呪術って噛まずに言える?   作:定道

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ちなみに僕は言えない

「人を呪わば穴2つ。だからお前は誰かを呪ってはいけない、呪いの言葉は全て飲み込みなさい」

 

 僕の育ての親が事ある度に投げかけて来た言葉だ、耳にタコが出来る程に聞き飽きた。

 中学最後の夏にその養父さんが癌で亡くなるまで、ウンザリするほどそのフレーズが僕の鼓膜とその他もろもろを揺らした、だけど僕がそれに対して同意の言葉を発する事は一度として無かった。

 

 当たり前だ、だって僕は言葉を発する事が出来ない。物心付いた時からそうだった、僕の吐き出す空気は意味のある音にならない。

 何でも実父が僕の声帯を含む喉頭を出産直後に摘出したらしい、酷い話だよねまったく。生きてるかどうかも知らない実父は地獄に落ちてほしい。

 

 だから僕は養父さんにうんともすんとも言ってあげられなかった、病院のベッドでだんだん衰弱していく最後の時だってそれは同じだ。

 目も見えなくなっている養父さんには手話で意思を伝える事も出来ない、僕はただ彼の手を握る事しか出来なかった。

 

「おまぇ……じゅ……じちゅっし……しにぃ」

 

 養父さんの最後の言葉はとても小さく、口も回らず、正しい言葉になっていなかった。

 僕の願望では、養父さんはこう言いたかったはずだ。

 

「お前は呪術師になれ」

 

 そうに決まっている、僕はそう信じる事にした。

 

 だが、言われるまでも無く、僕は中学校を卒業すれば呪術師となる。東京都立呪術高等専門学校に入学する事は中学に入学する前から決まっていた。

 

 もちろんそんな事は養父さんも理解していただろう、手続きやその他諸々を手配したのは養父さん自身だ。

 だから彼が言いたかったのはもっと精神的な事、心構えとか覚悟とかその他諸々を僕に喚起したかったはずだ。

 

 だから僕は返答として彼の手を強く握る事にした、呪いの言葉ではなく、別れの言葉すら飲み込む事しかない僕にはそれしかしてあげられない。

 

『安心して、僕はちゃんと呪術師になるよ』

 

 当然だけど返事は無かった、言葉ってのは相手に届いて始めて意味を持つのだ。飲み込んでしまえば自分にしか作用しない。

 僕は別れと誓いの言葉すらも飲み込んでしまう、養父さんに僕の気持ちは伝わっただろうか? そうである事を祈る。

 

 でも、僕にとってはそれが重要だったりする。言葉を飲み込めば飲み込む程に僕は一人前の呪術師に近づくのだ。

 

 僕の術式は「呪言」、本来は狗巻家に伝わるらしいそれは、放った言葉を現実の物にする言霊の力だ。

 だけど喉を潰された僕は言葉を発する事が出来ない、だから僕は自分の言葉を飲み込み、己を強化させる事でその術式を生かしている。

 もちろん正しい使い方ではない、邪道な術式の運用方法だ。それが理由か知らないけど、狗巻家からは養父共々かなり嫌われているみたいだ。

 

 身体的な縛りを課す事による擬似的な天与呪縛、どうやら僕の生みの親はそれを意図的に狙って僕の声を奪ったらしい。思いついても実行するか普通? 名前ぐらいしか知らない実の親はろくでもない人物だったのは間違い無い。

 そんな狙い通りの術士になるのはちょっと抵抗あるけど、実際この運用方法は強いから気に入っている。

 

 力とはパワーだ、呪術師に必要なのはやっぱり暴力だよね。結界とかチャラチャラしたものは高専で覚えればいい、僕は養父さんの教えに従ってひたすらに言葉を飲み込んで、己を強化する事に人生の大半を捧げて来た。

 

 もちろん、辛い事も多かった。喋れない子供なんて同年代も周囲の大人も扱いに困るに決まっている、実際に小中学校では馴染むのに苦労した。

 喋れない代わりに僕はボディーランゲージやその他の表現方法を磨いている、呪力と呪言で強化された肉体で修練して筆談をタイムラグ無しにこなせる様になってからは結構マシになった。

 一瞬で埋め尽くされる筆談ノートは初見の人は大体驚く、面白がって仲よくなれたパターンも多い。

 

 だからこそ、僕は自分で言うのも何だがハンデの割には友達が多い方だと思う。

 授業態度や成績も良かったので教師からの受けも良かった、優等生っぷりを高校受験に活かせないのが勿体無いくらいだ。残念ながら公立の中学校に呪術高専の推薦枠など存在しない。

