪力で宙高くまで持ち上げられながら、無惨は滅の首を絞める力を強めていった。
「貴様はこの私を三度コケにしてくれた……おまけに鬼を殺す術も持たない屑が、私を滅ぼすなどとふざけたことを口にした」
一度目は竈門家を害するのを阻止され、二度目は拳で殴り飛ばされ、そして三度目は頭を砕かれた。滅の無惨に対する暴言だけでも我慢ならないというのに、無惨の怒りはすでに臨界点を突破していた。
「このまま首をへし折ってやってもいいが……フンッ!!」
怒りに任せ、無惨は滅を放り投げる。砲丸のように飛ばされた滅は木をなぎ倒していき、雪の上を転がった。
「くっ……」
尋常ではないダメージを受けながらも、滅は立ち上がる。滅を投げ飛ばした無惨は、ゆっくりと滅へと歩み寄っていく。
「楽には死なせん。多少頑丈だろうが、その頑丈さを後悔しながらジワジワと死の恐怖に怯え、苦しみ藻掻いて惨めなまま死んでいけ」
眼前に、爪を翳す。血のように赤い鋭い爪が、無惨の侮蔑のこもった瞳のように光る。
「それが……貴様ができる唯一のことだ」
ここからは無惨のワンサイドゲーム。普通の人間ならば最初の攻撃でバラバラになっていたであろう攻撃を何度も受けたこの男をどのようにして殺してやろうかと、無惨は自分の中にある“五つの脳”を働かせて思考する。憤怒を湛え、それでも己の愉悦のままに滅を甚振るつもりでいた。
「……死の恐怖か」
残虐さを隠そうともしない無惨に、滅は呟く。その声には恐怖も何も、ましてや戦意すらも失ってなどいない。
「……果たして、お前にできるか? この俺に恐怖を与えることなど」
あの時、自身に芽生えた“心”に対する戸惑い、恐怖。それすらをも上回る程の恐怖を、目の前の化け物が与えられるというのであれば。
「見せてみろ。死の恐怖とはどのような物か、この俺にな」
是非、見てみたいものだ……滅は無惨に負けず劣らず、侮蔑を込めて言い放った。
尚も余裕を崩さない目の前の愚者に、無惨から表情が消える。そして、
「……死ね」
瞬きの内に、無惨は滅の心臓に当たる部分へ爪を突き出す。真っ直ぐ、直撃コース。逃れる術はなし。いかに頑丈であろうが、この一撃を前に無事で済むはずがない。
無惨は笑う。口角を吊り上げ、次の瞬間には奴が無様に刺し貫かれている光景が目に浮かんだ。
そして爪は、滅の身体へと突き刺さる
「っ」
ことなく、僅かに身体を傾けたことで空を切った。
「何……?」
避けた? いや、まぐれだ。無惨は仕留められなかったことに苛立ちながら、もう片方の手を突き出す。
「フ」
が、これもまた避けられる。今度は鼻で笑いながら、余裕を見せつけつつ。
「っ―――――!!」
顔を青筋が覆う。無惨は両手の爪を使い、怒涛の連撃を繰り出した。全てが神速であり、いかに相手が達人であろうが、人間ならば避け切れる筈もない速度と威力を伴った攻撃だ。
だが滅は、ヒューマギアである滅のセンサーは、それら全てを把握し、時に避け、時に防ぎ、捌き続ける。
「バカな……!」
ならばと、無惨は距離を離してこれもまた神速で動く。最初に滅を甚振った攻撃だ、躱すことなどできる筈が……。
「フッ!」
