魔弾魔法戦士リュウジンオー   作:岸辺吉影

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訓練

それからコウイチは、ザンリュウジンとの共同生活を半ば強制的とも言えるが、始める事にした。

土地勘のあるザンリュウジンの指示通り、手頃な洞窟を見つけ、住まいにする。近場の湖までの最短ルートを割り出し、邪魔な草木を切っていく。切った草木で簡易的な壁や寝床を作り、火を焚べた。

食べ物は何でもある。特に果実や木の実が豊富に生い茂っており、至る所に自生しているのだ。おまけに殆どが毒なしという、サバイバル用に植えられたとしか思えないほど、好都合な環境だ。

 

「お、察しがいいね。この星は俺様を作った奴らが色々弄ってるんだわ。まあ戦争が絶えない時だったから、すぐに食える植物をあちこちに植えていたし、研究してたんだ。」

 

戦争の残した遺産で、どうにか食と住は確保できた。衣についてコウイチ自身が興味がないから、匂ってきたら適当に洗う程度で十分だ。

 

 

コウイチとザンリュウジンの一日は、日が上り始めた時から始まる。起きてから散歩がてら湖まで歩き、道の周りを確認する。その後朝食を食べてから周囲の散策と食料集めを行い、現地で昼食。午後は拠点に帰りながら、また調査。そして陽が沈み始めた頃には洞窟に篭る、これを何度も繰り返すのだ。

そして調査をするのも、食料を集めるのも魔法を使う。

 

「よっしゃ、今日は烈風刃の練習だ。やり方は教えた通りだ、忘れてちゃいねぇよな?」

「分かってるよ。 

行くぞ、『烈風』 ・『烈風刃』!!」

 

リュウジンオーに変身していたコウイチが、目にも止まらぬ速さで動き出す。大きな緑葉が特徴の木に生っている、赤色の果物が数個、ポトリと地面に落ちた。

 

「よっしゃよっしゃ! 本音を言えばもうちょっと綺麗にして切ってもらいたいし数も少ねえが、上等上等!」

「これでも精一杯だぞ、俺?」

「分かってる。まあ気楽にやってりゃ上手くなるわな。さあエリアサーチのお時間だ。探査魔法、いけるな?」

「ああ。 サーチキー、発動!」

『エリアサーチ』

 

リュウジンオーの腰についているホルダーから取り出した鍵を、ザンリュウジンに差し込む。するとザンリュウジンから波紋のような魔力が発生し、周囲に伝達していった。

フルフェイスの格好であるリュウジンオーの頭部のマスクに、エリアの探査結果がリアルタイムで更新されていく。

 

「なあ、これって変身しなきゃ駄目なのか?」

「多分だが、変身しなくても使えるようにはなるぜ」

「じゃあ何で」わざわざ変身させたんだよ。変身してまでする事?」

「コウイチ、お前はサバイバルの基本を知らない。情報なんてあって損はしねぇ。心配するな、探査魔法は生身でも出来るように練習させてやるし、魔弾キーを使っての探査はこれっきりだよ」

「はいはい。僕が悪うございました。っと、 何もないな、探査終了っと。」

 

洞窟に戻ってからは、ザンリュウジンによる教育が始まる。その多くは魔法について、そして一般常識と言える知識が殆どだ。

 

「…つまり今のこの星含め、一番権力が集まっているのが管理局ってわけか。」

「そういう事だな。ようは悪いことしなけりゃ世話にはならない筈だが、俺たちは勝手が違う。」

「どうして?」

「考えてみろ。デバイスは古代ベルカの最初期の遺物。しかも最新式にアップグレード。 そしてそいつに合わせて調整された、デザインベイビー。

どう考えてもまともな生活送れる訳がねえ。大方身体分解されて調べられて、どっかの研究者に囲われちまうぞ。」

 

コウイチはザンリュウジンを装着していない、真っ白な右手をじっと見つめる。

彼はザンリュウジンに合わせてあの科学者が作り上げた、デザインベイビーだ。そもそもコウイチという名が、ザンリュウジンを作り上げた彼の本来のマスターの名と同じらしい。ザンリュウジンの予想では、何らかの方法で残されていた元のマスターのDNAを使って、更にザンリュウジンに適した肉体を構築しているようだ。

