「おいザンリュウジン。いい加減にしてくれよ」
コウイチが苛立ちを隠さずに、右手に装着した手斧に愚痴を溢す。龍を模った手斧は、赤眼を光らせつつも愚痴に曖昧に返事を返した。
「すまねぇ。だが俺様のせいじゃねえんだ」
「何だよ。気象予測出来るって言ったのはお前だ。それが何で出来なくなるんだよ。ついこの前まで外れたことなんか1回もなかった」
「いや、それはそうなんだがよ」
「ほら見ろよ。ここら辺のデータはあるじゃないか。何でまた、こんなに雨ばっかり外すんだよ?」
「うん」
「うんじゃなくてさ」
ここ最近、ザンリュウジンの気象予測が外れることが増えた。最初はコウイチも偶然だと考えていた。予測なるものにどれ程の正確性があるのか知らない彼にとっては、そういうものだと思ったのだ。
だが外れる回数が2桁になると風向きが変わる。何せ彼は裸なのだ。雨が降るか否かは、通常の人よりもずっと深刻なのである。コウイチは泳ぐことは好きでも、雨に打たれるのまで好むわけではない。ましてや彼は身体を乾かす術を焚き火に依存している。狩った獣の皮を嘗め、服やタオルを作れば良いのかもしれない。しかし幾らコウイチが器用だと言っても、そう簡単に出来る代物ではなかった。
「こんなに雨に当てられてちゃ、焚き火に薪焚べ続けなきゃなんない」
「そうだなぁ」
「ザンリュウジン!」
焚き火に関していえば、コウイチは用意するのにさほど手間は要さなくなっている。既にコウイチは簡単な魔法で、ライターほどの火はいつでも用意できるようになっていた。だが幾ら火があると言っても、燃料がある程度なくては話にならない。燃料になりうる木の枝や草は無数にあるが、雨風に当てられた草木は湿っ気が強すぎて燃料に出来ないのだ。
コウイチがザンリュウジンに疑問をぶつけるのも、燃料が底をつき始めているからである。焚き火で乾かした草木のストックとて、こうも雨が続けば住処としている洞窟が湿り気を帯び、貯蔵できる量が限られてしまうのだ。
「…わかった。理由を言うぜ」
「そりゃそうだ。行ってもらわなきゃ困る」
ザンリュウジンが会話をする時、単語に併せて赤眼が点滅するのだが、コウイチは点滅の仕方に感情が出ていると思っている。今ザンリュウジンは酷く困惑しているように思えた。
「前に言ったな。俺様は古代ベルカ式の機械、デバイスだ。それを何処かの科学者が丁寧に近代式の、ミッドチルダ式の技術と融合させて最新式に仕立て上げてくれた」
「うん。ベースは古代ベルカ式、補助システムがミッドチルダ式。合ってる?」
「完璧」
コウイチはザンリュウジンからは、基本的な知識として魔法と背景に存在する古代の争いについて、簡単なレクチャーを受けたことがある。
今コウイチ達が存在する世界は1つではなく、多数の次元世界と言えるもので構成されているそうだ。無数の次元世界の中には、戦乱によって崩壊したものがあり、その内の1つが古代ベルカ。
【いやはや、実に興味深い時代だったね〜。朝敵の砲撃で目が覚めて、昼頃には敵の来襲で昼飯どきだと分かって、3時ごろの来襲でおやつの時間だと思って、7時ごろの襲撃でああ日も暮れちまったなって感じで。
最後に深夜の攻撃でベッドに入る時間だって認識するんだわ】
ザンリュウジンは軽く言うが、壮絶な死闘が日常茶飯事だったようだ。戦乱の世に生まれた、いや戦乱を生み出した人間の力。
それが古代ベルカ式魔法だと言う。
戦乱が終わり、次元世界に平穏が訪れると、古代ベルカ魔法は廃れていった。後継者が死滅した、近接特化で発展がしにくい、使用者の先天的要素に依存する、ザンリュウジンから言わせれば一時代を築いただけで大したもんだと言わしめる古代ベルカ式魔法。
だがいつの時代も次世代が誕生する。生み出された魔法は古代ベルカよりも簡易的で、魔法の発展の余地が残された正に近代式の魔法だった。
その名も近代ミッドチルダ式魔法。
「でさ。それがなんなの」
「古代ベルカ魔法が苦手だったのが探索魔法だ。こいつに関しては近代ミッドチルダの方が、数倍先を行っているのは間違いない」
「?」
「つまりだな。俺様が使う探査魔法と、それに基づく気象予測。彼等は近代ミッドチルダ、それも高性能なやつに間違いないんだ。本当は予測何か年に1回間違えれば多いぐらいの精度だぞ、これ」
「??」
話が長くなり始めたザンリュウジンに対し、コウイチはついていくので精一杯だ。
「簡単にいや、外すのがあり得んということだよ」
「じゃあ何で外れるんだよ」
「そこだ。俺様はずっと考えていた。どうして気象予測が外れるのか。俺様や魔法に不備はない、じゃあなぜだ?
