シグナム達が乗るヘリコプターが、地点RH-33-4まで数キロの距離に到着した時だった。突然空中で火球が発生し、大爆発が発生したのである。周囲の気流が通常と変わり、ヘリコプターも煽りを受けて操作が困難な状況になってしまった。
搭乗員が必死の操縦でコントロールを保っているが、これ以上近づくのは危険だと判断したらしい。
「シグナム小隊長申し訳ない、一旦方向を変更し、地点SK26-4付近まで移動させてください!」
「先に行けないか? 真上当たりまで上がるだけでもいい!」
「駄目です、上昇気流が発生している様子です、目標地点よりも南西方向に行かなくては墜落の危険があります!」
「そうか。構わん安全圏まで行ってくれたまえ。エリオ!」
「はい!」
「私達だけで先行する。ついてこい!」
「了解です!」
機体の左側面を下に向け、南西の方角に進みながら乱気流の影響を防ごうとするヘリコプター内で、シグナムとエリオは身体にクロスさせていたシートベルトのバックルに手を添えた。
「キャロ!」
「はいシグナムさん!」
「自然保護隊に地点SK 26-4に到着地点の変更を伝えろ。救護テントの設置も急がせてくれ!」
「既に報告済みです! 保護隊の医療士の人達が、救護トラックで応援に来てくれています!」
「有難い! 自然保護隊の指揮はお前に任せるぞ!」
「了解しました!」
力強く敬礼したキャロに笑顔で敬礼を返すと、ヘリコプターが斜めにしていた機体を水平近くまでに維持させた。
シグナムとエリオはシートベルトのバックルを外し、降下ドア付近に移動する。シグナムがドアの取っ手を勢いよく下げると、バネのようにドアが開放され、機体内に突風が流れ込んできた。
乗組員達がシートベルトや座席にしがみつく中、2人の戦士は勢いよくヘリコプターから飛び降りる。
「レヴァンティン!」
「ストラーダ!」
「「セット・アーップ!!」」
『ja』
『SET UP』
急降下する2人の身体が魔力に包まれ、管理局の制服から戦闘用の服装、バリアジャケットが展開された。シグナムは甲冑を思わせるレッドピンクのバリアジャケットを、エリオは赤のシャツに白のマントを羽織ったバリアジャケットを身に纏う。
レヴァンティンは矢尻のような待機状態から大型の片刃剣に、ストラーダはロケットブースターを穂尻に取り付けた槍へと変形した。
変身を終えると、シグナムは気をつけの姿勢に、エリオは槍で突くような体勢をとる。瞬間、2人の身体が角度を変えて直進し、目標地点に向けて突入を開始した。空中落下を超える速度で飛ぶ2人は、30秒もたたずに神殿の本殿跡の上空に辿り着く。
天井がポッカリと消え失せた本殿跡に、行きとは違いゆっくりと舞い降りたシグナムは、傷つき力尽きた職員達の姿を見つけた。シグナムが駆け寄ると、皆怪我をしているものの、行動不能のようには思えない。
疑問を抱きつつも、シグナムは崩れた壁に寄りかかる職員の頬を叩いた。職員は痛みから顔を歪ませていたが、シグナムの姿を見て安心したように表情を和らげる。
「た、たすかった…」
「しっかりしろ、応援がすぐ来るからな」
「し、シグナム小隊長…」
「大丈夫だ。さぁ肩を掴んで…」
「いました、いるんです…」
シグナムが職員の肩を担いで場所を移させようとした時、職員が彼女の耳元に、途切れ途切れながらも訴えかけてきた。
女剣士は尚職員を運ぼうとするが、担がれる男は彼女の肩を掴み強引に呼び止めるのだ。
「いました、逃げてください…」
「どうした、誰だ?誰がいるんだ?」
「あ、あ、あ…」
「窃盗団か? 単独犯か?」
「あ、アンノ…」
シグナムは職員の声をなんとか聞きとろうするが、声が掠れてしまい詳細がつかみ取れない。エリオの方に視線を向けると、彼も職員を広い場所に移しながらも、何かを訴えられているようだ。彼のマントを掴んで震える指で、彼の後ろを指差しているらしい。
『シグナムさん、皆さん何を伝えようと?』
『分からん。だがいい情報ではなさそうだが』
その時外の森林から爆発音が再び聞こえてきた。騒がしい鳥の鳴き声と羽ばたく音に加え、何者かの叫ぶような声がする。シグナムとエリオは一瞬目を合わせると、別々に行動を始めた。エリオが職員の移動を再開する傍ら、シグナムはレヴァンティンの柄に手をかけ、周囲の状況に注意を向ける。
「レヴァンティン、何の音だ?」
「Erfassung von Lebensformen, die sich mit hoher Geschwindigkeit aus südwestlicher Richtung nähern
(南西の方向から、高速で接近する生命体感知)」
「南西?」
「3 Sekunden später erwartetes Engagement