そう思っていた無惨の背後からの奇襲を、滅はアタッシュアローを背面に回す形で防ぎ、反撃に回し蹴りを無惨に叩き込む。寸前、避けた無惨は再び滅へと切りかかるが、これもまた避けられ、時に防がれた。
「何故だ……何故先ほどまで翻弄されていた筈が、こうも避けられる!?」
ありえない。断じてありなえい。無惨は信じられない面持ちで、滅へと距離を離し、そして己の中の血へ意識を集中させた。
『黒血枳棘』
無惨の身体から、どす黒い血が噴き出す。その血は液体から形を変え、細くなり、至る箇所から棘を生やし、有刺鉄線のような形状となる。それが数十本、鞭のようにしなって滅へと殺到する。
一撃でも当たれば致命傷を受ける無惨の技を前にし、滅は逃げることもせず、
「フン!」
左手を頭上へと掲げた。すると滅の左腕部装甲に装着されている棘が伸び、蛇腹状の鞭となって滅の身体を周りをとぐろを巻くように渦を描く。高速回転する滅の棘『アシッドアナライズ』は滅を守る壁となり、無惨の無数の攻撃を全て弾いて逆に破壊、血の鉄線は消えていった。
「何故だ……何故だ、何故だ!?」
無惨は狼狽する。攻撃が効かない。先ほどまで無惨にただやられるだけの存在だった筈だ。人間を軽く超越した無惨の速度に追いつけずに手も足も出なかった筈だ。
「……何も知らないお前に、一つだけ教えてやる」
身体の周りでアシッドアナライズが軋んだような音を鳴らしながら蠢く中、滅は語る。
「俺がただ無防備にお前の攻撃を受けていただけだと思っていたのか?」
「何ぃ……!?」
どういう意味だと、無惨が吠える。それを笑いながら、滅は続けた。
「例えお前がどれだけ速く動こうと、どれだけの攻撃を繰り出そうと……お前の攻撃全てをラーニングした俺にはもう通用しない」
人間の肉眼では捉えられない速度だったとしても、滅の人工知能はそれを上回る。無惨がどう動き、どう攻撃するのかを瞬時に計算、それらの対処法を滅の中の頭脳は最適化を導き出し、行動に移す。
「それが人工知能……AIの力だ」
無惨にとっての誤算。それは滅がヒューマギアという人間の頭脳を遥かに上回る人工知能の力を持った存在であることを知らなかったことにある。当然だろう。いかに無惨が1000年前から生き永らえる存在だとしても、未来の存在など知りようがないのだから。
「エーアイ、だと……訳のわからないことを!!」
無論、AIという言葉などわかる筈もない。意味を知ろうとも考えない。わかることはただ一つ。目の前の存在がただただ憎い。それだけだ。
だが、それでも無惨の心は余裕で満ちている。
(そうだ、攻撃が効かないから何だと言うのだ。それは奴とて同じこと、いや、例え奴の攻撃が当たったとしても、私には通用しない!!)
滅と無惨の違い。それは滅は攻撃が当たればダメージを受けるが、無惨には攻撃が当たってもダメージはないということ。例え矢を無数に受けようが、幾度も切られようが、関係ない。無惨には一切、滅の攻撃は通らないのだから。
時間をかけさえすれば、奴は消耗する。狙いはそこだ。いずれ夜は明けるが、それまでには決着を付けてやる。
(勝つのは、私だ!!)