 

普通なら、己の出自が誰かに操作されたとなれば、悲観するだろう。だがコウイチは、そう言った僻みは無かった。何故なら彼は知らないのだ。会話自体、ザンリュウジン以外とした事がない。寧ろ人間を見た事が無いのだ。

自分が不幸と思う時、誰かと自分を比較する時がある。コウイチは比較する人を知らないから、絶望感を味わう事はなかった。

 

「ザンリュウジンを使えるのは俺だけってことだろ、つまり。」

「まあ、身も蓋もない言い方だけどな。」

「じゃあそれで良いじゃないか。現にこうして俺はお前のお陰で生きていられる訳だし。」

「…泣かせる事を言うねぇ。」

 

そう言って目に当たる部分を赤く点滅させるザンリュウジンに、コウイチはケラケラと笑ってみせた。

 

ザンリュウジンが言うには、ここは彼を作り上げた一族の墓があるそうだ。つまりはここが、彼の故郷とも言える。そんな故郷を念入りに探索させていたのは、単に安全性を確保するだけではなかった。

 

「…やりぃ! やっと見つけたぜこんちくしょう!」

「へっ? 何探してたんだよ、食えそうなものは何処にもないぞ。」

「馬鹿言え、こいつを見な。」

 

ザンリュウジンの赤い瞳から、レーザーマップが表示された。そのマップに目を通していくと、コウイチはあることに気づく。

 

「洞窟か? にしては短いというか。」

「修行場さ。昔俺の主人様が鍛練のために作ったのが、そのまんま残ってた。データはあったんだが正確な位置は確認しておかねーとな。」

 

 

洞窟内は、意外なほど綺麗に保存されていた。元からある洞窟を更に掘り進め、人の手を入れたのだろう。全面に石が敷き詰められ、特に足下はかなり硬く舗装されている。

特に目を見開くのは中央の間だろう。四本の柱に囲まれた闘技場が、ひっそりと佇んでいた。苔や草木が絡み付いて入るが、その全容ははっきりと確認できる。

 

「この闘技場はな。技術修練の伝承と実践を目的としている。

今日からはここでお前に、リュウジンオーとしての技を叩き込んでやるよ。」

 

ザンリュウジンの言葉にコウイチが疑問を持ったが、それは口に出ることはなかった。ザンリュウジンの目が赤く光ると、闘技場の床が赤く光り始めた。呼応するかのように光の模様が床全面に広がると、それはザンリュウジンをかなり簡潔に描いた絵文字にみえる。

コウイチが恐る恐る闘技場の上に上がると、中央付近から土煙が巻き起こった。絵文字の目の当たりから湧き上がった土煙が晴れると、2体の人形が立っているではないか。コウイチと同じほどの身長で、簡素な服を着ているだけの人形である。

 

「こいつは修練専用マシーン。俺様が指定した動きを正確にこなせるし、攻撃の速さや耐久性まで調整できる優れものだぜ」

 

ザンリュウジンは得意げにいうが、コウイチからすれば展開がよく分かっていなかった。技術がどうだというが、コウイチからすれば寝耳に水のことだ。

 

「んなこた気にすんなっての。言い始めたらキリがねぇ、第一俺たちの出会いそのものがお前に言わせりゃ寝耳に水だろうよ」

 

ザンリュウジンのあっけらかんとした返答に、少々腰が抜けたのは内緒である。だがコウイチの中で覚悟が決まった。2体の人形に対してザンリュウジンを突き出すと、腰のホルダーから鍵を取り出す。

 

「リュウジンキー! 龍装変身(ドラゴニック・チェンジ)

 

『チェンジ リュウジンオー』

 

鍵をザンリュウジンに差し込むと、コウイチの身体が一回り大きくなってリュウジンオーへと姿を変える。

 

「じゃあ言うよりもやるが早し。始めようぜ」

「だから始まるって」

 