 ほぼコネと家柄、たまにスカウトでしかその門を開いていない、呪術を学ぶだけあってジメジメとした校風だ。

 

 そんな日本に2校しかないジメジメ教育機関に、中学校を卒業してから直ぐに現地へと向かった、寮生活となるので準備は早めにしておいた方がいい、秘匿性故に覚える注意事項も多いのでほぼ強制的に連行されたとも言える。

 

 

 大都会である地元の埼玉県大宮市から、東京郊外の田舎にある高専に補助監督のオジサンが運転する車で向かう。シティボーイの僕には山の中での暮らしはちょっと辛そうだ。

 

 そしてこの補助監督オジサンは、僕の未成年後見人でもある。

 養父さんの知り合いだったらしい、何でも昔同じ団体に所属していたとか言っていた、養父は自分の事を語らない人だったので詳しくは知らない。

 

 オジサンは運転しながらも、僕に親しげに話しかけて来る。馴れ馴れしいと思わなくもないけど、唯一の家族であった養父さんを亡くした僕を気遣ってくれているので我慢だ。

 それに諸々の後処理でこの人には大変にお世話になった、なのでにこやかに聞いてる振りをしながら世間話を聞き流す、表面上を良くしておけばそれでいいのがこの身体の数少ないメリットかもしれない。

 

 ところで、黒塗りの車に黒スーツって目立つよね? 格好いいけど職務内容的にどうなんだろう? 

 そんな事を考えてたら目的地に到着した、大都会である埼玉は東京へのアクセスに優れているのだ、やっぱり埼玉は最高だね、神奈川や千葉なんて相手にならない。

 

 高専の駐車場に到着し、補助監督さんの軽い説明を聞き流しながら歩く。僕の頭の中は別の事柄で一杯だった。

 

 そう、まだ見ぬ同級生に想いを馳せているのだ。

 

 今年の新入生は、僕ともう一人だけらしい。喋れない割にはコミュニケーション能力があると密かに自負している僕だが、流石にまったく不安を感じない訳ではない。

 

 高専の四年間ずっと同級生となる人物、相性が合うならいいけど逆だったら最悪だ、僕の青春の大部分を占めるであろう高専生活が最悪の物になるだろう。

 

「君と同級生になる子だけど、彼女も既に到着しているよ。寮に荷物を置いたら挨拶するかい?」

 

 オジサンさんから素晴らしい情報が飛び込んで来た、どうやら僕の相方は女の子らしい。いやー参っちゃうね、仲良くせざるを得ないじゃん。

 

 青春の予感にワクワクとドキドキが止まらない、補助監督オジサンに笑顔を向けながら同意の意を示す、元気よく親指をあげてサムズアップだ。

 ちなみに中東の一部の地域でこのハンドサインはNGだから気を付けた方がいい、三食お米派で生涯日本を出る気の無い僕には無用な心配だけどね僕は日本を出るつもりなんてサラサラ無い。

 

 古い割にはそこそこ清潔な寮の自室に荷物を置く、家具や家電は後日郵送される手筈になっている。せっかくの新生活なので新品を揃えた、十分過ぎる程の遺産を残してくれた養父には感謝するしかない、南無阿弥陀仏。

 

 そして補助監督オジサンに連れられ、辿り着いた一年生の教室、そこで僕は運命の出逢いを果たした。

 

 

 

「初めまして、庵 歌姫です。貴方の事は聞いてる、これから四年間よろしくね」

 

 ――天使がそこに居た。

 

 赤と白のコントラストが素晴らしい巫女服を完璧に着こなす可憐な少女、そんな彼女が僕に美しい声で自己紹介をしながら右手を差し出して来る。

 

 あまりの衝撃に少しだけ脳がフリーズしてしまった。

 

 僕は慌てながらも慎重にその右手に応じる、ほっそりとした白い彼女の右手は想像通りスベスベとした感触だった。緊張で手が汗ばんでいないか心配になってくる。

 

 僕は今日ほど生みの親を恨んだ事は無い、彼女に自分の口で自己紹介出来ない、自分の身体が恨めしい。

 

 おのれ……許さんぞのりとし……確かそんな名前だったはずだ、としのりだっけ?