絶対的な自信を持って、無惨は内心でほくそ笑む。負けることなどありえない。この勝負は無惨の勝利が確定しているのだから。
「……なるほど」
そんな無惨に、滅は何かを理解したと一人ごちる。そしてアシッドアナライズが伸びている左手を、無惨目掛けて振るった。
滅の意思が宿ったかのように、アシッドアナライズは無惨へ向かって飛んでいく。翻弄するように縦横無尽に動き回り、木を破壊し、雪の中へと突っ込んだかと思うと飛び出し、そして、
「ぐっ……!?」
無惨の視界の外から、先端するどい針が無惨の首筋に突き刺さった。分厚い装甲の戦車ですら容易く穴を空けるほどの威力を持った一撃。しかし無惨にとって、それは鬱陶しいと思わせる程度の物でしかない。
「ちぃ、またしても!!」
それをすぐさま引き抜き、引き千切ろうとする。それよりも先にアシッドアナライズは無惨の手を離れ、滅の腕部装甲へと戻っていった。
「……まだ理解していないようだな。お前の攻撃は、私には通用しない!」
急所を狙ったから何だと言うのだと、無惨は嘲笑う。滅の攻撃など、無惨にとっては蚊に刺された程度でしかないのだから、無意味なのだ。
「……そうかな?」
だが、滅は余裕を崩さない。強がりを、と無惨は尚も笑おうとした。
しかし、それはできなかった。
「――――――っ! グ、ガァッ!?」
突如、無惨の全身が激しい痛みに襲われる。視界がぼやけ、筋肉が痙攣を始める。刺された首筋から中心に、灼熱が広がっていくように感じた。
「蠍の毒の味はどうだ?」
滅がおどけたように感想を聞いてくる。立っていられず、無惨は冷たい雪に膝を着く。この感覚を、無惨は知っている。無惨の配下である鬼のうち、数える程度であるがこの地獄のような苦痛にのたうち回り、死んでいった。
鬼の弱点のうちの一つ、藤の花。その香りだけで傍に近寄ろうとすら思わない程、鬼は藤の花を苦手とする。そしてその花から抽出した毒は、弱い鬼ならば血反吐を吐いて苦しんで死んでしまう。
だがそれは弱い鬼にのみ通用する。強い鬼、さらに言うならば無惨は鬼の始祖だ。藤の花の毒程度、すぐに身体の中で分解し、無効化する。つまり無惨に毒を利用した攻撃は通用しないのだ。
「な、なんだ、これは……何をしたぁッ!?」
その筈なのだが、無惨の身体の内で暴れるこの苦痛は、まさに毒。それも藤の花に近い、しかし圧倒的なまでに凄まじく強い毒が、無惨の身体を蝕む。無惨の中の鬼の細胞がそれを中和しようと奮闘するも、毒が細胞を壊し、再生した細胞が毒を消し、また壊され、再生し、消し、壊し……その無限ループにより、無惨の中から毒が消えようとしない。
「……お前の攻撃をラーニングするためにただ攻撃を受けてきただけではないのと同じように、俺もまたお前にただ闇雲に攻撃してきたわけではない。最初の一撃から、すでにお前を滅ぼすための手段の構築は始まっていたのだ」
滅の攻撃の真骨頂は、カウンターを交えた打撃戦でも、アシッドアナライズを使った変則的な攻撃でもない。滅のライダモデルは蠍。蠍は毒を持つ生物。その蠍の能力をその身に宿した滅もまた、毒の力を扱うことができる。
アシッドアナライズの一撃は確かに強力無比の一言に尽きる。だがアシッドアナライズは、言うなれば蠍の尾なのだ。滅の蠍の顔を模した装飾『スコーピオンセンチュリラ』が、敵の肉体組織、性質、構造、状態を分析し、額の『スコーピオンシグナル』が敵に対抗しうる毒の合成レシピを構築し、アシッドアナライズの内部で生成、それを対象に注入する。その力は生物だけでなく、コンピューターをも破壊するウィルスデータすらも作り出せることができる、恐るべき能力である。
当然、無惨も例外ではない。いかに再生能力が凄まじい鬼と言えども、滅の毒からは逃れられない。
「もはやお前は、俺の毒の餌食だ」
「っ……!!」
断言する滅。無惨以外の鬼ならばすでにその身を分解され、消滅していてもおかしくない致死性の毒を受けながら、無惨は屈辱を覚える。
「忌々しい……忌々しい、忌々しい……実に不愉快だ!!」
「……」
怒りの咆哮を上げる無惨。口から唾液が飛び散ろうが構わず、無惨は目の前に佇む滅へ罵り、叫ぶ。
「私は絶対なる存在だ! 完璧に近い生物なのだ! それを貴様のような存在が、私を害すなど、あってはならない!! あっていい筈がない!!」
鬼を滅ぼす異常集団がいる。その集団にも属していないような輩が、己に膝を着かせるなど、ありえていい訳がない。
こんなことは、過去に一度しかなかった。己の手足を切り飛ばした、あの剣士以外にありえない。
「不快だ、お前の存在は不快だ! 私という絶対的存在に歯向かう異常者が! 身の程を弁えない屑が、このようなことをしてただで」
「知るか」
吠え続ける無惨。それを滅は、あっさりと一蹴した。
「お前のことなど」
「ッ―――――――」
嘲っている。絶対の存在である己を、目の前の異常者は侮辱している。それを理解した無惨の思考は、怒りのあまり停止した。
その間にも滅は動く。
STRONG
取り出したるは、一つのプログライズキー。スイッチを押し、黄緑色のカラーリングに描かれた強靭な角を持つ昆虫のアビリティが読み上げられ、起動する。
「お前など所詮、世界に悪意をばら撒く害虫に過ぎん」
―――ProgriseKey confirmed.Ready to utilize
―――HERCULES BEETLE’S ABILITY!