言うや否や、人形の攻撃がコウイチに襲い掛かる。綺麗な右ストレートをすんでのところで躱したコウイチだが、次の右膝蹴りを腹に喰らう。モロに突き刺さる膝の衝撃に思わず蹲るが、手に宿る龍は怒り心頭のご様子だ。

 

「おい膝つく暇ねぇぜ、さっさと起きやがれ!!」

「ごぼ、ごほ…」

「そりゃきた!!」

「っ、このぉ!」

 

息つく暇もない。片割れの人形が右回し蹴りを頭に目掛けて放ったのだから。必死になって頭を下げたコウイチは、脳天に鈍い痛みを覚えつつ、意識が遠のいていくのが分かった。

 

「また視界が狭まってらぁ!! もっと周りを見ろ周りをよぉ!!」

「っ、はっ、ふっ!」

「避けたら構える! 避けた時と動く時が1番隙が生まれやすいんだっつーの!!」

「ひゅっ、ふっ!」

「アックス使うなんざ100年早え!! 今は避ける練習だって言っただろうこのばかちん!!!」

「かっ…」

 

ザンリュウジンが闘技場でコウイチに伝えているのは、格闘術だ。ザンリュウジンのかつての所有者が完成させた古代ベルカの格闘術、失われた秘技がコウイチによって再生されようとしている。コウイチはザンリュウジンのアドバイスを耳に入れつつ、修練人形に対して一つ一つを実践して身体に覚え込ませていた。修練スピードは並大抵ではなく、凡その基本的な動作は身についている。

とは言っても生半可な話ではない。これまで人並みの生活を送ってきたことがないコウイチは、確かに技の習得に時間はかからないのだが、故に応用力の無さが問題だった。通常なら日常生活の端々で学ぶ知恵が、瞬時の判断を導く事がままある。コウイチには材料がなかった。

 

「よっしゃ。あと1分後に昼飯採りに行くぞ」

「ぜー、はー、ぜー… 無理無視…」

「無理じゃねぇ。つーか飯なんか残っちゃいないんだから、どっちみち行くことになるぜ? 10秒前」

「…鬼が…」

「おっ。良い答えができるようになったじゃねえか?」

「くそ…」

 

ザンリュウジンの解決策は単純明快だった。食事の確保すら訓練に当てたのだ。コウイチはお陰で木の実1つ取るのさえ、苦労する羽目になる。

 

「『烈風』! 『烈風刃』!」

 

コウイチの身体が目にも止まらぬ速さで森林の中を滑走していた。一般人が見れば、黒い影が見え隠れするぐらいに見えれば上等と言える。

今のコウイチは疾風の体感速度に慣れることと、通常ではない速度の中での戦闘に脳を適応させていく事が、ザンリュウジンが今後の目標としている事だ。烈風刃で邪魔な枝を瞬時に切り裂きながら進むコウイチには、余裕すら窺える。

 

「1.2.3.…4.5.6!!」

 

加えてオレンジのバイザーを通して見る世界は、随分と変わった。以前は橙色の壁越しにしか景色を捉える事が出来なかったが、現在のコウイチのバイザーには多種多様なデータが逐一表示されるようになっている。ザンリュウジン曰く、バイザーに投影されるデータの類は古代ベルカには存在せず、改造した科学者が搭載した最新鋭の技術だそうだ。

 

「っーことはだな。管理局の連中もこの技術を持っているってこった」

「ふーん」

「軽いなぁ。えっ、手前分かってるんだろうな。俺様が知らねーような機能が俺様の知らねー内に搭載されちまってるってこった。そこんところは俺様のアドバイスなんか通用しねぇんだ」

「投げやりだなぁ。知らない機能があるなら、自分をスキャンすればいいじゃないか」

「そいつは出来ねえ」

「何でだよ。あんだけエリアサーチさせておいて、自分はサーチされたくないってか?」

「…」

「おいおい…」

 

軽口を叩き合う2人だが、烈風は未だに持続している。だが依然としてコウイチは肌に感じる疾走感と、視界に入る静止画のような風景に今一つ慣れずにいた。

 