 

「彼は虎杖 悠一、喉に障害があって話す事が出来ないんだ。最初は色々と苦労もあるだろうが仲良くやってくれ、二人きりの新一年生だからね」

 

 補助監督のオジサンが僕の事情と名前を彼女に告げる、それを聞いた彼女は少し痛ましそうな顔をした後に僕に笑顔を向けた、女神かな?

 

「ええ、もちろんです。何か困った事があったら言ってね、出来る限りは力を貸すから。それと何て呼んだらいいかしら?」

 

 「ゆう君♡でお願いします!」とは残念ながら言えないのでポケットから紙とペンを取り出して無難に「虎杖でお願いします」と書いて見せる。第一印象は大事なのでここはぐっと我慢をする。

 呪力と己に対する呪言で強化された僕の肉体は、目にも止まらぬ速度で一連の動作を終えた。余りの早業に彼女は少し驚いている、驚いた顔もかわいい。

 

「じゃあ虎杖君って呼ぶわね、私の事は……庵でも歌姫でも好きな方で呼んでいいわよ、心の中になっちゃうけどね」

 

 はぁ……歌姫ちゃん天使過ぎる……しゅきぃ……

 

 僕は笑顔で頷き彼女に返答する、これからの高専生活を想うと自然と笑顔が溢れてくる。

 これから四年間歌姫ちゃんと二人切りで学園生活が送れるだと? おいおい、高専って最高かよ?

 

 

 

 実際の所最高だった、高専に入学してからの一年間、僕の青春はバラ色に彩られていた。

 

 歌姫ちゃんと一緒に授業を受けて、呪霊をブン殴る。

 歌姫ちゃんと一緒に課外活動して、呪霊をブン殴る。

 歌姫ちゃんと休日にお出かけして、呪霊をブン殴る。

 歌姫ちゃんと一緒に先輩達と模擬戦して、ブン殴る。

 歌姫ちゃんの代わりに顔の怖い担任にブン殴られる。

 

 これが基本のローテーション、そして様々なイベントもあった。悲しい事もあったけど振り返れば良い思い出だ。

 

 歌姫ちゃんを差置き、1級になった自分をブン殴る。

 歌姫ちゃんではなく、冥さんと共に呪霊をブン殴る。

 歌姫ちゃんが誕生日を祝ってくれた、呪霊をブン殴る。

 歌姫ちゃんのいない交流戦、関西人共をブン殴る。

 歌姫ちゃんのいない任務、悲しくて呪霊をブン殴る。

 歌姫ちゃんの誕生を盛大に祝う、あと呪霊をブン殴る。

 

 徐々に深まっていく僕と歌姫ちゃんの愛と絆、そして呪霊を殴る気持ち良さ、高専最初の一年間は僕に素晴らしい青春を与えてくれた。

 

 だがしかし、永遠にも思われた素晴らしき平穏は唐突に終わりを告げた、僕と歌姫ちゃんの素晴らしき青春の日々をブチ壊す悪魔の様な男が高専に入学したのだ。

 

 その悪魔の名は五条 悟、キュートな新入生の家入ちゃんと福耳過ぎる夏油君に混ざって高専にやって来た。

 

 クソ生意気で先輩を敬う気持ちを1ミリも持ち合わせていないグラサン野郎は、あろう事か入学してすぐに地上に降り立った天使である歌姫ちゃんを侮辱したのだ。

 

 もちろんそんな暴挙を許す僕ではない、自分が犯した罪の重さを自覚させる為に、先輩と後輩の上下関係をきっちり叩き込んでやる為、僕は可愛がり目的で五条に模擬戦を仕掛けた。

 

 結果から言おう、僕は敗北した。

 

 もちろんやられっぱなしではない、3発ほど顔面パンチは食らわせてやった。人をおちょくった面が3回驚く様は割とスカッとした。

 だけどそんな物は慰めにならない、僕は歌姫ちゃんの前で無様にも地面に倒れ伏して情けない姿を晒した。

 その後は悲しみのあまりに3日ほど寝込んだ、歌姫ちゃんがお見舞いに来てくれるのが嬉しくてついつい長引かせてしまった。

 

 つーか無限って何だよ! 意味がわかんねえよ! アキレスと亀って説明になってなくない!?