何かしらの、不可抗力が働いているんだ」
「何かしらって? そんなあやふやな答えじゃ納得なんか出来ねえぞ」
「まぁ落ち着けコウイチ。いきなりだが、探査魔法をかけて欲しいんだ」
「えっ?」
「いいからいいから」
本当に突然のお願いに、コウイチは少々不快感を覚えた。しかしザンリュウジンはしつこくねだる為、仕方がなく探査魔法を使おうとする。
「いや、ちゃんと変身してやって欲しいんだ。魔弾キー使ってな」
「えっ?! 冗談よしてくれよ、何で探査なんかで一々変身しなくちゃならねえんだよ。この前やった時言ったじゃないか、もう使わないってさ」
「頼むコウイチ。俺様の仮説が正しいことを証明させてくれ!」
「ザンリュウジン!」
「頼むコウイチ! 俺様の頼みだ本当に頼む!!」
ザンリュウジンは本当にしつこかった。仕方がなくリュウジンオーに変身したコウイチに、ザンリュウジンが魔弾キーを指定してくる。
「これね」
「ああ、頼むぜ」
「はいはい」
「サーチキー」
『エリア・サーチ』
白色の魔弾キーをザンリュウジンの口に差し込むと、白色の光がリュウジンオーを中心として、まるで風のように広がった。今まで使ってきた時よりも、どうやら大規模な魔法になっている気がする。
「うぉ、スゲェー。何だか魔法の範囲が広くなっているよな?」
「最初から使えはしたんだ。だが俺様の記憶にこんな魔弾キーはなかったからな、フルに使うのは怖かったんだが、言ってられねえ」
「何で最初から使わなかったんだよ」
「言っただろう、記憶にないって。多分よ、あの研究者が新しく拵えたもんだ。全くご丁寧なこったね」
「そんな事、出来るのか?魔弾キーを新たに作るって」
「出来なくはないが… 分からないだろ、俺様の知っている通りに作ったかどうかなんて。俺様はどうもそこが引っかかってね。コウイチには悪いが、今まで見送らせてもらった」
言いたいことはあるが、今は我慢だと思った。リュウジンオーのオレンジのバイザーに間もなく探査結果が表示される。
「おお…」
リュウジンオー・コウイチは決してデータのエキスパートではない。だがバイザーに現れるデータの数は、それまでコウイチが集めていたデータとは比較にならない規模の精度と量であることだけは、理解できた。
バイザー越しに見るザンリュウジンは、赤眼を高速で点滅させておりデータの解析を行なっているようだ。
「コウイチ。今の気象予測を見てみよう」
「オッケー。えっとこれだな」
表示される周囲の地図と、データが導き出した天気図が重なる。すると雲や日光の当たり具合などがリアルタイムで更新されて表示されるではないか。
「おお、スゲェーミッドチルダ。でも、あれ…」
「な? おかしいだろ」
「うん。おかしい」
これだけ正確かつ大量のデータを持ってしても、気象予測は現在の天気と一致しない。何故ならデータ上では雲一つない快晴である筈なのに、外は洞窟を一歩出れば雷雨が鳴り響くような天気模様なのだ。
「そこでだ。俺様が導き出した答えが、今表示されるはずだ。コウイチ、魔力分布図と動物分布図を展開してくれ」
「お、おう。えー、これ… いや、これか」
ザンリュウジンが指定した2つの図を選択すると、周囲の地図が幾つもの色に分けられた。
「1つは周辺の魔力が、どんな具合に存在しているか分かる魔力分布図。もう1つは周辺の動物達の凡その分布図だな。動物分布図は俺様がコツコツ貯めてきたデータも組み合わせているから、かなり精度は高いぜ」
「ほーうん」
コウイチの口から変な声が出たが、まるで学者のような分布図に少しばかり心が躍っているのは内緒の話だ。だがコウイチは2つの分布図を重ねた地図を観察しながら、1つの疑問点が湧いてきた。
「ザンリュウジン、これって…」
「ああ。お前も分かっただろう?」
洞窟の数十キロ先の地点で、あるピンポイントの地点の魔力が桁違いに高いのである。周囲の数十倍の魔力量を計測するそれは、どうやら動いているようだ。そして動物分布図に切り替えれば、丁度桁違いの魔力の周辺には動物が誰も居ないことが、はっきりと示されていた。
まるで何かを、避けるように。
「ザンリュウジン、心当たりがあるのか?」