「なぁ、ザンリュウジン。いつになったらこのヘンテコな景色に慣れるのかな」

「それはわからねぇ」

「おいおいそれはないだろうよ」

「だってしょうがないじゃねぇか。こればっかりはコウイチ自身が慣れるしかないんだ。お前の感覚の話だから、迂闊に俺様のアドバイスを送りゃ、日常生活までおかしくなっちまう」

 

それでは困るとコウイチは毒突きそうになるが、見透かしたようにザンリュウジンが赤眼を光らせる。

 

「逆にいえばよ。数こなすのが1番効果あるって事だ。な、気楽に行こうや気楽に」

「お前は気楽だね」

「人生、気楽に行った方が得だぜコウイチ」

 

「っぷは!」

 

川に身を沈めていたコウイチが、水面から顔を覗かせた。全身を擦りながら脚を蛙のように折り曲げて、ゆったりと泳ぐ。上半身を器用に立てたまま泳ぐことが出来るのは、天性の柔軟性とザンリュウジンによる訓練の思わぬ副産物と言えた。

水泳は身体を冷却することで、過度な筋肉の炎症を抑える効果がある。加えて前後左右に入り乱れる天然の水流が、コウイチの若い肉体を不規則に刺激し拒むから、程よい筋力トレーニングにはうってつけなのだ。古代より伝わる自然と一体化する伝統訓練は、訓練中の爽快感が心地よいコウイチにとっては、いい気分転換になる。最初は休み前の1回、付近の水源でのみやっていたが、今は日に3度は川で泳がなくては気が済まなくなるまでになっていた。

 

「ふぃー。いやー泳いだ泳いだ」

「コウイチ、早く上がれって。火を起こすのはお前の仕事だ」

「そんぐらいザンリュウジンがやればいいと思うんだけど」

「俺様、ただの斧だからな」

「使い勝手が悪いなぁ」

「言うねぇ」

 

軽口を叩き合うコウイチとザンリュウジンは、川辺にあるクズ木と石を集め、円形に配置した石とテント状に組んだクズ木に枯葉を燃料として火をつけ、温もりを得る。

実は読者諸君は気づいているだろうか。今焚き火に当たっている少年、研究所から着の身着のままで脱出し、今日に至る。リュウジンオーへの変身能力を得ているとは言え、普段から変身し続ける訳にはいかないのだ。

 

「そろそろタオルとか、手に入れてぇな」

 

つまりは覆い隠すものを持ち合わせていない。それどころか身体を拭いたりすることも出来ないので、コウイチは頻繁に焚き火を作成する羽目になっているのだ。お陰でアウトドア能力を向上させるには充分だが、人並みの生活を送るのはまだまだ先のことになっている。

ザンリュウジンが弱音を溢すと、彼の銀色の頭部に影ができた。コウイチが空を見上げると、清涼だった青空が何処からともなく灰色に染まり、水滴を落としはじめたのだ。

 

「おっと今日は退散しようか。さっさと行こうぜ」

「ザンリュウジン、今日の天気は晴れだったんじゃ?」

「おう。俺様の気象予測では確かに晴れだったんだが…」

「頼むよ。雨降るのが分かるから、予測なんだろう?」

「返す言葉もねぇ。だが…」

「もう行くぞ」

 

ザンリュウジンを右手に装着したコウイチは、駆け足で来た道を戻る。彼の背後の山々には、既に豪雨と雷雨が降り注ぎ始めていた。鳥や獣が恐怖の雄叫びをあげ、地面に叩きつける水滴の音と共に一種独特の、恐ろしさを醸し出している。

自然の恐怖の調べの中、空を切り裂くような獣の鳴き声が、コンマ数時ではあったが鳴り響いた。声の方向では、横に広い影が、大きく蠢いている。黒い影は、帰り道を急ぐコウイチとザンリュウジンの背中を、見据えているようだった。




久しぶりの更新。何か熱が急に再発しまして、ストックが出来ました。ボチボチやっていきます。

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