(3秒後、接敵予想)」
シグナムが脚を少し開き、腰を落とした。静かに息を吸い込み、柄に添えるだけだった右手の小指を、柄に引っ掛ける。
「Meister(マスター)!」
シグナムの左側の壁は、長年の劣化と戦闘によって跡形もない無残な姿を晒していた。形のない左側の壁から突風が吹き、砂埃が巻き起こる。
職員らが風を防ぐために腕で顔を覆うが、シグナムはレヴァンティンから指を離すことはしなかった。
「…とっとっと。派手になっちゃったね到着」
「いやしょうがねえしょうがねえ。急がなきゃなんねーからな。皆様お待ちかね…」
「してないみたいだけど」
「ありゃありゃ」
砂埃の中から現れたリュウジンオーは、職員達の方に歩み寄ろうとするが、シグナムの姿を見て気配を変えた。
「ザンリュウジン」
「おう。記憶にあるぜ」
「シグナム、かな?」
「私の名を知るか。覆面の男よ」
「おう? 生で見るといい姉ちゃんだね〜。声も以外と若々しいじゃないの」
シグナムの視線が鋭くなると、リュウジンオーは右手に持っていた布袋を肩から卸す。そのまま布袋をエリオがいる方向に放り投げた。
「っ、何の真似だ?!」
シグナムがレヴァンティンに掛けていた指を一気に握りしめる。エリオも咄嗟にシールドを展開するが、布袋は防御壁に当たると、うんともすんとも言わずにずり落ちていった。解けた口からこぼれ出たのは、赤々とした林檎のような果実だ。
「おいおい、ただの果物だよ。爆弾なんかじゃねえーぜ」
「…どういうつもりだ?」
「どういうつもりって…食べてもらうために用意したんですけどね」
「そいつは傷の回復が早くなる果物だ。細胞の免疫機能とかを活性化させる栄養素が詰まっているし、果汁も多いから水分も摂れるぜ」
「…エリオ。データベースとの照合、できるか?」
果実の一個をストラーダに突き刺したエリオは、眼前に表示されたデータを確認していく。各種パラメータの数値などを確かめた彼は、シグナムに念話で返答した。
『シグナムさん、確かにデータベースにありました。この世界に自生する特殊な果実のようです』
『毒性は? 本当に安全か?』
『ストラーダで確認したものは、毒物検知ありませんでした。念の為、全部の果実をスキャン測定します』
「毒なんて仕込んでねーぞ。仕込んでたらとっくにそいつら死んでるだろ」
ザンリュウジンが不服そうにエリオに向かって抗議した。エリオが驚いて近くの職員達に目を向けると、彼等は何故か俯いてしまう。その姿を見たシグナムは、やっと彼らが訴えようとしていた言葉を理解した。
「『アンノウン』か。お前が」
「何、アンノウンって?」
「大袈裟だな姉ちゃ〜ん。そんな変な渾名つけなくてもいいじゃんか〜」
シグナムはリュウジンオーを見据えたまま、思わず笑ってしまいそうになる。機動6課のメンバーはそうでもないのだが、機動4課の職員達は、リュウジンオーに対してかなりの拒否反応を示すものが多い。恐らくだが拒否している正体不明の男に助けられた事が、プライドに触るのだろうか。初見の時以外なほど傷が軽いように見受けられたのは、リュウジンオーが渡した果実の効果だったのだろう。想定されるダメージからみて、流石に食べないという選択肢はなかったのかもしれない。
(それにしても…)
シグナムはリュウジンオーと対面しながら、注意深く観察を始めた。彼女はリュウジンオーの奇妙なバリアジャケットも気になるが、何よりザンリュウジンに強烈な印象を受けている。闇の書の眷属として永い刻を生きた彼女でも、記憶に少ないデバイスだからだ。
「よく喋るデバイスだ」
「へっ? 管理局のデバイスは俺様よりも喋らないのか? やっぱ俺様ってば、スペシャルかもしれねぇな」
「浮かれすぎじゃない?ザンリュウジン」
(ザンリュウジン? 日本語の響きに近いな… 古代ベルカ、それも初期のデバイスな筈だが)
シグナムは予想だにしない情報を手に入れたが、本当に予想していなかったからどうすればいいか迷ってしまう。湧いてきた疑問は心底にしまい込み、彼女はリュウジンオーのバイザーを凛として見据えた。
「我が名はシグナム。管理局航空機動隊6番隊小隊長にして、夜天の書の守護騎士なり」
騎士としての名乗りを上げたシグナムに、リュウジンオーもエリオも驚きの声を漏らす。エリオは念話を慌てて開き、女騎士を嗜めた。
『何をしているんですかシグナムさん? 素性も分からない相手に名乗りを上げるなんて無茶ですよ!』
『心配するな。直に分かる』
シグナムの予想通り、リュウジンオーはザンリュウジンを覗き込みながら何事か相談をしているようだ。