リュウジンオーは疾風で高速移動をしながら、ザンリュウジンに問いかける。今2人は洞窟のを出発し、正体不明の魔力の塊らしきものを捉える為に、森林の中を駆けているのだ。
「ある」
「あったのかよ」
「あったにはあった。でも俺様のいた頃から生き残っているとは、思っていなかったんだ」
「何かの動物なのか?」
「動物… そうだな、動物だよ」
歯に物が引っかかったような(ザンリュウジンに歯はないが)言い方に、リュウジンオーは首を傾げる。話を続けようと口を開きかけた時、雷が目の前に落下した。
慌てて疾風で回避するが、またも付近に雷が落ちる。辺りを見れば、雷が所狭しと落ちていた。雷の雨と形容したいほどの悪天候だが、その中央に黒い影が見える。
「マジか…」
居た。余りに大きすぎる、大きすぎた鳥が。
漆黒の翼を広げ、黄色の嘴からは火花が飛び散っている。巨体に相応しい金色の爪は、先端同士を何度もぶつけ合って威嚇音を鳴らしているようだ。
金箔のようなエフェクトが入った緑眼がリュウジンオーを視界に収めると、けたたましい鳴き声が曇天に響き渡る。
「うおおお?!」
リュウジンオーがザンリュウジンで顔を塞ぐように構えると、鳥の翼が変化を見せる。ザンリュウジン越しに鳥をよくよく観察すると、その翼は付け根付近から先端付近に至るまで、円形上に膨らみを帯びていた。
円形上の部分からは凡そ動物から出るとは思えない、重厚な音が聞こえてくる。
見れば円形上の部分がガラガラと崩れていき、下から出てきたのは車輪だった。赤円を中心として、金色のフレームが円状に囲っている。幾らリュウジンオーとて、車輪が鳥についているなど、聞いたことがない。
「ザンリュウジン、これはどういうことだよ!」
「あれはな、獣王だ!!」
「獣王?」
知らない単語が飛び出たが、ザンリュウジンは答えてくれなかった。
「今はどうこう言ってる暇がねぇ! コウイチ、来るぞ!!」
「えっ? っておい!」
ザンリュウジンの警告とほぼ同時に、リュウジンオーの足元に落雷が来た。空中に漂う獣王が嘴から金切り声を上げると、曇天に白色の光が発生し、リュウジンオー目掛けて落雷が来襲する。
「うおおお?!」
リュウジンオーは烈風で雷を避けてはいくが、そう上手くもいかない。何故なら避けた落雷の影響が、リュウジンオーに襲いかかるのだから。
「コウイチ、2時と11時!」
「っ!」
落雷を受けた樹木が、炎上しながら倒れかかってきた。慌てて避けた大木は、根元までぱっくりとひび割れている。豪雨が降り注いでいるというのに、樹木についた火は簡単に消えそうもないほど、赤々とした熱気を周囲に放っていた。
「ど、どうするんだよザンリュウジン! 僕らは何すればいいんだよ!」
「攻撃するんだよ!」
「どうやって! 烈風じゃあんな高いところ言えないし、烈風刃も届かねーって!」
今リュウジンオーが可能な攻撃手段の全ては、地上での戦闘ーつまりリュウジンオーの同一平面上にいる敵にのみ、有効なのだ。持ち合わせている技は、即ちザンリュウジンによる斧撃・烈風刃・ザンリュウジン乱撃の3種類のみである。
眼前の敵は、同一平面上どころかほぼ真上にいると言っても過言ではない。見上げると首が痛くなるほどの高所にいる敵への攻撃など、リュウジンオーは知り得ていないのだ。木の実を落とすために烈風刃を練習してはきたものの、あくまでも木の枝に乗り、跳躍した一瞬で切り落とすのがリュウジンオー流である。
だが現状、周囲にある樹木に登るのは愚の骨頂であろう。落雷が落ちた場合、避雷針の役割を果たしてしまう樹木に登っていては、幾らリュウジンオーとて軽くないダメージを被らなくてはいけない。
「本当は、もうちょっと後にしたかったがやむ無し。コウイチ、俺様の頭の後ろに手を添えな!」
「お、おう」
「いいか、指は何かを掴む感じだ。そうそう」
「おっ? な、何だこれ」
「説明は後だ! よし、次は俺様の口を獣王に向けて、指を限界まで後ろに弾け」
「おおう」
ザンリュウジンの指示通り、龍の後頭部を摘むように手を持っていくと、ザンリュウジンの全容が変化した。
『アーチェリー・モード』
棒状に伸びていた斧が待機状態のように収納されたのだが、若干違う。待機状態だと斧は両横に収納されるのに対し、現状はザンリュウジンの斜め後方に先端を向けて格納され、全体的に弓形になっていた。ザンリュウジンの口の両脇からは細長い爪のようなものが展開され、口自体も魔弾キーを差し込む時同様広く開かれている。