アタッシュアローの下部にある『ライズスロット』にプログライズキーをセット、認証音声が流れ、滅は無惨へと照準を合わせてドローエクステンダーを引き絞り、エネルギーを充填させていく。必殺技待機音がけたたましく鳴り響く中で、
「お前に対する認識など……それで十分だ」
そう吐き捨て、滅は強靭な角を模した一矢を放った。
――――――――――
「ぐっ……おのれぇぇぇ……!」
時は戻り、急ぎ家へ戻ろうとしていたところを吹き飛ばされ、雪に埋もれながら炭治郎は、全身から夥しい血を流しながら長い髪を振り乱す半裸の男、鬼舞辻無惨と、その眼前に立つ謎の存在、仮面ライダー滅を前にし、困惑していた。
(あの腰にある物って、雪介さんが持ってた……それにこの匂い……じゃああの紫色の人は、まさか……!?)
滅の腰に巻かれたベルト、そして嗅ぎ慣れた匂いから、炭治郎は目の前の存在の正体を察した。
「さぁ……」
そうして、炭治郎の目の前で滅は無惨へと雪を踏みしめ歩み寄りながらフォースライザーのレバーを押し込む。勢いよくプログライズキーが閉じられると、フォースライザーから緊迫感を煽る音が鳴りだし、
「滅亡の時だ」
再びレバーを引き、プログライズキーを展開した。
炭治郎の耳に飛び込む、聞き慣れない声による異国の言葉。声の発生源はフォースライザー。炭治郎には知る由もないが、それこそが仮面ライダー滅の必殺技発動の合図である。
滅の左腕のアシッドアナライズが伸びる。それはしなりながら滅の右足に蛇の如く絡み付き、破壊エネルギーを送り込んでいく。
「っ…………!!」
いまだ毒が抜けない無惨は、近づいてくる滅へとある感情を抱く。遥か昔、無惨の前に現れた一人の剣士。無惨の脳裏によぎる、身体を切り刻まれたあの感覚。あの時抱いた感情が、今また蘇ってくる。認めたくなくとも、無惨の身体を蝕む毒のようにこみ上げて来る。
それを人は“恐怖”と呼んだ。
「く、来るな……!」
ザクッ。一歩、滅の足が踏み出される。
「来るな……!」
ザクッ。また一歩、滅の足が無惨へ迫る。
無惨の視界に映る、滅の姿。それが、
「来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その剣士と重なった。
「はぁぁぁっ……!」
滅の強化された右足が上がる。強大なエネルギーを蓄えたその一撃は、
「あああああああああああああああっ!!」
「フンッ!!」
最後の足掻きとばかりに肥大化した腕を振るう無惨へと、渾身のサイドキックとともに叩き込まれる!!