 卑怯過ぎる術式に負け惜しみの様な文句を言いたい、もちろん僕には飲み込むしかないのだけれど。

 

 さらに最悪なのは、その後頻繁に五条が僕と歌姫ちゃんにちょっかいをかけて来る事だ。

 高校生にもなって人のズボンをズリ下げるのは駄目だろう、ハート柄のトランクスを履いているのを歌姫ちゃんに見られてしまった、クソ五条め……

 

 とにかくあいつはクソガキだ、反則みたいに強い癖に精神が伴っていない。今までやりたい放題で育って来たのだろう、あんな野郎が強いのは本当にムカつく。

 

 それに、奴の悪行はそれだけではない。

 

 人のポケモンを勝手に逃してレポートする、スマブラで負けそうになると人のコントローラーを無限で弾く、マリオカートでは逆走してまで僕を橋から落っことす。小学生かキサマは?

 

 だから僕は五条が大嫌いだ、歌姫ちゃんだって嫌いと言っていたからなおさらだ、あいつは一度痛い目を見た方が世界の為だと思う。

 

 さらにムカつくのは僕に1級術師の推薦を寄越せと脅して来た事だ、そんなもん実家のツテで手に入れろと言っても聞く耳を持たない。

 奴は卑怯にも僕の秘密の日課を携帯の動画で盗撮し、それを何かにつけて脅迫材料として来る。

 あれをチラつかされると僕は奴の言う事を聞かざるを得ない、歌姫ちゃんにだけはあれを見られる訳にはいかないのだ、見られたら僕は死んでしまう……僕は泣く泣く推薦状を書くしかなかった。

 

 そんな最低最悪の後輩が入学して来た2年目の高専生活、始まってからわずか3ヶ月で僕はかなり疲弊してしまった。

 理由は五条だけでは無い、2年生になってからは歌姫ちゃんと一緒の任務に行けてないのだ。

 授業内容の大半が命懸けの実戦なクソ体育会系学校なので、任務が一緒じゃないと会える時間が大幅に減る、歌姫ちゃんが恋しいよ……

 

「何黙ってんの悠一? 少しは先輩らしく面白い話でもしろよ」

 

 前を歩くクソ五条から雑なフリが飛んで来る、俺は喋れねえよとツッコむ元気すらない。筆が乗らない……

 

「悟、少しは虎杖さんを労ってあげないと。ついに庵さんに直接言われちゃったんだよ、僕達もウザくてキモイって相談されただろう?」

 

 ――あまりの衝撃に膝から崩れ落ちる。

 

 夏油君は何て言った? ……僕が歌姫ちゃんにウザがられている? き、キモイだと?

 

 そ、そんなはずは無い、だって内心はともかく表面上はめちゃくちゃ紳士的に振る舞って来たぞ!? 下心は微塵も感じさせなかったはずだ!? キモくてウザい男と休日に映画やスポーツ観戦には行かないだろ!?

 

「あんまりイジメんなよ二人共。先輩、ウザくてキモイとまでは言ってないです。ちょっと鬱陶しい時があるって話だったから気にしないでください」

 

 死にたい……歌姫ちゃんに、そんな風に思われてたんだ……

 

 五条と夏油君はゲラゲラと笑っている、もしかして夏油君も僕の事舐めてる? 気のせいだよね?

 

「ほらー、立ってください虎杖先輩。こんな田舎じゃバスを逃したら最悪ですよ」

 

 家入ちゃんが木の棒で突っつきながら僕を慰めてくれる。

 唯一の優しい後輩である家入ちゃんはかわいいけど、間違った認識は改めなくてはいけない。

 

『埼玉は田舎じゃない、都会だ。2008年には大型のショッピングモールだってオープンする』

 

 一瞬で正しい情報をノートに書き込み、後輩達に見せつける。

 大規模な調整池の近くに日本一大きな商業施設がオープン予定だ、ただでさえ都会の埼玉が益々栄えて困ってしまうな。

 

「はあ? こんな山しかない所は田舎だろ、ショッピングモール関係ないし」

 

 そ、それはここが埼玉でも北の端っこだから……ここはほとんど群馬みたいな物だから……

 

「悟、埼玉出身の先輩にはそれくらいしか誇る物が無いんだ。許してあげよう」

 

 いや、他にも一杯良いところあるし……ネギとか……サツマイモとか……古墳とか……東京から近いし……

 

「どうでもいいから早く行きましょうよ虎杖先輩、1級術師らしくちゃんと引率してください」

 

 もうやだ……帰りたい……何で一年違うだけの学生が学生を引率するの? 呪術界は人手不足過ぎない?

 

 風が語りかけて来る、今回の任務はろくな事が起こらないと埼玉の風が教えてくれる。辛い……辛すぎる……

 

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