ザンリュウジンの知らない形態に驚いていると、指先に何か棒のような感触が生まれた。困惑しつつも、言われるがままに指を引きながらザンリュウジンを獣王に向けると、展開した左右のアックスの両端から、魔力が紡ぎ出されリュウジンオーの指先に集約する。
「よっしゃ手を離しな!!」
「おう!」
『ショット』
ザンリュウジンの口から、魔力の矢が放たれた。獣王の腹部を直撃した矢は、獣の胴体に激しいダメージを与えたようだ。痛みによる悲鳴だろうか、獣王が天に向かって咆哮する隙に、リュウジンオーは独断で次の一矢を構える。
『ショット』
先程よりも強く引き絞った矢は、またも獣王を襲った。獣王はその場で滑空してから、付近の空を周回し始める。リュウジンオーは烈風で獣王を視界に捉えながら、次々と2矢3矢と放っていくが顔色は冴えない。
それもその筈で、今リュウジンオーが使用しているのはアーチェリー、即ち弓矢である。本来ならザンリュウジンが予定していた通り、練習を段階を踏んで積ませることで、主力攻撃とすべきなのだ。四の五の言っていられない状況故の緊急対策なのだが、リュウジンオーは弓矢の制御の難しさに戸惑いを隠さずにいた。
リュウジンオーが放つ弓矢は、獣王に届く前に垂れていってしまう。中には命中するものもあるが、最初の2撃を上回るダメージを与えることはできなかった。
「上手くいかねぇな〜」
「うる、さい! こんのこの!」
「むやみやたらに打っても意味ねえぞ」
「しょうが、ないだろこれしか方法がないんだから!、」
「落ち着け、俺様に考えがある」
ザンリュウジンはリュウジンオーが、弓矢による攻撃をしている最中に編んだ攻撃施策を伝授する。リュウジンオーは難易度に眉を顰めるが、意を決して首を縦に振った。
獣王は落雷を落としながら獲物を探し求めていた。先ほどまでは散発的に攻撃が来ていたのだが、今やひっそりとしている。落雷に効果がないのか、周囲が燃え広がり始めているというのに、獲物は姿を見せない。
業を煮やした獣王は低空を滑空しながら、金切り声を上げた。すると黒い影が木々の間に見え隠れし始め、獣王の視界の際を掠めるように移動している。
獣王は獲物の動くパターンを読み取ると、エネルギーを嘴へと集約させていった。獣王の真上の曇天が渦を巻き始め、中心部に向かって電流が蓄えられていく。雷の守護者たる獣王の一撃。直撃すれば獲物とてひとたまりはない。
[ピギャァァァァァンンン!!!!]
集約した電流が獣王の嘴の目の前に降り注ぐと、咆哮を合図として真っ直ぐ黒い影に向かって放出された。獣王のエネルギーを纏った電流は黄色い光線となって襲いかかり、爆音が鳴り響けば地面と樹木を黒い影もろとも消し去ってしまったのだ。
光線の着地点には、巨大なクレーターが形成されていた。草っぱ1つ残らない惨劇に満足げに爪を鳴らす獣王は、しかし緑眼を光らせた。
クレーターのすぐ脇の森の中に、獲物が待っている。片膝を突いて、あの珍妙な武器を構えており、先端にはエネルギーが迸っているではないか。獣王はすぐさま反撃のエネルギーを集約するが一手遅い。
リュウジンオーの攻撃が正に獣王に向けて放たれようとしたその時だった。
「ヒイイイイイ!!!! た、助けてくれあああええ!!!」
「ッ?!」
何処から現れたのか分からない、1人の男が叫び声を上げていた。線の細い、見るからにお坊ちゃんという感じの青年である。
「馬鹿、逃げろ何でこんなところにいるんだよ!」
「ヒイイイイイ!!!! 化け物が、化け物がしゃべったァァァァァ!!!」
「ふざけてる場合じゃない、早く逃げろ!」
「ママァァァァァ!!パパァァァァァ!!! 絵本の世界は本当だったァァァァァ!!」
「おい!」
リュウジンオーは構えを解除すると、青年の肩を激しく揺すって逃げるように諭す。しかしリュウジンオーを見た青年は情けない声を出して、ただでさえ抜けていた腰を更に抜かしてしまった。見ず知らずの人とはいえ、このような危険な状況下で見捨てるわけにはいかない。リュウジンオーが暴れ回る青年を無理矢理担いで離脱しようとしたその瞬間だった。
「コウイチ!!!」