互いの一撃がぶつかり合った瞬間、凄まじい衝撃が風となり、周囲に吹き荒れた。
「うわぁぁぁっ!?」
雪と共に、炭治郎は再び吹き飛び、転がっていく。視界が反転し、脳が揺さぶられる。
――――ベベンッ
その中でも、この場にそぐわない琵琶の音が鳴り響いたことに、炭治郎は気付いていた。
――――――
「…………」
周囲の雪が消し飛ばされ、木々は薙ぎ倒された悲惨な光景の中、仮面ライダー滅は中心で佇んでいた。そこに無惨の姿はなく、彼の痕跡は跡形もなく消えている。
消し飛んだか……否、その考えは間違っていると滅は断ずる。
手応えは、あった。しかし仕留めたとは言えない感触。足に纏ったアシッドアナライズが槍となり、無惨を刺し貫きかけたその瞬間、滅のセンサーが琵琶の音を拾った。同時、無惨の気配が掻き消えた。
それが意味することはつまるところ一つだけ。
「……逃したか」
取り逃がした……それに尽きる。
だがここで蹴りが決まったとは言えど、確実に倒せたと言えるのか、滅にはわからない。あの不死性を、滅の毒だけで完全に滅ぼせたかどうか、滅は疑問を抱いた。
奴は悪意だ。いや、悪意よりもさらに性質の悪い、悪意をさらに煮詰めたような邪悪だ。それを放置することは、即ち『アーク』の二の舞となるに他ならない。そんな奴を放置することなど、滅にはできない。
だが奴を確実に倒すには、他の手段が必要だ……それを探さなければならなかった。
「……上等だ」
滅はそれを一種の挑発と受け取った。滅の中にあるバッテリーは、休息を取れば充電できる。だがそれでもメンテナンスしなければ劣化していくだろう。滅が今いるここは、恐らく滅が知る世界ではない。竈門家と共に何度も山を下りて町を見て回ったが、ド田舎にしては発展していなさすぎる。何故自分がここにいるのかもわからないが、今はそれはどうでもいい。
つまり、滅の中のバッテリーの寿命が尽きるよりも早く奴を倒さなければならないし、元いた世界へ帰る方法も模索しなければいけない。
奴が滅ぶか、己が滅ぶか……自分の命をかけたデスレースといったところだろう。
そう決めたところで、滅は身を翻す。分厚い雪雲に覆われた空は明るみ、夜の時間の終わりを告げた。太陽は見えずとも、一日が始まろうとしている。
「あのっ!!」
一歩、前へ歩き出そうとした滅。しかし彼の背後から聞き慣れた声が滅の足を止める。
振り返れば、肩と頭に雪を乗せた炭治郎が仮面ライダーの滅を見つめている。戦いの最中、滅は炭治郎の姿があることに気が付いていた。戦いに巻き込まないように注意を払っていたが、余波に巻き込まれたのだろう。
そんなこととは露知らず、炭治郎は滅へと言葉を続けた。
「あなたは……雪介さん、ですよね?」
「……」
疑問形だが、その言葉は確信を持っていた。炭治郎の嗅覚と、滅の腰のフォースライザーが正体を物語っている。
しばし沈黙が場を支配する。固唾を呑んで返事を待つ炭治郎。やがて滅は、フォースライザーのレバーを押し込み、プログライズキーを閉じ、抜き取った。
瞬間、滅の身体は紫色に輝く。
「っ……!」
光が散れば、そこに佇んでいたのは本来の滅の姿……炭治郎にとって慣れ親しんだ姿だった。妖の類とも取られかねない異様な光景を前にし、言葉を失う炭治郎。
そんな炭治郎に、滅は口を開いた。
「……竈門禰豆子が重傷を負った」
「え」
突然告げられた事実に、炭治郎はそれだけしか言えず。そんな状態の炭治郎を放置し、滅は続ける。
「急ぎ下山し、町医者に見せろ。まだ間に合う筈だ」
それだけ告げると、滅は炭治郎へ背を向けて歩き出す。停止した思考から復帰した炭治郎は、慌てて滅を呼び止める。
「ま、待ってください! どこへ……!?」