小さく頷いたリュウジンオーは、ザンリュウジンを持った左手を背中側に回し、右手を胸の辺りまで持っていく。右半身に構えながら腰を落とすと、右手を力強く握り締めた。
「リュウジンオー、来刃!」
リュウジンオーもまた、名乗りを返す。これだけで、シグナムは彼らがどのような人物かを理解し始めたのだ。
「名乗りを上げることの意味。解っているか? リュウジンオー」
「勿論」
「アンノウンなんてダセー名前で呼ばれるぐらいなら、正々堂々名乗っちまった方が100倍いいぜ! なぁ相棒?」
「そうだね、スッキリしたよ」
リュウジンオーとザンリュウジンの相性の良さに、シグナムは自然と笑みをこぼした。しかしながら、単純に彼等に好感を感じ始めたから、だけではない。
(中々腰が据わっている。構えにも隙は少ないな)
抑えきれない高揚が、自然と彼女の口を動かしていく。
「エリオ!」
「は、はい!」
「後は任せた」
「えっ?」
エリオの返事を聞かずに、シグナムはレヴァンティンの柄を持つ手を、完全に握りしめる。彼女の身体が桃色のオーラに包まれると、凛とした瞳に、剣のような鋭さが宿った。
「いざ尋常に…」
「いくよ、ザンリュウジン」
「任せな!」
「「勝負!!」」
言葉と言葉が重なる刻、火蓋は落とされる。解き放たれた矢のような速度で、両者は一直線に突き進んだ。リュウジンオーがザンリュウジンアックス・モードで振り下ろすのに対し、シグナムは突進する勢いそのままにレヴァンティンを鞘から引き抜いた。上から降りかかる長斧に、長剣が下から切り上げる軌道で重なる。
金属同士がぶつかる、甲高い音が本殿跡に響き渡った。周波数の高い音が周囲にいる人々の鼓膜を震わせ、不快感とともに恐怖を呼び起こす。
この音を奏でる者への、潜在的な恐怖だ。
リュウジンオーとシグナムは至近距離で鍔迫り合いをすると、双方一歩も引かない。地面にどっしりと腰を落とし、武器を押し付け合いながらも、次の一手を高速で思案していく。リュウジンオーが先手を打った。
「っふ…!!」
息をコンマ1秒抜いたのだ。ザンリュウジンにかかる負荷が減り、その分シグナムに押し切られるが、リュウジンオーの目的の為には必要な経費である。
踏ん張っていた両脚も息を抜いたお陰で自由に動く。両者は左脚を前に出し、半身の状態で踏ん張っていたのだが、リュウジンオーは左脚でシグナムの左脚の裏側を、サッカーのボールをパスするかのように軽く蹴ってやった。
「なに?!」
シグナムの左脚が余計に開いたことで、彼女の身体のバランスが崩された。やや斜めに傾く上体は、再び力を込めたザンリュウジンを受け止めるには心許ない。
跳ね除けるようにしてザンリュウジンを突きつけると、リュウジンオーは返す刀で斧による斬撃を喰らわす。長棒を振り回すように一撃を与えた後、遠心力で反対側の斧を叩きつけるのだ。
バキィン、バキィン!!
「マジか?」
だがシグナムは塞ぎきる。特異な形態の武器の、しかも2撃をレヴァンティンで受け止めた彼女は、逆にリュウジンオーに反撃の振り下ろしを行ってきた。
咄嗟の反応で交わすリュウジンオーは、間合いを遠目にとり、様子を伺う姿勢になる。
両者距離を保ったまま、次の機会を測っていた。周囲の空気は張り詰めた糸がピンと張っているようで、唾を呑み込むことすら安易にできない雰囲気である。
地面に力尽きる職員達が永遠とも思えた睨み合いは、以外にも早く展開を変えた。両者が間合いを保ったまま、横にスライド移動し始めたのである。脚を後ろに入れ替えながら、構えを維持しつつ動いていくのだ。
リュウジンオーとシグナムは、そのまま本殿後から鬱蒼とした森林の中に入る。次第に顔と上体を捻って相手を向きつつも、下半身は普通に走る格好で、2人は木々の間を駆けていった。
本殿が影も形も見えなくなるほどの距離まで走ると、シグナムはレヴァンティンの切っ先をリュウジンオーに向けながら、重い口を開く。
「…感謝するぞ」
「へっ、感謝だって? ミッドチルダじゃ、剣を向けるのが感謝の証なのかい?」
「言っておけ。よもや私の意図を汲んでくれるとは、思いもしなかった」
「ふっ…」
リュウジンオーとシグナムは、人気のない森の木漏れ日のなか、戦闘体勢を解く気はない。だがその顔には緊張感が漂いながらも、ニンマリと笑みが浮かんでいる。
「…できれば、投降してもらいたい」
「悪いことしてないのに、投降?」
「形式上だ。悪いようにはしない」
「悪いようにはしない、か。いいかな姉ちゃん教えてやるよ。悪いようにはしないって言葉はなぁ」
ヒュン!
「悪いようにするやつが言う台詞だぜ!」
「烈風!」
リュウジンオーの身体が消え去り、次の瞬間シグナムの横に彼は現れた。リュウジンオーはザンリュウジンを思い切り振り下ろし、シグナムに決定打を与えんとする!