どこへ行くのかと、炭治郎は問う。嘘を言っている匂いはしない。禰豆子は重傷を負っていることは間違いない。急ぎ町へ行って治療しなければいけないのは、炭治郎とてわかっている。
だがそれと同じように、目の前から歩き去ろうとしている滅のことも大事だった。
「……一つ教えろ。今の元号は何だ」
「げ、元号?」
突然の質問に、炭治郎は面食らう。足を止め、背を向けながら答えを待つ滅に、炭治郎は意図が読めないながら答える。
「今は……大正です、けど」
「大正……」
炭治郎の答えを聞き、口の中で反芻する滅。やがて「そうか」と呟いた。
どういう意図があってそんな質問をしたのか……炭治郎はそれを聞こうとした。が、滅の右腕から滴り落ちる物を見て、愕然とする。
「ゆ、雪介さん、血……っ!?」
雪の上に落ちていく、赤い筈の液体。しかし滅の腕から落ちるのは赤とは逆の、青い液体。血特有の匂いはせず、寧ろ油に近い匂いがした。
「……俺は人間ではない」
「え」
またも思考停止に追いやられる炭治郎に、滅は続ける。
「人工知能搭載人型ロボ『ヒューマギア』……遥か未来で人の手によって作られた、お前たちでいうカラクリだ」
「カラ……クリ……?」
じんこうちのう? ひゅーまぎあ? カラクリ? 意味がわからない。炭治郎の脳を疑問符が埋め尽くす。
「そして俺の真の名は、滅。悪意を見張る者だ」
「ほろび……?」
真の名……その言葉の意味が持つ物は一つ。彼の記憶が蘇ったということだ。
炭治郎とてカラクリの意味を知っている。人の手で作られた、所謂人形。目の前に立つ男が、そんな筈がないと炭治郎は信じたくなかった。
だが、炭治郎の嗅覚はその言葉に嘘はないと告げている。さらに言えば、これまでの彼の生活を見てきて、その信憑性を裏付けていた。食事を必要とせず、眠るときに呼吸をしない。彼から漂ってきた鉄と油の匂いの意味。そして今まさに、手から滴り落ちる血とは違う液体。
そんな彼は、遥か未来から来たと言っている……俄には信じられない話だが、これにも嘘の匂いは感じられなかった。
「……俺は奴を追う。奴を、あのような悪意の塊を放置するわけにはいかない」
「っ……!」
そして告げる。それは炭治郎たちとの別れを意味していた。
いつかこの日が来るとは思っていた。記憶を取り戻した以上、彼がここにいる理由はもはやない。
「待って……待ってください!!」
それでも、炭治郎は縋った。彼の存在は炭治郎にとって、竈門家にとって大きかった。大きくなりすぎた。短い期間であったとしても、彼は家族の一人だった。
それだけではない。先ほどの男が家族を襲い、禰豆子を負傷させたのだと炭治郎は気付いている。それを救ってくれたのは、他でもない彼だった。
そんな彼を……滅を、炭治郎は引き止めたかった。どうすることもできないと頭でわかっていても。
「竈門炭治郎」
滅は炭治郎の名を呼ぶ。びくりと肩を震わせた炭治郎は、滅の言葉を待つ。そして、
「お前はお前の夢に向かって、飛べ」
それだけを告げ、滅は歩き出す。雪を踏みしめ、誰もいない山の中へ。
炭治郎は滅の言葉の意味を問おうとした。だがそれよりも彼が去ろうとしていることに気が付いた。
「雪介さん!!」
手を伸ばす炭治郎。風で揺れる黒い着物を靡かせて歩く滅は、立ち止まらない。徐々に遠くなっていく背中を追おうとする炭治郎。その時、横殴りの強い風が吹く。雪が風で舞い上がり、視界を白で覆う。白い景色の中へと、滅の姿は溶けて消えていく。
次に視界が開けた時、そこに男の姿は無く。初めて会った時のような雪が降る中、炭治郎は男の姿を探した。
それは儚く消えた雪煙の中の幻想を掴むようで……炭治郎はその姿を見ることは、終ぞ無かった。
特殊タグで必殺技演出を再現するのって難しいですね。あのかっちょいいフォントデザインに近い奴を選びましたが、なかなか。
次回、後日談的な話。